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2017-07

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赤羽ブルーグラス紀行/ロバート対中は現役だった。/ 2004年9月13日号

うだるような暑さが続く7月31日の土曜日、花
火客と思われる浴衣姿のレデイが目立つ池袋駅で
埼京線に乗り換えてガタゴトと15分、赤羽で降り
た。待合せの南口改札前に着くとすでに写真家の
小森谷信治、そして山口さとしと山口徹の兄弟が
丸くて大きな柱の前で待っていた。
 小森谷は赤の半ズボンにスニーカーという最新
のファッションで決めている。ポケットがいっぱ
いついたチョッキをはおって風格を出している。
動物訓練士に見えないところはさすがだ。
 山口徹は神戸から駆けつけていた。「いまドブ
ロとバンジョーとペダルスチールが弾けるバンド
にいる」と静かに近況を語ってくれた。タイプの
違う三つのバンドを掛持ちして楽しんでいるとい
い、ときにはホテル等で営業のセッションもこな
すというスーパーマンぶりである。しかも本業は
社長をやっているからなおさらスーパー・ブルー
グラス的生活だ。もしも「人生は楽しくあるもの」
などとこの人にいわれたら、迷える私なんか1秒
後には「間違いございません」とひれ伏すほかに
テはないのだ。さすがの王道だ。
 待合せ時間の19時にはまだ15分ほどの余裕があ
った。
 
*赤羽にもブルーグラスがあったのだ 

 今日はここに合計13名の妖しい経歴を持つ音楽
仲間が集結して、かつて60年代に大活躍したブル
ーグラス音楽の先駆者、そして巨匠の名にふさわ
しいロバート&ジェリーの「対中ブラザース」の
ステージを見に行く計画なのだった。 srtainaka01s.jpg
 しかし、あまりにも突然の情報だったため、真
実かどうかの不確実性が情報そのものを危うくし
てしまい、参加人数に現れてしまった。本当なら
5,000人くらいのファンがたちどころに集まって
この赤羽駅を占拠しても不思議ではないのだ。
 6月にしては暑い日が続いていたろ「赤羽のウ
ッデイに対中ブラザース生出演!」という1本の
メールが届いた。発信元はデザイナーの須貝重太
だった。須貝もロバート&ジェリーにトラディシ
ョナルミュージックを教わったくちである。メー
ルには時効寸前の犯人をやっと見つけたような鬼
気せまる興奮と迫力が行間から匂った。

 しかしあまりにも唐突ではないか。ぷっつり20
数年も消息の分からなかったロバート&ジェリー
が、突然降って涌いたように現れるものだろうか。
それに赤羽のウッデイといったってかなり妖しい。
東京のブルーグラスは青草があった駒込から、青
山、銀座と中心が移ってきているが、赤羽駅前と
は初耳だ。この情報、本物だろうか。



*死亡説まで流れたウ・ワ・サ 

 ある情報通は「対中ブラザースと言ったって他
に何人もいるんだよ」と危ない事実を披露する。
ロバート&ジェリー以外にその弟たちだけでで構
成された対中ブラザースだってあるんだからとい
うのだ。「いつだったか私は知らないでそれを見
てしまいました」と苦笑いしていた。
 それに10年くらい前には死亡説まで流されてい
た。ロバートかジェリーかどちらかが病気で亡く
なったと妙に明解な噂がファンの間を駆け抜けた
ことがあった。誰かが流したのだろうが、私はそ
の噂を聞いたとき半ば信じたような記憶がある。
 さらに、東京にいられず沖縄・フィリピンあた
りを巡演しているともっともらしいことをいう人
もいた。ロバートさんだからかえってそういう基
地関係の方が生き生きと活動出来るんじゃないか
というのである。何かの事情で東京にいることが
厳しい場合、当然むかし鳴らした米軍基地まわり
へ戻ったと考えられるけどねと、見て来たように
解説してくれた。
 大物ゆえの噂のひとり歩きである。

*60年代後期の青い草の淡い思い出

 私にとってロバート&ジェリーは、普段はまっ
たく忘れた人なのに噂が流れるとはるか60年代後
半の景色が蘇り、にわかに気になる存在になるの
だった。彼らが経営していた駒込の喫茶店「青草」
の20人も入ればいっぱいになる客席や小さなステ
ージ。カウンターの奥にあって一晩に何回も売上
金をチェックされたレジ。灰皿に山盛りになった
煙草の吸殻。バンジョーの相馬さん、ギター&ボ
ーカルのギョロ目の島崎さん。そしてカーター・
ファミリーの「エンジン143」を歌ってたキンケ
ード清水さんに、ブルーグラスのお店では珍しい
カントリーを歌ったデーブ・久保井さん。もう40
年近くになるけど私の思い出の中ではみんな若く
てピチピチしている。
 有楽町ビデオホールで開かれていた「東京グラ
ンドオープリー」も忘れられない。その楽屋で椅
子に座って大きく足を投げ出したかっこうでハミ
ングしてたアメリカ帰りの若くて細くて粋だった
ジミー時田さん。ジェームス・ディーンがカント
リー・ファッションを着たような感じに見えた。
そしてきれいな女性がフィーチュアーされていた
自由が丘ファミリー。出演バンドに割り当てたチ
ケットの精算を眼光するどくしていたジェリー対
中さんなど、当時の原風景が私の目の奥にプレイ
バックする。オレンジ・ブロッサム・スペシャルの練
習に余念のないフィドラーの山本譲もいた。
 青い草あるいは青草と人によって呼び名が違っ
ても60年代当時の東京ブルーグラスの中心として
若者から絶大な支持を受けていた。その時代が最
も鮮やかな景色として思い出させてくれるのがロ
バート&ジェリーの「対中ブラザース」という名
前なのだった。


*ウッディではなくウッデイなのだ 

 こ洒落たベージュ色の改札からデザイナーの須
貝重太と乙女のご夫婦がニコニコ笑いながら出て
来た。須貝は今回の情報を発信し14名の観戦ツア
ーを計画した人物。「やっぱり来たんだあ」と山
口徹と抱き合う。アコースティックワールドの岩
本夫妻とアロハがよく似合う長谷川光が続いて来
た。長谷川は首に白いタオルを巻いている。夏の
汗ふきといういつものかっこうで、このタオルは
フェスのステージに出演中のときはマイクのアー
ムにぶら下げているので写真を撮りにくい。しか
し彼オリジナルのサマースタイルだ。夢弦堂主人、
西貝清も右手を高く上げて「やーやー」といいな
がら合流した。 srtainaka02s.jpg
 駅南口の雑居ビルの3階に目ざす「ウッデイ」
はあった。歩いて1分ほどだ。1階には本日の出
演「対中ブラザース」の表示があって、一同そこ
を取り囲み納得の表情。
 エレベーターから降りるといきなり店のドアが
あった。行くか戻るか迷うことを許してくれない
狭い設計がコニクイ。かつて最も見知った間柄の
須貝と山口徹が真っ先にドアを押して店に入った。
と思ったら山口徹が対中ヨシフミに押されるよう
にして店から出て行った。人に聞かれたくない話
をするのだろうが、そういえば大昔にも肩に手を
まわしてヒソヒソ話しをよくしていたのを思い出
した。変わってないなあと実感する。
 店内は長方形を3つに分割した形で真ん中が客
席、両端が厨房とステージだった。ウッデイの名
前の通りテーブルも椅子も、そして壁も同じ木板
で統一されている。


*ジェリー対中は月曜日に亡くなった 

 開演時間の7時30分が迫ったころ、私の隣の席
に山口徹が戻って来た。座るやいなや耳もとでヒ
ソヒソと言葉をかけてきた。どうやら対中ブラザ
ースの乗りが早くも移ったようだ。
 「ジェリー対中が死んだって」と小声でいう。
「えっ、?」と私は半ば信じられないでいた。「
ジェリー対中が、今週の月曜日に亡くなったとヨ
シフミが言ったの」といったところでお互い目と
目が合ってうなずいた。「10月16日、ここで追悼
をするって」「.........」。
 享年は72才だったらしい。何ということだろう
か、わずか4~5日の違いで会えないとは残念の極
みである。私は69年だったかコロンビアレコード
から一枚のLPをロバートのプロデュースで出し
たことがあった。
 それはオールドタイム・ストリングバンドの「
マウンテン・ランブラーズ」だったが、レコーデ
ィングのとき途中で現れたジェリー対中が私たち
の楽器を横取りしてチューニングし直すってこと
があった。
 そのときの傍若無人ぶりが強烈な印象となって
残っている。私にはそれまでほとんど会話らしき
ことを交わしたことがなかったところに、このレ
コーディングの件があったので増々口をきかなく
なり、同時に嫌いになったのだった。
 しかし変なものだが、今日を待ちわびた最高の
理由はジェリー対中を見たい、というものだった
のだ。自分の気持ちがどうしてそのように傾くの
か分からないままに実は来ていたのだった。恐い
もの見たさ?そうかも知れない。


*超ノロノロ、対中ブラザースの演奏は危ない 

写真家の小森谷に「今日は乗りが悪くなった」
とつい弱体発言をいうと強い反発が来た。「だめ
だよ!ロバートさん一人でもつかまえてインタビ
ューしなくっちゃ。ダメッ」さすがに百戦錬磨の
写真家だ。イザとなると恐ろしい。それにしても、
肝心のロバート対中は現れるのだろうか。
 ステージは7時30分きっかりに始まっていた。
アメリカ人と思われる老人フィドラーが無言で弾
き始めた曲は「アメイジング・グレース」。正常
に近い音は出ているが、超スローなのだ。亡くな
ったジェリー対中に捧げられて御詠歌風のろさに
アレンジしてるのか。しかし外人が御詠歌なんて
知ってるのか?曲が壊れていきそうだ。がんばれ!
 バックを努めるのはキングストン・トリオ風フ
ァッションで決めたヨシフミがバンジョー、その
弟ジュンがギター、あとはベースともう一人のギ
ターという布陣である。平均年齢58才と読んだが
どうだろうか。
 ところがどっこい、こちらは音が小さいのだ。
いまにも消えてなくなりそうなアメージング・グ
レースのメロディを支えて持ち上げてドライブと
いう安定路線を確保させなければいけないのに、
バックの音はあまりにも小さくて頼りなくて危な
い。ドライブ感の中心をなすベースからはまった
く音が出ていないという珍しいものを見せてもら
った。実は弾いてる格好だけで音が出てるように
見せるマジック的裏技だったりして。
 「これはちょっと。今日は忍耐と長い夜が同時
に来そうだ」と私がつぶやくと、周りにいた4~5
人が黙ってうなずいた。「これでイーセンは高い」
という声が低く静かに聞こえた。イーセンとは業
界用語で3,000円のことである。
 きれいに飾ったおばさんが登場して「デトロイ
ト・シティー」をこんどは軽快に歌った。

*赤羽の夜、フィリピン娘のハードタイムス 

 1回目のステージから「対中ブラザース」のペ
ースは乱れた。超満員となったせいも確かにあっ
たと思えるが、何といっても本日予約してやって
来た大昔の知合い14人が目の前で見ていることに
乱されたのだ。さかんに「今日はブルーグラスが
上手な人たちが来ています。須貝君、1曲やって
ください」とヨシフミが繰り返し言っても須貝重
太は動かなかった。そのやりとりがステージの流
れを停滞させたのかも知れないが、演奏はあくま
でも不安定で小さかった。srtainaka03s.jpg
 8時になった。1回目がどうやら終わったよう
だ。メンバーが舞台を降りてがらんとしたところ
へ飛び入りが登場した。フィリピンから来たレデ
イがフォスターの「ハード・タイムス」を歌うの
だという。「一人では...」と渋るのを見て、いき
なり長谷川が舞台に立ってベースを持った。
 職業的黒のドレスに身を包んだミスはつっかえ
ながらも1曲を歌い終えた。歌い終わってそそく
さと自分のホームグランドへと帰って行ったが、
彼女の登場は夜の赤羽という妖しげなムードをか
い間見せたようだ。しかし、いったい誰が呼んだ
のだ? そして仕込んだのは誰だ?

 飛び入りが続いた。こんどはれっきとしたジャ
パニーズのお嬢さんがピアノで「バイ・バイ・ブ
ルース」を弾いた。ここのステージにはアップラ
イトピアノが備えてあった。ジャズバンドも出て
いるようだ。小柄で細身のお嬢さんは明るくスキ
ップでもしてるようなリズムで気持ちよさそうに
弾いた。終わると拍手がしなやかに響いた。
 いよいよ須貝がステージに呼ばれた。ブルーグ
ラス・バトルロワイヤル、平たくいえばジャムセ
ッションの開始になるだろうと思ったら、まさに
始まった。ジャムといえば私たちは30年以上のベ
テランだ。弾けない恐れなどなーんもないもんね。
 
*楽器弾きには楽器を与えてはいけません 

山口さとし、岩本健、山口徹、長谷川光、須貝
重太、私、今井、西貝清、鷲見などが入り乱れて
のジャムだった。始まりは「バーボン・ストリー
ト・ブルース」だったが、ビールの酔いもあって
あとは誰が何をどうしたのかされたのかずるずる
と進んで、ダダ~ンとGランが決まって終わった。
 それにしても山口徹はドブロを弾きまくったく
せに「ラウンドネックは弾きにくい」だって。こ
ういう人に楽器を渡すと死ぬまで弾くことになる
のだ。長谷川はバンジョーをボーカルマイクの高
さまで持ち上げて弾いた。この人もいったん乗っ
たら危ない。次は弾きながら口からボ~ッと1メ
ーターくらいの火を吹くかも知れないのだ。
 今井もマンドリンで戦った。数カ所気合負けの
部分もあったけど無事にエンディングを迎えた。
今井とは20年以上のご無沙汰だったが、ブルーグ
ラス関係の糸をがっちりつかんで放さなかったのが、
「対中ブラザース」と同じステージに立つという栄
光に授かったのだった。
 入口のドアが開いて背中の曲がった小さい老人が
見えた。


*縮んだ巨匠ロバート対中の体格はどっきり 

 8時50分、ジャムが終わるのを待っていたように
巨匠ロバート対中が登場した。やはり私は昔の偉丈
夫な姿を想像していたようだ。背中が彎曲したので
背が小さくなったのだろうか、頭ひとつ分くらいは
低くなったように見える。それに顔も細く、そのせ
いか全体が細身になったようだ。そろそろと歩き、
ステージ前の椅子にゆっくり座った。
 それまで大騒ぎしていた店内がロバート対中の登
場で急に静かになった。というよりも私たち一行だ
けが目の前の変わったロバート対中を見て空気が抜
けたように固まっていた。
 インタビューをしたいと申し入れたら「君か」と
いってオーケーを出してくれた。間近で見るとやは
り相当に小型化しているのが分かる。しかし耳は遠
くなったけどまだ大丈夫なのだといって、少しだけ
見覚えのある笑顔になった。
 
 「ジェリー対中は亡くなりました。私は彼とは40
年間も一緒にやりました。この月曜日に、26日に生
涯を閉じたのです。72才でした」
 
 インタビューはロバートへのリクエストをねだる
お客さんと関係者とのお話の間を縫うように始まっ
た。そのうえ店内は一段と騒々しくなっていて、私
が耳もとで大きな声を出して質問するというしっち
ゃかめっちゃか状態だった。

*独占ライブハウス・インタビュー

 黒のサンバーストのアリアギターを持って椅子に
座って巨匠ロバート対中は悠然と歌いだした。古い
トラディショナルソングの「ウィーピング・ウィロ
ウ」だ。声はさすがに74才を感じさせる衰えは見え
るが、何といっても素晴しい貫禄だ。
 あまり表情を変えることなくリクエストに応えて
淡々と歌っていく。「ワバッシュ・キャンノン・ボ
ール」「マウンテン・デュー」「ユー・チーティン
・ハート」「ロール・オン・バディ」と続いた。
かなり元気だ。
 
 あなたの音楽の始まりを教えてください。
 「私は10代の頃、灰田勝彦がアイドルだった。そ
れが私の音楽の始まりで、それからしばらく経って
から進駐軍に通訳として勤めた。御殿場のキャンプ
でハンク・ウィリアムスを聞いてしびれました。そ
れからです、こういう音楽の始まりは」
 私はその昔、よく歌ってくれたブラッドレイ・キ
ンケイドだと思ってました。あの青い草時代です。
 「そのあと、ロイ・エイカフを知ってから歌の深
さに夢中になってどんどん好きになりました。そし
て上手く歌いたいために勉強しました。特に歌詞の
意味と英語の発音は毎日勉強しても足りませんでし
た。あとになってですが、私は歌の勉強のためアイ
ルランドとイギリスに行ってます」
 そうすると後輩には言いたいことがありますか。
 「もっと英語の勉強をしなさい。アメリカ語とか
イギリス語をやるべきですね。私は終戦後、およそ
10年経った頃かな、3,000人のアメリカ人を歌で泣
かしたことがあった。新聞にも出たけど、それは歌
詞が正確に歌われたことでそうなったのです。リズ
ムに乗ったときはどう歌うかなどです。半端な英語
では人は泣きません」
 普段の生活はどう過ごしてますか。
 「大体カラオケ三昧です。週に最低3回は行きま
すね。レパートリー? そうだね、鳥羽一郎なんか
は好きだね。彼はラテンです。テレビは冬のソナタ
がいい。野球はもちろん巨人です」
 アメリカ本土を初めて訪れたのはいつですか。
 「1960年でした。ナッシュビルまで行ってロイ・
エイカフに会って、テックス・リッターとビル・モ
ンローを紹介されて会いました。南部一帯を1年間
廻りました」
 今日は何十年ぶりかでロバート&ジェリーを見に
友だちと来ました。しばらく情報が途絶えてしまい
どこでどうしているのか私たちは知りませんでした。
 「ありがとう。山口くん、須貝くんは顔を見てす
ぐに分かった。30年ぶりかな。うん、ジェリーも見
たかったと思いますが、亡くなったから。彼の晩年
は赤羽だったね。先月もここに出演しましたが、そ
のときも体調はかなり悪かった。そうそう、ここで
10月9日にジェリー対中の追悼をしますので、皆さ
んで来てまた盛り上げてください」

*あらためて巨匠を実感した7月31日午後10時

 インタビューは以上となった。というのもアンコ
ールに応えるために再度ステージに立ったのだった。
 巨匠ロバート対中は今でも巨匠の名に相応しく圧
倒的な存在感だった。それまでバックの役目を果た
せなかったメンバーをきっちり束ねて歌ってしまう
迫力は、百戦錬磨の達人のようだった。
 小さくなった身体からは山のようなオーラが立ち、
私たちの誰もが夢中になってリクエストを大声で叫
んだ。彼が登場する前には考えられなかった自分の
心の変わりようだ。あらためて時代を切り開いた実
力を感じている。まぎれもない東京の現役の偉大な
ブルーグラス人である。
 長谷川がいった。
 「見れてよかった」と。

              佐々木 仁




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レポート・国本武春と「九州バカおも旅行」 /2004年7月24日号

今回は去年の7月の終わりに、浪曲師としてあるい
はミュージカル舞台俳優としてさらに只今アメリカ
へブルーグラスのお勉強に行ってる最中という正に
時の人、国本武春と「九州バカおも旅行」をしたと
きのレポートをお届けします。題して「九州ふっく
らツアー」。同行したのは東京のバディーズ、同じ
く東京夢弦堂の主人西貝清、北九州のエルビス・グ
ラス、宅配ピッザ大手のビッグベアーズのつわもの
社員(ハマグラー)など。ちょうど1年前に書いた
レポートをお楽しみください。


*イントロ

 7月24日から始まった「九州ふっくらツアー」
も無事、27日をもって終わった。車で全行程を通
した国本・中村組も道中何とか無事に東京に帰り
ついた。「おれのナビがええがら無事だったべ」
と国本がいえば、「ちがうべ~、おれの高い運転
技術だ~」と中村がやり返し、パリダカで勝負す
るのかと周りを興奮させてくれたが、そのまま何
もなくそれぞれの仕事に戻っていった。
 それにしても車6台をつらねた大ツアーだった。
北九州市小倉の北九州パレスで開かれた『国本武
春独演会』を皮切りに、翌日は国東半島の姫島で
打上げ、つまり宴会ですね。そして飯田高原の大
分ブルーグラス・フェスティヴァルへ乱入。フェ
スではさんざん大騒ぎのあと、当局の手配が回ら
ないうちに超スピードで福岡空港へと戻った。
 準備に4ヶ月、全行程4日間の九州を真横に横
断したミュージック+食い道楽ツアーとなった。
 参加者は東京から8名。うち今回の主役V.I.P.
国本武春と中村信吾は楽器アンプなど荷物が多く、
トヨタBb車での移動が決定。飛行機移動の私たち
よりも1日早い23日午前に東京出発となった。一
路北九州まで1,300キロ、プラスアルファ数百キ
ロのオンザロードだ。


*美味しいものは独占したらいけんて

 ちなみに今回初登場の中村信吾は、プロのギタ
リスト。松田聖子、トワエモア、その他スタジオ
などで活躍中。「作曲もする」よとにっこり。
 先日、時山フェスに初出演した国本とともにス
テージに立ち、ブルーグラス界にデビューした。 
 他に長野市から1名、仙台市と松江市からそれ
ぞれ1名ずつ合計3名、合計11名が北九州以外か
らの参加メンバー。P7260033(2)s.jpg
 これに、北九州市に拠点を置く神出鬼没の秘密
倶楽部「ハマグラ-」の十数名が加わった24~25
名が、ツアーメンバーとなった。
 このメンバーを取りまとめるのはアウトドア趣
味の粋人、エルビス吉川である。地方公務員のか
たわら、ブルーグラスバンド「メンフィス」のリ
ーダーとして大活躍中。他にご存知、エルビス・
プレスリーに成り変わってホテルやコンサート、
ライブハウスなどを飛び回り、北九州音楽界にそ
の名も轟くエルビス吉川その人である。

 地方公務員のかたわらといったが、ある日など
は職場で海釣り(うなぎ)の仕掛けを朝から作っ
ていて「今日はとても忙しい」といっていた。聞
けば「うん、館長といって職場で一番偉い人の命
令なんだ」という。不思議な職場である。 
 彼曰く「喜びや楽しみ、美味しさは一人で独占
したらイケンて」が信条。


*国本武春独演会 
 
 24日、スタートは何といっても「国本武春独演
会」だ。あぶらの乗切った浪曲界随一のうなりが
小倉に炸裂、ファンを山のように作れるか。
 楽屋に落ちつき三味線を組立てながら、「目い
っぱい行くよ」と国本の気合も上々だ。
 約三年前、実は「寿ブラザース」としてこの舞
台に立っているが、今回は正真正銘の「独演会」
である。2部ではギタリスト中村信吾もフィー
チュアーして新しい趣向を披露することになって
いる。気合が乗らない訳がないのだ。
 それに加えて今年の春にはCD「巌流島うた絵
巻」を出して、NHK・TV宮本武蔵で賑わう北
九州市に花を添えている。佐々木小次郎と対決し
た巌流島は門司港から目の前に浮かんでいる。
 武蔵は小倉城には大変に縁の深い剣豪なところ
から、市内のあちこちで「宮本武蔵展」が展開さ
れている。とう訳で、巌流島CD発売~独演会と
グッドタイミングなのだ。
 客席に350の椅子が並べられた。主催者ビッグ
ベアーズの社員たちが目立ちはじめ、サウンドチ
ェックも終わった。PAの矢野さんは三年前もオペ
レーションしてくれた人で、北九州随一の技術を
持っていると評判の高い人である。
 エルビス吉川がマネージャーと会場入りした。
さっそく楽屋で国本と再会を楽しんで、明日上陸
予定の姫島の「海老のおどり食い」の話しが出て
盛り上がる。今日は1部と2部のあいだで円熟の
エルビスショーを披露してくれる。こちらも気合
充分だ。
 18:30分開演のベルが鳴った。
 魚本ビッグベアーズ社長のご挨拶が始まった。
三年前、寿ブラザースのときよりも格段に落ちつ
いたトークでそつがない。社長をつかまえて落ち
ついたもないが、350人もの観客を前にして一言
ひとこときちんと話せる人はざらにはいない。
この三年間の社長自身の充実ぶりが垣間見えるよ
うだ。
 いよいよ国本武春出陣! 
 
 「さーさ皆さん!」
 「待ってましたァ!」
 「たっぷり!」
 「日本一!」

 場内割れんばかりの大きな声が通る。


*大成功! 立見も出た客入り
 
 このツアーの成否は、とにかくも国本武春独演
会の成功なしではありえないのだ。
 何たって独演会のあがりにツアーメンバー全員
がぶら下がっているという恐ろしい実体がある。
 しかもすでに気の早い主催者たちは企画の段階
で打ち上げから旅館の手配、果ては大分フェスで
食べるバーベキューの肉の量までオーダーしてし
まった。こういうノリは悪い訳はないけど、慣れ
ないと早合点になりはしないかと怖くて神経とか
心臓方面によくない。P7260006(2)s.jpg 
 つまり、すべてが丸くおさまるためには独演会
の入場チケットが主催者の思惑通りに売れてくれ
なければならないのだ。
 そこでビッグベアーズをはじめ、ハマグラ-、
ドゥ・フォーユーの下田さん、そしてエルビス吉
川の親派などたくさんの国本を応援してくれる人
たちが輪になって、大セールスマンとなって目い
っぱいチケットを売って売りまくってくれた。
 そのおかげで独演会の1週間前には何と350枚は
見えました「満員です」というメールをエルビス
からいただいた。

 続いて「これで失敗はありえない」と書かれた
メール画面を見て、私も「これで安心」と思うと
同時に、遠くから制作のお手伝いをしてきた者と
して北九州の協力者たちの有難さが身に沁みた。
 なのに、今日の本番の客入りを見るとすでに超
満員で、立ち見客がかなり溢れている。なんとい
うことだ、これでは大宴会だ!
 客席係に聞くと「大体ですが400人は越えてま
す」と汗を流してこたえてくれた。
 その400人を超えるお客さんが国本の芸に酔い
しれて、後ろから見ると感激や感動で胸が一杯に
なったお客さんが大きな波のように揺れているで
はないか。
 刃傷松の廊下~浅野匠守切腹お別れのくだりで
は場内の空気がピーンと引き締まり、ほとんどの
お客さまがハンカチで目頭を押さえていた。
 後半、宮本武蔵と佐々木小次郎が戦う様子を歌
った「巌流島うた絵巻」をうなる頃になると国本
も今日最高の気合が入って、眼光鋭く没頭するそ
の姿にはまさに武蔵が乗り移っていた。
 「小次郎、覚悟ォ」ばりばりばりバーン。
 私なんか舞台の袖にいて、バチが折れるんじゃ
ないかと心配でハラハラもんだった。
 そのまま怒濤のごとく乗りまくって、アンコー
ル「海峡音頭」になだれ込み、会場一体となって、
大成功のうちに独演会を締めたのだった。



*アメリカ・ブルーグラス留学
 
 またやりましょう。
 いったい何のことかといえば「国本武春独演会」
をまたやろうぜ!ということなのだ。
 といっても当の国本は9月12日からアメリカの大
学へ1年間留学することに決まってるから、たぶ
ん2年近くは待たなければならないだろう。
 何の留学なのか、というとこれがまた泣かせる
ではないか。イーストテネシー州立大学でブルー
グラスとマンドリンを基礎からやり直してみるん
だというのである。エライ!P7250027(2)s.jpg
 金髪白肌娘探検旅行ではないところがエライで
はないか。私にはとっても真似が出来ません。
 イーストテネシー大学には、聞いたところでは
ジャック・タットル先生といっていまをときめく
バンジョーマン、ベラ・フレックのお師匠さんが
ブルーグラス講座で教えているそうだ。
 そこのOBにはものすごーく売れっ子のマンド
リン弾きアダム・ステッフィーがいるという。
 国本はそこに来年の5月まで勉強しながらキャ
ンパス生活をしたあと、6月、7月、8月とフェ
スなどに武者修行に出たあと帰国するという。
 だから帰ってからすぐに独演会を立ち上げても
今年中はどうもバタバタしてしまいそうだ。やっ
ぱり来年じっくり腰据えてやろうと結論が出た。



*1年後のお楽しみだよ

 国本に果たしてどんな新しい芸が生まれたか、
来年が待ち遠しい。
 それにしても、だ。芸人の中でもその芸域にと
どまらず、ブルーグラス、ロック、ブルース、フ
ォークを取り込んだ国本ワールドで大人気独走中
の国本が、1年間、芸活動を中止して外国に出か
けるなんてちょっと不思議。なーんでだ。
 「一つの芸にしがみついてやって行きたくない。
可能性を追求する前に、原点に帰ってマンドリン
とブルーグラスを正式に習いたかった」という。
 素晴しい。
 

*花形演芸大賞

 もう少し国本のことを書くと今年、東京の三宅
坂にある国立演芸場主催の花形演芸大賞に見事選
ばれている。98年以来2度目の受賞である。
 表彰式の行われた6月23日、国立演芸場で6月特
別企画公演「花形演芸会スペシャル受賞者の会」
が併せて開かれた。
 漫才爆笑問題の司会で進められたこの日の会は
銀賞に落語の三遊亭竜楽、金賞には今や大人気コ
ントチームのテツand トモ、そして大賞に我らが
国本武春とそれぞれがめでたく受賞した。
 受賞した芸人のために国立演芸場がわざわざ会
を主催して各界のリーダーにご披露するというも
のであるから、大変に名誉なものである。
 国立演芸場といえば日本の伝統芸能の殿堂であ
る。芸を極めた達人から若手芸人までが出演出来
るところであっても、誰でも出演可能というわけ
ではない。演芸場側が選択した芸人に限られて出
場し、その中から年間の大賞を選ぶというシステ
ムになっている。
 そのような中での大賞受賞である。今回の受賞
理由は「忠臣蔵でのポップな討ち入り描写」が評
価されたと伝えられているが、忠臣蔵はかなりロ
ック色の強いバラード・ローキョクになっている。
 たしかにポップな討ち入り描写には間違いはな
く、そのうえいままで誰もこのような表現をした
者はいない、という新しさに選考委員が注目した
のだろうか。
 いよいよ国本武春時代到来の証明がこの大賞な
のであろう。
 そういえば金賞のテツandトモにしてもフォー
クギターなんか持っちゃって、テンポも早くてど
こか新しいコントチームに見える。
 まあともかくも、こんなに乗りにのってる国本
が、よりによって1年間外国暮らしをしなくたっ
ていいじゃねーかというのが、普通の人たち大半
のご意見であろう。
 しかし、およそ5年前、ケンタッキーのビル・
モンローのお墓までお参りに行ってる国本にとっ
ては「ブルーグラス修行」こそがいま最も大切な
ことであって、まさに国本らしいところである。
 「漢字ばかりの芸にこだわってたら皆さんに置
いて行かれる」といつも話す国本のこれからに期
待しないではいられない。
 ちなみに国本の趣味のひとつに「お墓参り」が
ある。


*食い倒れツアー

 さてふっくらツアーである。
 私たちツアーメンバーは、北九州入りして間も
なく、飲む食う食う飲む食う寝るまた食う食うば
か笑い飲む食う食うの連続で、もうふっくらなん
てとんでもなく、食い倒れ間違いなし体重10?増
量の保証をもらったようなツアーになっていた。
 「すいませんけどぉ、もう、食べられないわ。
およしになって!」ともだえてもお断りしても容
赦なく目の前にほっかほっかの空揚げがドカンと
出て來てしまうのだ。
 このツアー中、食べる鬼と化している中村信吾
が真っ先にガブッとやって「旨い!」と天に向か
って吠えた。
 たちまち六台の車からぱらぱら降りたメンバー
が、密にむらがるアリのように空揚げにわっせわ
っせと食らいつくのだった。
 この辺では、といってもここがどこだかジェン
ジェン分からない。しかし道端で空揚げを売って
るのだ。関東だったらスイカとか果物が主流を占
めるけど、ここでは鶏の空揚げ屋台が大きな看板
や旗をかざして道端に堂々と鎮座している。所変
わればの感であるが、これがまたすごーく旨い。
 私たちは大分県の国東半島(くにさきはんとう)
の沖、姫島を目ざして、今朝10時に小倉のホテル
を出発していた。さあ昼飯だといって、実はさっ
き大きな中華屋さんに入って餃子とラーメン、
「オレ炒飯にラーメン」なーんてどんどん注文し
てしっかり食っちゃっているんです。それなのに
もう空揚げを食っている。こういうのってどうな
るの?中年腹太脂肪男には本格的に食べ過ぎじゃ
ないやろか。
 

*打上げ名手ぞろいの九州人

 そういえば昨日の打上げも凄かった。エルビス
の高校の先輩がやってる限りなく本格割烹料理屋
に近い居酒屋さんには、総勢60人くらいの関係者
が集合、ド迫力の大打上げとなった。
 一人¥2,000で飲み放題とエルビスが決めたらし
いが、それにしたってこれだけの男女が集まると
は信じられない光景である。
 集合時間に少し遅れて国本、中村慎吾、私が打
ち上げ会場に到着したら、とたんに「ワーッ」と
大歓声が起こった。オッオッ何だなんだどうした
んだといいながら席に着くや、マル北青果の渡辺
一生さんをはじめハマグラーの連中が冷やした日
本酒を注ぎはじめた。
 もう大概の人は早くも酔っていて、大きな声を
出して自分を乗せてるのだ。九州人は宴会上手だ
とよく聞くが、正にである。
 エルビス・グラスの高畑くんは両耳に割り箸を
はさんでお酒を注ぎまわり、完全な宴会部長にな
ってる。P7260029(2)s.jpg
 九州電工社員、そしてエルビス・グラスのマン
ドリン・プレイヤー中村繁登さんはデジカメ男に
なりきって、私の鼻毛まで撮る迫力だ。「今回は
撮らしてもらうけん」と人をかき分けた。
 「アナゴの刺身を是非食べさせたかったのに、
店主が全部蒲焼きにした」とミスターアウトドア
マンがくやしがった。彼は今日のために特別に生
きたアナゴを手配したのだったが、最後に手違い
が起きた。「オレのこだわりを分かってない」と
くやしくて仕方のない様子。

 しかし、目の前には海の幸、つまりあの有名な
玄界灘の魚貝類が大皿小皿に盛り付けられ所狭し
と並んでる。魚好きには「こたえられね~」。
 国本&信吾の食い倒しコンビも快調!「今日は
徹底的にいくもんね」と目が釣り上がる。


*離島「姫島」

 食い過ぎて体の不調を訴えたってアンタ、まだ
旅は始まったばかり、「しっかりせんかい!」と
誰かに注意されるだろうなと考えていたら、なー
んてことはなくすべて私の胃が難なく消化しちゃ
った。空気が良く景色が広い、仲間がいる、消化
酵素もここぞって感じで働きだしたのだろう。
 旅は疲れた頭や身体にはどんな薬よりもよく効
くのではなかろうか、とぼんやりしてたら姫島行
きの真っ白いフェリーが着いた。島の人々が降り
て替わりに私たち一行が乗った。それぞれに楽器
らしき黒いケースなどを持ってるためか、じろじ
ろと見られて照れくさい。P7270036(2)s.jpg
 「黒いケースだから、中に何が入ってるのか見
たいだろうね」ギャングだったら軽機関銃なんか
が入っているし、手品師だったら鳩が10羽くらい
入っていたりして。
 「出して聞かせてみようか」と誰かがいったら、
 「島まで10分で着くけん時間なか」だって。
 どんよりと重たい雲がいまにも手が届きそうだ。
晴れたら向こうに四国が見えるのだそうだ。思え
ば遠くに来たもんだ。

 「樽見さんご夫婦が合流しました」と中村繁登
さんが教えてくれた。樽見さんは久留米在住の獣
医で毎日乳牛の管理してる人だ。バンド「メンフ
ィス」「エルビス・グラス」のバンジョーマンで
もある。昨日の独演会には姿を見せなかったので
今日久留米から走って来たのだろう。
 「着いたあ!」
 小さな港には割烹着の似合う若奥様風のお姉さ
んが軽トラックで迎えに来ていた。
 こちらの人相が悪かったのかいくぶん緊張して
 「ペンション紫はこちらです」。


*果たして釣果は?

 紫だなあと思って歩いてたらそこが「ペンショ
ン紫」だった。外壁全体が紫色に塗られているか
らすぐに分かるとは聞いてはいたけど、本当にす
ぐ分かった。港からぞろぞろと歩いて10分、ちょ
うど反対側のやはり港の目の前に平家建ての目ざ
す今晩の宿があった。
 「いらっしゃい」と生きのいいおばさんたち5
~6人がニコニコ笑顔で出迎えてくれたが、そそ
くさと調理場へ取って返して料理にかかっている。
忙しそうだ。素朴で人なつっこい笑顔がチャーミ
ングな彼女たちの前に、タコが並べられている。
姫島はタコ漁も盛んなのだろうか。
 ここは今晩私たちの貸切になってる。大広間に
頭を並べて雑魚寝大会、早く寝た者勝ちという風
雲漂う状況である。イビキが怖いのだ。これだけ
の所帯だ、誰がイビキの大家なのか皆目分からな
い。じゃあどうしようか、なーんて考えていたら
「僕って凄いのよ」と信吾。いわれたときには遅
かった。すでに隣にくつろいで、うちわをあおっ
てるではないか。
 早くもビールをはさんで飲み始めた者がいる。
旅は酔うべし食べるべし結構ではないか。何がお
かしいのかお互いに向かい合って、げらげら笑い
ながらグイッとやり、バタピーを口に放り込んで
いる。
 ペンションの目の前にぱあーっと広がる海へ出
た。もちろん釣り竿、えさを持って「大物だべ」
と心にイメージしている。
 釣れそうな防波堤に着いた。一番海の方へ突き
出た長い防波堤で、その先端部分でさっそく糸を
垂らした。姫島で竿を出すというイメージはもう
この話が決まったときからあった。正にいまがそ
のときだ。身体中に満足感が広がった。
 大海原をながめる。だんだんと精神や神経が解
放されていく。一人だったら「あ~あ~」とタ
ーザンのように吠えたかった。
 雨がやんで水平線のあたりには薄く陽がさして
るのが見える。静かだ。聞こえるのは防波堤に当
たる小さな波のちゃぶちゃぶ音だけ。岬のような
でっぱりに神社の鳥居が見える。その上をトンビ
がぐるぐる回ってる。遠くに漁船が小さく見える。
 「釣れた!」と声がした。仙台からただ独り参
加した阿部さんが得意満面の笑顔で、本日第1号
を釣り上げた。
 小さいけどよく引くんだと感想を話すが、それ
にしても小さい。「小さいけどよく釣れたなあ」
と、心にもないことをいう。礼儀なのだ。
 「釣れた!」こんどはビッグベアーズの専務が
声を出した。見るとやっぱり小さい。名前も知ら
ない小物だ。よくもこんな小さい魚を釣るもんだ
と心でののしりながらも「凄いねえ」と誉めた。
 「やーやー、釣れてる?」国本が竿を持って登
場した。「こういうものは気合だ」とばかりポー
ズを作ったが、果たしてどうか。
 「釣れた!」また阿部だ。今度はなにやら少し
形が大きい。釣れて当然、私のウデならという顔
をしてるではないか。しかしどうしてだ、私には
一回の当たりも来ないではないか。「一回くらい
引いてくれーッ」
 この日釣果のなかったのは私と国本だった。私
の場合、引きがあって「それっ」と竿を立てても
エサだけが消えていて釣れないのである。
 もうかなり暗くなった。もうダメだとあきらめ
て帰ろうと決めたとき、「ピクピク」と竿先に小
さな当たりがきた。引き上げたらお腹が白くて丸
っこい小さな熱帯魚のような魚が釣れてきた。
 「やったー」と心の中でガッツポーズをしてい
ると、誰かが「触らないで!」と叫んだ。お腹と
背中から出ているトゲに毒があって、刺されたら
大変なことになるらしいのだ。これじゃ、釣果と
はいえないのだ。
 姫島の防波堤はあくまでも厳しかった。


*姫島は伝統的夜ばいの島

「今日は昨日の本打上げです」とエルビスがご挨
拶をして宴会がスタートした。
 主賓国本も姫島名物「海老の踊り食い」にかぶ
りつき、目尻を下げている。目の前には宿のおば
さんたちが作った魚料理のオンパレードが並んで
いる。今晩もたらふく食べないともったいない。
 バディーズの黒川バンジョーマンがそっと席を
立った。彼は平静を装って海老の傍を離れたのだ。
 海老が嫌いな人は少なくないと思うが、彼の場
合は子どもの頃、お兄さんとザリガニを捕りに行
ったら手を挟まれてしまい、そいつをぶらさげた
まま家まで帰ったのが原因で海老が嫌いになった
そうだ。ついでにいえばカニも嫌いで食べられな
い。じゃあハサミが嫌いなんでしょという人がい
るけど、実はトマトも嫌いなのだ。つまるところ
赤いもの全般的に嫌いなのかも知れない。
 ビッグベアーズ専務が寿司を握り始めた。彼の
前職はお寿司屋さんと聞いたときは驚いたが、な
る程寿司屋の貫禄たっぷりで、畳にどっかりあぐ
らをかいて目の前に並べられた生き海老をスッス
ッと鮮やかに握っている。ときどき「パクッ」っ
と自分の口に放り込むことも忘れない。
 宴もたけなわの頃、シロード・若菜・クロアリ
氏がおもむろに愛用のギターを取り出した。彼の
前にはいつの間にか宿のおばちゃんたちがきちん
と座ってる。
 夕方前、「ギターを聞かしちゃる」と約束して
たとシロードは恥ずかしそうにいった。やがてク
ラシックギターの妙なる調べが始まり、ペンショ
ン紫の宴会場はスペインのアンダルシア~地中海
のリゾートホテルに変わった。
 おばちゃんたちは1曲が終わると我を忘れてシ
ロードに触りたがった。頬をぽっと赤くにじませ、
目は「星目」でウルウル状態。完全にギターのと
りこになっている。
 「アランフェス協奏曲」が始まった。シロード
の必殺技である。この曲でうら若い女性を何人も
失神させている。うっとり、おばちゃんたちは酔
ってる。ここは姫島、夜ばいの本場だ。
 「若菜さん、今晩寝かしてもらえないよ」
 
 バディーズの守屋マンドリンマンがキャスティ
ング・ロッドを組み立てた。
 夜釣りに行くのだ。

*大分飯田高原ブルーグラスフェステイバル

 大分フェスは何とワンダフルで快適だっただろ
うか。想像をはるかに超える雄大な絶景!
 おそらくは日本のブルーグラスフェスでもこの
ように風光明媚なロケーションは二つとないので
はないか。ステージまわりも整備され、加えて設
備の良いバンガローは大きな魅力となる。
 全国のフェスター=フェスマニア諸君、大分フ
ェスに来ないでフェスは語れません!
 さて、今日は26日土曜日。ドピーカンの青空と
太陽、昨日までの大雨はウソみたいだ。絶好のフ
ェスびよりの中、1台また1台とお客様が到着し
ている。
 私たちもそれぞれの宿舎に荷物を置いて自分の
居場所を探す。バディーズは今晩の出演に向けて
練習を始めた。海宝弘之も愛用のギターを抱えて
練習に出かけた。
 海宝は東京の「ウィルビー」というブルーグラ
ス・バンドのギター&ボーカルだ。今日はバンジ
ョーに鹿児島の内田さん、ベースに福岡の遠藤さ
ん、そして長野から東京組と一緒に飛んで来たマ
ンドリンの谷口という寄せ集めメンバーでエント
リーしている。だから練習は絶対に必要で、海宝
は昨日の夜あたりから少しナーバスになっていた。
 主催者の一人、上尾さんに会った。すぐに国本
を紹介する。
 上尾さんは仕事で東京の東大和市に長期出張で
来ていた。ある日、今日出演のマンドリン谷口が
我家で飲むとき、「ギターの上尾くんです」とい
って連れて来たのが初対面だった。
 メリルギターの入った大きな黒いケースと沢山
の缶ビールを持ってやって来たのだった。
 「えーっ、CDじゃなかったの?」と驚いたの
は我家のオカミさん。上尾さんがパラパラとご挨
拶代わりにメリルギターを弾いたのをキッチンで
聞いていて、料理を運んで来たら、実際に弾いて
る人がいたので声が出たらしい。私も谷口も同様
であまりにも素晴しい弾きに「......」声も出な
かった。
 上尾さんとはこんな出会いだった。



*焼肉食べ放題箱は1,000円なり

 食べる方はフェス会場の受付の真向かいにビッ
グベアーズのパネルバンのトラックがどんと置か
れ、その横にテーブルとイスが並び、ここがツア
ーメンバーの食事処となっていた。毎年の定位置
「北九州エリア」と呼ばれ親しまれているそうだ。
 頭にねじり鉢巻と威勢のいい魚本社長がカレー
の大鍋を柄の長いお玉でかきまわしている。横顔
が夕陽に照らされて渋くていい感じ。これで頭に
テンガロンハットを乗せたら夕陽のガンマンだ。
 同じ北九州エリアの焼肉コーナーでは、博多の
「徳田スペシャル」のベースマン遠藤さんが運ん
で来た12キロの肉がジュージューと音を立てて焼
かれている。ここでも国本・信吾の「食い倒しブ
ラザー」は脇目もふらず大きな肉にかぶりついて
いた。「さっきここへ来る途中で胃薬を買った」
と食いっぷりに拍車がかかっているようだ。 
 その傍では釣り名人安部が鹿児島焼酎「阪神タ
イガース」の水割りを作ってサービスしている。
「いやー、いい気分だ。カレーもいけるよ」とい
いつつ焼酎水割りを差し出した。「本当は日本酒
の方がいいんだけど」というのを忘れない。P7260017(2)s.jpg
 彼は日本酒の大家で「仙台の阿部」はマニアの
間でも一目置かれている存在だという。「以前は
ビル・モンローのマニアだったけどいつの間にか
日本酒に変わった」とか。エルビスの後輩。
 関西からゲスト出演するアンドレ佐藤と谷村が
エリア内の権利箱に1,000円を入れて焼肉を食い
はじめた。片手には焼酎阪神タイガース。旨そう
だ。ピカイチ・ドブロプレイヤーのアンドレは強
烈なタイガースファンで、いつ楽器弾いてるのか
分からないくらいだけど、ドブロだけは超上手く
なった珍しい人だ。

 今年はぶっちぎりの優勝だねと声をかけたら、
「今年は大丈夫やろ」と目を細めた。
 マンドリン谷村は地味いな存在とは反対にプレ
イは目がさめるほど凄い。アンドレと「フレンズ
・アンド・ネイバーズ」というバンドを組んでい
る。
 風向きが変わりバーベキューの匂いがあちこち
からどっと押し寄せて来た。そういえば会場のい
たるところで焼肉パーティーが始まっている。
 フェスたけなわになりつつある。


*「ジャンゴは気持ちいい」
        と鹿児島の内田さん


 宿舎は箱根フェスのバンガローとはかけ離れた
綺麗さ。バンガローというよりもログキャビンで
はなかろうか。
 私たちの部屋は中にロフトがあって5人が窮屈
なく寝れた。シャワールームに洗面所がきっちり
設備されていて、これに清潔な洋式トイレ付きと
くればもういうことなしであろう。シャワールー
ムにはシャンプー、リンスもきちんと揃っていて、
ホテルみたい。「これってマジ?」なーんちゃっ
て。もちろんキッチンもある。
 そういえばコタツもあったな。1バンドでこの
ログキャビンをキープしたら充分快適過ぎて帰れ
なくなりそう。
 午後6時。
 右傾斜の芝の地面をよろよろと歩いてると鹿児
島の内田さんにばったり出会った。昼前に鹿児島
から車で吹っ飛ばして来たそうだ。
 今回は海宝バンドのメンバーで出演することに
なっているが、すでに練習を済ませたそうだ。
 彼とは1年前、エルビスの結婚式で出会った。
きれいにロールする優雅なバンジョーを弾くので
印象に残った。若くて形のいい青年である。
「今はジャンゴに凝ってて、毎日そればっかり弾
いてる」「気持ちいい?」「うん、かなり」と短
い会話をかわした。


*国本武春「大分フェス」初登場!

 夢弦堂主人、西貝が北九州エリアで焼酎を飲ん
でいた。フェス会場の外はもう真っ暗に近い。
 「このイモの香りが何ともいいんだよね」
 「やっぱり本場の焼酎は違う!」とうっとり。
 私がここに持ってきたギターも夢弦堂製ドレッ
ドノートだが、これを持ってあちこちのフェスへ
行くと触られたり撫でられたり引っかかれたりい
つも大人気になる。マーティンとは明らかに違う
音がするが、どこのフレットで弾いてもビッグト
ーンでとても気に入ってる。その制作者が西貝で
私とは40年くらいのお友達。昔から物を作ったり
組み立てたりするのが好きだったが、ついに楽器
の制作者になった。
 ギター、バンジョー、マンドリン、ウクレレ、
など一年中忙しく作っている。
 なにやらステージ前が騒がしいと思ったら、国
本武春のスペシャル・ブルーグラス・ステージが
始まっていた。三味線で弾く「フォギーマウンテ
ン・スペシャル」も快調に受けている。
 さっきたっぷり食べた焼肉エネルギーが国本の
パワーを押し上げているようだ。
 「俺の行く先はドコ~」で始まるHOBOが始
まった。ゴキゲンなロックンロール・ビートに乗
って「あてもない旅行くよHOBO(方々)」と
国本が歌えばギターの信吾はもっと乗せる。「金
もないから、髪はボウボウ」落ちがついた。
 国本と信吾は明日、大分市内での出演が待って
いる。国本を知っていると本人がいうおばさんか
ら「北九州まで来られると聞いたので是非」にと
頼まれたらしい。
 アンコールがきた。
 「じゃあ、ブギウギだ!」
 ほとけの顔も三度でおわりだ~と軽快に始まっ
って、「熱くなろうぜ!」「踊ろうぜ!」イエー
ッ、お客も大きな声で乗ってる。ベリーグッド!
 「熱けりゃ、パンツ脱いでもいいよッ」
 今度はレイ・チャールスばりにお客と掛け合い
だ。「ヘーイ、へ~イ」「シャワドゥビドゥビシ
ャワ」「へ~イ、ヘエイ」~
堪忍袋の緒が切れちまったーで、エンディング。
 拍手喝采!


*バディーズ・デビュー
 「いやー、キツイ!」
 メンフィスとエルビスグラス、そしてエルビス
吉川と三つのバンドをこなして汗びっしょりのエ
ルビス、さすがにやり過ぎた様子。
 「さあ、いまから飲もう!」
 「そうだ、そうだ!」
 といいながらステージを降り、ガヤガヤと闇に
消えた。エルビスとバンドの皆は演奏や歌の乱れ
を恐れて、アルコールをセーブしていたらしい。
 「エッ?」
 
 ステージの投光器が東京の「バディーズ」の4
人を照らした。いくぶん緊張気味の顔が長いブラ
ンクを物語っている。かつて70年代のブルーグラ
スシーンを駆け巡ったツワモノたちが戻ってきて、
本日この舞台がデビューなのだ。P7260013(2)s.jpg
 山口さとし、黒川晴夫、守屋憲二、下村哲とい
う仲良し4人組が目ざす音楽スタイルは、想像す
るにディキシー・チックスのような、いま誰もが
親しめてしかもインパクトの強いものだ。それに
「オシャレスパイス」をふりかければもう完璧、
パーフェクト。あくまでも目標だからね。
 「キャロライナ・イン・ザ・パイン」が始まっ
た。始まってすぐにメンバーが極度の緊張に襲わ
れてしまったらしく、パワーもキレもまったく出
ていない。同じ仲間としての私の心配は山のよう
に膨れ上がった。このまま最後の曲までたどり着
けるのかと思っていると2曲目の「川を下って」
は平均点の出来で、一安心。ジョン・ハートフォ
ードがあこがれた川の生活風景がちょっぴり出て
いた。ケンジの味のあるボーカルがいい。

 しかし、およそ30年のブランクは想像以上にメ
ンバーを苦しめている。リードボーカルもコーラ
スも自分達がイメージしたものより半分以下の結
果となっていて、乗って楽しむところまではとて
もとても及ばない。
 楽器もうまくコントロール出来てないようだ。
サイモン&ガーファンクルの「コダクローム」と
ディキシー・チックスの「トラベリング・ソルジ
ャー」は早い曲、スロー曲と並んだが、楽器の側
から見ると両曲とも音量的に厳しい結果だった。
つまり、すべてに練習不足が覆いかぶさっている。
 

*おじさんは忙しいのだ

 楽器に関してはほとんどが自己練習で決まって
るけど、それが結構難しい。仕事を持つどこのお
じさんも忙しい盛りで、なかなか楽器に向かう気
持ちになれないのが普通である。あるいは家でお
かあちゃんに邪魔されて楽器を弾けない人もいる
かも知れない。
 しかし、何とか少ない時間を楽器に振り分けて、
そのうえ昔は確かにあった向上心を取り戻してい
ただいて自己練習を繰り返し、感覚と自信を取り
戻さなければならない。そうしなければ次への展
開が開けないのだ。楽器を弾くことによって歌や
コーラスやリズムにも好影響が出ることは必至で、
ここでようやくメンバーが集まった練習にまとま
りが見えて、いわゆるバンドの音が出るのだ。P7260015(2)s.jpg
 最後に若いジョッシュ・ウィリアムスが歌って
評判になった「目には目を」が始まった。原題は
「AN EYE FOR EYE」。曲の前に
リードボーカルの山口が「過って他人の子どもを
殺してしまった歌です」と説明してから入った。
そのせいかお客さんたちも気持ちを入れたように
見えて、ステージの周りにそれまでになかったい
い雰囲気、一体感的なものが生まれてとても良か
った。曲全体もよくまとまって最後の曲にふさわ
しかった。出来るのだ!

 ポテンシャルはあるのだ。



*森光君・大牟田君・ハッチャリーズ

 フェス2日目の朝。8時頃か、外を見ると、
「やったー!」今日も快晴だ。もぞもぞと隣のフ
トンが動いたと思ったら、山口と守屋が起きた。
「よく眠れたかい?」と聞けば、「ゲロゲロ」と
いう。二人とも強烈な睡眠だったらしい。
 「今朝のおめざ、お紅茶なんぞいかが?」なー
んて声が掛からないか、よね。P7260017(2)s.jpg
 ロッジを出て会場を歩いてたら珍しい人に出会
った。日大「サンズ・オブ・ホーボーズ」のOB
森光くんと同 ”相撲スペシャル "の大牟田くんだ。
 相変わらずの迫力顔に圧倒されるが、およそ20
年ぶりの再会である。「そうか、ここに来れば君
たちに会えるのね。うわー、久しぶりだ」。
 「昨日の夜のステージ、ちゃんと見てくれた?」
といきなり難問をふっかけてきた。
 「見たよ。コーラスがよかった」と答えたらど
うやら当ったらしく、「そうだろ、いけそうだろ」
とえらく機嫌がよくなった。

 「ハッチャリーズ」と粋な名前を付けた森光バ
ンドにはえらく自信があるという。東京でやりた
い、東京でやってみたいとしきりにいう森光くん
の目は、きらきらとお星さまのように輝いていた。
 NHKの「おやじバンド合戦に出て選ばれたん
だ」と堂々胸を張って教えてくれた。
 大牟田くんはかつて「サンズ・オブ・ホーボー
ズ・相撲スペシャル」のギター&ボーカルで大活
躍した人物で、当時を知る東京のブルーグラスフ
ァンには伝説になっている。大牟田くんというの
は通り名で本名は樋口孝介。樋口よりも出身地の
「オームタ」がいいと決まったのかも知れない。
 いまは自分のバンドは持ってないけど、ちょこ
ちょこ遊ばせてもらってる、がはははと笑った。
 つかの間のブルーグラス同級会。


*やまなみ温泉牧場

 10時前、国本と信吾が大牟田市内での仕事に
行くためフェス会場を後にした。昨日の10数キロ
の焼肉が効いたようで今朝からパワー全開のよう
で、目に力があった。P7270039(2)s.jpg
 「道中、特に明日の東京までのドライブはかな
りご注意だよ」といって別れた。このツアーのご
主人様とバイバイしたのだから、ツアーも大詰め
だ。と思うと気分的にスキ間が出来たみたいに淋
しくなってしかたがない。「うん、こういうのは
後引くもんだ。エルビスにお願いして毎年やろう」
と秘かに勝手に決めたら淋しさも飛んで行った。
 と思ってたら「やまなみ温泉牧場」に着いてい
た。私たち一行はフェス会場でお世話になったス
タッフと記念写真をパチリとやって、そのあとこ
のヤギや牛が放牧されてる温泉場になだれこんだ

のだった。「温泉にゆっくり入って、それから焼
肉を食べましょう」と今朝も早くエルビスはいっ
た。「焼肉?結構、結構。大好き」昨日の焼肉三
昧を忘れたかのように反応してやってきたのだ。
 まずは温泉にどぶんしようと決まった。受付に
行くと野良仕事からいま帰って来たようなおばあ
ちゃんが、手ぬぐいをかぶって忙しく説明してい
る。何でもこの連日の雨で源泉に水が混じってし
まい、「温泉がぬるい」のだそうだ。
 「本当だ。これはお湯じゃない」とそそくさと
あったかい内湯に避難したのは役者の海宝。つら
れて出ようかなと決めかねているところに「ぬる
くなっても効能は同じだと思う」と声が掛かった。
その昔、ジューンアップル誌上で「正しい立ち方」
という音楽からかけ離れた評論を展開して人気の
あった仙台の阿部が、形よく露天風呂にすわりな
がら「ぽかぽかして来た」と続けていった。
 私はとりあえず阿部を信じてこのまま「あった
まる派」になった。エルビスもどうやら我が派に
属したようで「ようけ雨が降りよって」と超ぬる
い湯に短い足を投げ出して漬かっている。テツが
露天風呂をぐるっと囲んだごろごろした岩の上に
座った。まるで「2001年宇宙の旅」のファースト
シーンを見ているようだった。テツには悪いがあ
の無気味な黒い野猿の群れに、ふっとオーバーラ
ップしながらぼんやりしていた。

               ササキ・ジン

                  オ・ワ・リ







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朝霧フェスレポート/ 2004年6月20日号

朝霧フェスレポート/ササキジン・レポーター
2004年5月29・30日

「今年は一緒に行かないか?オレの車で」という西貝さん。
というわけで私ととかみさんの深雪はスバルレオーネカントリーワゴンで
ゆったりらくちんでミルクランドのフェス会場に着いたのでした。
到着時間は昼の1時頃、静岡県は「いい天気!」だった。
見上げればど~んと霊峰富士の山。
爽やかな風が山の稜線から流れ、地面からはオゾンが湧き上がってる。
久々の開放気分、むせかえるような芝生の匂いがこのフェスを実感させるのです。
どうやらお天気は大丈夫の様子。てなわけで、まずはビールを一杯!
ホテルは205号室。しかしチェックインは3時であと2時間は待たねばならない。
融通はきかないそうだ。受付のウシ姉さんがやさしくいってくれた。
ん?フェスなのにホテルか?そうです、ホテルのある会場なんです。

タープを張りにかかるが慣れないため思いのほか時間がかかる。
汗がどっと出た。このタイミングもグーッとビールだ。
風が吹いた。タープのサイドがバタバタともって行かれそうになる。
風の方向にタープの角度をを変えてまた汗が出た。
水分補給を急がねばならない。「ブシュッ、おー、いい音」
私たちはせっせとテント村を設営中でなかなか忙しいのだ。
「ホテルをとってるのに」と言われそうだが、ホテルは寝るだけなのだ。
テーブルを組みながら受け付けを見れば入木さんが赤車でご到着。
ブルーグラス界では珍しいイタリア・ランチャのラリーカーである。
彼はあれにウッドベースを積んできたこともある。

法制オービー水吉くんのゴールデンレットリバー2匹が挨拶にきた。
彼?らは訓練したみたいにぴったり並んで曲がったりしながら進むから不思議。
他の犬たちには目もくれずひたすら水吉の奥さんに寄り添って離れない。
千葉フェスでも会ったので連中フェス慣れしているようす。

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「これから出発する」とビール買出し人堀内さんからTel.あり。
どうやら佐宗さんと二人でやって来るらしいが、困った。
命の素ビールの買い置きがさっき切れた。どうするか。
堀内さん「私たちが着く前に倒れないでね」といってくれたが当たりそうだ。
主催者中西孝仁親王殿下のところへ無心に行こうかな。
と考えていると入木さん、マイグラスにバーボンを注ぎ「ぐびッ」と音を立てた。
バーボン派にビールは要らない。晴れ晴れと飲んでいる。
周りの森からうぐいすの鳴く声が聞こえる。

サウンドピーエーのオペレーター、北農くんにご挨拶する。
お店「オンザボーダー」は本日朝霧フェスのみで開業ということになるのだ。
「ダレル・スコットの新婦はいいね」とにっこり。
しばらく見ない間に洗練されてすっかりミュージックスターの雰囲気。
彼は最近「イースト・トゥ・ウエスト」というウエストコースト風バンドを結成。
横浜方面のみライブ出演中だそうで、アコースティックサウンドらしい。
このあたり本日は4時からステージが始まるためつかの間のお昼休みって感じ。

テントに戻ったらギッチョが着いていた。
彼はお父さんの代からの厨房設備会社の社長でバンジョーマン。
私より10才は若く付き合いも30年以上になる。

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彼が高校生のとき頻繁に我家に来て一緒に遊んだ。音楽とお酒を覚えたのだ。
「成績が落ちて東大へ入れない。あなたのせいだ」とギッチョのお母さん。
その後、上野秀雄(ギッチョ)は早稲田の理工学部へ進んだ。
元々頭がいいのだ。
曲の覚えも早くて正確。私などはいつも教わっている。

午後3時。チェックイン。
深雪料理人はさっそくカレー、シチューの仕込みにかかった。
私もダッチオーブンに使う炭を出そうとすると「まだ早い」だって。
ビールが切れて脳みそが軽くなってるようで余計な事の見分けができない。
隣の204号室にボーダーコリーという種類の犬を連れてきた大森さんがやって来た。
羊犬らしく「こんな広い場所に来ると本能が目覚めて押さえるのが大変」らしい。
どこからか焼肉の匂いがたなびいてきた。

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西貝さんは外人のスコットさんと指をさしながら何やら話してる。
何でも300年も湖の底に漬かってた木で作ったバンジョーリムを見ているのだ。
「とってもいい音がするから不思議です」とスコットさん。
わたしも傍らに行って覗こうとしたら背がスコットさんの肩までしかなかった。
もう一人の外人さんは椅子に座りギターでフィドラーの伴奏をしている。
古いアイリッシュ系のトラッドらしいがタイトルは知らない。
スコットさんとギター製作家西貝さん、遠くから見ると絵になってました。

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ビール買出し人が到着!

「アッ、あれはなんだッ、バスか?」
と思ったら、佐宗さんのキャンピングカーだった。
野外活動車ではその偉大さにおいて他の追随を許さない超大型。
中にはホテルベットのようなものがデーンとある。
とにかく無いものはないというくらい何でもある。
「お待ちどうさま」とまずは「乾杯!」。
スーパードライや一番搾りがこんなにうまかったのか!
疲れも吹っ飛んだ?

スコットさんから150年湖に漬かった木で作ったブリッジを買った西貝さん。
うれしくて口元を緩ませながらブリッジ交換に入っている。
音が出た。 「うん、なかなかだよ~ん」と満足そう。
すぐにギターを弾き出す堀内さん。
これも西貝メードである。
ここのところ日本人個人製作家の株が極めて上昇中。グレードが高いのだ。
マンドリンの岩本さん、安川さん、関西にはドブロ製作家までいるそうな。
そして何でもありの無国籍ものでは早川流吉さん。
すべてきっかけはブルーグラスミュージックである。
こちらテントではチュウニングが合ってセッションが始まった。
ミューズ・バンジョー快調だ。

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「提案があります」と深雪料理人がいった。
ホテルのキッチン方面からカレーのかぐわしい匂いがしてきた。
「今日はこちらでパーティーオープンしませんか」
今年は参加人数が少ないのでバルコニーとガーデンテーブルで十分だという。
「う~ん」荷物移動が大変なので尻込み状態だがしかたない。
何たって料理長、食事係りなど料理飲食の全てを統括している人がいってるのだ。
逆らえばどうなるかしれない。
たとえばワルサーPPKでそっと人知れず葬り去られる可能性もあるのだ。
おっといけねえ、大藪晴彦調になった。
さっそく会場入口に陣取ったキャンプの引っ越しがはじまった。

食事が、待ちに待った本日のディナーが始まった。
陽が落ちてすっかり暗くなっている。
テラスのテーブルに投光器の証明が当てられナイスな雰囲気。
私はシチューとパンにサラダ、飲み物はワインというメニュー。



入木さんはカレーを。堀内さんはシチューを食べているようだ。
西貝さんはダッチオーブンを仕掛けたままどこかへ出張中。
佐宗さんが「これをパンに」といってオレンジマーマレードを出した。
自家製なのだと聞いてたまげる。いい香りでとても美味しいのだ。
彼は新潟の苗場で「ブルーリッジキャビン」と「ホテルクレスト」をやっている。
始めたのは73年ころだと思うが、脱サラだった。
ブルーグラスが聞けるスキーロッジとぶち上げたが音楽は受けなかったという。
勤勉な自然派人間で柔道の達人。ナイスガイだ。

携帯が鳴った。「いま着きました。受付でーす」と飯田さん。
彼は去年念願だった旅行会社を立ち上げた。
経理処理が面倒でしかたないというマンドリン弾き兼社長さん。
愛用のギブソンF5を抱えて現れた。
待ってました!
「えーッ、??」と驚く飯田さんに構わず、さっそく出番に向けて練習だ。
実は私たち「オー!ジン・バンド」のマンドリン弾きがまだ現れて無いのだ。
彼は役者でなかなか自由な時間を持てないのだ。
出番30分前、飯田さんのヘルプでピンチは切り抜けられそう。

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ステージへ出た。
堀内ドブロ、上野バンジョー、入木ベース、飯田マンドリン、ジンギターの5人。
「ネバーエンディング・ラブ」でキックオフ。
この曲は30年以上も歌ってる私のおはこ。結婚式ではいつもこれを歌った。
元々はスクラッグスレビューで覚えたが、ちっとも似てないのが苦しみ。
次はバンジョーのイントロで「アーシェイズ・オブ・ラブ」。
亡きレッド・アレンの愛唱歌で私はその渋さが好きで取り上げている。
「激しく燃えた愛の残りかす」と訳せるが歌詞の内容は日本人の常識からほど遠い。
つまり甘い愛の言葉がてんこ盛りで大声で歌うと恥ずかしい。
レッドのように渋さが前面に出てないとまるでいけない曲になる。
ドブロ・リードで「ティムライト・シックスモーク」が始まる。
酒場を渡り歩く男のこの曲も長年歌って慣れてるが果たしてバランスはどうか。
さっきの練習のとき「慣れない曲はリズムが遅くなる」と堀内さんが指摘した。
音楽監督の言葉は重く「アイアイサー」と従い、新しい曲はボツにしたのだった。
でもってこれを選んだのにバランスを気にするなんて乗ってない証拠。
すこし上がったのかもしれなかった。
最後にスタンレーの「シンクオブ・ホワット・ユーブダン」を歌った。
どうやらコーラスも決まったようでエンディングにふさわしかったようだ。
バンドらしい音も出ていて最後にまとまったって感じ。

テラスへ戻ったら私に「渋くて良かった」と佐宗さん。
「いえいえ、あのがらがら声は恥ずかしい。最悪です」と答えるのが精一杯。
もつべきは友だちでかれはいつも誉めてくれる。次へ背中を押してくれるのだ。
とりあえず出番が終わってホッとした。
急に代役を務めてくれた飯田さんには大感謝。
「さあ、飲むか!」

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時計は見てなかったが、ステージは10:30分、予定通りに終わった様子。
「終わった、終わった」といって入木さんがテラスに戻って来た。
彼はどんなフェスへ行っても必ず最後までじっと見届ける人だ。
普段も都内のライブハウス通いを続けてマニアぶりを発揮している。
ダッチオーブン料理の骨付き豚肉の方は珍しく少々焦がしたようだ。
「離れてしまったのがまずかった」と西貝さんはくやしがった。
それでも私には旨かった。
肉の旨味が凝縮されているから豚肉といってもまるで別物の味がする。
お焦げにあたった人はかわいそうだけど皆には相変わらずの人気だった。
ギッチョは静かにのみ、佐宗さんは愛用のフィドルを出した。

関西からゲスト出演した赤べえと谷村さんがテラスに遊びにきた。
赤べえはプロのフォーク歌手で1年中ツアーに出ている音楽家。



このごろは特に不景気で稼ぎが少なくて家では小さくなっているそうだ。
『私、奥さんの稼ぎの半分もないんです」と笑いながらも目は真剣。
ある日、知り合いの歌謡曲歌手に呼ばれて行って歌ったそうだ。
それを家に帰って奥さんに言った。
「あんたに歌謡曲歌わせるために援助なんかしてないからね」という返事。
輪になった皆が大笑いした。
作詞もする奥さんは音楽家赤べえの最高の理解者なのだ。
谷村さんは大昔マクレーンファミリー・バンドが来たときの追っかけだった。
只今は歯科技工士で自営しつつブルーグラスマンドリンに励んでいる。
今回は奥方と子ども男の子二人を連れて参加していた。
そういえば「ウォッチアウト」茂泉太郎さんも家族連れで参加していた。
雰囲気いいよね。

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赤べえや谷村さんたちの輪に夜中の12時頃、フィドルの次郎さんがやって来た。
「ねえねえ、城田さんが逮捕されたって」
「えっ、.......何それ?」
「今テレビで流れたって。マネジャーが亡くなったらしい」
「えーっ、本当なの?」
「うん、テレビではそういっていた」
一瞬、静寂が流れて皆が絶句した。闇夜が迫って来るようだ。
だまって次郎さんの話を聞いていた赤べえが「実は」と話し出した。
「実は9時前だったかな、携帯がなった。第1報だった」
私はすぐにカミさんの深雪に伝えた。
「本当なの?テレビで放送されたの?」
彼女はナターシャ初期頃からのファンで107ソングブックの初版本を所有している。
「私、去年箱根でツーショットの写真を撮ったばかりなのに」
どのくらいの時間が流れたのだろうか。
誰かが「これからどうなるんだろう」といった。
「たぶんカムバックは無いのではないか」という意見が多かった。
これは殺された相手の側を考えると復活はありえないと考えたのだった。

ではどうして城田が過って殺したのか。しかも女性をだ。
去年ガンで亡くなった坂庭省吾さんと長い間バンドを組んでいた赤べえはいう。
「子どもの頃からピアノを弾きはじめ、そのあとずっと音楽やりっぱなしでしょ」
いや人格が代わることだってあるよ、と誰かがいった。
「でも暴力的な音楽をやってたわけじゃないんだから、変わる要素が無い」
赤べえがいった。「はずみだったのかな。でも信じられない」

私には最低でも城田は殺す気で殺したとは絶対に思えない。
たとえば街でもどこでもちょっとでも困っている人を見ると、
真っ先に声を掛けるのは決まって城田だった。常にやさしい男だった。
それが相手を殴って死に至らしめたのだそうだ。
テレビではお酒を飲んでいる間に暴力があったと放送されたらしい。
どうしたのだろう。あんなに冷静な男が我を忘れるだろうか。
ましてや相手のマネージャーは女性ではないか。
私とは長い間付き合ってもたった一度でも相手を思いやらないことはなかった。
そういうのが城田の本質なのに、それも一変するようなことが起きたのか。
人が本質から変わることってあるのだろうか。
人生の相棒でもあった坂庭省吾が亡くなったことも原因してるのかもしれない。
いずれにしても音楽しか身をたてる方法を知らない男に果たして復活はあるのか。
慎重に考えなければならないと思うがそれにしても砂を噛むような夜になった。
あまり眠れなかった。

朝が明けた。
ドピーカンの真っ青、太陽の陽はまっすぐに何処までも延びていた。
富士山の頂上には白くて丸い輪が掛かっていてなんだか1枚の絵のようだった。
快晴のフェス2日目。心が洗われるようだ。
隣の大森さんはボーダーコリー犬を放してボール遊びをしている。
8時には全員起きて気持ちのいい朝の陽を浴びてコーヒーを飲んだ。

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「いやー、まいった。車がバッテリーが切れて動かない」と佐宗さん。
これから堀内さんと二人。多賀の方へ行かねばならないという。
さっそく飯田さん「僕は何十回もやって慣れてますから」と名乗り出た。
入木さんが傍らに来て「昨日は飲み過ぎた。二日酔いだね」だって。
9時に朝食が出た。
味噌汁が染みるように美味しかった。実は私も二日酔いだったのです。
外の森から朝のご挨拶とばかりカッコーが力強く鳴いている。

                       ササキジン





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コンサート・レヴュー 古いギターに弦をはろー/ 2003年1月18日号

MODERN FOLK 2002
2002年11月10日(sun)
すみだリバーサイドホール
開演 13:30 ~ 18:00


●コンサートがよく似合う男
地下鉄「本所吾妻橋」に降りてとことこと階段
を昇って地上へ出ると、らしき50才代半ばって
感じの男性が私たち目がけてスッと寄って来た。
どこかで会ったようなないような気がするが、
誰なのかわからない。何一つ目新しいものは着
てないのに、カジュアルな彼の雰囲気は周りを
行き交う人々とは明らかに違っている。私もカ
ミさんもきょとんとしているうちに「コンサー
トに行きますよね」と声をかけられた。ドキッ。llmcgirls02s.jpg
どうやら道に迷ってしまい降りた駅に戻ってき
たら、らしき同年代の私を見つけて声をかけた
という。らしきとは、この場合コンサートへ行
くと見当をつけられる雰囲気を持った人という
ことだ。まわりくどい言い方だが、彼は私を見
てコンサートへ行く人だと判断したらしい。私
も寄って来る彼を見つけてコンサートへ行くら
しい人だと直感した。日曜日のお昼過ぎ、知ら
ない人どうしが以心伝心磁石みたいに引付けあ
うなんて気持ち悪いけど、不思議なことだ。

私などは10代半ばからラジオで音楽に馴染んで
いった。5球スーパーってやつだ。一時的にバイ
クや車に夢中になったときもあったが、結局ギ
ターを手にしてからは音楽一直線って感じでフ
ォーク、オールドタイム、ブルーグラスを見た
り聞いたり弾いたりと、一通りのことをやりな
がら40年近く文字通り音楽の中に漬かってきた。
いつ頃から自分に「コンサートに行きそうな人」
を見分けられるサムシングパワーが身に付いた
のか分からないが、今日のような場面が再びあ
ったとき、この何かは自分にとって大きなアド
バンテージになる。まあ、長い音楽人生このく
らいのことは誰でもは身に付くのだろうけど。
「以前どこかで会いましたか」と道々私が聞く
と、たぶん会ってないよという返事だった。

●ジャムしたい。
  お願いだからジャムに誘って

MODERN FOLK 2002コンサートは、墨田区営
のリバーサイドホールで毎年秋に開かれている。
今年はきりのいい10回目だと、入口でもらった
パンフレットが教えてくれた。開場が午後1時
とあって、明るいドピーカンの青空からいきな
りホールに入った。2枚のぶ厚いドアを押して
座席を見渡しても、中の暗さに目がついていか
ないのでいささかとまどった。昼間のインドア
コンサートに我が脳細胞の働きもにぶい。
開演まで10分、およそ400席はすでにフルに埋
まってる。ここは座席がユニークで、平らなフ
リースペースの両サイドには4人掛けのテーブ
ルがずらっと並べられ、飲食しながら見て楽し
むというサロンのような雰囲気が超カワイー。
スタッフに聞けば、真っ先に埋まる人気だって。
座席の後方にはビールなどドリンクやサンドイ
ッチの販売コーナーが設置され、大人気だった。
お断りするがホールのロビーではなく、席のあ
るインサイドにドリンクコーナーがあるのだ。
こういうのって常識を破る大胆さだろう。
後方のPAコントローラーの前で長老格の人気
BGバンド、ウェファのメンバー近藤俊策に出
会った。ウェファとはウェイ・フェアリング・
ストレンジャースの略。さっき親分(武田温志
さん)を見たよ。今日は出るの?と聞けば「ウ
ェファは出ない。あとでオレだけキングサイズ
・トリオでマンドリンをちょっとだけ」と細い
目を余計に細くして微笑んだ。近ごろはバリバ
リ弾いてるのかというと「もっと刺激が欲しい。
遊ぶときはぜったい誘って!」



●PPMの風に吹かれてを聞いてブッとんだ
13:30分開演。
トップは10人くらいの男女が横一線に並んで元
気のいいコーラスを聞かせてくれた「シングア
ウト・シンガーズ」。モダンフォーク華やかな
60年代に大所帯バンドといえばニュークリステ
ィー・ミンストレルス。バリー・マクガイアの
ダミ声をフィーチュアして大ヒットとなった『
グリーングリーン』なんてとても懐かしい。llvanq001s.jpg
このバンドは人数こそだいぶ少ないが、その日
本人版である。結成して1年、ようやくバラン
スがよくなったという。
楽屋に廻ると次に出番を待つPP&M アゲインが
次の出番をまってスタンバイしていた。文字通
りピーター・ポール&マリ-にいれ込んで、ン
10年歌い続けている豪のバンド。カメラを向け
ると「いま一人足りないので、ちょっと待って」
と、さりげなく仲間を待った。やはり長いバン
ド経験を彷佛させるチームワークを感じる。ス
テージでは渋く枯れた懐かしいPPMのナンバー
を聞かせてくれた。PPMのコピーを長い間一筋
にやって来た音は、すでに自分たちの空間で独
特の味わいと安定感がある。

PPMといえば、私がPPMを聞いてはじめてジワ
ッときたのは、大ヒットした『風に吹かれて』
だった。いま当時の記憶が定かでなくて何年頃
か思い出せないが、ある日の夕方、家に帰るた
め池袋の西口の階段を上がって出たら、真向か
いにあった「のとや食堂」のラッパ型拡声器か
らこの曲が流れて、終わるまでただシビレて聞
いていた。夕方の雑踏の中にあって、鮮やかな
PPMの歌が、曲の美しさが身体に染み込む感じ
で直に伝わってきた。しばらく動けなかったよ
うな記憶がある。自分ではディランを聞いて悦
に入っていたが、こんな風に吹かれてもあった
んだと驚き、いきがっていた世間知らずな自分
を、何か大きな手でギュッとつぶされたような
感覚を覚えている。

●ノーベル賞田中さんは飲み友だちだ
渋谷のそばに池尻大橋という駅があって、その
近くに「チャド」ってお店がある。平たくいえ
ばまるでスナックだが、実は小さなPAを備えた
ライブハウスで、近ごろは毎日バンドのパフォ
ーマンスがかかってかなり充実している。レコ
ーディング・アーティストもプライベートで演
奏したり、ブルーグラスやカントリーの好きな
音楽ファンも集まる店として狭く知られている。
マスター本田さんのやさしい人柄と、身体を絞
るように歌うアメリカンソングにもお客さんが
集まっている。
そこの常連客が集まり、新しくスタートさせた
バンドが3番目に登場した『ハッピー・トレイ
ル』。カントリーソングをアコースティックで
アレンジし、ハッピーに演奏するのがバンドカ
ラーだという。黒とダイダイ色のカントリーシ
ャツが眩しくステージに映えてカッコよく、モ
ダンフォーク・バンド達の中では異色の存在だ
った。ボーカルの紅一点、ナオちゃんも声がよ
く伸びて張りがあった。スタート間もないバン
ドにありがちな上ずったところもなかったが、
バンドの音はもう少し大きくてよかった。
リーダーの岩瀬は、いまをときめくノーベル賞
の田中さんと「飲み友だち」だ。まったく目立
たない男がいきなりだもんね、と半ばあきれ顔
で田中さんの感じを話してくれたが、もちろん
受賞の知らせを聞いたときは、ヘーッと絶句し
てあとの言葉が出て来なかったという。



●タバコの煙りと臭いが
       たちどころに消える

缶ビール『スーパードライ』を買って、ロビー
に出た。なぜスーパードライかというと、隅田
川・吾妻橋・浅草とくればアサヒビールだ。こllppmagains.jpg
このリバーサイドホールだって、目印はアサヒ
ビール本社とその横の通称『うんこビル』であ
る。スーパードライのメガヒットによって、ア
サヒビールは本社と周辺を開発し、墨田区と一
緒に吾妻橋かいわいの観光にパワーを集め、い
までは広く都民の憩いの場所になった。私たち
が何げなく飲んだスーパードライの一杯が、皆
の景観「リバーサイド隅田」を生んだのだ。つ
まり、ここはアサヒビールのお膝元なのである。
アサヒビールの宣伝はともかく、ロビーには今
日出演のバンドのCDと、キングストン・トリ
オ~ブラフォーなど、かの黄金時代のレコード
を売るコーナーが設置されて人気を呼んでいた。

おもしろかったのは、目薬のような小さい容器
からシュッと空中に振りまいている妖しい男の
売っている液体だった。聞けば「タバコの臭い
を消してるんです」と答えながらも笑顔はなか
った。他に「あげめいじん」という商品もあっ
て、これを使うと油のはねがなくなり、しかも
コロモがサクサクになって大変美味しくなるこ
と保証しますと店主らしき振りまき男。保証も
いいけど、商人らしい笑顔を見たかった。
『ザ・キングサイズ・トリオ』とさとりきった
バンドのリーダー林 郁ニに出会った。「去年
はジョン・スチュワートがゲストで来てくれた。
今年はジョンみたいな強力ゲストがいなくても
去年とほぼ同じくらいの入りで盛況、これって
不思議だなー」と満員の充実感を噛みしめてい
る様子。彼は主催者PAMF (パンフ)の主要な
メンバーも兼ねているので、この盛況ぶりがた
まらなくうれしそうだった。
ロビーに中から人がドッと出て来た。どうやら
一回目の休憩タイムに入ったらしい。
今日は午後1時30分からスタートしたコンサー
トが、合計15バンドで午後6時15分に終了予定
という長丁場である。このあともう一回の休憩
が入ることになっている。

●オリジナルが新鮮レイニー・ブルー
大きな拍手に迎えられて『ケント』が登場した。
東京のモダンフォーク界では実力人気ともに高
く、選曲やコーラスに独特な味があるバンドと
してブルーグラス方面にも名前が聞こえている。
それがおよそ4年前のある日、ギターとボーカル
の大須賀さんの急死によって活動が断たれてし
まい、長い沈黙が続いていた。したがって、今
日は4年ぶりの登場だ。新しいギターとボーカル
が加わって、ニュー・ケントようやく復活した。
大きな拍手は、久しぶりの登場を歓迎しながら
も期待感に溢れているようだった。
さてケント、バランスのとれた迫力のコーラス
はさすがにブランクを感じさせない。ボーカル
とギターの笹木昌樹と、ボーカルとバンジョー
の石上 巌、二人の明暗はっきりしたMCも巧
妙で、観客を大いに笑わせていた。わずか15分
間のステージは、この日一番の拍手とノリがあ
って、短くてそれこそあっという間に終わった。
来年のこのステージでは、もう一味濃密なバン
ドミュージックを見せてくれるに違いない。
続いて登場した大阪から参加した『レイニー・
ブルー』は、オリジナルを歌う5人編成のバンド
で、遠征するだけあってとてもしなやかで上手
だった。ここまでオリジナルをレパートリーに
したバンドがなかったせいもあって、かなり新
鮮なステージが楽しかった。ボーカルの紅一点、
森野さんの柔らかくて素直な歌いかたが印象的
だった。そのせいか持って来た自前のCDはあっ
という間に完売だったそうだ。実力の証明!
ボチボチ休憩したいなーなんて感じたとき、身
体の太さと大迫力コーラスが売りのキングサイ
ズ・トリオが登場した。「オレたちは、キント
リはやらないバンドで有名なんです」という通
り、ステージで演奏され歌われた彼らの音楽に
は、どこにもキングストン・トリオの影響らし
きものを見つけることが出来ない。コミカルな
面も見せる彼らのステージパフォーマンスは、
やはり汚れ多きキングサイズ・トリオのネーミ
ングがピッタリである。リードボーカルの嶋崎
俊一は50才になっても構わず、圧倒的迫力ボー
カルを聞かせてくれた。今後の決め技は、ピッ
タシカンカンの選曲とオリジナルしかないので
はなかろうか。
ニ度めの休憩タイムに入った。



●妖しく光り輝け VANQ !
日大OBで現在「オールド・マウンテン・スト
リング・バンド」のリーダー、工藤和夫がにこ
にこと笑顔を見せながら近ずいてきた。「OB
会があって、終わって帰ろうかなと思ったけど、
来たら結構いろんな人に会っちゃって」といい
ながら横に座った。彼はフォークではなくブル
ーグラスひとすじのギターとボーカルで、東京20050624020616s.jpg
エリアでは大活躍している一人である。私とは
30年にも及ぶ付き合いで、彼と会うと70年代前
半頃のお茶の水の街や坂、黄色の看板に書かれ
たカツカレー屋と大学の学食、カワセの弦など
のイメージが鮮やかに蘇らせてくれる。ギター
を買うお客さんが、開店を並んで待っていたと
いわれるモダンフォーク・ブームからおよそ10
年経っていたとても楽しい頃だった。
工藤は、会社経営のため一時バンド活動を休ん
でいたが、3年くらい前に復活を果たした。
「今度一緒にやろうよ」といいながら、たちま
ち帰っていった。

ロビーの端っこの方にバンドがひょいと現われ
たので、パチリと写した。「ヴァンク」である。
MFQサウンドを追求して人気バンドだが、近ご
ろはオリジナルという深い淵にも手をだしなが
ら楽しんでいるとか。ベースの中嶋卓也はブル
ーグラス方面にも登場することがあるので、今
日チラホラ見えたブルーグラスファンにとって
は親しみを感じるに違いない。取材はしなかっ
たのではっきりしたことはわからないが、今日
の出演バンドでは明らかに一番若く見えた。ス
テージではこの若さがきびきびと映えていた。
驚いたことに、さっきまでロビーのタバコの煙
りを消すため空中散布していた妖しい男は、こ
のヴァンクのメンバーだった。液体墳霧実演販
売員兼米国式楽団員と書くとかなりの迫力。決
してプライベートは明かさないことだ。



●世の中は七五三だった
コンサートは大ベテランバンド『ザ・フロッギ
ーズ』がトリをつとめ、およそ18時30分頃に
終了した。インドアで5時間の長丁場で、さす
がに多くのお客さんの顔は疲労感を溜めていた
が、一方で目がキラキラと輝かせて会場をあとllhappytrail2002s.jpg
にするお客さんも多かった。目ざすバンド、是
非聞きたかった曲、サムシングニューを期待し
たりと、お客さんは多様で多感である。果たし
て今日の出演者とコミニュケーション出来て満
足しただろうか、主催者はいささか心配なとこ
ろだが、答えは来年の第11回目に出される。
しかし、30人以上のボランティアが明るくてき
ぱきとよく動き、整然と運営される様子を見る
と実に気持ちがよく、まるで大きなファミリー
が一生懸命にお客さんをもてなしているように
も見えた。「素人だからさ、真心を込めるしか
ないよ」とハッピー・トレイルの岩瀬 寿が語
ってくれたことがあったが、そうした手作り精
神が心地いい余韻となっている。おそらく来年
も盛況に違いない。

帰り道は寄り道となって、すっかり暗くなった
吾妻橋を渡った。しからば浅草らしい飲屋を希
望となったため、仲見世を通り浅草寺境内をす
りぬけて六区までのんびり歩き、いかにも浅草
ではないか的飲屋でコンサートの余韻を気持ち
よく楽しんだ。この日、世の中は七五三だった
とみえて、宵の口なのに着飾った子どもを連れ
た親が人力車に乗ってはしゃいでいた。どこか
からタイガーマスクが現われて、子どもたちと
記念写真をパチリ。これも浅草だった。
           
          
                佐々木仁




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この頃のCDレヴュー/OLD & IN THE GRAY / 2002年11月26日号

●OLD & IN THE GLAY
2002Acoustic Disc ACD-51

oldand2s.jpg

デヴィッド・グリスマンの最新作は、ご本人が
「3日プレイしないと飢餓状態になる」という
ブルーグラス作品。アルバムタイトルは『オー
ルド・アンド・イン・ザ・グレイ』。「エッ」
と早くも違いに気がつかれた方も少なくないと
思うが、私も水道橋のオンザボーダーで見つけ
た瞬間は「ギョエーッ」といってのけぞってし
まった。それぞれ楽器を持った5人が、森の中
でどんぐりを食い過ぎたように下膨れた顔で書
かれた異様なイラストも目立っている。グリス
マンの冗談好きは長い付き合いで知ってるけど、
こうストレートに出てくるとは予想外のまさか
である。北農店長もニヤリ口元をゆるめて「そ
うなんですよ」と一言。
例えば雑誌などが’70年代文化の素晴しさ特集
をして、それらを読むことが意外に多いこの頃、
名盤コーナーなんかに目が移ると妙に気持ちが
高ぶり「オレだったら、これとこれだな」と頭
の中に大事にしまってある宝石のような数枚の
アルバムを浮かべてニヤニヤすることがある。
その数枚の中の一枚、1975年に発売されるやた
ちまちベストセラーとなった不朽のブルーグラ
ス名盤『オールド&イン・ザ・ウェイ』がある。
アルバムタイトルがそのままバンドの名前だっ
たというケースは珍しくないが、これもそうい
う形で発売されたのだった。
●圧倒的名盤『.......ウェイ』
ブルーグラスのマニアだったら知っていること
だが、この名前はスタンレー・ブラザースのレ
パートリーソングで、それをスタンレー好きの
いまは亡きジェリー・ガルシアが名ずけたそう
だ。夢にまで見たブルーグラス・バンドでのコ
ンサートツアーを前にして、自分の中にジーッ
と暖めていたこの名前をバンドに名ずけたので
あろう。
中身は1973年、サンフランシスコで開いた彼ら
のコンサートを切り取ったライヴ録音盤である。
そういえばここでも彼らはオールド&イン・ザ
・ウェイを歌ってる。しかし何といってもガル
シア迫真のボーカルで歌われる「ピッグ・イン
・ア・ペン」と「ホワイト・ダブ」にはシビレ
た。あんまりシビレてもう30年近くも経とうか
というのに、いまだに耳の奥で鳴っている。
さて、思い出に浸ってはいられない。そうなの
だ、このアルバムは75年盤のアルバムタイトル
から「ウェイ」の部分を「グレイ」に変えて、
もちろんメンバーも変わって27年ぶりに発売さ
れたものである。
まずグレイの意味はというと、これは単に一人
を除いてメンバー全員の毛が白くなったから名
ずけたのだろう。かつての中心メンバーだった
ガルシアがこの世を去り、そのうえベースのジ
ョン・カーンも亡くなってしまった。今さらオ
リジナル名を名乗ることはとうてい無理なので、
「ここは一発冗談で」という気持ち半分でグレ
イになったのだろう。出来の悪いダジャレだね。
●ハートフォードに捧げられた一曲目
内容は果たしてどうだろうか。このグレイはス
タジオ録音である。20世紀のあの感動の名盤に
比べて21世紀の名盤になるか?あるいは聞いて
ウットリするような美しい音なのだろうか、と
期待は高まる。えー、私は買って気持ちは高ま
ったものの、この日そのまま浜松町方面に友人
たちと飲み会があったりして、バカ騒ぎをして
しまった。結局聞いたのは翌々日の夜になった
のだった。
なぜ翌じゃなくて翌々になったのかその訳はや
はり飲み会が原因だった。仲間の一人がすでに
これを聞いていて、私の持ってるのを見るなり
「そんなにいいとは思わなかったけど嫌いじゃ
ない」と実にたわいなくもどうでもいい評価を
言ってくれた。「ヴァッサーの弾きまくり」と
も付け加えてくれたので、ヴァッサーが目立つ
ようじゃ期待外れかもという気持ちが先に立っ
てしまい翌日は早く寝てしまったのだった。
一曲目はジョン・ハートフォードの作品「グッ
ド・オールド・ボーイ」をヴァッサーのリード
ピーターが歌うという手慣れたパターンで始ま
った。
●練習不足かはたまた老いたか?
まずメンバーを書いた方がやりやすい。D・グ
リスマンがマンドリンとボーカル。プロデュー
スも兼ねている。ヴァッサー・クレメンツがフ
ィドルとボーカル、ハーブ・ペダーソンがバン
ジョーとボーカル、そしてピーター・ローワン
がギターと主にリードボーカル、アップライト
ベースが紅一点の初顔ブリン・ブライト。どこ
からどのような経路で彼女が加わったのか全く
わからないが、いずれ誰かメンバーの彼女だろ
うと考えた。ともかく「ウェイ」ではスゲェー
ビートを弾いてくれたJ・カーンの代わりとイメ
ージされてしまう。
ハートフォード作品をピーターが歌うとは普段
考えたことはなかった。そのぶん楽しめたが、
出来としては光ってはいない。では髪が白くな
ったぶんいぶし銀なのかと問われればそれもノ
ーだ。案の定ヴァッサーのプレイはドロドロの
流れっぱなし状態で、かつてのどこへ飛ぶのか
分からないようなハラハラドキドキの緊張感を
聞くことは出来ない。ベースのブリン嬢も少し
荷が重いようだ。グリスマン、ペダーソン、ピ
ーターのトリオコーラスも決まり方が荒い。ど
うやら練習が不足したのか。主にピーターのブ
ルーグラスのノリとボーカルのキレに全体の問
題が隠されているようである。昨年長い癌との
闘病末に逝ったメンバー共通の友人ハートフォ
ードに捧げただけの印象だ。
●ガルシアに歌わせたかったスタンレーソング
二曲目は癌で早世したシンガーソング・ライタ
ーのタウンズ・ヴァン・ザンドの代表曲「パン
チョ&レフティ」。5分11秒とアルバム中一番
長い曲だが、出来は一転して素晴しい。今度は
出だしのワンコーラスをペダーソンが歌い、後
のツーコーラスをピーターが歌うというスタイ
ルをとっている。そしてここではピーターがリ
ードギターを弾き、ペダーソンがシビアなサイ
ドギターにまわっている。始めからブルーグラ
スをイメージしていないせいかのびのびとゆっ
たりして、ピーターなどはいつも気分で弾くリ
ードギターが思いのほか決まっている。高くて
いつもうっとりしてしまうペダーソンのボーカ
ルが曲をきちっと締めている。
三曲目はピーターのオリジナル「メドウ・グリ
ーン」。ミデアムテンポに乗ったペダーソンの
バンジョーが美しい。
四曲目はカーター・スタンレー作のこれぞスタ
ンレー・ブラザースの雰囲気がぷんぷん漂う3
部のベタコーラスで歌われる「ザ・フルード」。
グリスマンのきれいとしか言いようのないイン
トロからコーラスが始まるが、ガルシアのあの
しゃがれた声が聞こえてきそうなイントロであ
る。「スタンレーソングはオレが歌う」なんて
ね。もしもガルシアが歌ったとしたら、曲のア
レンジはもっと別になっていただろう。想像し
てみるのも楽しい。
●ワンダフル・ハーブ・ペダーソン
五曲目はカーター・ファミリーの有名ソング「
ウェン・ザ・スプリングタイム・カムズ・アゲ
イン」。ピーターはビル・クリフトンよりもブ
ルーグラスっぽく歌っているが、カーター・フ
ァミリーって柄じゃない。どうも都会人すぎて
私のイメージするヴァ-ジニアの山々とはかけ
離れて似合わないように感じてならない。じゃ
あ誰が似合うのと言われるとこれも困る。
リッキー・スキャッグスだったらいい感じが出
ると思えるが、どうも最近のブルーグラスリッ
チマンぶりが鼻についてどうもいけない。
六曲目はドン・レノの当りナンバーをグリスマ
ンが歌う「ベアーフット・ネリー」。
七曲目は「チャイルディシュ・ラブ」作者はル
ービン・ブラザースのアイラ・ルービン。ここ
で仮に優秀賞をあげようとすれば、リードボー
カルとテナーをまとめて引き受けて、極上のブ
ルーグラスナンバーに仕立ててくれたペダーソ
ンにあげたい。
かつてサンフランシスコのベイエリアに君臨し
た滅茶苦茶に歌のうまいバーン・アンド・レイ
というバンドがあった。ペダーソン自身も60年
代の終わり頃から70年代初めにかけて在籍して、
バーン・アンド・レイを通してブルーグラスの
世界へ、あるいはカントリー色の濃いプロミュ
ージシャンへと旅立った。この曲でペダーソン
は自分の原点、バーン・アンド・レイの音楽を
受け継いだワザを聞かせてくれる。
●渋くてカッコよかった故ジョン・ダッフィ
八曲目「ヴィクティム・トゥ・ザ・トゥム」。
今は亡き巨星ジョン・ダッフィのカントリー・
ジェントルメン時代の作。
私がダッフィと会ったのは1984年の秋、サンフ
ランシスコのヨセミテ・ナショナル・パークで
開かれたフェスだった。
広大な森の中にしつらえたフェスエリアのバッ
クステージには、ミュージシャンや関係者のた
めに長さ30メートルくらいの長方形のテントが
張られ、中には軽食ができるようにパン、色と
りどりのヴェジタブル、バター、ドレッシング
のビン、どっさりのフルーツ、そしてカラフル
なジュース、ミネラルウォーター、シェルネヴ
ァダビール、ペプシコーラ、スコッチウィスキ
ーなどがところ狭しとテーブルに置かれ、野外
の大きなパーティーの雰囲気。
夕方、ニューグラス・リバイバルが到着したら
しく女の子たちの嬌声も混ざって、会場の出入
口がざわめいている。そんなとき、静寂なバッ
クステージの大きな木の根元で、盛んに練習を
しているノーマン・ブレイク・バンドを見下ろ
すように立っていたのがMr.ジョン・ダッフィ
だった。右手にクリスタルのごついグラスを胸
に置き、白の開衿のシャツにクリーム色のパン
ツ、ベージュの靴というファッションは、真っ
白になった頭髪にマッチして大変な威厳だった。
というか恐かった。グリスマンと歩いていた私
は、「紹介しよう」という言葉に引っぱられて
親分ダッフィの前に立たされたのだった。
●アキラ・オーツカは親友なんだ
「日本から来たのか.....」と声は意外に小さい。
グラスを口に持っていってグビッ。前に立って
るだけで圧倒的な迫力が押してくる。さっきセ
ルダム・シーンのステージは終わっているので、
いわゆる仕事のあとの一杯なのだろうか。「そ
れはバーボンですか?」と恐るおそる聞くと「
スコッチウィスキー、12年だ」と言いながら、
今度はグラスをかざすように高く上げて、「グ
ラスもスコッチも持ってきたものだ」といいな
がらまた一口。目と目が合うとその鋭さに吸い
込まれそうになる。「アキラ・オーツカを知っ
てるか?彼は親友だ」と日本人大塚 章の話し
をしてくれた。5メートルくらい離れたところ
で練習中の音が気になるらしく「あいつらは明
日の朝までやる積もりだろう」とヨコニラミし
た。およそ10分間、汗びっしょりの会話だった。
カントリー・ジェントルメン、セルダム・シー
ンと常に時代の中心で活躍して燦然と輝くジョ
ン・ダッフィ。「ブリンギング・メリー・ホー
ム」に代表されるように、物悲しいスローナン
バーを歌ったらこの人に並ぶ人はいないと語ら
れる巨星ダッフィ、会えてよかった。
九曲目「ヴァッサーズ・フィドル・ラグ」。75
年盤には「キス・ミー・キッズ」というインス
トナンバーが収められているが、この曲と比べ
ると遥かに出来がよかった。ヴァッサーの持ち
味熱いプレイがない。スタジオとライヴの違い
があってももう少しプレイにキレが欲しい。
ブリン嬢はなかなかがんばっていて良いではな
いか。
●こんなに速いと「早撃ちマック」だー
十曲目「トゥ・リトル・ボーイズ」。この曲が
レパートリーに選ばれるとは結構意外な気持ち。
やはり亡くなったダッフィに因んでの選曲なの
だろうか。しかし、あたまのアカペラのトリオ
コーラス以外は平凡な出来で何か物足りなさの
残る冬の窓って感じ。
十一曲目「オン・ジ・オールド・ケンタッキー
・ショア」はもちろんビル・モンローの曲であ
る。このアルバムを手にしたとき、そしてタイ
トルを見て思わず咳き込みたくなってもグッと
我慢して冷静に考えたとき、「なぜモンローの
曲が一曲しかないのか」と不思議に思った。ピ
ーター、ヴァッサーと天下の元ブルーグラスボ
ーイズが2名もいるではないか。モンロー・マ
ニアでもあるグリスマンにしてはちょいと少な
いではないかと感じていた。まあモンローソン
グに関してはまた別の機会に書きたいが、グリ
スマンには近い将来是非、目の覚めるようなモ
ンロー曲を中心にした、らしいアルバムを作っ
てもらいたい。ここではピーターのボーカルが
ディープでさすがである。
十二曲目「ホンキー・トンク・ウィメン」。ロ
ーリング・ストーンズの超有名曲で、発売され
た1967年夏は連続14週全米ナンバーワンにな
った。いろんなアーティストやバンドがカヴァ
ーしている。オ-ルド&イン・ザ・ウェイでも
「ワイルド・ホーセス」を取り上げたのでスト
ーンズものはこれで二曲目。たぶんピーターの
趣味だろうと想像するが、ここではストーンズ
のオリジナルとは別の曲に近く料理されて、速
いアレンジだから考えるヒマもない。売春宿が
テーマだからこんなに速くしちゃったら「早撃
ちマックだ」とバカにされそう。タジ・マハー
ルは、ブルースの淫売宿にして今にも匂って来
そうな、ダルくて汚い女どもが戯れているのが
見えるようだった。逆にエアロ・スミスは淫売
女になりきって、ヨダレが出そうなくらい凄い
アレンジだった。友人によれば「一本のマイク
を囲むようにコーラスするときなんか、みんな
立ったよ」どこが立ったのか知らないが、ライ
ヴがいいらしい。
●辛口すぎるか『.......グレイ』
十三曲目「レット・ゾウズ・ブラウン・アイズ
・スマイル・アット・ミー」。ミデアムテンポ
の大変まとまった出来上がりで、ここではペダ
-ソンがリードボーカルをとりピーターがテナ
ーに回ったのが良かったのかも。といえばピー
ターに失礼かな。ともかくアルバムはあと一曲
で終わりになるが、ピーター・ローワンここま
ででは75年の「ウエイ」盤にはほど遠い出来で
ある。70年代を代表するブルーグラス名盤2枚
に(ミュールスキナー、オールド&アンド・イ
ン・ザ・ウェイ)加わったミュージシャンとは
思えないような出来である。まあ昔のまんまで
やってくれったってそれは無理なことだが、年
をとったらとったで深くて濃い味や淡々と積み
上げてきたものを聞かせるとか、私はピーター
にはそんなものを期待してしまう。ベースがと
てもいい。
十四曲目「レインメイカー」。最後を飾るのは
ピーター作の、リチャード・グリーン曰く「グ
リーングラス」である。リチャードは、ピータ
ーの作るランド・オブ・ザ・ナバホやミッドナ
イト・ムーライトは新しいブルーグラスだと。
歌詞もメロディーも新しいので、一緒にやって
てとても楽しい。こいうのをグリーングラスっ
ていえばいいのにねと語っていた。レゲエをや
ったりイタリアへ行ってカンツオーネをうなっ
たりして正に八面六臂を見せるピーターだが、
この曲はまぎれもなくナバホなどの延長線上に
あるグリーングラスである。

オールド&イン・ザ・グレイ、文字通り毛がグ
レイになったってことは年をとったということ
で、しかも「ウェイ」から27年も年をとったこ
とになる。バリバリに若かったグリスマンやピ
ーターも60才に近いことを考えると、あまり厳
しい批評はしないでいた方がいいのかも知れな
い。こうやって書いてる私も35才? いやいや
55才になっている。「まあお互い元気ならそれ
でいいよ」式に見守るという無難な手もある。
しかし、このようにいまいちのアルバムを目の
前にしても見守っていられるかというと、そう
はいかなかった。27年の年月はガルシアを、何
よりもモンローやレスターをのみ込んだ。あの
まだ若かったダッフィも例外ではなかった。
「出来ることでベストを尽くす」この言葉は、
これからのブルーグラス人すべてにあてはまる
ものとして受けとめよう。

              佐々木 仁



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    収録曲
    1.Country blues
    2.Wall ofTime
    3.Banks of The Ohio
    4. Any Old Time
    5. Crazy
    6. I’m Coming Back But I Don’tKnow When
    7. I’ll See You in My Dreams
    8. Put Me On The Trail to Carolina
    9. No9 Train
    10. Warp your Troubles In Dreams
    11. Lullaby In Ragtime
    12. Rockin’ Chair
    12. When I’m Gone

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    Take Me In Your Lifeboat
    /The Blueside of Lonesome


    1.How Mountain Girls Can Love
    2.Blue Ridge Cabin Home
    3.Kentucky Waltz
    4.Let Him Go On Mama
    5.It's Mighty Dark To Travel
    6.Take Me In Your Lifeboat
    7.My Oklahoma
    メンバー:
    Yoshie Sakamoto / Vocal
    Masuo Sasabe / Guitar, Vocal
    Yasuhisa Kato / Mandolin, Vocal
    Ryukichi Hayakawa / Banjo, Vocal
    Hiromu Teshima / Fiddle, Vocal
    Akihide Teshima / Bass

    制作:The Blueside ob Lonesome
    技術:Ryukichi Hayakawa, Hiromu Teshima
    デザイン&絵:Ashura Benimaru Itoh

    リルコミの紹介
    ----------
    130320IMG.jpg
    SOMEDAY/Yoshie Sakamoto
    1. My Shoes Keep Walking Back To You
    2. Someday
    3. Till A Tear Becomes A Rose
    4. Here Comes My Baby Back Again
    5. If My Heart Had Windows
    6. Blue Kentucky Girl
    7. I'll Take Care Of You
    8. You Take Me For Granted
    9. Under Your Spell Again
    10. In The Garden
    11. You Ain't Woman Enough
    12. We Must Have Been Out Of Our Mind(Duet with Takaaki Sakamoto)
    13. We'll Meet Again

    CDの購入はメールでこちらへMAIL
    1枚2,500円+送料

    坂本愛江の HP


    ----------
    IT'S A CRYING TIME


    Banjo-Eiichi Shimizu
    Guitar-SatoshiYamaguchi
    Mandolin-Kazuyoshi Ohnishi
    Bass-Akira Katsumi
    Fiddle-Morishige & Takada
    売価 ¥1980
    お問い合せ
    ビーオーエムサービス
    ●解説のリルコミ
    「IT'S A CRYING TIME」CDで復活!リルコミだあ

    ----------
    A New Peace Within / LEONA 111022.jpg

    1. A New Peace Within
    2. International Date Line
    3. Little Cabin Home on the Hill
    4. Endless Summer
    5. Close By
    6. Roly Poly
    7. Cherokee Shuffle
    8. Life's Inspiration
    9. Gypsy Spin
    10. Shade's of Blue
    11. Nobody's Love is Like Mine
    12. Soldier's Joy
    ●解説のリルコミ
    本日は臨時号です!リルコミだあ
    オフィシャルHP
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    Tequila Circuit/Hello, Old Friend
    定価¥2,500
    ●CDのHP
    ●解説のリルコミ
    /テキーラ・サーキットのnew CDだよのリルコミで~す

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