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2005-06

Latest Entries

お葬式が入って忙しいよのリルコミだよ

きのうは冷たい雨が降って夜が涼しくて私にとっては
恵みの雨になってぐっすり休むことができました。
きょうは午後になってから少しづつ蒸し暑さが増して
いるような小平からこんにちは。

じつはお葬式が入ってしまいました。
きょうもこれからお悔みの一杯をいただきに
行かなくてはなりません。
この年50代の後半にもなりますと、
黒服を着て出かけるのはほとんど
お葬式で、結婚式となるとまるでありません。
結婚式となると数年前の笹部益夫さんの
ご結婚大パーティーが最後でした。
いずれ仲間の次なる結婚式を夢見て
きょうは静かにお悔みに行って来ま~す。

シンくん、コメント及びメール有難う。
サトンパスくんもコメントあんがと。
またちょうだいね。

やわらちゃん妊娠3ヶ月報道のリルコミで~す

きのう暑さで身体が慣れるまで
耐えなきゃなあーんて
いってしまったけど、
きょうの暑さは何なんだ。
まだ6月だっていうのに36℃。
どうなってるんだ!予想外じゃないのか。
ボタボタ流れ落ちる汗に
ムカッ腹が立ってしかたなかった。
シャツもパンツも着替えたけど
すぐベタベタになって気持ち悪くて
仕事にならない。
額に汗してはたらけなんて言葉があるけど
額の汗がじゃましてはたらけないのだ。
午後3時であがっちゃいました。
天気相手じゃケンカにもならないけど、
だしぬけにいきなり暑いんじゃ
身が持たないよ。まいりました。
今晩も熱帯夜を心配している小平から
こんばんは。

私はF1ファンなので
ほぼ毎日東京中日スポーツ新聞を買っている。
通称「トウチュー」。
そのトウチュ-の本日の一面が
柔道のやわらちゃんだった。
中身は妊娠3ヶ月をでっかく伝えていた。
晴ればれとスポーツマンらしい笑顔が
紙面におどっていてさわやかだった。
まあ内容的に軽いけどスポーツ新聞には近ごろ
ジャイアンツも弱いし、ウリが少ないから
しょうがないよねと納得したのでした。
ところが4チャンネルのズームイン朝SUPERに
生出演しているではないか。
キャスターの質問に次から次へと
ぺらぺら○◆▽×※......
ママになって北京は金メダルだ!
という部分が強調されてて
番組的にはそつがなくすすんでいたけど
でもやわらちゃん、
ちょっと騒ぎ過ぎじゃありませんか!

妊娠3ヶ月というから、
相応の準備をして会見や番組出演
になったのだろうと想像するけれど、
そして
どなたかがシナリオを書いたのだろうけど、
私はその生番組を見ていて
やわらちゃん本人の「軽さ」に
ついて行けなかったのだ。
もともとはきはきぺらぺらと
インタビューなんかで話すひとではあったけど、
旦那の谷選手はプロ野球のシーズン中だし、
そのうえまだ妊娠3ヶ月なんだし、
そのへんのことを考えて見ていると
そして
いろいろな質問にまるで練習したように
こたえている画面にちょっとしらけたのでした。
シナリオを書いたどなたかよりも
誰か生出演を止める人はいなかったの?
と率直に思った。
いまこそ乳母が必要ではないのか。
金メダルおたくの女王さま。








ラット・オーケストラがかっこよいのリルコミだよ

きょうはちょっと動くと汗が吹き出して
止まらなくなる蒸し暑さだけで、
風なんかフッとも吹かない小平から
こんばんは。
暑かった。ジトーッと汗がしみ出して
お昼にタオルでごしごし汗をふいて
スペアのシャツに着替えたら気持ちよかったなあ。
私たちの仕事はエアコンなどほぼ関係ないので
こういういきなり暑いときはひたすら身体が慣れるまで
我慢というか耐えなくてはならないのです。
でもっていきなりの夏に突入したもようですね。
本日実感しました。

土曜日のロッキーには「ラット・オーケストラ」
が出ていて、お客さんの一部が、
いつもフェスに集まる顔ぶれがそろって、
それに刺激されたラットのパフォーマンスが
かなり熱く燃えたらしい。
ではそのラットを大乗りにさせた
フェスに集まるお客さんたちの実体を
私の秘密情報員008がシークレットに
レポートしてくれたが、
残念ながらたった一人の闖入者のため、
会話全体がヒソヒソ話しに終止したらしく
断片的な聞き取りしかないため
掲載が不可能になりました。
で、今回はラットの魅力を紹介しましょうね。

ラットはリーダーの須貝さんが
長い間あっためていたスイング・ミュージック・
バンドで、ボーカルの女性二人がフロントに並んだ
いままでにないスタイルです。
むかし70年代にダン・ヒックスが
同様のスタイルでアルバムを出しておりましたが。
まあ想像しますが、おしゃれな須貝さんは
長いアメリカ暮らしの中に
ニューヨークにも生活拠点がありました。
スイング・ミュージックといえば
なにがなくてもニューヨークでしょう。
これについてはさまざまな意見はあるでしょうが
私にはおしゃれなニューヨークっ子に
一番はまる音楽がスイングミュージックだと
考えているのです。

おしゃれな須貝さんがニューヨークに住んだ経験が
粋で都会的でおしゃれなラットの音楽によく出ている
と思うのです。かっこよいのだ。
先日の時山フェスにはゲスト出演して、
30分以上で余すところなくその魅力を中部の
人たちに披露しましたが、初めての遠征にも関わらず
びっくりするほどまとまっていました。
というわけで大人の香りするラット・オーケストラ。
いまのところCD発売の予定がないので
ロッキートップでご覧ください。











沖縄はもっと暑いと赤ベエもしびれたリルコミだよ

きょうは完全な夏の暑さで午前中には参りましたと
お陽さまに手を合わせましたら、いま沖縄を流してる
赤ベエからメールが届き「想定を超える暑さ」だそうだ。
こちら夕方の5時。まだ暑い小平からこんにちは。

長谷川光さんのホームページSHOW BY BANJOで
大江戸多摩バンドのベースプレイヤー、
ジョンくんのブログに出会った。
正直に驚きましたね。
構成力といい、記事も写真もベリーグッド。
こういう上手なのを見ちゃうと
もうただぽかんと見つめちゃって動けないね。
10点満点だなあとつぶやいて戻りました。

きょうの予定は時山フェスの土曜日夜ステージの
記事を書く予定でしたが書けなくなりました。
これからお付き合いで
モスクワまで飲みに行かねばなりません。
半ば仕事の営業も兼ねてるわけで、
自営の仕事人もつらい側面を見せます。
モスクワは飲屋の名前です。
帰りも暑いだろうなあ。

ナベさんF5プリウォーモデルを弾いたリルコミだあ

あつい風が首すじをなでて行く午前11時。
うだるような暑さの中、
私はアパート三棟がならぶ敷地にいて
妻と地主のおばあちゃんと3人で
タケノコを取っておりました。
アパートも駐車場も私が管理しているので
何か異常が発生すると地主さんから
電話がかかるのですが、
今回は植込みの中にタケノコがにょきにょきと
芽を出して「伸びてきた」と
知らせて来たのでした。
そうそう、きのうリルコミを途中で
ストップしたのもこれが原因だったのです。
のどかでしょう?
そのタケノコはさっき皮を剥いたので
今晩のビールのおつまみとなります。
こういう自然の恵みは大歓迎ですね。

マウンテン・タイム・フェスティバルの
6月4日土曜日の午後。
私と西貝さん、小森谷さんの3人に加えて
珍客が乱入して、いまはジャム大会の真っ最中。
珍客とは渡辺敏雄さん。
いわずと知れた大会社BOMサービスの
取締役大社長兼やりくり苦労人。
お昼前にフェスの入口でバッタリあったのだ。
私はむかしから親しみを込めて「ナベさん」
と呼んでいるが、そのナベさん、
きょうはなんとマンドリンを持って来ていた。
「いまはマンドリンがおもろいよ」だって。

そのマンドリンがまたすごい。
ギブソンF5の1941年モデル。
戦前のいわゆるプリウォーモデルってやつだ。
「本間くんが最近手に入れたものと
番号が1番違いだよ」という。
そうかあといいながら手に持つと
「軽い」と感じた。
むかしカワセ楽器店で
オールドと呼ばれるマーティンギターを
どきどきしながら持ったときと
同じ感触なのだ。
すっと手になじんで離れないって感じ。
しかもフェースは貫禄充分。
「一本欲しい!」と叫んだ。

ナベさんはブルーグラス45では
ベース弾きだった。
その後、神戸名物シャギー・マウンテン・
ボーイズではバンジョーを弾き、
いまはマンドリンである。
まったく器用な人物で見上げた根性だ。
オールド・フラット§スクラッグスの
レパートリーをつぎつぎと十数曲ジャムった。
きのうの夜のおかげで私の声は
ガマガエルのようにひずんでいる。
しばらくブルーグラスギターなんか
弾いてないのでGランなんかかすりもしない。
バンジョー弾く西貝さんも苦戦している。
彼はもはや楽器の制作家の指となって
フィンガーピックも入らないよ~と
さっき悲鳴を上げていた。
ブルーグラスはしんどい音楽だ。

それにくらべてナベさんの出す音は
我が耳を疑うほど素晴らしい。
カーリー・セクラーやエバレット・リリーの
フレーズを使い分けて余りある音を
気合もろともぶつけている。
トレモロなんか第一人者の大西さんも
タジタジになるほどの腕前である。
いつのまに練習したのだろうかと
完全に白旗気分になってしまったのだ。
「ワシきょうはここで一緒にやろう」
とナベさんがいってジャムは終わった。
私たちはこれで4人となった。

午後4時ころになったら雷が激しくなった。
きのうは私たちのテントと
後藤さんのテントだけだったのが、
いまは倍の四つに増えている。
「ああいうただ置くだけってのもいいね」
と小森谷さんがとなりの
メッシュのテントを見ていった。
男性二人があっという間にとなりに設営して
テーブルや椅子を中に入れていた。
「ガラガラガラッ!」と雷がまた鳴った。
雨も断続的に降って風も出て来た。
しかしまあ、山だからね。
山は気候が急に変わるっていうじゃない。
だけど雨にはやんでほしいね。
せっかくフェスやってるんだからさ。
ピカーッ
「ガラゴロギレドッカ~ン!」

強烈な一発が来た。
するとあたりは真っ暗。
バチバチバチビュービュー。
疑似音を解説すると
前半のバチバチはヒョウの音。
後半のは突風の音だ。
タ-プの下でのんびりこんと
ビール飲んでた私と小森谷さんは
とっさに巻き上がろうとするタ-プをつかまえて
それをかぶるようにしたから、
直系2~3センチの丸いヒョウに
あたまを直撃されている。
「イテーッ」
「あったまがイターイ」
強風がビューンと来た。
思いっきりタ-プが引っぱられる。
とっとととテーブルがやばい。
奥のグループもずぶぬれでタ-プを
押さえている。
外人の親子が見える。
またばらばらとヒョウが落ちて来た。

風雲ヒョウを呼ぶ事件はおよそ10分で終わった。
終わるとまた「いままでなにがあったの?」
といわんばかりに明るくなって
雨も風もヒョウも雲も消えた。
さすがに自然だ。
「ふふふふ。となりのテントが飛んでる」
なにもおかしくはないのだが、
川の向こうに激しく飛ばされたテントは
スッと置いただけだったから当然の結果だった。
ナベさんがビールとお弁当を持って
そしてバンジョーも持って
車から帰って来た。
ささやかな宴会がはじまる。













ヒョウも降った岐阜フェスの土曜日のリルコミだ

あさがた小雨が降ったきりで
あとはどんよりと重たい雲がたちこめて
そしてムッと暑い小平からこんにちは。

20回目となった今年のマウンテン・タイム・
フェスティバル2005は、お昼ころ電源工事車が
最終準備をして14:00にスタートした。
しかしスタート時間には私はステージ前に
いなかったので、これは未確認だけど
定時に「元祖吉田兄弟」というグループが
キックオフを果たしたと思っている。
というのはこの日、すべてのエントリーバンドが
終わるのは朝の4時。
したがって、時間の狂いは大変なことになるのだ。
きのうの夜、前打上げでピンクのパンフレットを見たとき、
土曜日の夜ステージが朝の4時と聞いて、
およよよそんなのあり?と思わず声が出た。
これまで箱根や宝塚そしてもちろんここでも
朝4時まで堂々とクレジットされた
パンフレットは初めてではないかと
記憶力の衰えた頭で考えた。
「やはり今年で終わりが効いたのかも」
と主催者の安川さん。
バンドが集まったことを有難そうにいった。
しかし1時間押すと朝5時。
2時間押しだと当然6時に終わりがずれる。
最後のバンド名を見たら
「ニュー・ホルモンロー・スペシャル」だ。
私のよく知っている三重のバンドで、
フェスでホルモンを食べて元気をつけるのが
彼らのポリシーなのだ。
だから、ホルモン焼きを食って
パワー付けてる彼らだったら朝5時になっても
トリを充分につとめることが出来るかも知れない。

私と西貝さんはテントで快適に目ざめた。
昨夜の前打ち上げの余韻が私の声に現れていた。
のどががらがらでよく声がでないのだ。
おそらく20年ぶりの後藤さんや金沢さんなどと
大声を出して夜中の2時まで話したせいだ。
主催者の安川ご夫妻がふるまう時山牛なんて
この世のものとは思えないくらい美味しかった。
それにビール焼酎をがぶがぶ。
矢でも鉄砲でもなんでも持って来いなんてね。
酒飲みの天下だった。

朝食を食べながら
「ノブハルを待ってからでかけよう」
と決めた。食料の買出しに行くのだ。
ノブハルとは小森谷信治さんのことで、
かの伝説的ブルーグラス・フォトグラファー。
73年に発行されたジューン・アップル誌の
重要写真はほとんど彼の提供だった。
5メートルと離れてない小さな川から
かじか蛙がきれいな声で鳴いている。
川の反対側、つまり山側には
沢山の整備された池があって、ここには
アマゴという淡水魚が養殖されているそうだ。
渓流釣りをされている人だとアマゴという魚の価値、
釣れたときの感動は理解してもらえると考えるが、
険しい谷を登ってこれ以上行けないような
場所の清流にいるのがアマゴで、
美しい斑点があって「女王様」と呼ばれている。
養殖池を管理しているのは、
竿でゴミなどをどかしている作業着姿のおじいさん。
そしてその奥さんだと見えるおばあさんの二人。
おばあさんは「ここの水道は使っていいよ」
といってくれたりしてなかなかの社交家らしい。

赤いカルマンギアでノブハルさんが到着した。
「ホーッホホホ」といつものごあいさつ。
来る途中、東名が一部不通で下へ降ろされて
「あったまきたよ」とご不満顔だった。
これでメンバーがそろった。
「どう?いいテント村でしょ」
と西貝さんが胸を張った。
実際にまわりの景色がいいせいか
テントとタ-プ、そしてテーブルなどが
とっても美しく自然にマッチしている。
「では入場チケットを買いに行こう」

きょうはここまで。
ヒョウが降るまでたどりつかなかったが
それはまた明日。
お仕事の用事で出かけるのだ。
サンキュー、アミーゴ!












我家のホープくんのサッカー合宿のリルコミでーす

あさ5時に起きるとザーッと雨。
梅雨らしくていいやと
余裕をかましてテレビをつけると
サッカーをやってるではないか。
オランダでやってるU20の日本代表とモロッコの対戦。
あさっぱらから引き込まれてしまい、
日本のチャンスに
大きな声を出して応援してました。
しかし、残念。負けた。
あと少しで後半も終わりってところで相手に
ドリブルで切り込まれてシュート打たれて1ー〇。
こんな負けかたってあるのか。
あとほんの少しで終わりだよ。
どうしてフリーでシュート打たすんだよ。
非常に胸くそ悪い結果に腹が立って、
監督の大熊が「いい勉強になりました」と
いったことにダブルで腹が立って
「勉強なんか机でやれ!」
とテレビに向かってどなってしまったのでした。
どうしてこんなに腹が立ったのかというと
勝たなかったことと
あさメシ前だったからだと思います
起きてすぐ、梅雨らしいなーんて余裕は
どこにもありませんでした。

そして今晩、いえ明日の早朝、
こんどは日本代表がコンフェデ杯で
ブラジルと戦うのだ。
どうしようかなと一瞬考えたけど、
私の場合、
いつも4時か5時起きだから
特別の準備なんて必要ないのです。
普通に寝て少し早起きすれば
キックオフからバッチリ見れる。
こういうときって早起き型人間は
お徳だよーだ。
それにしてもどうしてこんなに
サッカー男になったのかといわれると、
これはもう子どもの影響以外に考えられません。

いま高校1年生になった我家のホープくんは
小学校2年生から地元のクラブに入って
サッカーをはじめたので、親の私も妻も
つまり両親ってことですが、
いっぺんにサッカーに接近したのでした。
オフサイドが分からず大騒ぎしたことも度々。
コーナーキック、フリーキックを覚えたときは
子どもはもう4年生になってました。
その頃、JリーグのFC東京が小平市内で
子どものサッカースクールを開いたのを見つけて
ホープくんを受験させたのでした。
そこのサッカースクールの夏合宿は毎年、
静岡の裾野ってところでやるので、
いちどどんなとこか見に行ったことがありました。
ポルトガル代表のユニフォームなんか着ちゃって
いっぱしのサッカーファンを装おってね。

東名の裾野インターを出ると合宿に当てられた
ホテルはすぐに分かり、とりあえずそこへ行ってみると
なんと日本代表の写真が壁一面に貼られて、
他に廊下の天井には大きな各国の旗がゆらゆらと
飾ってあったりして、その予想外の雰囲気に
私たち両親は「エッ!」といったきり
言葉を失ったのでした。
「中田と同じホテルなの?」と妻。

そのあとでホープくんがいるであろう
グラウンドを目ざしたのですが、
これがまた想定外の広さでもうターイヘン、
私たちの顔はへのへのもへじになってしまった。
そこらじゅうがサッカー場。
どこの道路を通っても行きつく先はサッカー場。
山の上からそれこそ裾野まで
あたり一面のサッカー場ってところを
生まれてこのかた見たことがなかった。
天然芝グラウンド、人工芝グラウンド、
フットサルグラウンドなどの
途方もない施設を通り抜けて
心細くなりながらもたどり着き
ホープくんを見つけたときは、
ほんとにうれしかった。

なにも知らなかった。
サッカーってこんなにも大きいものだったのかと。
日本代表と同じホテルに泊まって合宿してる
子どもたちのはつらつとした態度。
手を伸ばせば日本代表は届くとばかりの演出。
なにもかにも私は来てみて驚いた。
ここに来なかったら
まだ何も知らない自分の子どもびいきの
サッカーおやじでしかなかった。
私たち両親はこの日を境に
なんとなく本物のサッカーファンに
なったのだと、
ルールなども覚えて
今日まで来ているのです。
まあ、人間は色々なきっかけがあるものです。
私にサッカーの扉を開いたのは
この裾野に広がるサッカー施設であります。
一種の出会いってわけです。

それはまだほんの5~6年前の話です。














デッド・マン・ウォーキングのリルコミなのだ

今朝は雨雲がたれこめてひと雨きそうだったのが
お昼ころにはすっかり夏になってた小平からこんばんは。

仕事からもどると
友人の山口サトンパスさんから
CDが届けられてました。
新しいバンドを作って練習したから
聞いてけれといっているのでした。
ありがたい、大感謝。

バンド名は「THE DEAD MAN WALKING」
ムムム。
私の棚にはグレイトフル・デッドの
「WORKINGMAN'S DEAD」
というアルバムがあるけど、もしかして。
でもきわどくておもろい。
メンバーは
吉岡 正(バンジョー)
柴木健一(ボーカル、マンドリン)
山口さとし(ボーカル、ギター)
奥沢明雄(ボーカル、エレベ-)

メンバーはそれぞれ名前の知られた
東京ブルーグラス界の重鎮的存在である。
山口さんは70年代に活躍後、車のレースに没頭、
ビル・モンローはナッシュビルで生まれたと
感違いするくらいブルーグラスから遠ざかっている。
柴木さんはついこないだ出張先のハワイから
戻って来たばかり。
彼も70年代に活躍後、なぜかゴルフに没頭。
ボギーパットをたたく度に熱くなって
ブルーグラスへカンバックするタイミングを忘れる。
吉岡さんも70年代に活躍した人だ。
しかも東京と関西をまたにかけていた。
なぜか熱帯魚に目覚めて熱中。
自宅に店鋪を開く。しかしあえなく倒産。
偶然にも倒産が彼のバンジョーテクを向上させた。
オリジナルのグラナダを所有。
奥沢さんは70年代「ニュー・オマンタ・リバイバル」
を率いて活躍後、お採譜~アンビリ~テキーラで
プロに転向。
現在はギタリストとして活躍。
通称「オックン」。

つまり経歴からみると
全員ブルーグラスから遠ざかっている。
しかも10年単位で現場を離れている。
ブルーグラス・ミュージックは、
このようにいちど離れた人には
元に戻るまでかなりつらい音楽である。
カンバックしたけど
「どこかしっくりいかない」と悩む人が多い。
それはあたり前だと分かってはいるけど
うまくいかないといろいろ悩むのだ。
ブルーグラスはしっかり出来ない人を嫌う。

毎日メシ食う以外はほとんど弾いていた、
夢の中でも弾いていた。
酒飲んでいても身体の芯では音が鳴ってた。
朝起きるとまず楽器弾いた。
一日中どこへも行かなくても
楽器弾いて歌ってればそれでいい。
そう、こんなに弾いて歌ってたのだ。
そのうえでバンドをやる。
ぼくの一日がもっと濃密になっていく。
出演をめざし、目がらんらんと光ってた。

ここに集まった4人は70年代、
全員こんな経験を持っているが、
果たしてどこまで復活出来るだろうか。
これで二回目だという練習CDを聞いてみると
やはり先は長そうだ。
家庭をやりくりしてどれだけ練習が出来るか。
自分の慣れきった日常を
どこまでコントロール出来るか。
おやじミュージシャンには
そこが鬼門だけど、
ともかくわくわく期待できる
「THE DEAD MAN WALKING」です。















自然現象と女優の美しさのリルコミだよ

きょうの直射日光は真夏のギラギラだった。
夕方その太陽が赤く輝いて西の空へ落ちていったが、
バックが灰色だったのでぽっかりオレンジっぽい赤い玉が
浮かんでいて思わず立ち止まって見上げてしまった。
小平からこんばんは。
こういう自然現象にたまに出くわすと、
あまりの素晴らしさに正に見とれますね。

むかし私が高校二年生のとき、
新潟からの帰りに上越線の特急に乗りました。
やがて特急は越後湯沢駅に到着すると、
そこで一人の女性が私の乗っている車両に
やってきて、「ここだわ」といって
なんと私のとなりに座ったのでした。
その人は今までに見たことがない
とんでもない美人で、それをひと目見て
私は固まって動けなかった。
あとで分かったのだが、
そのひとは女優の八千草薫だった。
きょうの自然現象と同じくらい
見とれていました。
ああいうひとが現れないかなあと
暗い夜の空を見上げる
午後8時25分なのでした。




B級グルメの山口サトンパスのリルコミなのだ。

くもって涼しい風がそよそよと吹いて気持ちのいい
サンデーの昼すぎの小平からこんにちは。

きのうは北九州のエルビス吉川さんと
山口サトンパスさん、
そして私の3人で、我家のマイ・ルームで
午前10時ころからよもやま話しに花を咲かせて、
むしゃむしゃごろごろげらげらしながら過ごし、
そのあと午後2時にエルビスを
羽田空港へ送って行って、
山口さんおすすめの「東京カレーはウス」で
ビーフカレーを食べて帰りました。
ちなみに山口さんはタマゴカレー、
私の妻はスパイシーチキンカレーを食べたのでした。

山口さんは九州のカントリー・ゴールドに行くとき、
早朝にここへ寄ってタマゴカレーを
食べるのだそうです。
素早く作れるらしく注文して間もなく
それぞれのカレーが目の前に並べられ、
あっという間に食べ終わってコップの水を
ぐいっと飲んだのでした。
味は良くおいしかった。
妻は「レジがカウンターの中にある」のが
よかったといってました。

山口さんは自称B級グルメと名のっています。
「仙台まで牛タン食べに車を飛ばした」
こともあるよといってました。
私が新宿の高速の出口近くに神戸牛の
美味しいお店があるよというと
「値段は?」とすぐに反応した。
「ステーキにワインが付いて2万円」
というと
「それは高い。安くてうまくなければ」
とB級グルメの本分をくずさないのでした。
ちなみに来日したでビッド・グリスマンと
ここで食べたら、ひと口食べたグリスマン、
「ザッツ・アメージング!」
このようなステーキは初めてだといってました。
グリスマンは「辛いものグルメ」のようです。

17日(金)の夜は目黒区池尻大橋にある
「チャド」へ行って、エルビスは、
あこがれの小松さんとエルビスジャムをして、
私は西貝さんと飯田さん、そして入来さんで
ブルーグラスジャムで大汗をかいて、
なんだかんだ話をして、朝帰りをしたのでした。
エルビスと小松さんは去年の6月、
ロッキートップでやったエルビス・ショー以来
の顔合わせで、とってもリラックスした
ジャムセッションを展開して
集まったお客さんから大拍手を
もらっておりました。

チャドの名物マスター、本田さんは
ちょうど一ヶ月ぶりに会うと、
なんと身体が細くなっているではないか。
突き出ていた腹がへっこみ、
顔もすっきり細くなってる。
あきらかにダイエットしている様子。
私が「糖でも出たの?」
といじわるな質問をすると
「少し。糖尿病まではいってない」

私も去年10月に医者に
「糖が出ている」と診断されて
それから人間が変わったように歩き始め、
いまに至っている。
先週ロッキーでマンドリンの柴木さんから
「病気だから歩くの?」
と聞かれて「そうなんですよ」と
答えたばかりで、
チャドのマスターも糖が出てるのひと言で
歩きはじめているから、
私たち50代後半の世代にとって
本当に糖尿病は恐ろしい。
マスターも私も途中であきらめないで
運動を続けることだが.......。

チャドのジャムセッションに
新しいマンドリン・プレイヤーが
デビューした。
名前は二宮さん。
お年を聞くのを忘れましたが
落ちついたもの腰から若くないと思えるが、
島崎爽助さんのボーカルセットで
とてもきれいなメロディラインを弾いていた。
名刺をいただいたら、
Play Bluegrass!と赤字で書かれて
そのうえF5モデルの写真が載っている
素敵なものだった。













きのうのロッキー・ナイトは燃えたゾのリルコミだよ

きょうも梅雨を満喫できるどんより重くたれ込めた雲と
蒸し暑い気温がたなびくシティ・オブ・コダイラから
こんにちは。

きのうは研修で上京した北九州の帝王エルビス吉川を
銀座でつかまえて、東京名物「ゼネラル・ストアー」を見に
ロッキートップへとなだれ込んだのでした。
それにしても日産ギャラリーの待ち合わせる人々の
多さには驚きました。
久しぶりに銀座四丁目の交差点に歩いて来たのできょろきょろ
あちこちを振り向いておのぼりさん気分を味わいました。
ニッサンギャラリーの前に着くと待ち合わせ人が多く、
これは夜の入口、銀座の7時だからなのだろうかと見ると
なぜだか若い男子が圧倒的に多い。ナンパの大会?
しかも一様に携帯画面をのぞいて顔をあげないのだ。
エッ、変なやつらだなあと見つめてしまったけど、
そういえばずっとむかしの私は、
VANのアイビーシャツを着て、傘持って、
みゆき道リにたむろしてたみゆき族をぞろっと
並んで見てたうちのひとりだったから、
その当時変だったのはオレだったんだと
いま思い付いた。世の中は巡るのだ。


帝王は秘書ミス・ナオコを伴っていた。
きりっとした顔立ちの美人で、
ロッキーが終わったら、
大森の姉のところに行くといって、
しきりに電車のつながりを聞いてきた。
3人でロッキーの店内に入ると、
早くもリーダーの笹部さんがギターを弾いていた。
しかもなんとお友だちの柴木さんがいるではないか。
「きょうは笹部さんの同伴で来ました」
とウィスキー水割りを飲んでいた。
ロッキーの田口マスターが話しかけてきた。
「中西さんに男の子が誕生したってね」
「うん、そうそう」
私のお散歩の話しなどひとしきりしたあと
マスターが
「中西さんの子どもは、高田さんの生まれ変わり?」
と笑ったが、これには誰も答えなかった。

ゼネラル・ストアーのステージがはじまった。
オールド・ブルーグラス・ソングの
オンパレードって感じで進行して行く。
リードボーカルとギターの笹部さんも
かなりの余裕できちっとすき間なく歌っている。
たとえば
「ウィル・ミート・アゲイン・スゥイート・ハート」
のコーラスになると笹部さんのマイクに
マンドリンの加藤さんとドブロの小島さんが
すすすっと寄せてきてハモる。
ブルーグラススタンダードと呼ばれる
コーラススタイルだ。
バンジョーの長谷川さんは
ソニー・オズボーン・モデルのネックを持った
6弦バンジョーを弾いていた。
ほとんどコーラスは歌わないで
もっぱら弾き役専門である。
必殺弾き技師の面目躍如、よく似合ってた。
ベースマンのテツさんは、本日エルビスをここに
連れ出した功労者で、そのせいか、
普段よりも「切れ味鋭いいいビート」と
山口サトンパスに褒めちぎられた。
しかし第2ステージに入ると、
ベースの音量がぐっと下がった。
きっとトイレでエネルギーを
放出しちゃったのだろうか。謎は深まる。

フィドラ-の祇園さんがぬーっと入ってきた。
きのうの夜のご接待が効いているといいつつ
「生ビール」を注文。
「どう調子は」と聞くと
「リストラ攻撃に耐えてるよ」
でもにこにこ笑顔のギーちゃん。
70年代、ブルーグラス華やかりしころの
となりに座っている柴木さんと祇園さんは
楽器が上手で若手のホープだった。
いま振り返ると、
どこにあんなにエネルギーがあったのか
不思議なくらい関東と関西をまたにかけて、
行ったり来たり楽器を弾きまくっていた。

帝王エルビスが
「東京のバンドは何時間聞いてもあきない」
九州のバンドは「30分もすると飽きる」と
力を込めていった。
「フーン」と私たち。
酔いがまわっている顔と顔が見つめて
「でも、このバンドはお客ゼロの記録持ちだよ」
と誰かがエルビスにいった。
なんでだろうか、とエルビスは?顔のまま
尚もステージにクギ漬けになった。
そうなのだ。東京の名物バンドが
ここロッキーでついに観客ゼロ、
誰もみていなかったよおっかさん記録を
つくってしまったのだ。
ブルーグラス・スタンダード曲を
これでもか!とレパートリーにしている
ほとんど唯一のバンドなのに
肝心のブルーグラスファンは来ない。
しかも、エルビス秘書ナオコさんは
初めて見たゼネラルにもう
うっとりとりこになっているほど
素晴らしいパフォーマンスが出来るのにだ。
どこかにお客さんを呼べない原因が
あるのだろう。

私は先日、岐阜フェスで笹部さんの
もうひとつのバンド「ジャパニーズ・
ブルーグラス・バンド」を見た。
こちらは今日のゼネラル・ストアーよりも
結成は新しく、毎年アメリカの
「オクラホマ・ブルーグラス・フェスティバル」
招待されているバンドだ。
ではどこが違うのか。
このバンドはボーカリスト笹部益夫さんに
何を歌わせて、アメリカのお客さんに
どうアピールするのだろうかと
ジャパニーズを見ていた。
しかし、ほとんどのレパートリーは
ゼネラルと同じだった。
ブルーグラス・スタンダードを
次々にやりまくるスタイルなのだ。
ただフィドルプレイヤーが強烈アピール
する特徴があるけど、
笹部益夫さんのボーカルを中心に
バンドの音を探して作ったというものは
なにも聞こえて来なかった。
それで、きょうのゼネラルのパフォーマンスを見て
なぜゼネラル・ストアーでオクラホマへ
行こうとしなかったのか不思議になりました。

ともかくも非常に楽しい夜となりました。
一番最後に登場した海宝さんは
「これ、これ」といって
8月に公演する舞台のチラシを見せて
きっと来てね、といって胸を張った。
私はきょうのステージで、
素晴らしいこれ以上ないっていうくらいの
ブルーグラスのリズムギターを聞いた。

きょうもこれから盛り上がりに
チャドへ行きま-す。
チャドではエルビスがギタリストで
ビレッジ・シンガーズのメンバーの
小松さんと大暴れすることになってるよ。
山口サトンパスも乱入するかも。
朝帰りで~す。




















エルビス吉川さんが上京したのリルコミです

どんよりくもっていかにも梅雨だといわんばかりに
ふったり止んだリを繰り返している小平からこんにちは。
きょうはエルビス吉川さんが研修のために上京したので
皆でロッキーで待ち合わせ、久しぶりに盛り上がるつもり。
きょうのロッキーは「ゼネラル・ストアー」。
笹部益夫さん率いるトラッドブルーグラスバンドである。
ブルーでタイトなブルーグラスが聞けると思うと
それだけで笹部さんの顔が頭の中に浮かんで来るから
不思議です。
長~いおつき合いだからでしょうか。
というわけで本日はこのへんで。


ギタリスト内田勘太郎と出会ってたのリルコミだよ

あさ8時すぎ頃から雨がふり続いている小平からこんばんは。
本当は今ごろお散歩中の予定だったけどこの雨ではダメ。
ザーッと雨がときどき強くふってくるのでまったく歩けない。
よくすれ違う年増美人と黒の紀州犬に会えないのは残念。

ロッキン・オブ・エイジスでじつに久しぶりに
内田勘太郎さんにお会いできた。
お会いできたといっても直接ではなくて
元気なステージパフォーマンスを見せてくれたのを
客席から見ていただけなのですが。
そのむかし、74年ころだと思うが、当時六本木の
ほうらいやビルにあったトリオレコードの
小さい録音スタジオで(ほんとに小っちゃかった)、
まだデビュー前の憂歌団と出会った。
トリオのプロデューサーの中江さんが、
「おもしろいバンドだから聞きに来いよ」
といって誘ってくれたのだった。
そのあたりの話を書いてみます。

当時私はジューンアップル誌をやってて、
たいがいは浅草の事務所兼ねぐらにいた。
それを知ってる中江さんが、
新人バンドを一人でチェックするのを嫌って、
話し相手に私を呼んだというのが実体だった。
私はその日が日曜日だったので、
手みやげにサントリービールの純生缶を6本買って、
それで9階のスタジオに入った。
中には「関西からつれて来た」と中江さんがいう通り
ボソボソと関西弁を話す若者が3人、
録音ブースの中にきょろきょろ落ちつかない様子で
それぞれのマイクの前にちょこんと座っていた。
内田勘太郎さんは真っ黒いサングラスをかけていた。
エンジニアは斉藤さんで、このとき私は初対面だったが、
数年後、JD・クロウ&ニュー・サウスや
スペクトラムの来日記念盤などで、音を決めたりするなど、
えらいお世話になったその人である。

「ちょっとボーカルが乗ってない」と斉藤さん。
「いや、全体に覇気がない」
と中江さんも何度も頭をかしげて
こんなはずではない的に腕を組んでいる。
「何という名前のバンド?」と私が聞くと
十秒くらいしてから「憂歌団」と応えてくれた。
中江さんは必死に打開策を考えているのだった。
この日は本番前のマイクテストだった。
憂歌団はトリオレコードからのデビューは決まっていて、
レコーディングの前にマイクに慣れさせたいと
プロデューサーが自らピックアップしてきた。
突然、中から「ブースの中の電気を消してくれ」
と声がした。
明かりが消えて暗くなればよくなりそうだというのだ。

テストは見違えるようによくなって
本来の実力を出し始めたと喜ぶ中江さん。
「カンタローのギターも鳴りはじめた」
と斉藤エンジニア-も満足そうにうなずいた。
憂歌団は真昼間から演奏をはじめたことがないと
暗くないとどうも気持ちが音楽に入らないそうだ。
明かりを消してくれは彼らの自然な要求だった。

あれから30年経った。その後、
内田勘太郎さんとは憂歌団がデビューを果たし、
世間の若いミュージックファンに注目されているころ
浅草のお好み焼き屋で一杯飲んだのを覚えている。
中江さん、渡辺三郎さんなどと
わいわいがやがや音楽談議に花を咲かせていたが、
「カンタロー」と中江さんが呼ぶ以外は、
常にチャキのアーチトップギターを弾いていた。

それから飛んでロッキンのステージ。
内田勘太郎さんは顔も体型も
ほとんど変わっていないように見えた。
ソロになってから音楽の幅がぐっと広がり、
圧倒的な存在感でオーディエンスを引付けていた。
三十年間でたった2回しか会ってなくても
カンタローはすぐ近くに感じた。










松田幸一ありちゃんが素晴らしいのリルコミでーす

どんより曇ってきのうよりか
少し気温が低い小平からこんにちは。

ロッキン・オブ・エイジス・コンサート

松田幸一さん、通称ありちゃんが登場した。
ひときわ高い拍手を受けているから、
彼のファンが大勢来ているのだろう。
相変わらずの人気ぶりだ。
ありちゃんは70年代に活躍した「ラスト・ショー」の
オリジナル・メンバーである。
このラスト・ショーのデビューアルバムには
当時アメリカツアーから帰った渡辺三郎さんが
バンジョーで参加するというので、
私も担当のコロンビアの大江田さんに頼んで
スタジオに見学に行った。
そのとき、関西弁でありちゃんはリーダーのような
仕切り方をしてたので「スゲーッ」と
強烈に印象に残ったのを思い出しました。
その後ピーター・ローワンが狭山市民会館の
小ホールでたった一人でやったとき、
ありちゃんはお客さんとして来てて
ロビーで「オーッ!」とばかりに握手をしたのでした。
この近くに住んでるんだよと笑顔でいって
楽しんでいる様子だった。

さてコンサートではフィドルに岸本さん、
そしてギターで有田さん、
マンドリンとギターで西海さんという
超豪華なメンバーに支えられて、
肩の凝らない自由な素晴らしいブルースハープを
吹いて、この日最高の拍手をもらっていた。
岸本さんのフィドルとのデユエットも独創的で
まさに充実した音がホール全体にこだまして
お客さんをうっとりさせていた。
私のカミさんなどはは去年の箱根フェスで
ありちゃんのブルースハープのファンに
一発でノックアウトされたのだ。
ありちゃんのブルースハープは
ロックミュージックの中の
ポール・バターフィールドなどと違って
やさしくメロディックに語る独自のスタイルである。
私には広い田園とか草原や
アルプスのように神秘的な山々を
ありちゃんのブルースハープでイメージ出来ました。
最後に「ダニー・ボーイ」をやった。
バンドの入れ替え時に登場する
尾崎さんのペダルスティールとのデュエットだが、
これがよかった。
聞き手を深くふかくしびれさせてくれ、
記憶に残る一曲となった。
ありちゃんのブルースハープだったら
日本中どこへ行っても喜ばれるのではないだろうか。
満足しました。








ロッキン・オブ・エイジスへ行ってきたのリルコミだよ

きょうはかなり蒸し暑くて汗が普段よりも多く出たように
感じたけど、お散歩で寄った東村山中央公園の広い芝生に
集まった犬どもの元気の良さはすごかった。
飼い主がみんなリードを外すから糸が切れたタコのように
みんな吹っ飛んで走り回る。中には円盤ごっこを飼い主と
やって拍手をもらっているのもいた。大きな犬小さな犬ま
ざりあって50匹くらいはいるかも知れない。品評会みたい。

先週の土曜日はロッキン・オブ・エイジスを見てきました。
午後2時過ぎに家を出てめざすラフォーレ六本木に着いた
のが3:40分こだった。時間がかかったのは途中で蕎麦を
食べたりしてのんびり行ったためだったが、実は迷ったのです。
現地六本木一丁目はものすげ~ビルばっかりで、小平あたりに
住んでる者にとってはほとんど異国状態になってしまって、
「えー、出口は何番に出ればいいのかな」なんて
六本木一丁目駅に着いてから出口番号を忘れてマジで
オヤジってしまった。
それにしても周りはすべて30階50階のビルばかり。
「サウジアラビア大使館の先みたい」と妻が冷静だった。
やっとのおもいで到着するとすでに30人くらいが
2列に整列してオープン待って並んでいた。

「やーやー、△×○×◆」といいながら山口サトンパスが
合流した。まっすぐ来れたので3時にここに着いてたと、
わしらにとっては超うらやましいことをいってくれた。
「うっふふふ」とまぼろし探偵のような帽子をかぶった
アシュラが静かに近ずいてきた。彼の場合豹がらだけど。
赤いバックステージパスのシールを付けている。
少ししたら須貝重太さんと乙女ちゃん、なっちゃんなど
ラット・オーケストラのメンバーたちがやってきた。
アコースティック・ワールドの岩本さんと順子ちゃん、
ゼネラルストアーのベ-シスト下村哲さんも
ずっと後ろのほうで手をふっている。
もう100人は並んでいる。

このラフォーレ六本木は場所が場所だけに
使用料はたけーだろーなあと隣のサラリーマンの黒服を
着た4~5人のおやじたちがいった。
少しうしろの比較的若い30才くらいのおばさんたちは
どうやら千葉の方から来てるみたいで船橋ララポートの
話をしている。私たちも小平市だ。
午後4時。ぴったり開場となってロビーへ。
これからこのロビーでは若い「スーパー・カントリー」と
「フローズン・ホットドッグス」がライブをやるらしい。
コーナーで缶ビール、ジュースなどが売られていて
そこには人だかりが出来ている。
出演者たちのCDやTシャツもずらっと並んで売られている。
なかなか華ばなしい。

私のバンドのベースマンの入来さんもそっと寄ってきた。
濃いブルーを基調にしたアロハを引っ掛けている。
そろそろバンドの練習をやろうぜという前に姿を消した。
麻薬の売人のように素早い。
主催者の並木さんが堂々と立っていた。いくらか緊張気味か。
今回は宣伝などあまり協力出来なかったので
反省を込めて挨拶をしたら「気持ちだけでうれしい」と
笑顔で返してくれた。ジェントルマンなんです。
バンジョーマンのギッチョが来た。
相変わらずの無口な彼だけど、まわりからなにやら色々
質問攻めにあっている。
なにか信じられない物を間違って捨てたらしい。
しかも大きなものでどうやら楽器らしい。
私も一度は捨ててみたい気持ちになった午後4時30分でした。

スーパー・カントリーの元気100%の演奏がはじまった。
レオナがフィドルでゲスト出演だ。豹娘になってる。
お父さん徳武弘文さんがビデオ撮影してる姿がかわいい。
フローズン・ホットドッグスの演奏がはじまった。
ここにもレオナがゲスト参加だ。
いまが旬、おおあばれのレオナ。
しかしもうすぐ東テネシー州立大学へフィドルを
習いに行く。ちょうど国本の後釜ってタイミングになる。
横を見たらテツがよだれを流さんばかりに
レオナを見ている。大好きなのだ。
5時。本番のステージがはじまった。

ジーンズに白いブラウス、そしてバーズ風の四角い黒の
サングラスといつものスタイルで、ペダルスティールの
尾崎さんが第1回目のオープニングを宣言してはじまった。
まずPAがいい。積んだスピーカーの分だけ絞られた
強力な音がしびれる。
有田純弘はバンジョーを弾いて自分のバンドを
コントロールした。
きちんとバンジョーという楽器を説明していたが、
とてもいい感じだった。ていねいな有田らしい。
過日、ロッキーでパット・クラウドをゲストに迎えて
ジャズをやったセットを拝見したときはギターだった。
比較は出来ないけど私はバンジョーを持った有田の方が
すっきり来るみたい。
たぶん聞き慣れているからなのかも知れない。
ベース、ドラムス、エレクトリックギター、そして
有田のバンジョーと切れ味鋭く抜群にかっこよかった。








ロッキン・オブ・エイジスへ行くリルコミでーす

むしあつくてジメーッとしてて雨が少し降ってて
気分的に前向きになれない梅雨に入った小平です。
きのうの夜、24才の長男に就職の「内定」電話が入り、
奇声をあげたりして大喜びしました。
まるでワールドカップ行きを決めたシュートうったときの
柳沢の地元のサポーターのように爆発しました。
本人は「実力」だとクールにしてましたが、それはポーズで
いちばんはじけてたのは本人だったのです。
一夜明けた今朝もなにか吹っ切れたように顔が明るく、
声も大きく聞こえました。
とりあえず私はホッとしました。

さて今日は午後2時に六本木に出かけます。
コンサート「ロッキン’オブ・エイジス」を見に行くためです。
ペダル・スティールの尾崎さん、テキーラ・サーキット、
ブルースハープの松田幸一さん、有田純弘さんなどに混じって
タローのフローズン・ホットドッグス、スーパー・カントリー
などの若手の活躍も楽しみです。
このコンサートはどちらかといえばカントリー的な
ものといえるでしょう。
しかし、テキーラとか有田、そしてタローは
ブルーグラスの中にいるといってもいいミュージシャン。
しっかり見て来ようと思ってます。
そしてブルーグラスのコンサートも企画できないかと
主催者と話してみたい。

アマゴの池の下が私たちの拠点になったのリルコミだよ

いま午前11時30分外は本格的な雨を予想させる厚い雲。
こまかい雨がちらほらと降っている小平からこんにちは。

マウンテンタイム・フェスの入口は小さな橋を渡って
坂を20メ-トル登ると右側に大きな駐車場が広がり、
奥に小屋があった。この小屋はあとで分かったが、
ここでは「アマゴ」といって大変きれいな渓流のお姫さま
と呼ばれる魚を養殖していて、そのための道具を保管したり、
作業をする人の休憩場所になってるところだった。

フェス会場は駐車場の左側で、太い木々に囲まれた
森の中にあって、ぽっかりと開けた広場に
丸太小屋風のステージがあった。
となりにトイレを挟んで、
あまご食堂と書かれた建物も見える。
私たちが到着したときスタッフ全員で観客席を覆うような
透明の大きなビニール・シートをかぶせている最中だった。
「こうするのは久しぶりなんだけど、雨もある程度は
しのげるし、なんといっても夜露がよけられる」
主催者の安川さんはこう話してくれた。
「7時ころからここで肉を焼きますから来てください」
とうれしくて有難い声がかかった。

拠点づくりがはじまった。
キャンプする場所に選んだところは
アマゴの養殖池と小さな川との間にあった
人工的に作られたと思う川原だった。
見上げると山また山。新緑の山肌が美しい。
コールマンのテントとタ-プを設置して、
やはりコールマンのテーブルを2台組み立てて
作業は終了した。
「コールマンは儲かっただろうな」と
作業を終えて汗を拭きながら西貝さんがいった。
楽器を運びやはりコールマンの
クーラーボックスもうんせうんせといって運んだ。
駐車場においた車からキャンプ地まで
直線でおよそ80メートルくらいだから、2往復もすると
息があがってしまった。
拠点の設置ほか準備完了。
すかさずビールを開けて「乾杯!」

時計を見ると7時をまわっていた。
とっぷりと日が落ちてあたりは暗い。
駐車場への階段を登って行くとおばさんがいて
「このトイレは使ってもいいですから」
と親切に声をかけてくれた。
感謝を込めてはい、と応えたものの
じつはもう1時間も前に使用していた。
おばさんのものだとはうかつにも知らなかった。
バツが悪いったらないね。
駐車場には車が10台くらいに増えていた。
明日の本番前に乗り込む人は私たちだけではなかった。

焼肉パーティーはもう始まっていた。
ステージ前のきれいに貼られた屋根の下いっぱいに
肉の焼けたおいしい匂いがただよっている。
「これは時山の牛です。新鮮ですよ」
と安川夫人がすすめてくれた肉は絶品だった。
「うめえ」とかぶりつく。
じつは三日に前乗りで来たのは
この焼肉パーティーのことを知ったからだった。
モツを焼いている安川さんが
「肉やモツが買ったとき暖かいことがあるよ」
とこの肉がいかに新鮮かを話すのだ。
この肉を食べられただけで
時山フェスに来たかいがあったといえる。

次第にビールの酔いに加えて芋焼酎の鋭い酔いが
自分の身体を支配しはじめている。
静かな夜の闇のなかでパーティーは真っ盛り。
少し寒いが千葉の春フェスの頃に比べれば
この寒さなんてへなちょこだ。
おおよその人数は20人未満。
みんな笑顔の中おしゃべりに夢中になって
楽器は誰も弾いていない。
バンジョーマンの津田さんがいる。
いつもにこにこ笑顔が気持ちいい。
彼の笑顔には実直でまじめな人間性が現れている。
「こんど本場アメリカまで出かけて
勉強することになりました」という。
彼は日本のブルーグラスの歴史を研究している。

いろいろな資料を見せてくれた。
中でも目を引いたのは関西エリアで
発行された日本最古のカントリー系雑誌
「ウエスターン・ジャーナル」のコピーだった。
数冊を並べると遥かかなたから先人たちの
ディープな声が聞こえるようなそんな気持ちになった。
私たちの広義の意味での先輩たちの努力のあとが
津田敏之というブルーグラス研究家によって
発掘されて目の前に並んでいる。
私もかつてブルーグラス誌を発行していたので、
それよりも以前、カントリー&ウェスターン誌の
母体となった古き良き時代の雑誌を見て、
そして頼りないタイプ印刷の活字なんかを見ると
身につまされるような気持ちになった。

酔いも深まったころ、
マンドリンの後藤さんと話した。
私は今回のフェスが初の時山だから、
およそ20年ぶりの再会である。
主催者安川直樹を支えるスタッフの一人として
ここまでフェスに参加し続けて来た
といって笑った。
初めての岐阜のフェス、宝塚フェスなど
以前はあらゆる場所で一緒だった。
しかしあんまり久しぶりなので
話す材料に乏しく、いきおい音楽話しで
盛り上がった。
キンタこと金沢くんが何も変わってない顔で
現れた。「ヨーヨー、元気?」と交歓。
ニューホルモンロー・リバイバルで
明日のトリで出演するから見てねという。
「たぶん寝てる」と返したら
そうかあと、私を病人を見るような
目で見ていた。
仕事を鉄工屋さんから
マッサージ屋さんに変えたそうだ。
夜が深くなった。
そういえばさっきラットの
須貝重太と長谷川光が
到着しているのが見えた。
東京の仲間を見ると
なんだか分からないけどうれしくなっちゃう。
いいフェスになりそうだ。
酔いが身体の芯まで届いている。



















マウンテンタイムフェス・レポートのリルコミで~す

どんよりくもってて暑い小平からこんばんは。
神経の使う床ワックスぬりを終わって帰ったので
もうぐったり。一杯飲む前に書いてます。エライ!

きのうサッカー日本代表がワールドカップ予選を
突破しました。おめでとう。
後半だけで2点。それもフォワードが入れたところが
ニクイ。溜飲が下がりました。
少し前のバーレン戦は時山フェス会場へ
すでに入っていたので当然見ることが出来ませんでした。
帰り道、関ヶ原の高速へ乗る手前にあった
和風レストラン「水谷」で味噌カツ丼を食ったあとで
スポーツ新聞を見てバーレンに勝ったことを
知ったのでした。
1週間で2勝。日本代表もやるものですねえ。

ことしで岐阜マウンテンタイム・フェスティバルは
終わるらしいと西貝さんが私におしえてくれた。
「どうする?」行かないかと聞いているのだった。
私は旧知の安川直樹さんがリーダーのこのフェスへは、
忙しかったりしてまだ行ったことがなかった。
西貝さんも同じだったが、西貝さんは
楽器制作家の同業としていちど時山の工房へ
行ったことがあるそうだ。
ごあいさつがわりの手みやげに
ギターの材料になる「木」を持って行ったそうだ。
もちろん今年で最後なら「行きます」と答えた。

マウンテンタイム・フェスは今年で20回目を迎える。
6月4・5日、週末の二日間。
東京からはラット・オーケストラがゲストバンドで
呼ばれたと、これはアシュラから聞いた。
他にどんなバンドが行ってどんな個人が行くのか
分からなかったけど、フリントヒル加藤や
ハスキー早川、ゴルフ柴木など
東京の名うてのブルーグラス的遊び人が
行くらしいという情報が流れていた。
最後だ、という言葉がフェス動員力に役に立っているようだ。

私と西貝さんの二人は3日の昼前に練馬の西貝邸を
スバル・レオーネ・カントリー・ワゴンで出発した。
文字どうり野外で美しく映えるこの名車は、
いまのアウトドアライフを先取りした戦略カーで、
珍しいエアーサスペンションを備える昭和59年型。
箱根フェスに並ぶとコモリン信治の所有する
ワーゲンの赤いカルマン・ギアと双璧に目立つ車である。
「貴重品です」と西貝オーナー。

「ダッチオーブンは置いていこう」ということになった。
初めて行くフェスではダッチ料理は
あきらめた方がよいと判断したのだった。
私たちは朝霧フェスで2台のダッチで料理を作っている。
フェス=ダッチ=美味しいに慣れていて、毎年
かなりグレードの高い料理ができるのだ。
朝霧フェスだとこれに慶応大出の丹羽さんが作る
チリビーンズが加わって、料理がより華々しくなる。
もっと書けばこれらに生ビールが
ジョッキで飲めるというまるで天国のような
フェスタイムを味わっているのだ。
しかし全神経を集中してアサヒスーパードライの生ビールを
管理してくれていたカウボーイが福岡に転勤してしまった。
福岡では趣味の牛追いだけに集中するとかいってたけど
早く東京に帰って来て欲しいよ。

午後5時すぎ関ヶ原インターを出て一路、時山をめざした。
あとは明日のこころだあ。

高校時代の仲間からのどっきりテレホンのリルコミだよ

蒸し暑さはもう真夏って感じの小平からこんばんは。
おもいがけないことが起きてきのうはお休みしてしまい
たいへん失礼しました。

私、高校を出てから何年経ったのか分かりませんが、
きのうの夜、高校の同級生から突然電話がかかって来て
「左半身がしびれているが、どうしたらいいか」という。
彼はいまでも付き合っている仲間のひとりで、
それでも三年くらいは会っていない。
「左足左手左口などがしびれていて動きも悪い」と
だるそうに私の質問にこたえている。
「血圧は上が230で下が120だ」
どうやらかなりの確率で脳硬塞を疑ってかからないと
いけない症状ではある。

彼は独り暮らしで妻と二人の男の子とは離婚して、
新しい女性と結婚してアパートに住む予定だった。
私にもそのときの修羅場のような話をしてくれたが、
新しい女と住むという部分が私には快楽の追求のように見えて、
強く離婚を撤回するように意見した。
しかし彼は埼玉県川越市にアパートを見つけ、
同県越谷市に妻と子どもを残して新生活を始めたのだった。
自信のかたまりだったようにみえた。

仕事も大型トラックの運転手に変えて、
私たち友だちの心配をよそに5年間は快調に過ぎた。
ところが5年過ぎたある日、突然新しい女が姿を消して
行方が分からくなった。
いろいろな方面を探したけどついに発見できなかった。
行方不明なんて本当にあるのだと、
そのときの様子を私にこまかく話してくれた。

彼は情熱的毎日から奈落に落ちた現実に立ち直れないでいた。
しかし、しばらくすると彼はそこからまた立ち上がり、
離婚して残した妻子に毎月きっちり約束のお金を
送り続けていた。
それから何年か経って「払い終わったよ」と
電話をくれて「あとは釣りざんまいだ」。
はればれとした声が電話のむこうでひびいていた。

それから三年経って脳硬塞になった。
電話をくれたとき外出していなかったことが
本当にラッキーだった。
きのうの夜、友だちと病院へ運んで待っていると
「おそらくそうだ」と医師がいってくれた。
これから脳の内圧が高くならなければ
明日にも検査をするという。

問題は彼が独り暮らしで頼る親戚がいないことだった。
私のような友だちに頼ってくれてもいいけど、
おのずと限界がある。
彼もそのあたりのことは理解していて
「たぶん長い闘病になるから」と
真っ白な顔で「わるいな」とテレをみせていた。
独り暮らしは特に栄養面は悪く、
しばらくぶりで見た姿はかなり太っていた。

もうすぐ60才になるのに病気になり、
誰もいない孤独な病院生活を送るとは
思いもしなかっただろうと。
わずかに友だちがいてくれたので、
そのうちの私が6年前、
脳硬塞になったのを知っていて
電話をかけてきたのだった。

明日はフェスレポートを書きたい。





マウンテンタイム・フェスティバルのリルコミで~す

快晴真夏並みの暑さの小平からこんにちは。
時山=マウンテンタイム・ブルーグラス・フェスティバルへ
行ったみなはま、きょうは疲れておりませんか?
慎くんや谷村くん、そして田川さん、
仕事つらかったでしょう!

帰り道、私と西貝さんは中央道の子仏トンネルあたりから
発生した大渋滞に巻き込まれてしまい、
「早くビール飲みたいなあ」会話を繰り返しながらも
のろのろと止まったりしながら、まるで風の止まった
ヨットのように漂ってしまいました。
そう、中央道の上野原でいったん降りて
一般道を走ろうとしたのでした。
「もうすぐ八王子だから」的な気持ちで降りてみたら、
なあーんと料金所から車がつまっていて、
その先には果てしなく車がつながっているのです。
「ぎゃ~っ」と叫んでも渋滞は直りません。
あきらめてお金を払って恐る恐るおじさんに聞くと
「もういちど入り直しなさい」というではありませんか。
根は大変素直な私たち、おじさんの忠告を
すぐに受け入れて入り直したのでした。
いわゆるジャガーチェンジってやつですね。
するとあ~ら不思議、するするすると
渋滞が流れ始めたではありませんか。
あのテコでも動かなかった渋滞が、入り直したら
流れ出すなんて、まったく驚いたのでした。
料金徴収係りのおじさんを「ただ者じゃないゾ」と
感謝しつつ、まもなく我家にたどり着いたのでした。
あれであのまま一般道を走っていたとしたら、
動かない渋滞に気が狂い、目はワニのようにつりあがり、
おたがいをののしり、やがて険悪となって、絶対に
きのうのうちに帰れなかったと断言するのだ。
選択を間違うと恐いですねえ、というお話でした。

時山フェスの写真は掲載中です。
明日も時山フェスのレポートを書きます。

岐阜マウンテンタイムフェスティバルちょいリルコミ

ご無沙汰でした。
実は休んでるあいだ岐阜の時山で開かれた20回目の
フェスへ行って、たったいま帰って来ました。
21時30分が帰着時間でした。
サッカー日本代表は勝ったようでおめでとうでした。
それでフェスの話とかいろいろな話はは明日以降に
します。
まずはきょうはビールを一杯飲んでフェスで会った
たくさんの友だちの顔を思い出しながら寝ることに
します。アデオス!

ロバート・対中さんが亡くなられたのリルコミです

とても暖かくてまさにTシャツの季節到来って感じの
小平市からこんにちは。

午前中にパソコンを立ち上げたら、MKさんから
コメントが入っておりました。
内容は「ロバート対中さんが亡くなられた」
というものでした。
MKさんはロバートさんとご親戚関係なので
この情報を得られたと書いてありました。
MKさん、有難うございます。
心からお礼を申し上げます。

ロバート対中さんは文字通り
日本のブルーグラスの
草分け的存在のプロ歌手でした。
進駐軍通訳という前職を生かすかたちで
主に米軍キャンプへの出演がほとんどだったと
去年の夏、赤羽のライブハウスで語ってくれました。

私と近江、亀野の3人で組んで活動した
マウンテン・ランブラーズは、
60年代の中頃から後半まで、「青い草」に
ずいぶん通わせていただき、
そこのオーナーのロバートさんとは自然と
関係が出来ました。
いちばん濃い関係だったときは、
コロンビアレコードに
「ロバート対中とマウンテン・ランブラーズ」
とタイトルされたアルバム制作をしていたころだった。
1968年だったかな。
まだあまり有名じゃない僕らを
レコーディングに起用するなんて、
大変勇気ある抜てきだっただろうと
いま思います。

数ヶ月前、西貝さんがオークションで
このアルバムを見つけてくれて、
久しぶりに聞くことが出来ました。
ロバートさんは古いマウンテン・ソング
「ラン・マウンテン」と
「セイラー・オン・ザ・ディープ・ブルー・シー」
を歌っておりましたが、
独特の英語を噛みしめるような歌いぶリは
つやがあってまさにプロでした。

ロバートさんは私たちをプロのバンドに仕立てようと
たくらんでいたふしがありました。
夜中のTV出演やコンサートへのゲストなど
次々と仕事を見つけてきてくれました。
もしも私たちがプロになってたら、
いまどうなってたのだろうか。
しかしその頃にはロバート&ジェリーの
「対中ブラザース」の仕事のやりかたに私たちは
不満を持っていたので断わり続け、
ついにバンド解散と決定的な理由を言って
プロを辞めたのだった。
振り返ると一番の不満はレコーディングのあいだ中、
一回もメシを食わしてくれなかったことだった。
近江は「コロンビアの食堂が休みだった」というが、
「メシは出す」といってたのに約束が違って、
私は大いに不満だった。食い物は恐い?

レコーディングはしなかった曲に
「IN MY OLD SOUTHERN HOME 懐かしき南の家」が
私たちのレパートリーにあった。
ロバートさんはこの曲が好きだったようで、
青い草のステージで歌うと必ずジッとこっちを見ていて、
終わると機嫌のいいときの顔のように、
ニコニコっと笑ってくれたのが印象に残っています。

思い出は尽きませんが、
ちょうど一年前に逝ったジェリーさんともども
ごくろうさまと申し上げます。
合掌。




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/Tatsuo Kameno

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    Rocking' Chair
    収録曲
    1.Country blues
    2.Wall ofTime
    3.Banks of The Ohio
    4. Any Old Time
    5. Crazy
    6. I’m Coming Back But I Don’tKnow When
    7. I’ll See You in My Dreams
    8. Put Me On The Trail to Carolina
    9. No9 Train
    10. Warp your Troubles In Dreams
    11. Lullaby In Ragtime
    12. Rockin’ Chair
    12. When I’m Gone

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    Take Me In Your Lifeboat
    /The Blueside of Lonesome


    1.How Mountain Girls Can Love
    2.Blue Ridge Cabin Home
    3.Kentucky Waltz
    4.Let Him Go On Mama
    5.It's Mighty Dark To Travel
    6.Take Me In Your Lifeboat
    7.My Oklahoma
    メンバー:
    Yoshie Sakamoto / Vocal
    Masuo Sasabe / Guitar, Vocal
    Yasuhisa Kato / Mandolin, Vocal
    Ryukichi Hayakawa / Banjo, Vocal
    Hiromu Teshima / Fiddle, Vocal
    Akihide Teshima / Bass

    制作:The Blueside ob Lonesome
    技術:Ryukichi Hayakawa, Hiromu Teshima
    デザイン&絵:Ashura Benimaru Itoh

    リルコミの紹介
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    130320IMG.jpg
    SOMEDAY/Yoshie Sakamoto
    1. My Shoes Keep Walking Back To You
    2. Someday
    3. Till A Tear Becomes A Rose
    4. Here Comes My Baby Back Again
    5. If My Heart Had Windows
    6. Blue Kentucky Girl
    7. I'll Take Care Of You
    8. You Take Me For Granted
    9. Under Your Spell Again
    10. In The Garden
    11. You Ain't Woman Enough
    12. We Must Have Been Out Of Our Mind(Duet with Takaaki Sakamoto)
    13. We'll Meet Again

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    1枚2,500円+送料

    坂本愛江の HP


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    IT'S A CRYING TIME


    Banjo-Eiichi Shimizu
    Guitar-SatoshiYamaguchi
    Mandolin-Kazuyoshi Ohnishi
    Bass-Akira Katsumi
    Fiddle-Morishige & Takada
    売価 ¥1980
    お問い合せ
    ビーオーエムサービス
    ●解説のリルコミ
    「IT'S A CRYING TIME」CDで復活!リルコミだあ

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    A New Peace Within / LEONA 111022.jpg

    1. A New Peace Within
    2. International Date Line
    3. Little Cabin Home on the Hill
    4. Endless Summer
    5. Close By
    6. Roly Poly
    7. Cherokee Shuffle
    8. Life's Inspiration
    9. Gypsy Spin
    10. Shade's of Blue
    11. Nobody's Love is Like Mine
    12. Soldier's Joy
    ●解説のリルコミ
    本日は臨時号です!リルコミだあ
    オフィシャルHP
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    「Hello, Old Friend」 cd_tq1.gif

    Tequila Circuit/Hello, Old Friend
    定価¥2,500
    ●CDのHP
    ●解説のリルコミ
    /テキーラ・サーキットのnew CDだよのリルコミで~す

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