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2006-12

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ことしも一年ありがとうございましたのリルコミでした

連日の晴れだがきょうは
きのうよりも寒い。それでも
冬とは思えない暖かい一日だった。
クリスマスが過ぎるととたんに
寒くなると記憶しているのに、
今年は凍えるような寒波が来ない。
どこか南方にバケーションに
行ったような気分で正月を迎えられる。
あと二日。ビュービュー強風の吹く
小平からこんばんは。

来年の仕事の打合せが終わって、
そして請求書を書き終えて
06年度の仕事はすべて終了。
事故もケガもなく一年を通せたことは
一匹野郎に近い自営業にとっては
まずは僥倖だった。
ところが二三日前から妻が身体の
不調を言って夜も寝つけなかった。
すわ、一大事かと内心思ったが、本日、
すっかり新しくなった一橋病院で
検査をしたら、(胃カメラも飲んだ)
「胃の粘膜が荒れている」
といわれただけで、どうにか
一大事には至らず、一安心。

二日前、子ども三人の前で不調を
伝えると、蜂の巣を突いたようになった。
「早く検査をして」
と長女が大声でわめくし、長男も
「病院も行かないでなにやってるのか」
と問いつめる。なかなか手厳しい。
その結果、手首を骨折したときの診察券が
あるので病院へ予約を入れたら、
きょうの検査となった。
その結果の大丈夫だったという話しは
まだ知らせてない。勤めから戻れば
妻が自分で伝えることだろう。

しかし、である。
私が病気のときはどうだろう。
糖尿病になったといっても、
長男がわずかに「そうなの?」と
言ったきりで、あとは知らんぷりだ。
父親と子どもの関係は母親に比べて
薄いんだねえ。こんなに違うもんなのかと
改めて考えさせられた。
まあ、振返ればしかたもないね。
子どもとの関係密度を計れば
日常的な部分でさえも「10対1」
くらいの差で母親の勝ちだろうね。
家庭内での勝ち組が母なのだ!
勝ち組なんていちばん嫌な言葉だ。
というわけで我家は今年も家族一同、
まことに無事でありました。

数日前のことだった。
小金井市本町といってJR小金井駅の
近くへ仕事に行くと、小奇麗な
「とんかつや」を見つけたので
昼食に行くことにして作業を続けた。
そこに食いしんぼうで通ってる
大工が合流して、一緒に昼食に行く。
私はダイエット中というか糖尿なので
とんかつは今年ニ度目。家でも食べない。
12時前にお店に入ったので
まだ15人くらいの席の店内は
がらがらに空いていた。
私たちはカウンター奥に並んで座り、
ヒレカツとロースの定食を頼んだ。
「へいッ」と寿司やのおやじ風の気っぷの
いい店主が反応した。
見るといかにもっていう感じで
かなり太っている。

やがて一人二人と来店して
お客さんが10人くらいになって驚いた。
私たち以外は男も女も全員相撲取りだった。
ここはデブ専門のとんかつやか。
異様な雰囲気が漂って気持少しバッド。
いちばん太いのはコニシキ体型で、
そいつはまっすぐ私のとなりに座った。
細い縄で編んだ四角いイスにもぞもぞと
でっかいケツを動かして座り、
「マスター、ヒレ定ね」
オレと同じものを頼んだ。
こういう風景は見たことがあった。
むかし、プロレスを見に行って、
アブドーラ・ザ・ブッチャーを築地の
エニーオールド・タイムに招待したとき、
ブッチャーもカウンターの丸イスに
大きなお尻を上手にバランスをとって
座ってた。あのときと同じだと思っていた。

やがて満席となって外には待っている
お客さんがいる様子。
店内はそれぞれが常連らしく、
大きな声で会話をしている。
声も太い。そんな声ががやがやと。
気になりながらヒレ定を食べ終えて
外に出るとお客さんが二人待っていた。
二人ともデブだった。
私はのけぞり大工は目を丸くしてた。
こんなとんかつやもあるのかと
その偶然さに驚くが、
しかしありえることではない。
ところがヒレカツ定食はうまかった。

今年のいちばんの思い出は
北九州と渋谷で会った
ジョン・コーワンだった。
彼とは76年に初来日してから以来の
付き合いになるが、自分のバンドで
来日したのは今回が初めてだった。
どうやら自分のバンドスタイルを
迷った末に「ブルーグラス的」な色を
強く出すことで最終的に確立したらしい。
そのあたりはビル・モンローの曲を
レパートリーにしているところから
伺えたが、中でも渋谷クワトロのラストで
歌った「ローズ・オブ・ケンタッキー」
は素晴らしい出来で、方向性の成果だった。

ジョンはああ見えて子沢山で六人の
父だそうだが、そのうえで新婚らしい。
まだ子どもが増えるのかとの私の問いに
ウインクしていた。
いつか僚友のサム・ブッシュと来日して、
というと「もちろん。君がプロモーターに
なれば何の問題もない。君は偉大だ」
などと他愛もない冗談をいう。
しかし私も含めてもう一回サムを
この目で見てやるぞというファンは
少なくないだろう。
コートニー・ジョンソンは亡くなり、
ベースのイボ・ウオーカーは刑務所の中だ。
オリジナルのニューグラス・リバイバル
を見ることは不可能だが、
ベラとカーティスとジョンを連れた
サムなら見られるかもしれない。

さて、きょうでブログもお休みして
新年は7日から書きはじめにする予定。
明日は早起きして年賀状を書き、
お昼には国立一番のバンジョーマン、
早川流吉さんと会い、密談のあと夜は
上野ふみ作の忘年会へ出席。
今年は故柳沢さんの面影がちらつくので
かなりつらくなりそうな年忘れになりそうだ。
しかし、明るく楽しい忘年会をして
みんなでもりあがろう。
今年も身近な本間さん、シバケンさん、
サトンパスさん、西貝さん、なっちゃん、
須貝さん、おとめちゃん、ギーちゃん、
カイホーさん、テツさん、ナカニシさん、
ギッチョさん、入来さん、いいだこさん、
ふくちゃん、ミカミさん、マスオちゃん、
管理人のオーミさん。宝塚フェスによくぞ
来てくれた旭川のカメちゃん。イワモトさん、
サブローさん、コモリヤさん、アシュラさん、
ハヤカワさん、エルビスさん万歳。
そしてワンダフル・ブルグラマンすべてに
「サンキュー!」「来年も書くゾ!」
もちろん天国の柳沢にもありがとうね。













二酸化炭素を閉じ込めることとはのリルコミだあ

あお空が美しかった小平からこんばんは。

きのうよりもいくらか冷えていたけど、
この時期では異常な暖かさが二日続きま
したが、どうやら「春」もきょうで終わ
り、今晩から冬に戻るらしい。暖かさの
原因はエルニーニョといって、テレビで
見ると大平洋の海水の温度が高くなって
る部分があって、それが異常気象の元に
なっているという。ではなぜ海水温が上
昇するのかというと、私などには分かり
ませんがやはり「地球温暖化」「大気圏
オゾンが二酸化炭素で破壊された」こと
に行きつくのだろうと考えられます。

二酸化炭素って身近であって身近じゃな
いものだが、これは人間(動物)が出し
ているもので、反対に木(植物)はこの
二酸化炭素を吸収して酸素を出している
ことを考えると、生きもののバランスは
とても大事なことだと改めて思う。
子どもの頃、大きな木の森の中に入ると
空気がおいしくて胸一杯に深呼吸したこ
とをおぼえているけど、あれって木が出
した酸素がいっぱいあったからだった。
飽くことのない人間の活動は、特に経済
行為はどこかで歯止めをかけないかぎり、
やがて二酸化炭素で大気圏は破壊され続
ける。その結果が地球温暖化→エルニー
ニョ→小平が冬でもあったかいことにな
る。

ではこの二酸化炭素はどうにかならない
のか。減らすことは出来ないのかという
と、これがあるという。さすがに日本だ
と拍手をしてあげたくなるが、新潟県の
長岡市でその実験が行なわれているそう
だ。何でも太い煙突状のもので空中から
二酸化炭素を取り込んで、地中深く10
00メートルの固い岩盤の中に閉じ込め
てしまうという実験を繰返して、かなり
有効精度の高い結果を得ているとか。
いま色々な問題が出て来ている電力風車
がそこら中に立ってて「ぎょっ」と驚く
が、そのうち二酸化炭素煙突がそこら中
に出現するのかも知れない。
思わぬはずみで科学を書いてしまった。



きのうはテキーラ・サーキットのラスト
ライブへ行って来ました。会場のバッキ
ンタウン(本当はバック・イン・タウン)
はテキーラのラストを見逃すものかとい
う男女で超満杯。アメリカンロック・フ
ァンと思える中年のロングヘアー男子が
目立つ中、私たちもしっかり見ちゃうも
んねとお店のほぼ中央の一番いい席に陣
取った。須貝夫婦、手島親子、イオンの
タケウチ&あきちゃん、西貝さん、山口
さん、アシュラさんで大ノリの中、そっ
とワインも六本以上空になってました。
評論家の白井英一郎さんも現れて、「来
ましたね」とにこにこ。白井さんとテキ
ーラの関係は渋谷のライブハウス「アス
ペングロウ」からの仲間。あれから何年
経ったのか。きのう掲載したCDのファ
ーストが出てからおよそ10年経つので、
アスペンからだと15年は経つのか。



普通は2セットやってお開きになるが、
「きょうは一回精算したあとでもっとや
りますから、お楽しみに」と店長のご挨
拶があった。ワーっと大歓声が上がって
テキーラの二回目がはじまった。
適度にアルコールのまわった観客が一曲
終わるごとに大喝采でテキーラを乗せて
いる。「こんなに人気があったのか」と
改めて実感してしまった。シメがクレー
ジー・ラブを歌いはじめると若い女の子
たちから「キャー」と声援が飛ぶ。
それにしてもシメのボーカルはいつ聞い
ても強くてかっこいい。おっくんと西海
くんのコーラスもいつものようにバラン
スよくきれいだった。このコーラスも売
りだった。今年の春先は痛風とかでビー
ルを飲めない西海くんだったが、きょう
はぐんぐん飲んでいた。おっくんはいく
らか緊張気味の様子。気合が入っていた
のかも知れない。

私は二回目のセットが終わって帰った。
テキーラはやはり素晴らしいバンドだっ
たと非常に満足しての帰宅。いつかまた
カンバックした姿を見せてくれるだろう
か。シメが「男の子が生まれたよ。名前
がレイ。レイ・チャールスのレイだ」と
誇らしく話してくれた。そばにいた入来
ベースマンは「マイク・コンプトンと稲
葉のステージが抜群に盛上がったよ」と
話しかけて来た。感動した様子が伝わっ
て来た。
バッキンタウンの夜は多彩だった。














テキーラ・サーキット「ラスト・ライブ」のリルコミだあ

きのうの嵐のような天気から一転、
きょうは春うららのようなぽかぽか天気。
このままお正月を飛び越して三月まで
一直線に行きそうな異様な暖かさだったが、
夕方近くになって風が吹き寒くなって来た。
事実いまは冬なのだ。無気味な変わり様だ。
こんにちは。



連日の残業からは考えられないくらいに
早く仕事が終わった。事実は終わるように
段取りしただけの話しだけど、きょうは
バッキンタウンで「テキーラ・サーキット」
の最終ライブが行なわれるので、いち早く
予約を入れておいたのだった。
仕事の忙しさは歓迎だが、私の場合はあく
までもマイペースなもので、音楽活動とバ
ランスがとれてないとだめなのであって、
例えば毎日がすべて仕事になると一ヶ月は
持たない。タバコが切れたら探しまくるよ
うに私の身体には音楽は必要で、切らした
ら仕事もしなくなるだろうね。
というわけで暮れ間近の忙しい時期でも嬉
々としてライブ屋さんに行くのだ。



テキーラ・サーキットはきょうのライブを
最後に、バンドとしての活動を中断すると
いう。二三ヶ月前にこのことが発表される
と、「解散」説も飛んでかなり騒がれたが、
解散説は少しづつ沈静化して行きながら、
きょうのラスト・ライブを迎えた。
果たしてどんな曲が歌われてリクエスト曲
は何だろうと興味はつきないが、私だった
ら「STREETS OF LAREDO」と「JUST LIKE
A BOY」を聞いてみたい。STREETS~の方は、
胸を撃たれた若いカウボーイが水を欲しが
る場面が印象的な曲で、西部劇好きにはこ
たえられない曲。彼ら一枚目のCDに収め
られている。JUST LIKE~は三枚目CDに
収められた遠藤ミチロウ作の6分25秒に
も及ぶ大作。スケールの大きい曲をシメは
たくましく歌って迫力十分。この一曲でも
アルバム価値に相当する出来映えで、テキ
ーラ・サーキットを高めている。こんな男
っぽい歌が私は好きだ。




前都知事の青島幸男さんが二十日に亡くな
りましたが、そのお通夜がきのう青山葬儀
所で行なわれた。大勢の弔問客の中、植木
等さんや谷啓さんの元クレージーキャッツ
のメンバーも駆けつけていた。生前の青島
さんは都知事や直木賞作家など華やかな経
歴を持つ多種多芸な活躍を見せた人だが、
私にとっては何といってもテレビの「シャ
ボン玉ホリデー」時代の青島さんがベスト
で、谷啓の向こうを張って「青島だア」と
いってお茶の間に圧倒的に支持されたこと
は忘れられない思い出となっている。当時、
本人は放送作家という職業を持っていたが
そんな職業は誰も知らない時代だった。シ
ャボン玉ホリデーのレギュラーのクレージ
ーキャッツに混じって出て来る変な若造の
強がったスタイルが好きだった。この時代
は植木等がバカ売れだった。映画にテレビ
に超売れっ子のはしりだったが、この一大
ブームの仕掛けも青島幸男さんだった。
そういえばきょうこれから行くバッキンタ
ウンで一度お会いしたことがあった。合掌。









二日続けての残業で何も書くことは無しのリルコミだあ

小平は朝から強い雨。
小金井市前原町の現場も雨で、
しかも風が出て雨が横殴りに
なっていた。いつもなら仕事が
中止になるところだが、
何せ年末である。
年内に是非と頼まれた現場だ。
お約束通りにやってやろう。
と意気込みはよかったが、
やはり雨では非常に効率が悪く、
きょうの分を終了したら
午後七時。残業になった。
こんなに働いていいのだろうか。
なあんちゃってね。
小平に帰る途中は嵐になった。
こんばんは。

先日、友人と久しぶりにメール
で旧交を暖めあった。
私がここで書いた「7才のリッ
キー・スキャッグス」の映像を
是非とも見たいといってきたの
だったが、さっそく送るとその
映像入りのDVDが規格に合わ
ないのか映らなかったという。
その後、メールで数度のやりと
りがあってめでたく大願成就と
なった。私にとってはDVDが
映る映らないよりも、旧友がよ
くぞメールをくれたものだとい
う方がうれしかった。私が勝手
に書いているこのブログを見て
くれているのもうれしかったが、
やっぱり久しぶりの生の文字が
よかった。彼は現在、病気療養
中らしいが、ぼちぼち音楽の現
場へ戻ってもらい、素晴らしい
テナーボーカルをさえずって欲
しい。

きょうは少々疲労気味。
二日連荘で残業とは想定外だっ
た。どこかで骨休めしないとい
けないと思っているが、年内の
予定を全部終えて、お正月がお
休みになるのだろうが仕事仲間
とは会いたくないね。
















六時間の残業でおさめた世田谷の現場のリルコミだあ

おだやかな冬晴れの小平からこんばんは。

たったいま仕事から戻りました。
きょうは朝、世田谷区代沢というところの
現場へ入ったまではよかったが、
床ワックスでつまずき八時過ぎになって
ようやく仕上がった。
現場は新築の注文住宅の3F建てで、
床がすべてフローリングだった。
ところが、ワックスを塗っても直系10cm
くらいの斑の塗りむらが出来てしまうのだ。
六畳間の床にワックスを塗ったとしたら、
2~3ヶ所に斑が出来てしまう。
下地処理はいつもの通りだから
こちらからは原因がまったく分からない。
現場監督はすでに帰っているし、
現場には私と妻と二人のみ。
妻は早々とパートがお休みになってるので、
きのうの日曜日も手伝ってもらった。

たぶんフローリング材に問題があるのだろうが、
このままでは現場を終わって帰れないから、
斑の部分を剥離して(得体の知れない
付着物を薬品で剥がす)、それからワックスを
塗ろうと判断したのでした。
それが午後三時。それから五時間も延々と、
細かくて、ぴりぴりと神経衰弱になりそうな
気分を味わいながらようやく終わった。
こんな骨の折れる仕事は一人では無理で、
あーだこーだといいながらの妻でも有難かった。
終わってぼんやり振返ると、およそ六時間も
残業になった分は請求出来るのかと考えた。
監督が見て監督が判断したのだったら、
問題なく賃金は支払われるだろうが、
きょうは監督が不在のままの判断だった。
たぶんサービス残業だろうね。

さてこれからお風呂に飛び込んで一杯やろう。
明日は小金井の現場だ。
29日で仕事納め出来るか。










我家はきょうがクリスマスデーのリルコミだよ

冬にしては暖かな天皇誕生日となりました。
長男が明日のクリスマスイブが出勤なので、
我家はイブを前倒しにして本日がごちそう
を食べることにしました。
子どもたちは、サッカー小僧は相変らず試
合に出かけ、長女は祭日出勤、長男だけが
自室のパソコンの前にいるようだ。
さきほど妻にくっついて国分寺のマルイ地
下の食料品売場に行ってお刺身などを買い、
一階へ上がって「高野」のケーキを買った。
高野は二年前くらいにマルイ駅ビル内に出
店したので、新宿まで行かなくて済むので
大いに助かっている。それにしてもクリス
マスだから家にいて家族で一緒に食べよう
ということは、キリスト教に関係ない我家
でも考えてみればありがたいことだ。
子どもが独立するまでの団らんだろうが、
それまではありがたく一杯飲ませていただ
くとしよう。

先日、妙蓮寺へ行くために渋谷から東急東
横線の普通に乗ると、途中の自由が丘から
高校生らしい男の子が二人、私のとなりに
座った。彼らは電車に入って来たときから
何やら会話をしていて、白のエナメルバッ
グを肩から下げた方がどうやら話し役だっ
た。「オレはおじいちゃんが死んだら、何
億も遺産をもらえるって」という声がした。
「すげえじゃん。いつもらうの」
「だからさ、死んだらだよ」
「おじいちゃんは病気か?」
「病気じゃねえよ。死んだらだよ」
「なあんだよ。あてのねえ話しじゃねーか」
「遺産て言うんだよ、知らねーのか」
「何でもいいからもらったら教えてよ」
「いいよ。教えてやるよ」
一億円の使い道って本を買って読んでおいた
方がいいかなと、しきりにもらう心配をする
白エナメルバッグ少年は日吉駅で降りた。



故柳沢さんの写真がありました。
今度は私が02年の千葉フェスの楽屋で撮っ
たもので、きのうダッキーズの最後のライブ
写真を提供してくれた大森さんとのショット。
この頃はギブソンギターを弾いていたようだ
が、これは珍しいと思ってシャッターを押し
たと記憶しておりますが・・・。大森さんの
グラナダ・オリジナルとよくつり合っている。
この写真も誰がどのように使ってもOKです。

メリー・クリスマス!











ダッキーズ最後のライブ写真!掲載のリルコミだあ

だんだんと年末が迫って来てますが、
きょうのTBSラジオは日曜日に開催される
中央競馬「有馬記念」の話題がしきりでした。
要はディープ・インパクトの勝利か否か。
3位剥奪されたフランスの凱旋紋賞は別にして、
ディープが唯一の敗北を喫したのが、
この有馬記念だというので、予想にも熱が入る。
まあ、いつもの年末の風物詩ではあるが、
このレースを最後に引退が決定している強馬
ディープだからこそのドラマであろうか。
私は馬券は買いません。
じつは買ったことがないのだ。
東京には「ディープ・リバー・ボーイズ」って
いうブルーグラス・バンドだってあるよ。
あまり関係ないよね。こんばんは。

「ダッキーズ」のリーダー、本間さんから
メールが届きました。友人のパット・クラウドから
Yさんこと故柳沢さんへメッセージが届いたと
知らせてくれたのです。
以下は本間さんに了承を得てその原文を公開します。

また、大変貴重な「ダッキーズ」最後の
ステージ写真も届きました。
撮影者はバンジョーマンの大森さんで、
12月2日(土)JR茅ヶ崎駅前「おじさんち」
というハワイアン系ライブ酒場でのショット。
この日は評論家、鈴木カツ氏の肝煎りでのライブ
だったという。
本間さん、吉岡さん、故柳沢さん。
曲は華やかな「ヒットパレード・オブ・ラブ」。
尚、この写真はどなたが使用してもOKだと
大森さんがおっしゃってくれましたので、
ご自由にお使いください。




仁さん

誰かから柳沢君のことを聞いたらしく、PATから僕に来た
メールの出だしに彼のことが書かれていました。
そこの部分だけですが、お送りします。



  Homma-san,

I am very sorry to hear about Yanagisawa-san. I am lucky to have many
good memories of him and bluegrass music in Japan. I will play a song
for him at my next jam session.


Pat Cloud


ブルーグラスの「WA」は強力ですね。
あっという間に世界各地に極私的出来事が伝わります。
パット・クラウドさん、本間さん、ありがとう。
そして写真を提供してくれた大森さんもありがとう。
そして大森さん経由でとても懐かしい人、
鈴木カツさんのお名前が登場したので驚きました。
そういえばカツさんは築地から茅ヶ崎に引越して
いたんですね。「ダッキーズ」をどこで見つけられた
のか分かりませんが、いまとなっては大変貴重な
最後のライブとなりました。これも昔からの縁だと
感じてなりません。

九十才になった父から電話があった。
何事かと思っていると「正月は来るのか」と言った。
しかし、お正月はここしばらくは帰っていない。
二十年以上も田舎の冬景色は見たことがない。
「お正月はいつもこっちだよ」
というとあっさり「そうか」と言って電話を切った。
先の戦争では爆撃機に乗って三回も召集されて、
三回とも帰還した猛者が、それ以来絶対に弱さを
見せなかった父が、ついに弱気になったのか。
しかし、去年は自分の連合いを亡くし今年の六月
には跡取りの長男を相次いで亡くした。
一年のうち二回も家から不幸を出したので、
さすがの親父も寂しいのだろうと思った。
だが、出来れば帰りたい気持に変わりはないが、
今回もいつものお正月にした。
確かに親父の寂しさは理解出来るが、私の日常は
変えられないと判断した。
あとで、手紙を出そう。












きのうはデッドマン・ウオーキング・ライブだったのリルコミだあ

どんよりと重たい雲に覆われた
冬の日でした。夕方になってわずかに
陽がさしましたが気温は低かった。
北九州のエルビスさんから冬野菜が
どっさり送られて来た。いずれも
ご自宅横の自前の畑で出来た野菜で
「出来過ぎで困ってる」
のだと電話の向うで言っていた品々だ。
ブロッコリ、蕪、水菜、大根など、
これから年末にかけて我家の食卓を
飾ってくれるスターたちのお味は
果たしていかがなものか。
きょうは水菜をたっぷり入れた
助宗鱈の鍋を食べよう。外は寒いし。
あ、早くもよだれがじんわり・・・
「たまご~」と卵売りの声が聞こえる
小平からこんばんは。

きのうの夜はロッキートップへ
「デッドマン・ウオーキング」を
見に行って来ました。
仕事から戻ってブログを仕込んで
駆けつけたが、ステージはもう
始まっていた。しかしこの日は対バン
なのでステージには旧知の高橋義郎さ
んが形よく立っていた。
バンドメンバーは総勢六名と
大所帯ながら、得意のレスター・
フラット・ナンバーをしっかりと
まとめて、ごきげんなビッグサウンド
を聞かせて、満員のお客さんに
大いに受けていた。
テナーボーカルとサイドギターの
高柴さんもベテランで昔から美声で
通ってた。この両ベテランに
率いられて、非常にアットホームに
ステージが展開された。
私はアンクル・ジョッシュのファン
なせいかドブロが気持よかった。

目ざすデッドマンは、ギッチョの
バンジョーに代わってからきょうで
二回目のステージだった。
全体的に少しづつまとまりを見せて
前進しているという印象だが、
ショーアップまではいま少し不足して
いた。しかし、メンバーと選曲など、
相当なオリジナル性を持つバンドなの
で、辛抱強くデッドマン・ミュージック
をまとめて欲しい。
アッシュ・グローブのロバ山本さんも
見えてて「美味しいメンバーだ」を
連発していた。期待しているのだ。
お側衆としてあたたかく応援したい。
D・グリスマンの「シーダー・ヒル」は
とてもいいビートだった。



今度の日曜日(24日)はロッキーで
「越田家」+「タヒチ倶楽部」
の顔合わせがあります。お洒落な
ステージが楽しめるので一押しです。
越田家はゆうこちゃんのビューティフル
なボーカルがメイン。今年の箱根でも
大きく拍手をもらっていた場面を
思い出しますが、私も妻も大ファン。
加えて「タヒチ倶楽部」は
須貝重太さんが率いる新感覚の
タヒチサウンドを聞かせるニューバンド。
売りはハワイアン・スティール・ギター
のストリーム・早川さん。
タヒチの海を眺めて30年。
泣く子もだまる「潮騒プレイ」は
ブルーグラスファンにとって見ものだ。
ゲストもクリスマス・サービスで多数。
二人の女性ボーカルの他、隠し玉も
登場するのではという噂も流れている。
いずれにしても須貝重太さんの実力は
長い間の実績で証明済み。
今回のチラシも自ら作ったという。
意気込みがひしひしと伝わるライブで
す。是非ご覧あれ。

しかし、だ。私のスケジュールが
いよいよ詰まって来ている。年内分の
現場は五カ所ぐらいだが、その五カ所
目が入って来たことによって、どうや
ら日曜日も飛んでしまった。
もしも行けなかったらトホホだね。












故Yさんの告別式ドキュメントのリルコミです

またたく間に暮れの二十日となりました。
幸いなことに連日天気も良く仕事には大助かりです。
きのうは横浜の友人S家でご不幸があってお通夜に
出かけておりました。友人は先にお母さんを亡くし、
今度はお父さんが逝ったので、文字通りS家の跡取
りとなられ喪主としての態度も実に堂々たるもので
した。御焼香にはブルーグラスの仲間も多数見えて
合掌を繰返して故人を偲んでました。
どことなく年末の雰囲気が漂う小平からこんばんは。

先日Yさんのお通夜のドキュメントを書きましたが、
最後の方に締めとして書いた告別式レポートがいま
いちでした。それもそのはずで私は告別式に参列が
出来なかったので詳しくは書けなかったというのが
本音でした。Yさんの葬儀は是非とも私のブログで
書き残しておきたいと思って、お通夜だけは書きま
したが告別式はあきらめておりました。するとどう
いう巡り合わせか本日、元祖のアシュラ紅丸さんか
らその告別式ドキュメントがメールで届きました。
下記は故人の親友が書いた告別式ドキュメントです。
許可をいただいて原文のまま掲載いたします。


仁さん

どうも、本日もお疲れ様でした。ASHURAです。
本当に、今年は訃報ばかりですね。

わたしとしては、覚悟を決めていた母との別離よりも、
突然居なくなってしまった柳澤の方が、ショックであります。

柳澤の最後のお別れは、やはり多数のブルーグラッサーが来てくれました。
アイツの人柄と人徳ゆえでしょうね。みんな、一様に悲痛な面持ち。
通夜としがって、本当に最後のお別れになる日だからでしょう。
そんな中、わたしは前日泣いたやつらを中心に
「今日は泣くなよ!!アイツは湿っぽいのが嫌いなんだから!」
と言って回ったのでした。(でも、結局一番泣かせたのは私だったんだが)。

焼香、読経も終わり、導師が退場。
いよいよ、お別れの準備が始まりました。
彼の棺が壇上から下ろされ、支度が始まる間、焼香客は、
ロビーに退場させられ、お見送りの準備をする。
というのが式次第だったようです。
この待たされている間に、ワタシの中では、違和感がずっとありました。
『こんなに音楽の仲間が集まってくれたのに、このままで、いいのかぁ・・・。
多分芳枝さん(奥様ね)も音楽葬にしたかったんだろうし・・。』
という、不完全燃焼の想いが湧いてきたのでした。
ワタシは、下ろされた棺の布が取り払われているのを、涙で見ているご家族の場所に
飛んでいきました。
「折角、みんな待っているから、なにか歌いましょうか?」
「ゼヒ!お願いします!」
よしっ!!ご家族の同意があれば、後から会場から叱られようが、構うまい!
で、待っている皆に呼びかけました。
「柳澤の好きだったサークルを歌うぞ!みんな、来い!ア・カペラだから歌だけだけど、

楽器担当のやつも歌うんだよ!」
永遠の絆は、柳澤とワタシが大好きな曲で、昔事務所でいつも歌っていたのでした。
居合わせたホルモン山崎がフィドルを持っていたので弾こうとしましたが、
これは会場係がすっ飛んできてバツ!
で、結局、居合わせたメンバーで、歌詞カード無しで歌える人が
いらっしゃらなかったようなので、僭越ながらワタシがリード・ボーカルの形で
「永遠の絆」を歌いました。リフの部分は、全員の大合唱で、チャンとハモるヤツも居て、
あたかもゴスペル・クアーズのようでした。
歌い終わった途端、皆の瞳がうるみ、ご家族も泣き出して、感謝していただきました。

多分、ワタシのリードじゃぁ、柳澤は不満だったろうけれど、なによりご家族が感謝してくれたのがうれしかった。
いい手向けになったと信じます。

歌い終わって涙の中、柳澤の歌詞カード帳のコピーが回ってきました。
奥様が、本物の歌詞カード帳を棺に入れる意向だったのを、
岩本夫妻が『コレは、彼の歴史です。きちんと形見としてとって置かれた方がよいですよ』
というので、コピーを入れることにしたのでした。
ワタシからみんなに呼びかけました。
「ここに、アイツが愛用した歌詞カードがあります。天国でジャムする時に、歌えないと困るだろうから、
みんなで一枚ずつ入れてあげてくれ!色々あるよ、ジミー・マーティン!グラム・パースンズ!ビルモン!」
そして、みんなで一枚ずつ入れたあと、お花を入れました。

こうして、彼の棺は、運ばれていきました。
永遠の絆の歌詞のように、「勇敢に振舞っても泣いてしまう」人も多かった。
友人たちは「老人の涙目は困るなぁ・・」などと、ごまかしていましたけどね。

会場は、火葬場が併設されているので、待っている間、ご親族は会食。
なぜか、お膳に余裕があるとのことで、ワタシにお声がかかったので、
柳澤と近しかった、中西夫妻、岩本夫妻、小森谷氏にも声をかけ、
待っている間に、ご家族の知らない彼の音楽サイドの話をしました。
中西氏が持ってきた、大昔からのフェスのアルバムは、みんな、驚き、楽しんで見ていらっしゃいました。

本当は収骨まで居てください。といわれたのですが、
アイツの骨を見ると、リアルになってしまうから、そこまでは、ご遠慮させていただき

東大宮で待っているブルーグラス仲間たちの元へ移動しました。
(そこに、居たのが西貝たちね)

ま、そんな感じで告別式は終わりました。

でも、未だに、実感が湧かないです。
アイツからメール・・・来ないかなぁ・・・・。霊界からでもいいんだけど。

あまりにも早いYさんの旅立ちのリルコミです

あたたかい一日でしたが、
こんなに毎日あたたかくて何も
起きないのだろうかと心配に
なってしまいます。
我家はずいぶん前から石油ファン
ヒーターを使ってますが、
「そういえばあまり給油して
ないわ」と妻が言いました。
気象庁は例によって暖冬宣言は
してませんが、去年の日本海側の
歴史的大雪のときも長期予報は
しなかったと記憶してます。
一方では地球温暖化で北極の氷が
溶けていて、30年後には
きれいに無くなるそうだ。
恐ろしいことなんだろうが、
先のことに関してはピンと来ない。
しかし、そう遠くない日に
ピンと来たとき、もう逃げ場が
少なくなっているのかも知れない。
このような地球異変の元は
唯一人類によるものだろうから、
地球上から人類がいなくなる日も
数百年も経たないうちに、
やって来るのかも知れませんね。
こんばんは。

金曜日は千葉大スモーキー・
マウンテニアーズのOBとして、
また「ダッキーズ」のギター
&リードボーカルの現役だった
Yさんのお通夜に行ってきました。
前日ここで書いた葬儀場への
アクセスは間違いに等しく、
気付かれた方に「東大宮駅」か
「蓮田駅」からのタクシーが
最も近いよと教えられて、
危うく30分もタクシーに
乗るところを助けていただいた。

午後3時半に家を出て、
JR武蔵野線~JR埼京線を
使って大宮駅に到着。
ここでJR東北線に乗換えて
「東大宮駅」には5時前に着く。
バンジョーマンのぎっちょとは
同じ電車の中で遭遇した。
小さな駅だろうから誰かには
会うかも知れないと想像してた。
西口駅前で仲間を待つと、
千葉大OBたちを含めて続々と
駅階段を降りて来る。
きょうのお通夜にはかなりの
人数が御焼香に駆け付ける
だろうと予想しながら来たが、
早くも予想通りの様子。

小さな駅のためかタクシーが
少なめだったが、私は旧知の
千葉大OBのNさんに
同乗させていただき葬儀場へ。
広大な敷地に真新しい葬儀場の
中へ入ると受付には長蛇の列。
すべて友人関係者受付に並んで
いるのだ。その大半は
ブルーグラス仲間で、どの顔も
緊張しきっていて青白い。
目頭を押さえて順番を待つ人も
少なくなかった。
列からは深い溜息がもれていた。

御焼香のお部屋に案内されると、
時間前だったが、ほぼ満杯に
近かった。外にはまだ
たくさんの人が並んでいるのに。
正面には笑顔いっぱいの故人の
遺影が飾られていた。若い。
BGMは故人が生前に録音した
ギーちゃんのオリジナルCD
から「トール・パインズ」が
流れていた。声が若かった。
場内アナウンスが、故人が通勤
途上の電車内で倒れそのまま
帰らぬ人となった、死因は
心筋梗塞だったと伝えた。

やがて僧侶が入場して読経が
始まり、御焼香が開始された。
曹洞宗のお経は半年前、
私の実家と同じものだった。
係の女性に導かれて横四列の
まま前に進んで行き、そのまま
御焼香となった。
愛用のマーティンギターを
抱えた笑顔の小さな写真が手元
に飾られていたのには驚いた。
その顔があまりにもリアルで
生きているようだった。
グッとこみ上げて来るものを
押えながら御焼香を終えた。
奥様が肩をふるえさせながらも
気丈に立ち尽していた。
奥様も若い。

お浄めに案内されるとすでに
部屋の中は大勢で満杯状態。
長テーブルを挟んで立つという
配慮ながら、どうやら会場側の
予想を越えた人が御焼香に
集ったようだった。
故人のお人柄の賜物だろう。
サトンパスさん、シバケンさん、
本間さん、千葉大スモーキーの
面々、西貝さん、須貝さんetc。
みんな悲しくてやり場のない
気持を抱えて食事をしてビール
を飲んでいた。泣き崩れて
食べられない人もいた。

私はお通夜では泣かなかった。
第一報を受けたときに大泣きし
たせいか、込み上げる感情を
我慢出来た。
しかし、あの小森谷巨匠の
マーティン・ギターを抱えた
Yさんの写真の笑顔を見た
ときは、猛烈に悲しくなった。
なぜそうなったのか分からない
が、背筋が寒くなるような
感情が身体の中を流れて、
それを我慢するのがつらかった。

翌日の告別式には仕事があって
参列出来なかった。
しかし、参列した西貝さんに
よると、Yさんの最後のお別れ
には前日のお通夜以上の人々が
お見送りに集って、全員が
大泣きした。悲しくて
悲しくて本当につらかった。
だから、終わったあと、
昼間っから飲んじゃったよ。
奥様が歌詞カードを棺に
入れたんだよ。
故人が生前歌った曲で、
奥様が一番好きな曲の歌詞なん
だそうです。
西貝さんはこのようなことを
教えてくれたのでした。

Yさん57才。
あまりにも早い旅立ちです。























明日はYさんのお通夜だのリルコミです

少し冷えてきた夕方の小平から
こんばんは。

明日はYさんのお通夜なのでア
クセス方法を考えてみました。
私ってちょい鉄道ファンなので
こういうことは結構楽しんで出
来るのですよ。まず、我家から
は武蔵野線新小平駅まで歩き、
そこから武蔵浦和駅で埼京線に
乗換えて大宮駅へ。そこで高崎
線に乗って目ざす上尾駅下車。
すべてJRなのがいいのだ。
Yさんは毎日上尾駅から原宿を
往復していたのだと思うと、通
勤だけでかなりの距離と時間な
ので、改めてがんばってたんだ
なあと拍手をおくりたくなった。
友人たちとは埼京線の「武蔵浦
和駅」で待ち合わせれば私的に
はちょうどいいようだ。
お通夜には相当数のブルーグラ
ス人が集合するだろうから、Y
さんもきっと喜んでくれるだろ
う。

きのう書いた松坂投手がレッド
ソックスと交渉が合意に達して、
身体検査のためボストンへ飛ん
だと今朝のテレビが報道した。
強気の代理人ボラスはまだ交渉
したいらしかったが、どうやら
松坂が「これで十分」とOKサ
インを出したという記者の観測
が興味を引いた。そして夕刊紙
は松坂の年俸と契約年数を伝え
ている。六年60億8千万とい
うから両者が歩み寄った結果だ
といえなくもないが、一年で約
10億円とは大した年俸である。
今年の西武とは3.5億円だから、
やっぱりメジャーはすごい。
さあ、あとはレッドソックスで
バリバリ投げるのみだ。しっか
り準備して開幕勝利投手だぞ。
これで今年のサイヤング賞投手、
ツインズのサンタナとの投げ合
いが見れるだろうから、いまか
らうきうきするねえ。

きのうの夜中の三時過ぎ、女子
サッカー・アジア大会決勝で日
本対北朝鮮が0ー0のままPK
決戦になった。この試合、延長
も含めて日本は責められっぱな
しだった。PKになれば「足に
きてる」日本には勝目はないだ
ろうと予想してたら、その通り
の結果で負けた。食料不足のは
ずの北朝鮮チームの体力は日本
チームの倍はあったように見え
た。恐るべし北朝鮮女子チーム
である。しかし、悔しくて寝ら
れず色々なCDを聞いていると
増々頭が冴えてしまい、ついに
ブルーグラスに手を出してしま
った。夢弦堂の西貝さんに言わ
れてたことだが、どの曲を聞い
てもYさんの顔が出て来る。ビ
ル・モンローが歌い出すともう
せつなくなって聞くのを中止し
た。頭の中いっぱいにYさんの
笑顔が現れて消えないのだった。
聞いたCDがよくなかったのか
も知れないが、今後しばらくは
ブルーグラスが聞けないようだ。


「LESTER FLATT LIVE!
/BLUEGRASS FESTIVAL/WITH
GUEST BILL MONLOE」

これは74年にナッシュビルの
ヴァンダービルド大学で行なわ
れたレスター・フラットのライ
ブに、ビル・モンローがゲスト
出演したという歴史的名盤であ
るが、前年ビーンブロッサムに
レスターが友情出演をしたお返
しの形でビルモンが出演したと
いわれる。それにしても40年
代末ビルモンの元を離れてから
30年弱、明るいレスターのボ
ーカルにビルモンのブルージー
なテナーが乗るとこれぞ名演と
なって響いて来る。このブルー
グラスが好きになってこの道に
入った。二人の存在感もすごい。
Yさんが夢中になった二人とも
このCDに収まっているのだ。












松坂投手の入団交渉が難航中だが果たしてのリルコミだあ

目まぐるしく忙しくなって来ました。
願わくばからっと晴れて欲しいが、
あいにく曇りのち雨になった小平から
こんばんは。

松坂投手がレッドソックス入りの
交渉でまだ契約まで至ってないという。
イチローもゴジラもリトル松井も
こんなにギリギリまで入団交渉を
してなかったと記憶している。
なぜ松坂だけがこれほどにも長い
交渉が必要なのかと不思議だったが、
今朝の東スポを読んで理解した。
何でも松坂投手の交渉代理人として
選任したのは、スコット・ボラスと
いう弁護士で、メジャーリーグ専門の
代理人業をやっている人物だそうだ。
ところがこの人物、選手側からは
凄腕の代理人として絶大な支持を得て
いるという。実力者なのだ。

それだから松坂投手もあえて選任した
のか。だったら拍手もんじゃないか
と思うが、東スポによるとどうやら
そうではないらしい。かなり性格に
問題ありと書いてあった。
では選手とは対極にいる球団側の
評価は、「常識を越えた頑固」さ、
「金に執着すぎる」など、他の代理人
に比べて性格的な部分を嫌われていて、
妥協を知らない交渉人だという。
ボラスがテーブルの向う側につくと、
それだけで顔をしかめる球団社長も
いるというから、ボラス・アレルギー
も強烈だ。

しかしだ。交渉期限まであと二日を
切ってしまった。東スポではボラスの
記者会見の様子を一面トップで載せて
いたが、その中で球団側に「松坂を
西武に戻すゾ」といっていると伝えて
いる。これではレッドソックスに
対して恐喝しているのではないかと
私は思った。この根拠はボラスの要求
額とレッドソックスの年棒提示額が
倍も違うところから、松坂を西武に
戻すという最終手段に出たのだろうか。
私は「最後には入団」と読んでるが、
ここまでもつれると松坂本人も気持の
中ではおだやかではいられないと想像
する。もしも交渉決裂になれば、60
億円をいただけるはずだった西武球団
だって、そのお金を返さないといけな
くなるから、こちらもおだやかじゃな
い。そのうえ「やる気」の無くなった
松坂投手と一年以上も雇用契約を
結ばないといけなくなるから、大変な
ことになる。

いったい誰がボラスを松坂にお世話し
たんだ?ここまで交渉ごとが大事にな
って報道されると、イヤでも松坂にボ
ラスを繋いだ実におせっかいな人物の
ことを想像したくなる。しかし世の中
にはハエのようにうるさいおせっかい
な人物のなんて多いことか。
私だったらボラスにケツまくるね。
「日本人をなめんじゃねえ」





















寝不足と二日酔いでも現場をやってけたゾのリルコミだあ

重たい雲が垂れ込んで寒い一日でしたが、
夕方四時ころから明るく夕日が見えたので
明日のいい天気が期待できそうです。
自衛隊入間基地へ帰るヘリコプターが
バリバリとうるさい小平からこんばんは。

たとえば仕事がないとき午前八時頃家に
いると、我家の上空はどこかへ出かける
自衛隊ヘリコプターが飛交って、非常に
うるさい。自衛隊だけじゃなくて、
米軍横田基地も福生にあってそこのへリも
混じってるだろうから、ピークのときは
一時間くらいバリバリバリとうるさい。
ところが出て行ったものは戻って来る訳で、
時間はだいたい夕方の五時前後に再び
うるさくなる。何とかならんかなあと空を
見上げていつも溜息をもらしている。
あの北朝鮮がミサイルを飛ばしたときは
ちょうど家にいたので、ミサイルのことは
知らずに「きょうはまたやけに飛ぶなあ」
とのんびりと上空を見上げていた。
三機編隊やもっとたくさんの編隊もあって
なかなか壮観だったと覚えている。
しかし、すぐ近くにこのような基地が
二つもあるなんて、あまり喜べないな。
むかし若い頃は米軍キャンプなんて
あこがれの的だったけど、いまは世界が
どことなく緊張しているので何となく
気持ち悪い。例えば米軍の横田基地なんか
がミサイルの標的にされたら、こっちは
逃げる場所がないのだ。
それは自衛隊の入間基地も同じで、
このように考えるとここもヤベーなあ。

きょうは現場でがんばったせいか、
非常に疲れました。きのうYさん急死の
知らせを受けてそのまま現場を飛び出した
から、丸まる一日分の仕事量が残って
いたのでしたが、幸いなことに現場は
終わってさっき帰りました。
しかし、寝不足と二日酔いがたたった。
たった一人で飲んで二日酔いとは
誰かさんに笑われてしまいそうだが、
飲まずにいられなかった。
ほんとはこれから仕事仲間の忘年会が
あって行かなければならないが、
そっとリタイアしたい気分。
身体の心配と付き合いの関係は
相対性理論でも解けない難問。
さて、気合を込めて行って来るか!











私たち東京のブルーグラス仲間のYさんが亡くなったのリルコミだあ

冬晴れの暖かかった小平から
こんばんは。

きょうの午後、大変悲しい知らせが
仲間から届き、仕事を中止して家に
戻り一人で泣きました。いまこうや
って文を書いていても亡くなった友
人の笑顔がちらついて涙が出てきて
なりません。いま我家のキッチンで
は、子どもたちはトヨタカップ・サ
ッカーを見て夕食のハンバーグを陽
気に食べています。妻は只今、渋谷
でティム・オブライエンを見ている
最中だろうと思います。そんな状況
ですが、きょうは月曜日。がんばっ
て書きます。

友人というか、かけがいないブルー
グラス仲間が本日午後急死しました。
苦しい思いで知らせを届けると次々
に返事が来ました。一ヶ月前、一週
間前、あるいはきのう会ったのに「
ナゼ?」といい合って、携帯の向こ
うとこっちで泣きました。こんなに
悲しいことはありません。私は今年
の六月に兄を亡くしました。そのと
きも悲しかったが、仲間の死は例え
られないくらい悲しくて寂しい。明
日になれば少しは楽になるだろうか。

亡くなったYさんは千葉大のOBで
ギターとリードボーカルを担当した。
大学時代は「スモーキー・マウンテ
ニアーズ」で活躍し、社会に出てか
らはグラフィック・デザイナーとし
ての地位を確立して原宿にオフィス
をかまえていた。最近は本間さんの
「ダッキーズ」に加わって猛練習を
して「いい感じになってるよ」と喜
んで話していたのに。
私は73年の日比谷ブルーグラス・
コンベンションで知合って以来、文
字通り常に東京のブルーグラス・シ
ーンの先頭を切っていました。フェ
スにライブハウスに出演し、近ごろ
はアメリカの本場へもちょいちょい
出かけてムーンシャイナー誌にレポ
ートを寄稿していました。その昔は
ジューアップル誌のイラストを描い
てくれたりもしています。

ビル・モンローを愛して、渋くて厳
しいビルモンのレパートリーを身を
絞るように声を出して歌ってる姿が
見えるようです。近ごろはビル・モ
ンローを歌うボーカリストが少なく
なった中で、Yさんだけは歌ってく
れてうれしい思いをした記憶が残っ
ております。ビル・モンロー曲はす
べてにブルースだけど、Yさんは
「ヘビー・トラフィック・アヘッド」
のようなよりブルース色のものを好
きだったようでした。千葉大出身者
にはビル・モンロー好きが多いが、
「モンローって深いね」とずっと言
ってくれてたことが耳にこびりつい
てます。もうこの辺にします。
ありがとう。きみは最高だったよ。
合掌。








今年は建設関連で県知事三人が不正を働き逮捕されたのリルコミだあ

夕方から小雨がぱらぱら降ったが、
きょうは暖かくて仕事が楽だった。
「あったかいと頭痛がない」
と水道屋さんが言った。
では寒いと頭痛がするんだろうか。
思わず考えてしまった。色々な
人間がいるものだ。
我家のサッカー小僧が帰ってきた。
只今は試験中でサッカー禁止なんだ
と言って、すぐにフトンにもぐり
込んだ。このまま晩飯まで寝るのだ。
試験中は勉強をしないのかと思った
が、彼には似合わないなと
思い直した。こんばんは。

日本には建設会社が60万社あって
800万人が働いているそうだ。こ
れに家族が加わって、他に私のよう
な枝葉のような者まで含めると膨大
な人数になる。それだけの人が働い
て生活を営んでいるわけだから、日
本株式会社と例えれば最大の柱は建
設となる。大黒柱だ。建設なくして
日本国はありえないことになるのだ。
日本全国どこの道路もすべて鋪装さ
れた。高速道路も全国に渡っている。
熊専用といわれるものもあるとか。
川はコンクリートで護岸されている。
川底もコンクリートで固められた。
橋だって目をみはるような吊り橋が
何本も完成してるし、東京や横浜な
んかライトアップまでしている。田
んぼの真ん中に白亜の大劇場が出来
てるし想像を絶する巨大トンネルも
東京の地下に作られている。働き人、
800万建設作業人のパワーが炸裂
すると、こういっちゃなんだが何で
も出来ちゃうのだ。

ところがだ、今年三人もの県知事が、
あろうことか建設関連の不正を働い
て逮捕された。建設パワーのはみ出
しが県知事の懷深く入って、ヤリ放
題の受注とお返しのリベートが明る
みに出て、あわれ知事は捕まった。
建設パワーの前では、いったん関係
が出来てしまえば、県知事なんて無
力になる。赤子に等しいのだ。
知事不正の根拠は選挙にあるのだと
いわれる。先の長野県知事選挙でも
見られたが、土木建築の借金まみれ
だった県政を立て直していた田中知
事が、土木建設ぐるみのバックを持
った相手候補に負けた。これこそが
建設パワーだといいたいが、これは
数年経ってみないと分からない。選
挙と建設パワーの関係はあくまでも
「はみだし」連中のやってることで
王道ではない。むしけらのようなも
のだ。しかし、県知事連中はこのむ
しけらに手玉に取られている。志し
の小さい知事に限ってむしけらの罠
に落ちている。
石原東京都知事も息子四男がらみで
怪しい風が吹きはじめてきた。












武道館へクラプトンのコンサートへ行ったのリルコミだあ

夕方から雲が多くなって冷えている
小平からこんばんは。

今週末から来日ツアーがはじまる
ティム・オブライエンがひょっこり、
「大阪ブルーグラス・ナイト」
に現れ、バリバリに演奏しまくったと
ヨーコさんがコメントしてくれた。
一時間以上もブルーグラスをやったと
いうから、関西のファンには
思いがけない素敵なクリスマス・
プレゼントになった様子。
うらやましい。
東京でもそんなラッキーはあるのか。
「プランクトンだから無理ね」
とは11日のコンサートに行く予定の
妻の言葉。麻田さんのトムスキャビン
ではないからとつけ加えたが、
ティム自らふらっとロッキーへ
遊びに来ないかなあとかすかな希望は
ないのだろうか。
ヨーコさんは「自分のギターを
弾いてくれた」と大喜びの様子だったが、
ほんとに儲けちゃいましたね。
ティムは日本の古都、奈良京都などを
見学していると聞いたが、
次作は日本を題材にした曲が
出来上がるのだろうか。
だとしたらおもしろいことになる。

私はきのう日本武道館でクラプトンに
すっかり酔わされて、目もうつろに
なりながら帰り道の野方駅そばの
居酒屋で、同行の西貝さんと
一杯やって酔いを戻してから家に帰った。
それほど凄くて素晴らしい
感動のコンサートだった。
今回はあきらめていたのが予想外の
展開があって、急に見れることになった。
これは感動大会になるんじゃないかと
あらかじめ予想はしていたが、
これに前から四列目のセンターという
座席がものすごかった。クラプトンまで
6~7メーターの位置は、ツバが飛び、
生音が聞こえて来るのだ。こういう体験は
これまで一度もなく、初体験が
何も考えられない結果になったのだ。
圧倒的な音と間近にいる迫力で
洗礼されてしまったという感じになった。
「オー、マイゴッド!」

三人のリードギターは凄まじい迫力だった。
JJケールの「アフター・ミッドナイト」
では三人がスライドを弾いた。
そしてハモッた。簡単なように見えた。
私の大好きなデレクちゃんはギブソンの
SGを鳴らして、ネックを身体に引寄せて
右手にはいっさいピックを持たなかった。
つまり、ジェフ・ベックもやるように指で
かき鳴らす奏法できっちりと弾いていた。
ドラムとベースのリズム隊も超強力だった。
これまでツアー常連のスティーブ・フェローン、
ネイサン・イーストに代えて、新しい
メンバーがいたが、これがまた最高だった。
シビアなクラプトンのタイミングに
南部風味のゆったり感が絡まって
いい雰囲気がステージに広がっていた。
これに重厚なオルガン、歯切れ最高の
キーボードが加わり、二人の黒人女性の
バックコーラスが並ぶという陣容で、
正味二時間弱、ほとんど言葉を出さず、
ギンギンに飛ばした。
もう大変に満足で「これで真に最後だ」
と語り合ってアリーナをあとにした。

お客さんの年齢は平均すると
50才くらいに見えた。
たぶん、92年の「アン・プラグド」
あたりからのファンと思える
若いファンも全体の20%近く混じって
いたが、女性ファンもかなりいて
さすがにクラプトン人気は強烈である。
東京エリアは武道館で10日間、
埼玉スーパーアリーナで1日の合計
11回のコンサートは大変な
人気の証明だろう。
招聘元の「ウドー音楽事務所」の
プロモーション力とを合わせて、
興業という仕事の最高の見本である。

サトンパスさんも会場に来てて、
携帯では話せたが、
ついに会うことは出来なかった。
一万人を超えるお客さんが集まった
イベントでは、携帯があるとはいえ、
ちょっとしんどかった。
あのお客さんがブルーグラスファン
だったらどういうことになるのか。
そんな妄想はやめよう。














E.クラプトンのコンサートへ行くのだのリルコミだあ

連日の冬晴れ。
空を飛ぶカラスも心なしか寒そうに
見える小平からこんにちは。
きょうはこれからクラプトンを見に
九段下の武道館へ行きます。
私にとっては三年ぶりでトータル
四回目だと記憶している。
仕事の現場は車で10分と
近かったが、昼過ぎに
一区切りつけたあと、
家で食事してから妻と新規開店の
「ドイト」と「サミット」が
合体したショッピングモールへと
行った。ドイトは日曜大工用品、
サミットは生鮮食品スーパー。
西武多摩湖線国分寺駅と一橋学園駅
の中間、日立製作所となりに
本日でっかくオープンした。
妻はすでにメモなんか手に持って、
すいすいと買って行く。
一パイ95円のイカを見つけたときは
「安い」といいざま三バイ丸つかみ。
と思ったら、となりからニューッと
手が伸びて五ハイ丸ごとつかんだ
おばちゃんがいた。
「これっていくら?」
とそのおばちゃん。95円だよと
教えるとにこにこと安心の笑顔を
見せていた。
どこの売場もご夫婦連れで満員状態。
国分寺・小平・東大和・東村山は
先日のジャスコの新規開店と合わせて、
ときならぬスーパー戦争に突入って
感じで、主婦はそれぞれのチェックに
忙しそうだ。
それにしても駐車場の風景は、
トヨタのプリウスの多いことに驚く。
高齢のご夫婦がほとんどだったが、
高齢者イコール、プリウスのイメージが
定着したような印象である。
二年前、レンタカーですすめられるまま
プリウスに乗ってしまったが、
こんなに高齢者ユーザーが目立つと
もう乗れません。
なぜ?高齢者じゃないからね。

















もうすぐティム・オブライエンがやって来るのリルコミだあ

淡い夕日の中電車で銀座に向かいました。
最寄り駅の「青梅街道」から国分寺駅へ。
中央線に乗換えて四谷駅で地下鉄丸の内
線に乗換え、ようやく夕闇の銀座着。



もちろん行き先はロッキートップで、来
月のライブ、19日「レモン・スライス」
と20日「ニューサウス・リバイバル&
元祖」のチラシを届けに行ったのでした。
銀座四丁目から新橋方向へのメイン通り
は通らず、一本裏のすずらん通りを新橋
に向かって歩くと5~6分でロッキーの
ある東京ビルに着く。左側の細くて古い
ビルである。開店前なので一階の郵便受
けに放り込み、そのまま帰る。華の銀座
はただいまクリスマス一色。ここ二三年
で建ったファッションメーカーのきらび
やかなビルが、ひときわ目立っていた。
小平の田舎者は裏口のウィンドーを覗い
てパチリ。こんばんは。



お昼過ぎに友人の夢弦堂主人、西貝さん
から携帯があって、「明日のクラプトン
のチケットが手に入ったよ」という。大
感激!もうあきらめていたのに、まさに
棚からぼたもちのような話し。有難く行
かせていただきやしょう。「やる気」の
クラプトンの気持ち剥き出しギターと、
何といっても若いが素晴らしいスライド
を弾くデレク・トラックスが見れるんだ。
今夜はデレクの「ソウル・セレナーデ」
でも聞いて明日に備えようかな。
一方で「ティム・オブライエン」がもう
すぐやって来る。アイリッシュ系のプロ
モーター、プランクトンが企画した「ケ
ルティック・クリスマス」に出演する他、
単独ライブ(以下)もする。
 12月11日(月)渋谷デュオ
 午後7時開演(開場午後6時)
 前売¥5,000.
 共演 ダーク・パウエル
お問合せはプランクトン 03-3498-2881
尚、単独ライブ以外にもティムは出演す
るので、詳細をお問い合わせてください。

ムーンシャイナー12月号にはニューグ
ラス・リバイバル(NGR)の初来日か
ら30年とタイトルされて、思い出記事
を散りばめて特集をしている。恥ずかし
ながら私の記事も載ってるが、改めて振
返ってみると時間というものの短さやは
かなさを思い知りました。おもしろかっ
たのは本間さんの記事で、NGRの連中
にすき焼肉を全部食べられてしまったこ
とを短く書いていた。そうだった。76
年の初来日のときは港区三田のすきやき
料理店にNGRとその取巻きを連れて行
ったのだった。目黒の「杉野講堂」でジ
ューンアップル主催のコンサートのあと
だったように記憶しているが、予算の都
合で安いすき焼屋にしようと計画して行
ったのが三田のお店だった。ついでに思
い出すとこのお店を推選したのが本間さ
んだったのではないだろうか。せっかく
段取りしたのに「食べられてしまった」
肉の思い出が消えなかった。相手がNG
Rとて食い物の恨みは消えない。そうい
う「事件」の大きさが背景にあって、生
々しい迫力が記事に出ていた。


 












これから忘年会第一弾!糖尿病を抱え必死のリルコミだあ

今朝は強烈に冷えました。
八王子は氷点下だったという
テレビを見てびっくり。
さすがに12月、
やっぱり寒くなったと
妙に納得をしてしまった。
今週はじめの仕事が順延して
他に待っている現場もないので、
きょうはお歳暮配りになった。
夏の御中元と共に最大のイベント。
配達した先々で引っ掛るので、
目標の半分しか配れなかった。
しかし、まだ日がある。
残りは空いた時間に配ろう。
夕方、といっても午後四時に
お散歩に出る。もう夕焼けが
終わろうとして西空が僅かに赤い。
白い小さい犬を連れたおばさんが、
枯葉の上にしゃがみ込んで
葉っぱを一枚づつ調べていた。
そばでちょこんと座ってる犬が
かわいかった。
明日の朝も冷えそうな小平から
こんばんは。

今月はさすがに忙しい。
仕事の量に変化はないけど、
プライベートを含めた
人付き合いがいつもの月よりも
かなり多くて、忘れちゃいけないと
カレンダーに印を付けたら、
ほとんどの日にちに印しが付いたので
わたしゃビックリ。
飲み会やライブ観戦もあって、
こりゃ糖尿病にはつらいなあと
眺めるが、しかしこれが毎年の私の
パターンなのでしかたない。
来年はライブ観戦をもう少し
増やそうと考えているので、一年後の
今日は目を丸くしてるかも知れない。
きょうも早速、これから飲み会だ。
寒くなりそうだから熱燗か。
酔っぱらいそうであとが恐い。

サッカー、ドイツリーグ
「フランクフルト」所属の高原が
何とハットトリックを決めて勝利に
大貢献した。先月のニュー・
カッスル戦では決定的な場面で
ミスして、ブーイングを
浴びせられていたのに、
このハットトリックの大活躍で
チームとサポーターに
「オレが高原だ」と存在を示した。
セルティックの中村俊輔と並び、
本物の実力者が復活。
今後のレギュラー獲得へ
大アピールの高原選手なのだ。

もうひとつサッカー。
私はあまり買ってないU21日本
代表の平山が、きのう夜中に闘った
アジア大会のシリア戦で1点ゲット。
これが決勝点になって日本が
1ー0で勝利。勝ち点3を獲得。
ニ戦二勝、合計6点の勝ち点と
なって、予選リーグのトップ。
二三日後に北朝鮮戦が控えている。
それにしても前半のシリアは速かった。
日本のディフェンダーをことごとく
ぶっちぎっていた。
北京オリンピックの予選でまた再び
対戦があるそうだが、あのバカ早の
スピードは驚異になりそうだ。


















子どもの頃の鍋料理を思い出しましたのリルコミだよ

連日の晴天でおだやかであったかいから
仕事がやりやすい。12月に入っても
この調子だと今年の冬は暖冬かも知れない。
ところが去年のように日本海側が大雪になり、
太平洋側がからからになる可能性もあるから、
油断は禁物です。私の兄は大雪の除雪の
過労が元で今年の六月に急死しました。
新潟の十日町の藤木さんにもまた厳しい
雪下ろしの現実がやって来ます。
残業して外は真っ暗の小平からこんばんは。

きょうは朝がかなり冷えました。
そのまま現場に出かけ、お昼になると近くに
お蕎麦やさんがあったので、無意識に
鍋焼きうどんが食べたくなって注文しました。
冬はふうふうやりながらうどんを食べるのが
かなり好きで、中でも鍋焼うどんはよく食べる。
私の子どもの頃はうどんは家庭で、お蕎麦は
お店で食べていました。ラーメンなどは
家で作って食べるなんて時代じゃなかった。
秋の収穫が終わると急に鍋物が多くなる。
たとえばきのこ鍋のあとにうどんを入れて
ぐつぐつ煮込んで、つゆの染みたうどんは
一日経ってもおいしかった。
秋鮭のときは味噌仕立ての汁だったが、
最後にはやっぱりうどんを鍋に入れて煮込み、
腹一杯食べたことを思い出します。

お正月になると猟師が山に入って鉄砲で撃って
捕った山鳥とか雉子の肉が鍋に入るので、
食べ終わったあとの汁が濃厚で、そのときの
うどんはまた格別だった。
兄弟四人が競ってワニ目になって食べた。
近所に猟師が住んでて「山鳥」や「雉子」、
そして野うさぎなどを頼みに行かされた。
中学校になるとうさぎの皮を剥いでから
四本の足を胴から切り離して、いわゆる肉に
下ろす解体作業を猟師から習って自分でやった。
少し離れた川岸の家は釣り師で、
川魚の好きな親父は「鯉を頼め」と
よく命令された。あらいにして食べるのだ。
釣り師があらいにして配達してくれた。
覚えているのは鮎とか鮒もよく頼みに行った。
しかし、魚の下ろしは習わなかった。

私が子どもの頃いちばん好きな鍋は
「山もち鍋」といって新米をおだんご状にして、
山鳥の肉とネギ、新ごぼうやどっさりのセリの中に
このおだんごを入れる。ぐつぐつ煮えてくると
兄弟が鍋のまわりに寄って来て臨戦態勢となり、
「食べろ」の声を待った。
新米の甘い香りとごぼうやセリのにおいが
部屋に立ちのぼって、たまらない思い出です。
きりたんぽ鍋に似ているがどこか違うのだ。
お袋が老いる前までは鶏肉で作ってくれたが、
やはり山鳥の肉の味にはかなわなかった。
冬の鍋の思い出は気持ちをホッとさせます。











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    Rocking' Chair
    収録曲
    1.Country blues
    2.Wall ofTime
    3.Banks of The Ohio
    4. Any Old Time
    5. Crazy
    6. I’m Coming Back But I Don’tKnow When
    7. I’ll See You in My Dreams
    8. Put Me On The Trail to Carolina
    9. No9 Train
    10. Warp your Troubles In Dreams
    11. Lullaby In Ragtime
    12. Rockin’ Chair
    12. When I’m Gone

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    141015_0001.jpg

    Take Me In Your Lifeboat
    /The Blueside of Lonesome


    1.How Mountain Girls Can Love
    2.Blue Ridge Cabin Home
    3.Kentucky Waltz
    4.Let Him Go On Mama
    5.It's Mighty Dark To Travel
    6.Take Me In Your Lifeboat
    7.My Oklahoma
    メンバー:
    Yoshie Sakamoto / Vocal
    Masuo Sasabe / Guitar, Vocal
    Yasuhisa Kato / Mandolin, Vocal
    Ryukichi Hayakawa / Banjo, Vocal
    Hiromu Teshima / Fiddle, Vocal
    Akihide Teshima / Bass

    制作:The Blueside ob Lonesome
    技術:Ryukichi Hayakawa, Hiromu Teshima
    デザイン&絵:Ashura Benimaru Itoh

    リルコミの紹介
    ----------
    130320IMG.jpg
    SOMEDAY/Yoshie Sakamoto
    1. My Shoes Keep Walking Back To You
    2. Someday
    3. Till A Tear Becomes A Rose
    4. Here Comes My Baby Back Again
    5. If My Heart Had Windows
    6. Blue Kentucky Girl
    7. I'll Take Care Of You
    8. You Take Me For Granted
    9. Under Your Spell Again
    10. In The Garden
    11. You Ain't Woman Enough
    12. We Must Have Been Out Of Our Mind(Duet with Takaaki Sakamoto)
    13. We'll Meet Again

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    坂本愛江の HP


    ----------
    IT'S A CRYING TIME


    Banjo-Eiichi Shimizu
    Guitar-SatoshiYamaguchi
    Mandolin-Kazuyoshi Ohnishi
    Bass-Akira Katsumi
    Fiddle-Morishige & Takada
    売価 ¥1980
    お問い合せ
    ビーオーエムサービス
    ●解説のリルコミ
    「IT'S A CRYING TIME」CDで復活!リルコミだあ

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    A New Peace Within / LEONA 111022.jpg

    1. A New Peace Within
    2. International Date Line
    3. Little Cabin Home on the Hill
    4. Endless Summer
    5. Close By
    6. Roly Poly
    7. Cherokee Shuffle
    8. Life's Inspiration
    9. Gypsy Spin
    10. Shade's of Blue
    11. Nobody's Love is Like Mine
    12. Soldier's Joy
    ●解説のリルコミ
    本日は臨時号です!リルコミだあ
    オフィシャルHP
    ----------
    「Hello, Old Friend」 cd_tq1.gif

    Tequila Circuit/Hello, Old Friend
    定価¥2,500
    ●CDのHP
    ●解説のリルコミ
    /テキーラ・サーキットのnew CDだよのリルコミで~す

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