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2007-02

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ソニー・オズボーンが脳卒中で入院中だが快方に向かっているのリルコミだあ

早朝の天気予報では昨日よりも少し寒くなる
とおねえちゃん予報士たちは口を揃えており
ましたが、その反対できょうはぽかぽかとあ
ったかい一日でした。季節の移り変わり目は
天気予報は難しそうです。こんばんは。

きょうは仕事の請求書を書く日でした。連日
の追い込み仕事から一転して、きょうと明日
はぽっかりとスケジュールが空いて、それで
も現場ごとに付け落ちがないかを確かめなが
ら目を光らせて請求書を書いているのは疲れ
ます。お昼にカレーをあっためてカレーライ
スにらっきょうを散らせて食べたら、意外と
美味しかった。妻は何かのときのためにカレ
ーを作り置きしておくのですが、何かのため
というのは私や子どもたちがお腹を空かせた
とき、自分で簡単に食べられるという意味で
きょうもそれが役に立ったのでした。有難い
のできょうは足を向けて寝れません。

そのお昼前にあまりにもよい天気なので長男
とサッカー小僧のフトン一式を天日に干して
あげるという家事手伝いをしてしまった。し
かし、あとのことを考えなかったため、午後
に取込んだときどっちが誰のフトンか毛布か
まるで分からなくて、結局「えーい!」とば
かりに振り分けたので、夜になって子どもが
帰ったらきっと文句を言われるだろうと覚悟
した。家事に手を出したら火傷する?
夕方の四時過ぎにお散歩に出ようとしたら、
スイッチを付けておいたテレビから懐かしい
「水戸黄門」のテーマが流れてきて、ハタと
立って聞き惚れた。「~人生らくありゃ~」
というやつだ。初期の黄門様は東野英二郎
がやって、無事問題解決したときに決まって
「かッ、かッ、かッ」と笑った。あね場面が
好きでよく真似をした。きょうの黄門様はニ
代目の西村某という俳優だった。

このテレビの水戸黄門のテーマを宝塚フェス
で演奏したことがあった。もちろん真面目な
関西の人がやるわけもなく、やったのは私と
か立教大のニュー・オマンタ・リバイバルと
かの東京から行ったおバカちゃんたちだった。
ザ、ザザザザ、ザ、~じんせい~と芝居じみ
てやると結構ハイになって楽しかった思い出
がある。70年代の終わりころだったが、そ
ういえばこの頃は谷ゴローショーなんてのも
あって、これは心底おもしろかった。宝塚ブ
ルーグラス・フェスティバルの名物といった
ら、谷ゴローショーだった。ジャイアント馬
場の物真似、明るい農村ギャグ、李さんとの
本格プロレスショー、スーダラ・ブレークダ
ウンなど、いまでは信じられない出し物がい
っぱいあった。あのころの時代はいま思い出
しても書ききれないほど、下ネタを含めて一
杯ある。いい時代だったかも知れません。

長時間の演奏ができなくなったといって、天
下無敵の「オズボーン・ブラザース」を解散
したソニー・オズボーンが1月に、脳卒中で
入院したということです。ただ、症状は軽く
てすでにリハビリに入って快方に向かってい
るといいます。ビル・モンロー、F&S、ス
タンレー、レノ&スマイリ-、ジム&ジェッ
シー、そしてオズボーンと揃っていた時代を
考えると悲しくなります。ブルーグラスとか
ニューグラスとかというけど、彼らの闘志に
満ち溢れた活動なしには「今」はあり得ない。
いつか誰かが苦しかった彼らのロードの生活
ぶりを書くことだろうが、ソニーには本当に
回復して欲しい。がんばれソニーだ。











アサヒ本生は泡がクルーミ-で美味じゃからヒット商品になるかものリルコミじゃあ

きょうはかなりあったかくなった。
現場仕事も天気ひとつで身体が楽になる。
午後、不動産屋さんへ集金に行く。
「景気がよくならないわ」
てきぱきおばちゃんがぽつり。
そばにいた20代の跡取り息子が
「もう一件別の現場がある」
とうれしいことを言ってくれたが
できれば早く仕事にかかかりたい気分。
この息子、自分の車をワーゲンから
スズキスイフトに取り替えた。
「軽くて速いから」だと。
独身者は身軽でいいよなあ。
自宅で妻をピックアップして
五日市街道沿いのラーメン屋へ。
一杯「290円!」で名高い店に着く。
お客の入りは五分程度。
「中華そばを二つ」
それこそたくさんのメニューから
この店の売りを選んだ。
餃子は一個が小さすぎてやめる。
お店の窓から大きなケヤキが見える。
武蔵野の面影なのだった。
ラーメンが五分できた。
さっぱり味でなかなかに美味。
値段を考えるともっと美味になった。
超安い居酒屋「わたみ」などに匹敵する。
満足の昼食だった。
梅がさかりの小平からこんばんは。

家に戻ると我家のサッカー小僧が
早くも学校から帰っていた。
都立拝島高校では入学の準備などが
あって4時限で終わりになったという。
先週は都立高校の受験だった。
四月には新入生が入ってくるのだ。
サッカー小僧もいよいよ最高学年だ。
「三年生はいつまでやるのか」
部活は夏休み前で終わりじゃないかと
聞くと「オレらは秋までやる」
との返事。「????」黙っていると
「うちの学校は受験校じゃないから」
すっきりしてて、まあいいか。

アサヒ「本生」を飲んだ。
スマップちゃんが宣伝してる
あの赤いやつのリニューアル缶だ。
ビールといえば泡だけど、
このリニューアル缶は「泡」に
こだわってみたと宣伝している。
飲んでみるとたしかに「泡」はきめが
細かくなってツルッとのどに
流れて行くようだ。なめらかだ。
クセになりそうだけど私は減量中。
クセになる前に「カロリ」を飲まされる。
しかし、「泡」にこだわったところが
私にはおもしろいと思った。
何しろビールは先に「泡」を飲む。
ビール第一の飲んべえは
人知れず「泡」の研究をしている。
友人のボビーKちゃんもそうだった。
彼は酒場で躊躇なく瓶ビールを
高く上げて注いだり低く注いだりする。
「こうすると泡がうまい!」
とわざわざ私にも注いでくれた。
「泡が細かくなってるだろ?」
「うん。そういえばそうかも」
「だから旨いんだよ」
と断言をしながらたらこ指で
グラスを握り美味しく飲むのだった。
こんなビール党も少なくないだろう。
意外なヒット商品になるかもね。

ホンダF1「RA107」が
ロンドン市内の自然博物館で公開された。
車体には全面に地球のカラーリングが
施されていてどこにもスポンサーカラーが
なかった。地球環境保護を訴えるという
まさに画期的な07年型マシンとなった。
すでに今朝方のテレビニュースで
ご覧になった方も多いと思えるが、
こんなにも大変身を遂げたF1カーは
ここしばらくはなかった。
スポンサー・カラーで車体を
塗りたくるのは、その昔、ロータスが
タバコメーカー色に車体を赤くして
登場したことはあまりにも有名な話しだ。
それから以後はメインのスポンサー
カラーになるのは当然のことだったが、
唯一の例外はフェラーリだった。
それも今年のホンダF1の登場で
明らかな変化が現れたのだった。

スポンサー色を出さない広告宣伝なんて
果たしてあり得るのだろうかと思う。
ホンダは1シーズン300億円とも
いわれるF1の経費をどうしようとして
いるのだろうかと心配になってしまう。
去年までのタバコ会社は年間100億も
コマーシャル代としてホンダF1に
支払われていたそうだから、
それが今年はなくなってしまった。
たぶん、ホンダ本社の遠大な考えが
地球環境保護というところとリンクして
いるのだろうか。ということは本社から
運営資金が大量に出ることになるのか。
おら、びっくらこいたよ。


ホンダF1のサイト








ジャンプ団体銅メダル獲得!高校生栃本クンの抜てきは大成功のリルコミだあ

土曜の朝に凍えそうに冷たい風が吹いて
すっかり冬に逆戻りした小平地方ですが、
昨日もそしてきょうも外は冷えてとても寒い。
気合を入れないと外出できない寒さの
小平からこんばんは。

土曜日バッキンタウンの元祖ライブには
仕事の調整がつかず、惜しくも行けなかった。
私のようなアパート管理に附随した仕事は
人が動き始める今月来月、ついでに四月まで
が一年を通して最も忙しい。つまり転勤や
卒業などの引越し時期にさしかかると、
空いたお部屋の畳替え、襖の張替え、壁クロ
スの張替え、そしてクリーニングなどの仕事
がど~んと押し寄せる。この波に乗らないと
生活もおぼつかなくなるから、ワニ目になり
ながらも静かに波の来るのを待っているのが
このごろの私なのでした。
というわけで今月の元祖は見に行けなかった
けど、四月ニ十日(金)のラグパパズ・ジャ
グバンドと元祖の競演には是非とも行きたい。
ラグパパズ・ジャグバンドは神戸から初見参
だから、そのつわものぶりを見たいのだ。

昨日の夜、眠い目をこすりながらジャンプ団
体を見た。いつも晩酌はサントリーのカロリ
缶を一本飲むだけなのに、何だか知らないが
無性にビールが飲みたくなってアサヒの本生
缶の500ミリリットルを立て続けにニ本も
飲んだ。「ジャンプにはビールだぜ」とアホ
のように声を出して見ていると、高校生だと
いう栃本クンが素晴らしい跳躍で先輩を助け
ているではないか。幼な顔にボサボサ髪を立
て17才だというけど、妙に落ちついていて
画面的にはかなり安心して見れた。
ジャンプの団体競技でも一人で二回飛んで、
いかに遠くへ飛ぶかが勝負となる。各国四人
の選手が二回づつ飛んで、その合計距離を競
うが、日本はこの若い栃本クンの起用がバッ
チリ当って、見事に銅メダルを獲得した。誰
も予想していなかった銅だから余計に光って
いた。ところが飲み過ぎたせいか眠くてたま
らなかった。寝るのもしゃくにさわるので、
必死になって起きてたけど、最後の方はほと
んど死んでたようで記憶ゼロ。酒も弱くなっ
たものだ。合コンに誘われたらどうしようか。

F1のテストが盛んですが、今年はチャンピ
オンのアロンソはマクラーレンに移籍したの
で、マクラーレンが1番の車体ナンバーを付
ける。そのマクラーレンには新人のハミルト
ンが起用されて話題だが、肝心の車の完成度
はどうなのかというと、速いけど壊れやすい
という悪い伝統は消えてないと言われている。
チャンピオンのアロンソはそれでも壊れない
ように乗って勝つだろうと噂されているが、
ここにきてフェラーリの圧倒的な速さにはど
こも勝てないだろうと記者連中が予想してい
る。先週末のバーレーンテストでもフェラー
リは速かった。シューマッハ-が抜けたあと
が心配されたけど、車的にはまったく問題は
なさそうだ。

ホンダは「同じ部品はまったくない」という
ほど今年の車はすべてを見直した新車だが、
バーレーンテストにやって来てから速くなっ
てきた。それまでのスペイン・バルセロナで
やったテストでも8番手あたりに沈んでいて
「今年はダメか」と大方のファンをがっかり
させていた。ところが新しい空力パーツを次
々に投入したら、俄然速くなってきた。「タ
イムは気にしてない。これからどんどんよく
なるよ」と強気のホンダスタッフだが、開幕
戦メルボルンは3/17・18日だ。残り時
間は少ないよ。トヨタに関してはいまのとこ
ろ期待出来るタイムはない。チーフデザイナ
ーだったガスコインの跡が埋められてないの
だろうか。これだけテストタイムが悪いと心
配になってくる。しかし、間もなくF1シー
ズンが始まる。











ビル・モンローの夢を見てから風邪をひいたのリルコミだあ

午後から小雨がやんで空が明るくなると、
三時にはうっすらと日ざしが戻りました。
仕事先の部屋の窓から庭の白梅が見えて、
「春はいいや」と老大工がぽつり。
少し弱い風が出てきたりして明日は晴れ
てくれそうな小平からこんばんは。

きょうはロッキートップで「アッシュ・
グローブ」のライブがあって、行きたく
て準備をしていたが、現場がなかなか終
わらない。現場監督の最終チェックの時
間がずれて六時近くになりそうなので、
いったん家に戻った。監督もあちこちに
現場を抱えているから時間通りに進んで
いないのだろうか。そのためアッシュ・
グローブの広報担当「ロバ山本」に、本
日パスの携帯を入れる。彼は常に態度が
低姿勢でしかも丁寧な話しぶりなので、
話していつも楽しい。こころよく私の都
合を理解してくれた。次回は行かないと。

別掲のインタビューをもう少しやりたい
が、なかなか時間がなくて出来ない。長
い休みをとったお正月に最低でもニ本く
らい出来ればよかったのに、ほとんど一
杯飲んでは寝て暮らした。身体の疲れが
残っていたせいもあって、昼夜かまわず
正体なく熟睡する毎日だったから、イン
タビューなどは夢物語だった。しかし何
とかがんばってものにして、ヨーコちゃ
んにお仲間を増やしてあげないとあまり
にも淋しい。このままフェスシーズンへ
なだれ込むと、どこかでばったり出会っ
て叱られそうだ。あせらないと。

夢物語といえば二三日前、久しぶりに音
楽の夢を見て、パジャマ替わりのTシャ
ツを汗でぐっしょり濡らした。場面はど
こかのホールのステージで私が歌ってい
るのだった。一曲終わって大拍手をもら
い、二曲目に移ってバンジョーがイント
ロ弾いた。スクラッグス・レビューの当
たりナンバー、「ネバー・エンディング
・ラブ」である。マンドリンが続いて弾
いたあとを受けて私が歌いはじめた。
凄い拍手がまた来た。やがて間奏が入り、
サビを歌いながらエンディングへ流れて
終わるとまたしても大拍手がきた。その
ときなぜかステージの上手から突然、ビ
ル・モンローが走って来て、「私の曲を
うたいなさい!」といっている。顔が真
っ青になっている。「ナゼだ!」と叫ぶ。
たちまち私は冷や汗たらたらになった。
もうダメだ。神様を怒らせてしまった。
そのとき、ハッと目ざめた。もう朝にな
っていた。夢でよかったのだった。


















欧州チャンピオンズシリーズ決勝ラウンド「ACミラン」戦を闘った俊輔、ゴールならずのリルコミだあ

あたたかい一日でした。
きょうの現場は小金井駅そばでしたが、
途中の公園や学芸大の校庭の梅が見事に
満開に咲き誇っていました。
木蓮の大きな蕾が破けそうな小平から
こんばんは。

欧州チャンピオンズ・リーグの決勝トー
ナメント「セルティック対ACミラン」
戦は20日に行なわれ、0ー0で引き分
けに終わった。中村俊輔が所属するセル
ティックは、ホームで勝利することが出
来ず、3月7日ACミランの本拠地の試
合で勝負することになった。セルティッ
クにとってACミランは格上の相手だっ
たが、ボールの支配率は上回っていて、
切り札中村のフリーキックも2回チャン
スが来たが、決めることは出来なかった。
「前半、カカに太ももをひざ蹴りされて
調子が狂った」と試合の激しさを語って
いたが、次回はバッチリ決めて見返して
欲しい。その他はアーセナルが負けてレ
アルマドリード勝った。我家のサッカー
小僧は「レアルの監督が嫌いだから勝っ
ても何も感じない」だと。子どもはカメ
レオンのように変り身が早い。

もう一つは北京五輪を目ざすUー22日
本代表対Uー22アメリカは熊本で行な
われ、0ー0の引き分けだった。大声援
に後を押された日本は、再三のチャンス
に得点が出来ないいつものパターンだっ
た。特に前半ゴール正面でパスをもらっ
た平沼が決めれなかったのは非常に残念。
ゴール正面でもらってすぐに蹴るなんて
キーパーにとっては美味しいと思うよ。
そして後半の本田圭佑のフリーキックに
合わせたヘッドはゴールバーに直撃、点
が入らなかった。ただテレビ解説者やア
ナウンサーたちは平山の高さを褒めちぎ
っていた。テレビを見ている側からいう
と、そんなに凄いプレーには見えなかっ
た。そこらの高校生の試合でもよく見る
場面だったが、たくさんいた解説者たち
はなぜか興奮していた。あれでゴールが
決まってれば拍手だったけど、0点に終
わっちゃ褒めるとこなんてないよ。私に
は選手よりも監督コーチたちの手腕が不
足しているように見えて仕方がなかった。

反町監督と井原コーチには、とても負け
た責任を取って退任というような厳しい
雰囲気がなかった。それはテストマッチ
という責任を問われる試合じゃなかった
けど、例えばトルシエ監督のようなボー
ル際の激しい指導がまるでなく、あんま
り上手でない相手にボールを取られっぱ
なしだった。指導が緩いのかも知れない。
これが本チャンの試合になったらどうな
るのかと考えると、イメージは相当暗く
なってしまう。新聞にはディフェンスが
甘いという川淵チェアマンの言葉を載せ
ていたけど、それだけじゃない感じ。

もう一つ。川淵チェアマンがW杯惨敗を
受けて退任しなかった。これは厳しい指
導をするという観点からするとよくない。
「ジーコを監督指名してW杯へ行けたか
ら良し」と自己判断したのだろうか。つ
いでに現日本代表のオシムをポロリ発言
したようにして監督に据えた。W杯惨敗
の分析と反省をしないままに、である。
つまりオシム以下、年代別の監督コーチ
のシステムが出来上がって、それはどう
やら四年間も続くようだ。その中のUー
22が五輪代表を目ざして、きのうのテ
ストマッチになった。まだ、すべての結
果はこれからになるが、これでは監督コ
ーチはチェアマンの方向ばかりを見てし
まうことにはならないか。

川淵チェアマンは、Jリーグ発足に最も
働いた功労者であって協会のトップでも
ある。日本サッカー界ではいちばん偉い
人だ。自分の意にそむくような意見の持
ち主は協会には入れないだろう。それは
しかし当然なことだ。しかし、06年の
Jリーグ優勝と天皇杯優勝など只今実力
随一の「浦和レッズ」は、川淵チェアマ
ンの意とする流れではないと聞いている。
こうなると真の指導者は他にいることに
なる。時代の流れ方は早いのだ。万一、
反町監督以下が北京五輪へ出場出来ない
ことはありえないと考えるが、きのうの
試合を見るとかなりの不安を感じてしま
った。

JリーグのFC東京は「おらが町のサッ
カーチーム」で、練習場所も近い。新青
梅街道を下って「小金井街道」を越えて
すぐ右手にガス・ミュージアムが見える
が、その反対側が練習グラウンドになっ
ている。目立たないようにしているのか、
入口などはとても地味で何の飾りもない。
その昔、我家のサッカー小僧もここの練
習場所に通っていた思い出の場所。小学
校の五年生くらいだったと思う。帰りは
定時でも冬場は真っ暗になるので、近所
の同級生2~3人と一緒に自転車で戻る
とはいっても、交通事故などを毎日心配
したものだった。そのFC東京のグラウ
ンドは、五年くらい前からここがJリー
ガーの練習場所となった。それまで選手
たちは有明の東京ガスグラウンドで練習
していた。

これは調布に出来た東京スタジアム(現
味の素スタジアム)をフランチャイズに
したためか、試合ごとに有明から通って
来るのがしんどいためだろうか、小平に
練習場所を移したのだった。それを契機
にFC東京の旗は商店街の隅々までたな
びき、小平市役所にもFC東京の旗が飾
られている。明らかに我が町のチーム、
我が町の選手になっている。先日も練習
場に近いコンビニでお弁当を買ったら、
前の人が有名な選手だった。私も好きな
アンドーナツなんか買っちゃって、うし
ろにいて思わずニヤッとした。妻はこう
いうときは絶対にサインをもらうのよと
いうけど、私にはもらいにくい。いつだ
ったか他の選手がマンガを見てたことも
あった。エロっぽいものだった。このと
きもサインはもらわなかった。今年は原
監督が戻って勝負の年だ。磐田から福西
選手も来た。勝っちゃおうぜ!

























ビル・モンローの50年代の演奏は気力が弾けているゾのリルコミだあ

今年は寒い日があっても長続きしない。
だからなのかきょうは晴れて日がさした。
仕事が詰まってきている。毎年のように
年度末の影響で人や物が動くと、私の
ような零細業者にも波が来るので
うれしい。少しづつ冷えている小平から
こんばんは。

風邪気味なのが恐い。薬を飲んで早寝し
ても一向に直る気配は感じない。熱はな
いが夜中に咳が出て目がさめる。糖尿プ
ラス風邪かよと自分をどなりたくもなる。
朝方、目がさめてみかんを食べたら頭が
すっきりした。しかし寒いのでまたフト
ンにもぐり込んで、久しぶりにビル・モ
ンローのライブ・レコーディングを集め
たフォークウエイズ盤を聞く。これは故
ラルフ・リンズラ-によってまとめられ
たもので、56年から69年までの生録
が聞けるから、同じ聞くなら生だと考え
る私にはもってこいのアルバムである。



50年代のモンローは、頼りのレスター
とスクラッグスが相次いでブルーグラス
・ボーイズを去ったあとだったので、そ
のせいか、なにくそといった人一倍の気
合を聞くことが出来る。激しい実に気迫
のこもった歌とマンドリンを聞くと、胸
が自然に熱くなる。やはりモンローこそ
が私たちサークルの頂点にいる人なのだ。
たとえば「クローズ・バイ」のハイテン
ションな歌はどうだろうか。CDを聞い
ているだけで膝まずきたくなってしまう。
たとえば「ブルー・グラス・ストンプ」
のマンドリンのプレイの凄さには背筋が
寒くなる。この時代は明らかにモンロー
が全身全霊をかけて音楽をしていた。
これを聞くと「ブルーグラスをやってる
のか?」と声が掛かったような気がする
から不思議。がんばらなくっちゃ。

ディキシー・チックスがグラミー賞を獲
得したとあって、新聞やラジオなどは彼
女たちの紹介に大わらわしている様子。
何しろ日本ではほとんど知られていない
から、データがない。明らかに間違った
放送などを聞くと「そりゃないよ」と思
わず声が出てしまう。TBSラジオのス
トリームでは毎週カリフォルニア在住の
映画評論家のレポートを放送しているが、
きのうはちょうどその日だった。評論家
氏は身の回りに起きる日本人とは違って
いるアメリカ人のさまざまな出来事をレ
ポートしているが、きのうはグラミー賞
に輝いたデキシー・チックスを取り上げ
ていた。

曰く、ブッシュ大統領を同じテキサス出
身だから恥ずかしい事件を柱に、いかに
カントリー界が彼女たちをスポイルした
かをレポートした。うんうん、えらいゾ。
そのうえ政治利用したのだと熱が入って
とても迫力あった。が、しかし、肝心の
発言した人を「エミリー」だと何回も繰
返したのだ。「身長150センチにも満
たないエミリー」「エミリーは、はっき
りいう子」など連発する度に、どんどん
白けていった。映画評論家の限界なのか
それともTBSラジオの見識の無さなの
か分からないが、せっかくのレポートが
台無しになってたと、ディキシー・チッ
クスを知っている人は知っているのだ。
リードボーカリストですべてのMCを担
当してるのは「ナタリ-」ってことを。

さて、サッカーを見ようかな。















ポール・ストーキー作「ソング・フォー・メグミ」を本人がテレビで歌ったのリルコミだあ

小平は午後から小雨になりました。
冷えも厳しくなったのでお散歩を中止して、
行きつけのスタンドへ灯油を買いに行くと
「満タンにしますか」と学生アルバイトが
聞いてきた。「うーん。この18リッタ-
くらいは寒いと思う」といって満タンにし
てもらった。たしか去年はタンク半分も残
った。去年の11月にファンヒーターを出
したとき、その残ってた古い灯油を恐る恐
る点火したことをおぼえているから、また
しても残ったらどうしようかなと。
帰り際、スタンドの店長に残ったらどうし
ようかと聞くと、「大丈夫。まだ寒い。も
しも残ったら日陰に置くこと。地下ならモ
アベターだ」とからから笑った。いい人だ。

妻が西友でお稲荷さんと太巻きを買ってき
た。子どもたちのおやつなのだが、私は食
べたいのを我慢した。糖尿が恐いので甘い
ものはできるだけ食べないようにしている。
実際に食べてしまうと検査の数値がはね上
がって、病院の若い女性看護士が「キャッ」
と驚くのだ。しかし、日常生活の中でいか
に甘いものが多いことか思い知った。
糖尿病だと診断が下ったその日から、おは
ぎやおだんご、あんまん、ケーキやパン、
そうだった。私の大好きなあんパン、現場
で飲む缶コーヒー&ジュースはぜんぶ御法
度。飲んだらおしまいというわけではない
けど、食べない飲まないように我慢をして
いることがこの病気のマナーのように思う。
ただ我慢する甘いものが多すぎて腹が立つ
こともあるのだ。変な病気を背負ったもの
だとつくづく実感している。こんばんは。

安倍内閣の支持率が下がっていて、不支持
率が上がっていると各新聞社が本日、発表
した。各紙数パーセントの誤差はあっても
安倍内閣の不人気なことに変わりがないと
報じている。分析なども進んでいて、どう
も首相としての実力不足ではないのかとい
う厳しい見方もあるようだ。つまり日本国
の首相になる器じゃなかったというわけだ。
その安倍首相が首相への足掛かりを掴んだ
のは北朝鮮問題だった。拉致事件解決への
国民の絶大な期待感に押された格好で首相
に昇りつめた。しかし就任して半年あまり
経過したが、北朝鮮問題の中の日本人拉致
事件は何の進展もない。北朝鮮の六ヵ国会
議に出席した高官も、「拉致は終わってい
ることだ」と繰返した。これは何も進展し
ていない、日本が何もやってないことを意
味していた。

もう一つ。核問題の方は六ヵ国会議が繰返
されて、ついこの間、廃棄の条件が話し合
われて、どうやら闇の中から一点の明かり
を見い出したように合意した。北朝鮮は核
を持って、食量とエネルギーなどの援助を
もらうことに、ほぼ成功したのだ。これは
核をちらつかせると必ず援助をもらえると
想定した北朝鮮の勝利、偉大なキム・ジョ
ンイル閣下の指導力のたまもの以外にない。
絶大な実力者である。彼のように肝っ玉が
太い、世界の名だたる強国に一歩もひるま
ない態度を見るにつけ我が国の、比べれば
吹けば飛ぶようなよい子ぶった外交官たち
の実力の無さはどうだろうか。六ヵ国会議
に出席してどのような気持で帰ったのか。
外務省を飛び越して、六ヵ国会議の拉致問
題への首相の強い指導力は果たしてあった
のだろうかと疑いたくなる。

安倍首相に実力があるならば、美しい日本
などを作るなどと言わずに、是非とも北朝
鮮の拉致問題を解決して欲しい。国民が最
も拉致事件を解決できそうな首相だと応援
したわけだから、自分のやりたいようにや
って結果を待ってみては如何か。想像する
に、六ヵ国会議のどの場面でもアメリカに
押さえられて、拉致問題を自由に話し合う
余地がないようだったが、北朝鮮のあそこ
までねばりを見習って、安倍首相には自主
性を発揮して拉致事件を解決して欲しい。
北朝鮮は物を欲しがっているんだから、そ
の線からたどりつけないかと浅はかに考え
てしまうが。それから北朝鮮との輸出入を
禁止しているが、それも元に戻した方がい
いと思う。日本のお掃除役として貴重だと
思えるが・・・。

「ソング・フォー・メグミ」を歌ったPP
Mの、ポール・ストーキーさんをNHKテ
レビ「ニュースウォッチ9」で拝見した。
神田の友人から、ポール・ストーキーのラ
イブがバッキンタウンであったと知らされ
ていたが、それが横田滋さんと早紀江さん
ご夫婦が集ってのライブだったとは想像も
しなかった。ついでにそれは「隠れライブ」
となっていたと教えてくれた。
さて、ポールさんは映画「メグミ」を見て
北朝鮮の拉致の実体を知り、激しい怒りを
覚えて曲を作ろうと決めたといった。久し
ぶりに画面で見たポールさんは、ずっと以
前のPPMで「風に吹かれて」を歌ってた
頃よりも太っていて、とてもやさしい顔に
なっていた。野太い声がシンガーを彷佛さ
せてインタビューに応えていた。そして、
新アルバムに入れたというソング・フォー
・メグミをバイオリンをバックに静かに、
味わい深く歌った。

横田滋さんはポール・ストーキーさんを知
っていて、それはPPM時代のレコードを
何回か聞いているとアナウンサーに応えて
いた。こんなに立派なシンガーがメグミの
ために曲を作って、しかも歌ってくれるこ
とが信じられないらしく、番組中顔が赤く
火照って興奮している様子だった。私など
は昨日、バッキンタウンへ行けば横田さん
ご夫婦に会えたんだ、残念だなあと不届き
な考えを巡らせていたけど、歌われたソン
グ・フォー・メグミはあくまでもやさしい
メロディーと簡単な詩が印象的で、やはり
人生を長く生きたミュージシャンでなけれ
ば出せないインパクトに溢れていた。
なぜ日本人のミュージシャンが書けなかっ
たのかという野暮はいうまい。ポール・ス
トーキーだからこそよかったのだ。



















ホームセンターは団塊世代の新しいトレンドだよのリルコミだあ

快晴の一日。近くの萩山実務学校の校庭の
さくらが咲き始めているのが見えました。
張り合うように我家の庭の菜の花も黄色い
花が咲いて、先に咲いた水仙と並んで黄色
が映えているのでした。春が近い小平から
こんばんは。

きのうの東京都心は「東京マラソン」一色
だったようです。何せ三万人のランナーと
は恐れ入谷の鬼子母神だが、一夜明けて新
聞やテレビを見ると改めてその巨大な大会
に驚きました。しかしあの雨の中、いかに
マラソンに天候は左右されないといっても、
あきらかに氷雨に打たれてもなお走るラン
ナーの生真面目ぶりには感動しました。
いったい何人がゴールインしたのか知りま
せんが、健康ブームに支えられたランニン
グってものすごい人数が集るものなのね。
石原慎太郎都知事の選挙目当てのパフォー
マンスともささやかれる第一回の東京マラ
ソンは、この寒い冬の開催に問題は残らな
かったのでしょうか。もしも二回目がある
としたら、もう少しあとのさくらが咲いて
いるころがいいと思うのですが。

金曜日はチャドのブルーグラスデーに行っ
てきました。四ヶ月ぶりだった。本田マス
ターも「毎日お散歩をしている」せいか、
とても健康的にみえて元気そうだった。運
動が体重を減らして顔色に生気が戻ってい
た。「あのね」とそばに寄って来た。柏市
にあるお父さんの住んでた家を少しづつ直
している。休日はジョイフルホンダへ通っ
て道具や材料を買ったりしているけど、こ
ういう大工仕事っぽいものが、こんなに楽
しいことだとは知らなかった。今度さ、壁
を塗りたいんだけど、どうしたらいい?
ウーロン杯をなめながら、亡くなられたお
父さんが長年住んだ家の構図を書いている。

「漆喰壁か」と聞けばそうだという。一階
の壁は全部シックイだよという。何でも細
かな修理などは一段落したので、石油スト
ーブで黒ずんだ壁をなんとかしたくて、相
談なんだけど「オレでも出来るかな」と目
を輝かせて聞いてきたのだった。漆喰その
ものはジョイフルホンダで売ってるから、
好きな色を買ってきて説明書通りに水で混
ぜて練って柔らかくしすぎないように作る。
ここまでは問題はないが、こてぬりが大変
だよ。「ジンさん、やったことあるの?」
「ええ。六畳間を全部」と応え、「次の日
は休んだ」とつけ加えた。

「ぼちぼち演奏しようよ」
とチャドのホスト役の堀内さんが、私とマ
スターの会話をさえぎった。そうだった、
お客さんもいるので演奏タイムではないか。
飯田さんのマンドリン、入来さんがベース、
西貝さんのバンジョー、某女子がドブロ、
私の歌とギターではじまった。
ボーカルは12月の忘年会以来だった。す
ぐに喉がからからと渇きはじめてきた。ま
るでエンジンが焼き付きを起こしているよ
うだったが、気合でなんとか乗り切った。
毎日のように歌えていた頃が夢のようだが、
マジで声が出なくなっている。六十の手習
いじゃないけど、このままじゃ本当にまず
いのね。自己練習しないと!

「こてぬりだけど出来るかなあ」
漆喰壁の話しの再開だった。きょうは本田
マスター、この話しの結論を聞いてみたい
らしく、またまた近寄ってきた。「出来上
がりに妥協すればできます」というと、書
いていた図面を出した。見ながら話しを聞
いているとかなりの面積をこてぬりしなけ
ればならない。しかも高いところは12尺
もある。「う~ん」とうなってるとマスタ
ー、「壁に波のような感じも出したいね」
とまる目的きらきら目で言った。
「とりあえず低い場所で馴れましょう」
「たぶん、一年以上の期間でやりましょう」
「絶対にあきらめない」
「イヤになったら酒盛りすればいい」
などと午前0時すぎまで話しあった。くれ
ぐれも高いところで作業はしないことを誓
わせた。

先日、ジョイフルホンダが近くに出店して
来たので行ってみると、そのスーパーでか
さにも驚いたが、にわか職人と思われる初
老男子連中の多いことにびっくりした。口
ひげ鼻ひげあごひげなどをたくわえて余裕
風ぶんぶん吹かしている御仁たちが、ノミ
やカンナを物色して悦に入っているのだ。
へーっ、世の中のトレンドは「ホームセン
ター」ではないのか、と思った。本田マス
ターだってその昔はアイビー・ファッショ
ンに身を固めて銀座などを歩いていたのか
も知れないし、フォークソングはマジで歌
い狂ったゼネレーションだった。かっこよ
い青春の真ん中を歩んできた人間が、いま
はホームセンターに出没して大工仕事に夢
中になっている。こういうことってナウい
よね。

その本田マスターの「チャド」常連客がな
んと、本日の東京中日スポーツの「団塊世
代に贈る!今さら聞けない60才からの趣
味」のページにでかでかと、恥ずかしげも
なくギターを抱えて澄ましこんで写ってい
るではないか!長い間F1の情報を求めて
買ってきたけど、違う意味でこんなに驚い
たのはなかった。まさに衝撃的だった。カ
ラー写真に隣の晩ごはん的常連客のNさん
とTさんが、愛用ギターを抱えているとこ
ろは真にほっぺたをつねりたくなった。
ちなみにNさんが抱えたギターは「夢弦堂」
製で、もちろん作者は西貝さんだ。マイク
真木さんの楽器選びのコツも紹介されてい
て、「ライブが最高で、カラオケはやめな
さい。楽器はフィーリングが合ったら高く
ても買いなさい」などと言っていた。
私も六十才。団塊世代だ。楽器もバンドも
やってるし、ホームセンターへ行くのは仕
事になってしまった。新しい刺激はもう欲
しくないといいつつ、本やCDを買い続け
ている。旅がいいかもね。










毎月第三金曜日はチャドのブルーグラスデーだのリルコミだあ

こんなにあたたかい冬も、
六十年生きてきたが、はじめてだ。
もっとも六十年とはいえ、ほぼ一ヶ月前に
なったばかりの新参者だけどもね。
というわけできょうもあったかい小平から
こんにちは。

今週は真昼間にリルコミを書いてることが
多いが、これは用事なのでしかたない。
本当は昼間に神経を使うもの書きをすると、
あちこちから携帯が掛かってきて、短い文
章でも筋道を見失うことがある。せっかく
の書きはじめが台無しになって悔しくてし
かたがないことがある。あともう一つはブ
ログの使い方が分からず、ほぼ書き終わっ
た頃に携帯が鳴って、マウスで保留をクリ
ックしたら、あっというまにコンピュータ
の果てしないところへ消えてしまう間違い
を何度も繰り替えした。こんなときは自分
の気持を落ちつかせるのに苦労する。何て
バカなんだと自分をののしっても書いたも
のは戻ってこない。そんなときは大抵お酒
を飲んで鎮めるが、本当に悔しいものだ。

さてきょうは池尻大橋駅そばのチャドのブ
ルーグラスデーだった。昨年九月以来だか
ら妙に身体がむずむずしている。いつもの
仲間の顔がちらついて、競馬ウマでいえば
レースの前に入れ込んでる状態なのかも知
れない。しかし、きょうはもう一つ別の目
的がある。小平から目黒区まで電車で行く
と、目まぐるしく電車を乗換えて一時間半
近くかかる。しかも、私の最寄り駅青梅街
道を通る西武電車の最終は0時前なので、
そこから逆算するとチャドを出る時間がか
なり早くなってしまう。盛上がっているそ
のときに帰らなければいけなくなるので、
とてもつらい。後ろ髪を引かれるのだ。

というわけで車で行くことにしようと思う
が、この場合は安全な駐車場が必要になる。
以前のようにはいかない「駐禁切符」が非
常に恐い。禁アルコールは自信があるが、
どこに潜んでいるのか皆目分からない係官
を相手にはしたくない。やはりここは安全
な駐車場をみつけないとダメだ、と以前に
ここで書いたら、「私の家のでよろしけれ
ば」と名乗り出てくださった方がいた。
実はこの方、そのむかしジューンアップル
誌の表紙のイラストを書いてくださったI
さんで、いまは三弦茶屋の先に住んでいた
のだった。そのため積るお話などをしなが
ら、改めて駐車場をお借りするお願いをし
ようと考えたので、少し早く出発したかっ
た。じっくり話すのは数十年ぶりだ。

チャドの常連にYさんという私とたいして
歳の違わないカントリーとブルーグラスの
ファンがいる。この方は代々が家具屋さん
で自分も家具職人だと名乗ってくれた。
私がチャドへ行きはじめてから十年は経つ
と思うが、彼はそれ以前からの常連だった。
今年のお正月の二日。元旦にお酒を飲み過
ぎたせいでどっぷり深寝している夜中、ア
メ-ジングレイスのけたたましいメロディ
ーが響いた。私の携帯が鳴ったのだった。

「ジンさん。アラン・ジャクソンはいいよ
ね。しびれるよね」

という言葉が聞こえた。酔っていた。ろれ
つが回ってないところから想像すると泥酔
状態だろうと思った。やがて、私の頭がす
っきりしてきて、ああ、やっぱりYさんだ
と確認する。どうやらオーディオのそばで
飲んでる様子で、カチャカチャとCDを入
替えながらの携帯らしい。

「ジンさんだったら、かっこいいドワイト
・ヨーカムでしょう!」

ともつれながら言葉が聞こえてきた。どう
でもいいようなおべんちゃらを言ってる。
夜中なのにそれを気がつかないほど飲み過
ぎているのだろうか。しかもYさんは突然、
私を思い出して電話をかけずにはいられな
かったのだろうか。彼は寝てもさめてもカ
ントリ-を思い出しているのか。色々なこ
とを考えていると、やがて電話が切れた。
Yさんもきょうのブルーグラスデーに来る
のだろうか。ちょっとだけからかってあげ
ようかな。





本日は打ち合せ&飲み会のため出かけるのだゾのリルコミだあ

風の強い一日でしたが晴れていた小平から
こんばんは。

何かと用事ができてしまいますが、きょう
もこれから打ち合せ兼飲み会があって出か
けます。実はきょうのお客さんは打ち合せ
などは必要ないのですが、相手が私よりも
飲み会が好きなので、打ち合せといってお
けばすごく機嫌よく飲んでくれます。この
ようなお客さんだけだと営業も楽ですが、
そうでない場合は仕事の話しのきっかけを
つかむのに苦労することもあります。まと
まった仕事を持ってる相手は、私がその仕
事が欲しいことを知ってて飲んでるわけだ
から、なかなか簡単にはその仕事をくれま
せん。あわよくばもう一回飲もうかと持ち
かけて来ることもありますが、一通り飲ん
でも仕事の話しに乗って来ないときは、私
の場合はずばっと切り込みます。そして見
事に振られることもありますが、大概はう
まくいくようです。

横浜マリナースのディフェンダー、中沢選
手が日本代表にカムバックした。オシム監
督が経験豊富な中沢に白羽の矢を当てたの
は、その能力を高く買ったというものらし
い。一度は代表のユニフォームをしまって
いたが「選ばれたからにはがんばる」と感
想を言った中沢選手。アジアカップに向け
て強力なディフェンダーが帰ってきた。
残るは中村俊輔のカムバックだ。もっとも
俊輔の場合はチャンピオンズリーグトーナ
メントが終わらないとメドが立たないよね。















やったぜベイビー!グラミー賞だディキシー・チックスのリルコミだあ

忘れていた冬が戻ってきました小平地方です。
あさ窓を開けるといきなり凍みた寒気が入ってきて、
ぶるぶる震えましたが、仕事をしていても手足が
冷たくなって久しぶりに真冬の寒さを味わった思い
がしました。いまは午前中に降りはじめて小雨が
降り続いていて庭の水仙も淋しく濡れています。
こんにちは。

きょうは夕方に用事が出来てしまい、少し早めの
リルコミになりました。子どもたちが出かけて妻も
パートへ行き、八十すぎの義母だけが残った我が家
に帰ってきて、サンドイッチと紅茶のお昼を済ませ
た。食卓に乗ってたみかんを三個食べてコンピュー
タの前に座り、メールを整理して読む。近ごろまた
ぞろ迷惑メールが増えている。そのほとんどは淑女
の破廉恥を売り物にしているもので、毎日20通ほ
どが届く。中には友だちからのメールのように見せ
てるものもあるので、うっかり開かないように気を
つけなければいけない。それにしても子どもたちの
コンピュータにもこれらが届いているのだろうから、
いったいどうしてるんだろうかと心配になる。便利
な物のうらに潜む変ないかがわしい現実。余計な注
意が要るので困る。

ディキシー・チックスが49回目のグラミー賞で、
見事に主要三部門を制して、トータル5冠に輝きま
した。98年のデビュー「ワイド・オープン・スペ
ーシーズ」、翌年の「フライ」、そしてほとんどが
ブルーグラス・サウンドの02年「ホーム」に続く
06年「テイキング・ザ・ロング・ウエイ」で輝く
グラミー賞の最優秀アルバム賞、つまりグランプリ
を獲得しました。デビュー盤と二枚目が共に一千万
枚を超えるセールスを記録し、三枚目のブルーグラ
ス・サウンド盤のホームでさえ700万枚も売れた
というから、もうこの時点で世界のトップスターと
なった。しかし、このアルバム「ホーム」のワール
ド・ツアー中に、その頃シングル発売した「トラべ
リン・ソルジャー」の前振りにボーカルのナタリ-
が言った「私たち、アメリカの大統領がテキサス出
身だっていうのが恥ずかしくって」の発言が、イラ
ク戦争に利用されてしまった。

ディキシー・チックスもテキサス出身で、ホームで
は自分たちがテキサスでしかもブルーグラスをこの
ようにやっていたと明らかにしていた。しかし時は
イラク戦争中でこのときのブッシュ大統領は大人気
だった。チックスのCDはカントリーの1700近
いラジオ局からはそっぽを向かれ、あげくそれまで
のCDを集めて山にしてその上をブルドーザーが踏
みつぶすというパフォーマンスがテレビ中継されて、
ディキシー・チックスは完全にカントリー界から抹
殺されかかっていた。ミリオンセラー確実と評判の
高かった「トラべリン・ソルジャー」も勢いをなく
していた。ロンドンのアットホームな小さなクラブ
で言った言葉を巧みに「発言」に仕立てられてイラ
ク戦争肯定派に利用されたのだった。発言をした当
人のナタリ-は「よくおぼえてない。前もってあの
ように言おうとは考えてなかった」と普通のMCだ
ったという。

ブルーグラスはさておき、カントリー界は伝統的に
保守であって共和党の地盤ですが、彼女たちは出身
のカントリー界ではまったく追放された格好になっ
た。いわゆる総スカンというやつだ。ところが彼女
たちは自分たちの言葉を主張しはじめ、逆境をはね
のけようと社会活動をはじめた。04年の大統領選
挙では「変革をしよう」キャンペーンを続けてブッ
シュに対抗して存在を示した。ディキシー・チック
スは体制には負けないし、恐怖にさらされても言う
べきことはいうわと態度を明らかにした。これは彼
女たちがカントリー界から決別を意味していたが、
それでも彼女たちが目ざしたカントリー以外の場所、
つまりは総称するとロックとなるが、そこからもろ
手を上げて歓迎される保証は何もなかった。
そんな中でこのグラミー賞アルバム「テイキング・
ザ・ロング・ウエイ」を完成させた。ホームの発売
から4年、問題発言から3年経っていた。

このアルバムは全てのアルバムの中での最優秀賞と、
この中に収められシングルカットされた「ノット・
レディ・トゥ・メイク・ナイス」が最優秀レコード
賞、最優秀楽曲賞も同じ「ノット~」に輝いた。そ
して最優秀プロデューサー賞に加えて、何故か最優
秀カントリーアルバム賞までいただいた。大逆転サ
ヨナラ満塁ホームランをかっとばしたような、ファ
ンとしてはそんな気持になった。このアルバムはカ
ントリー界にいたときの前アルバムのセールスには
遠く及ばないまでの去年までの実績では200万枚
だという。グラミーを受賞して、自分たちの主張を
自分たちの力で証明した彼女たちこそ、カントリー
パワーだと誇りに思いたい。

大変なものが発売されるそうです。
それは「ベスト・オブ・フラット&スクラッグスT
Vショウ1、2」というもので、ご覧の通り動くス
クラッグス、歌ってるレスター、おどけるアンクル
・ジョッシュなどがばっちり、まぼろしそのものが
見えるDVDがニ枚別々で間もなく発売されます。
全国のスミからスミまでのブルーグラスファンには
これ以上のプレゼントはありません。生涯の思い出
に絶対に買うべきだと私には思えます。しかもここ
には「マザー・メイベル・カーター」が2曲で共演
しているというタナボタ式超えがった的感動がつい
ているのです。他に「ハイロ・ブラウン」も登場し
ます。長く待てば何でも出て来るとはいっても、い
きなりフラット&スクラッグス&フォギー・マウン
テン・ボーイズとは恐れ入りました。





(注;どちらもリージョン1です。 日本国内用のDVDプレーヤー(リージョン2)では再生できません。)











ゲスト、ササベマスオさんが盛上げたNHKFMラジオ「ブルーグラスを聴こう」のリルコミだあ

有難いことにあたたかい仕事始めとなりました。
この時期、三連休となるとレジャーはスキーぐ
らいしか思い浮かばないのですが、今年は暖冬
が続いているので、雪のある滑れるスキー場を
探すのにも苦労が多いのではないかと思います。
増々お庭の紅白の梅が咲き始めて来た小平から
こんばんは。

11日の日曜日。JR前橋駅近くの葬儀場で密
葬があり、お世話になった故人とお別れしてき
ました。故人は102才と天寿を全うされまし
たが、お顔も艶やかでしみもなく、まことにき
れいだった。私は彼女が68才ころの一年間、
葛飾区奥戸町というところでほぼ同居していて、
掃除洗濯など身の回りのお世話をしていただい
た。その頃の私はブルーグラスのおもしろさに
ようやく目覚めた頃で、日比谷のフェスやら軽
井沢のフェスの主催やその他、タイムトンネル
で毎週遊んだりと、そのうえ仕事があったから
本当に目が回るほど忙しかった。

この葛飾の家は友人の父が事業の一環で買収し
た物件だったが、住人が見つからなかったため、
私におはちがまわったのだった。しかし、一年
も経つと毎日の朝帰りと夜中の楽器ごっこなど
が発覚して、これでは不用心だということにな
った。ある日、友人の父がやって来て「おばあ
ちゃんと同居してもらう」と言ってから三日ぐ
らいしてから監視役がやって来た。私とはもち
ろん初対面ではなかったので、非常に友好的な
指導とお互いの居場所が決まって、そのまま静
かに生活は流れて行くように見えたが、一年近
く経ってくると、今度は新しい問題が表面化し
てしまった。故人は無類のお酒好きだった。

量はビール1本がマキシマムだったが、それを
晩酌で私と毎日飲むのだ。十二畳間と十畳間を
囲んだ渡り廊下にガラスのテーブルを出して、
庭を眺めて一杯やると、本当にうまかった。た
まに故人の妹が小松川からやって来たりして、
春のさつきの咲く頃は窓を全部開けて宴会もや
った。いつだったか、5人のお嬢様たちと浅草
へてんぷらを食べに行ったこともあった。しか
し、楽しいことは長くは続かない。
おばあちゃんがお酒を飲み過ぎているという噂
が立って、それが家に知られることになった。
するとたちまちに母(娘)が現れて有無を言わ
さず、故人を連れ去った。私の監視役になって
もお酒は飲まないようにと注意を促されてやっ
て来たのだとその母は言ったが、私には何やら
少しジェラシーを感じられた。そういうお楽し
みを知らない友だちのいない母だった。

それから一年ほど住んで私は葛飾を離れたのだ
ったが、故人とはそれからも何回も会って楽し
かった日々を思い出して語り合った。やがて群
馬県の富岡市の施設に入所したことを知らされ
たが、お見舞いをしないままついに故人となっ
た。何ごとにもこだわらない悩みの少ない前向
きに物事を考える人だった。102才はあっぱ
れです。

きのうは妻とNHKFMラジオのカントリー三
昧を聞きました。もちろん目当てはブルーグラ
スを聴こうというコーナーで、その時間だけを
録音すればそれで他は要らないという気持もあ
ったけど、夕方5時まではまあヒマだし、ちょ
っと聴いてみようかとスイッチを入れた。
チャーリ-永谷さんがゲストで解説役だった。
雰囲気的には暗さがなくよかったが、言葉がも
ごもごしてて聞き取りづらいところが少なくな
かった。相手のNHKの花形アナと同じく進行
役のルーシー・ケントさんの明解さとは対称的
な伝わりにくさがあった。しかたないけど。
私は最初のコンテンツ「グレイテスト・カント
リー・ソングス」だけを聞いてあとはパソコン
に向かった。妻はじっと聞いている。

やがて「ブルーグラスを聴こう」が始まった。
いきなりフォギー・マウンテン・ブレークダウ
ンが鳴って、「えっ、これって生演奏?」と妻
が難しい質問をよこした。じっと聴いて「たぶ
ん、ナマ」と応えると「ササベ・マスオさん」
とアナウンスされて颯爽と登場した。頭のフォ
ギーはナマだと分かったが、他のメンバーは誰
が来てるのかは分からないまま、ブルーグラス
の歴史などを語りながら番組が進む。はじめ語
り口が少し暗かったササベさんもルーシーさん
の巧みな進行で、だんだんと乗って来た。キー
ス・ホイットリーの「DON'T CHEAT IN OUR
HOMETOWN」が流れたところなどは、この曲の常
識外れの内容に吹き出したルーシーさんの乗り
に合わせるように、ササベさんが冗談をいうな
ど快調に進行して行く。この前の数時間のカン
トリー・コンテンツにはなかったアットホーム
なムードが漂って引きつけられた。リッキー・
スキャッグスとの思い出話しにアナとルーシー
さんがしきりに感心していたが、このあたりで
彼らはブルーグラスの特異的な歌詞やリズムの
展開などにすっかり興味を持ちはじめる。打合
せもあったと思えるがいい流れだ。

何よりもササベさんが落ちついている。慌てな
いでゆっくり話している。しかもかなりの博識
と経験談が語られて意外な面を見せている。妻
などはうっとりといった感じで聞き入っていた。
メンバー紹介がはじまって、バンジョーはJB
Bの吉田さんだった。次もJBBのフィドラ-
ジミ-赤沢さんだったから、さてはJBBが全
員そろって来たのかと思ってたらマンドリンは
アッシュ・グローブの北農さんで、ドブロは弾
くぞうさんだった。そしてベースは今井さん。
いずれも楽器の特長などを進行役とにぎやかに
絡みながら楽しく紹介されていった。アナウン
サーが珍しい楽器、たとえばドブロなどの形状
の説明に迷っていたら、電車のホームの「お弁
当売り」のように弾きますとササベさんがいう
と、「そうです!」とえらく感謝していた。ラ
ジオはテレビと違って目に映らないから、形に
なると説明に困るらしいのだ。

トータル時間は予定した時間よりも多くなって、
一時間半もやったのではなかったか。そのあた
りは現場合わせだったのかも知れないが、それ
ほどホットな番組になっていた。中でもルーシ
ーさんの今にも踊りだしそうな乗りに加えて、
ササベさんの冷静そうだけどいつの間にか饒舌
になって語っている意外さがよかった。それこ
そナマ演奏の出来も十分なまとまりだった。迫
力もばっちり伝わって来た。久々に味わうブル
ーグラスのナマ放送に、少しどきどきして聴い
たのでした。次はいつなのだろうか。











NHKFMラジオ「カントリー三昧」のブルーグラス開始時間が早まったゾのリルコミだあ

連日のもやが小平市上空を覆って、
陽射しもボーッとぼやけてしまって
目先の空気もすっきりしない感じです。
暖冬を通り越して春のような小平から
こんにちは。

きょうは先日アナウンスしました
笹部益夫さんがNHKFMラジオ出演の
ことですが、本日笹部さんよりブルーグ
ラス・タイムの始まり時間が少し早くな
りましたとメールが届きました。

2月12日(月・休)

NHKFMラジオ

今日は一日カントリー三昧

午後1時スタート~夜中の1時まで
ニュースを除く時間ぶっ通し。

ブルーグラス・タイムは
午後5時15分~6時15分。

ここに我らが笹部さんが登場します。

その他ゲストはチャーリー永谷、
小野リサ他。

以上時間の変更がありました。

私は仕事をするときはTBSラジオを聞
いています。妻の影響ですが、朝の大沢
悠里の「悠悠ワイド」から、午後の「ス
トリーム」まで聞きながら仕事してます。
聞きながらというと器用にしてると思わ
れるかも知れませんが、本当はただラジ
オがかかってるだけで、私の耳は聞いて
いません。こういうのは仕事や生活のリ
ズムのようなものだと考えています。

反対に生活のリズムを壊されているのが
NHKFMラジオの「ウイークエンド・
サンシャイン」です。こちらは番組のス
タートが毎週土曜日午前7時15分と早
いので、たまに熟睡を邪魔されて大いに
腹がたつことがあります。小平市はFM
電波が届きにくいところですが、そのう
え我家は団地なので骨組みに鉄筋を使っ
ているせいかFM電波が貧弱で、我家の
ベストポジションは私の寝ている部屋の
窓の下だと言うのです。そんなアホなと
言ってもあとの祭りで、そのため土曜日
の朝になるとごそごそと動き回り、窓を
開けられたり、ついでに足を踏んづけら
れたりして、否応もなく目を覚まさせら
れてしまうのです。

しかし、例えばブレイン・スプラウスの
フィドルチューンが流れたりしてくれる
と機嫌も直るのですが、ディスク・ジョ
ッキーを勤めるピーター・バラカンの趣
味が強く反影している番組なので、かな
りブラック系の音楽がかかっていること
が多いのです。朝からアフリカンの強力
な体力にまかせて渦を巻いてるようなビ
ート・ミュージックがガンガン流れるの
を聞くと、もう一日中ダメな気分になり
そうで嫌になります。こういう類いの音
楽は朝はいけませんね。

しかし、ピーター・バラカンはブルーグ
ラスやドーグをよく知っている評論家で
す。私のお師匠さんの島田耕氏や、カツ
鈴木氏を除くとオープンな評論家として
は稀な存在といえます。これまでピータ
ー氏の番組の中でのトークを聞くと、本
人はスライド・ギター・ファンだという
ことを隠していないようです。だから、
ジェリー・ダグラスを紹介するときなど
は、言葉に力が入ります。ドブロは少し
形体が違っているところを「これでもか」
というくらい細かく説明するから、聞い
ているこっちも「あ、そうだった」と思
わず納得するのです。去年だったか、ア
リソン・クラウス&ユニオン・ステーシ
ョンの新譜を紹介したとき、その多くの
時間がジェリーについて語っておりまし
た。

ジェリー・ダグラスは只今、ポール・サ
イモンのバンドでツアーしているそうで
すが、そのため敬愛するアンクル・ジョ
ッシュの葬儀には参加できなかったそう
です。もっとも、葬儀の前にはロスから
ナッシュビル(?)に飛んできて、ジョ
ッシュの御遺体にお別れを告げたそうで
す。「私はブルーグラス・ミュージシャ
ンだ」とどこへ行っても明言するジェリ
ーが、いまナッシュビルでも指折りの売
れっ子ミュージシャンに成長しましたが、
こういうジェリーをピーター・バラカン
氏は次にどんな切り口で紹介してくれる
のか注目したい。そうそう、妻は毎土曜
日はテレコで番組を録音しているので、
そのため家中のベストポジションを探し
ているのでした。









きょうも赤ベエの「SAM」時代のCDを紹介しちゃうのだのリルコミだあ

あたたかい一日でしたが
ずっともやがかかってて、
夕日も相当ぼやけていました。
庭に自生している水仙が咲き、
殺風景な冬景色の中に
可憐な黄色い花がひと掴み映えて
なかなかよい眺めです。
いち早く咲いて
目立つことも大事ですね。
こんばんは。

きょうは現場がなくひと休み。
久しぶりにブルーグラスのCDを
聞こうかなとあれこれ探していたら、
偶然に初ソロを出したばかりの
昔の赤ベエのアルバムを見つけた。
「ロンサム・フィーリング/SAM」
というもので、故坂庭省吾を中心に
集った4人編成のバンドだから、
いまから十五年も前のアルバムだった。
なんとも懐かしい。
実をいうとベースマン以外は、
全員が私とお友だちだったと
いうのもすごい。
ジャケ写を見ると赤ベエが
最も目立ってて、赤シャツに
マーティンD28が決まってた。
故人となった坂庭さんはいつもの
ブルージーンズの上下で、
愛器F5を軽く持っている。
少し下向きかげんのシャイな
性格は、この写真にも出ている。
こんな元気な写真を見てると
亡くなったとはとても思えない。
JDクロウ大好き人間の
進藤くんはドブロを持ってる。
このころはドブロをよく弾いた。
いまはどうしているのだろうか。



中身はこれも懐かしくて、
坂庭さんのリードボーカルがまた
丁寧にきっちり歌ってて、
神経質な性格が現れている。
特にタイトルのロンサム・
フィーリングの気合が入った
ハイトーンなんかは独壇場って
感じで強力に引き込まれる。
原曲「LONESOME FEELING」に
乗せた自分の詩もよく響く。
彼のマンドリンもギターも
あたりまえだけどテクニックは
本当に素晴らしい。
いまさらだけど惜しい人を失った。
我家に近い一橋学園駅そばの
居酒屋で飲んだことが
昨日のことのように思い出す。

赤ベエは「ディキシーにバラの
咲く頃」と「君の手は唄っている」
の二曲を歌っている。
前者は原曲が「WHEN THE ROSES
BLOOM IN DEXIELAND」を
自分で詩をつけてブルーグラス・
アレンジにしている。
曲の持つ南部のゆったり感よりも
赤ベエ自身の特質を出していて、
それは成功している。
「君の手は唄っている」
も原曲は「MUSIC IN YOUR HANDS」。
これに奥さんの由紀ちゃんが
詩を書いている。

そう、このアルバムは全曲この
スタイルで作られている。
「心の旅」とタイトルされた
故坂庭省吾さんの歌がよかった。
元々この原曲「I CAN'T HELP
BUT WONDER WHERE I'M BOUND」
が好きなので、よくぞ日本語で
歌ってくれたと感謝したい。
進藤くんのドブロが効いている。
バンジョーよりもはっきりした
フレーズが、太くていい音を
引き出していた。
彼はメンバー中いちばん歳が若い。
それでもドブロの音を聞くと、
ブルーグラスを最も感じる。
さて、このSAMは現在も
活動している。
メンバーは赤ベエとベースマンの
マツさんの二人だけだが、
一年のうちに何回かツアーに
出かけているのだろうか。
このCDを買った当時の頃は
正直にいってあんまり聞かなかった。
他の音楽が私の中に溜ってて、
それが邪魔して聞く余地が
残っていなかったのだろうか。
いまこうして聞くと、
何と上手なバンドだったのかと
驚いてしまった。
しかも、ブルーグラスに
とても近い音楽になってる。
あたりまえだよね、メンバーが
三人もブルーグラス人だから。

リルコミを書き始めてから
数本の電話が掛かって来たので
中断を繰返した。
その度に書いていたことを
すっかり忘れてしまう。
若い頃だったらこんなことには
ならないだろうと思うけど、
きょうはどこかへ電話から
逃げたい気持だった。
本当はSAMのCD紹介じゃなくて、
故坂庭省吾のことをメインに
書こうと筋道を立てていた。
しかし何故か故人に差し掛かると
電話が掛かるのだ。
それを繰返してるうちに
書き始めてから三時間も立って、
最後には筋道さえも忘れてしまった。
電話恐るべしというか、
年齢的な記憶の衰えなのか。
それとも資料不足のせいかな。
いつもとは違う体験だった。


























赤ベエの初ソロアルバムは昨年末に発売されたのリルコミだあ

連日のぽかぽか陽気で早咲の梅が
どんどん咲き始めて、春を実感させて
くれます。小平あたりは花を咲かせる
木が多いせいか、これからの季節が
一年中で最も華やかになります。
その先陣を切るのが紅白の梅なので、
いよいよという気持になりました。
こんばんは。

お散歩で西武多摩湖線萩山駅の裏道を
歩いていると、自転車を盗まれたと大
きな声を出しているおばちゃんに出会
いました。そばには茶のゴールデン・
レットリバー犬がリードで繋がれてい
ましたが、大きい声にあきれたように
横を向いてときどきおばちゃんを盗み
見るようにしていました。やがておば
ちゃんは交番へ行ったのか、私が戻っ
て来たときにはおばちゃんの姿は消え
ていなくなってましたが犬はまだ繋が
れたままでした。そこでこの犬はあの
おばちゃんが飼い主なんだろうと思っ
て頭をなでると、お返しに私の手をペ
ロっと舐めてくれました。

ムーンシャイナー2月号で笹部益夫さ
んが、地元の神奈川新聞の元旦号に大
きく取り上げられたと報じておりまし
た。その扱いは一面トップに写真と中
には特集記事とJBBで歌ってる大き
い写真がレイアウトされて、それは真
のスターを紹介しているようだったと
書いてありました。その只今絶好調の
笹部さんからメールが届き、今度はN
HKFMラジオに出演するとのこと。
下記はそのメールの全文です。

2月12日(月・休)NHKラジオで
13:00~25:00の12時間を
ぶっ通しでカントリーを流します。
(ニュースの時間を除く)
その中で夕方5:40~6:40の一
時間はブルーグラスを聞こうと題しま
して、ぼくが担当します。構成・選曲
・解説ですが、ちょこっと演奏も流れ
ます。よかったら聞いてください。
http://www.nhk.or.jp/zanmai/next.html
笹部

NHKFMラジオからカントリー&ブ
ルーグラスが流れるなんてめったにあ
りません。たまに毎土曜日のピーター
・バラカン「ウィークエンド・サンシ
ャイン」からブルーグラスが流れだけ
でしたので、こんな12時間もの番組
はいったいどうなるんだろうか。出演
する笹部さんの番組構成などは彼のこ
れまでになかった新しい一面が出るか
も知れません。期待しましょう。

ムーンシャイナー2月号は赤木一孝さ
ん通称「赤ベエ」の特集もしている。
何と書きては奥さんの佐々木由紀ちゃ
ん。赤ベエが初めてのソロアルバムを
昨年末に発売したので、そのプロモー
ションの意味も考えた特集なのだろう
か。しかし、肝心のアルバム紹介はジ
ャケ写以外はなくて、専ら郷里の鹿児
島時代、そして大学ブルーグラス時代、
渡米やじきた時代、プロになりたて時
代など赤ベエ・ストーリーが展開され
ている。おそらく書きてによるのだろ
うが、抱腹絶倒的におもしろく書かれ
ていてあきない。こんなに読ませてく
れる記事もめったにありません。
人間赤ベエは、まぎれもない筋金入り
のブルーグラス・ジャンキーらしく、
そのジャンキーぶりがあからさまに紹
介されている。こんな赤ベエが作った
初ソロ・アルバムは、実はブルーグラ
スは一切入れなかったと、去年の夏に
秘かに教えてくれたが、頭から足の先
まで百%ブルーグラス人間が果たして
どんなアルバムを完成させたのだろう
か、本当に興味がつきませんね。

本来はブルーグラスをやってメシが食
えればいいなと、誰もが考えることだ
けど実際は、たとえば赤ベエの場合は
「ほぼ不可能だ」と記事の中で断定さ
れていたくらい困難なことらしい。
かくいう私も73年から十年近くブル
ーグラスでメシを食ったことがあった
が、やっぱり食えるものではなかった。
私の場合は演奏でメシを食うのじゃな
くて、雑誌でその夢を見させてもらっ
た。だから、記事中に出て来た「生活
は悲惨だった」のくだりでは思わず両
肩に力が入った。要は収入金が少ない
ため切り詰めた生活、つまり貧乏に耐
えられないからだった。赤ベエはキャ
ベツを拾ったり、パンの耳を油で揚げ
たりしながら貧乏に耐えたらしいから
立派なものだ。

ブルーグラスを滅茶苦茶うまくやれて
も食えなかったとグリスマンがいった
ことがあったけど、彼の場合も食えな
かった一人に入ると思う。いまのよう
にデル・マッカーリー・バンドがワン
ステージ1万ドル近くもギャラを取れ
る時代だったら話しが違って来るだろ
うが、そうだとしたら逆にドーグミュ
ージックは生まれなかったかも知れな
いし難しいよね。グリスマンはドーグ
のツアー中でも、気の合う相手を見つ
けるとブルーグラスの古典をやりまく
ってしまうらしい。彼は私にも会う度
に「ブルーグラスをやってるか」と強
く言って来る。たとえばバンジョー弾
いたりしてるときの顔はまさにオタク
そのもの。他人の目を完全に忘れて没
頭できるワザもこれもすごいことだ。













新規開店ジョイフル・ホンダはバカデカのホームセンターだったのリルコミだあ

練馬区関町がきょうの現場だった。
小平から、都心に向かって車で順調に
30分走ると練馬区の境界の関町着。
ここにアパートニ棟を持っているのは
小平の学園東町でおばちゃん向けの
ブティックを経営しているオヤジだが、
この人は65才を過ぎてもらった若い
ニ度目の奥さんに精を出し過ぎている
のか、本業のアパートの管理がなって
いない。敷地には紙屑空き缶はおろか
テレビやアンプ類も捨てられて、ここ
がアパートかと目もあてられない。景
観も室料の一部だろうと考えるが、当
人はいたって気にしてないというから、
二度驚いた。ここへは去年の夏以来だ
から、驚くべき変わりようだなあと同
行のクロス屋さんにいうと、「夏場は
雑草が高く生えているから空き缶など
は目立たないんだ」と。どうやら以前
から管理は乱れているらしい。若いお
嫁さんをゲットしても本業をおろそか
にしては如何か。といってもお金持ち
だからね。要は大事なお客さんだ。工
事が終わったら思いきりヨイショしよ
う。こんばんは。

その現場を私だけ午後一時に切上げて、
妻と本日開店の「ジョイフル・ホンダ」
へ覗きに行った。場所は新青梅街道を
青梅方向に真すぐに下って、久米川~
東大和警察署を過ぎて武蔵村山市に入
って間もなく「ジョイフル・ホンダ左
折」の看板があった。途中、のろのろ
に飽きてきた頃「この渋滞はもしかし
て」という妻の予想がぴったし当って、
左側渋滞のろのろ車はぞろぞろと全部
左折して行くではないか!
4000台の大駐車場という触込みも
はかなく、着いてみるとほぼ満車状態
だった。恐るべきおヒマな人々の洪水
状態。はははは、笑っちゃうねえ。世
の中どうかしてるよと駐車を済ませて、
いざ中へ。

「でかい!」
「な、何だこれは」
「売場は100メーター以上はあるぞ」
「おお、動く歩道が斜めに下がってる」
「カートをそのまま押してる」
「生鮮売場もある」
「加藤さんは幸せね」

ドイトよりも少しだけ大きなホームセ
ンターだろうと想定して来たが、とんで
もなかった。先ごろ開店した三越とジャ
スコがくっついてる「ダイアモンドシテ
ィ」に匹敵するバカデカホームセンター
だった。同じ武蔵村山市で、おそらく両
者は直線で1キロくらいの距離だろうか
ら、ご近所は大喜びだろうか。友人の加
藤さんは、とりわけ奥さんはお留守が多
くなるだろうから、何だか知らないけれ
ど大変なことになった。
それにしてもこのデカさはむずむずして
来る。初めて海を見た感動だゾと茫然と
立っていると、お客さんのカートにぶつ
かった。この巨大な屋根の下の売場には
お客さんが溢れていた。どの目も私と同
じ点になって働きアリのように動いてい
た。

お恥ずかしいことに、私はこんなに大き
なホームセンターなんて見たことがなか
った。去年の11月、大分県の国東半島
の手前の海岸まで「はまぐり」を獲りに
行ったとき、砂にもぐってるはまぐりを
かき出す道具を買いに寄ったホームセン
ターも大きかったが、このジョイフル・
ホンダはその二倍近い強烈な存在感だ。
しかし、このときホストしてくれたエル
ビス吉川さんによれば、私が「これがホ
ームセンターかよ。東京のドイトなんて
子どもだね」と感心してると、「こんな
もんは小さか。これの倍ぐらいのはある」
といっていた。それがこれなのかも。
もしかしたら、ジョイフル・ホンダなん
て恐れを知らないネーミングを付けてい
るから、あるいは九州からやって来たの
かも知れない。
というわけで見学は大成功だったが、お
買物はパロマのガスコンロとDVDR、
電池だけというセーブザマネーぶりで、
再挑戦の余地を残したものだった。













ムーンシャイナー2月号はアンクル・ジョッシュの追悼記事が載っててファン必見なのだのリルコミだあ

きょうは春だった。冬の中の春ということも
あるだろうが、小平はまったくの春だった。
TBSラジオによれば午前の段階で16度と
放送していたから、午後にはもっと気温が上
がったと思う。これまで暖かいといっても頼
りなかった日ざしが、きょうは結構な強さを
感じられたから、仕事しててうれしくなった。
だけど地球の温暖化は非常に困るんだけどね。
こんばんは。

お知らせがあります。
故人となられた「柳沢光昭追悼ライブ」の
日程が3月11日(日)に決定しました。

場所 「HUB浅草店」03-3847-8896
   台東区浅草1ー12ー2
時間 12:00~17:00
料金 6500円

当日は楽器で溢れると予想して、あらかじめ
ギター、バンジョー、ベースは用意するそう
です。尚、ギターは故人が使っていたD28
だというので、このあたりは主催者のご配慮
を感じます。私の個人的な希望は千葉大の歴
代のスモーキーたちが登場してほしい。それ
ぞれに忙しい身体だとは思いますが、この際
だから是非一曲歌って、故人に贈ってほしい。
また、参加ご希望の方はあらかじめ前もって
下記までにご通知をお願いします。

参加ご希望の方こちらまで

ムーンシャイナー誌2月号が届きました。
表紙は黄金時代のフラット&スクラッグス&
フォギー・マウンテン・ボーイズ。どこから
出して来たのかこれまで見たことのないリラ
ックスしたメンバーの笑顔が写っている。そ
して古い家具調のテレビをデザインしたアン
クル・ジョッシュのソロアルバムが小さくレ
イアウトされていた。そう、この表紙はアン
クル・ジョッシュ・グレイブスの追悼記事を
表しているのだ。全国のF&Sファンにとっ
ては忘れることが出来ないミスタードブロマ
ン、アンクル・ジョッシュが亡くなったのが
去年の9月30日。78才だった。

その三日後の10月3日に盛大な葬儀がナッ
シュビルで行なわれたことが詳しくレポート
されている。この記事はアンクル・ジョッシ
ュの晩年、ケニー・ベイカーと共にツアーを
したとき、一人の日本人ミュージシャンがサ
ポートした。その名前は渡辺英之さん。バン
ジョー弾きだ。彼がジョッシュの棺を持つ役
目を終わってムーンシャイナーへ特別に書い
たものだ。記事の内容については実際に葬儀
に参加した者でなければ書くことが出来ない
生々しさであふれている。レスターとスクラ
ッグスの関係を絡めて有名ソングの裏話しも
読める。中でも、ジョッシュを神と仰ぎ師と
慕っていたジェリー・ダグラスのコメントは
よかった。「ジョッシュこそドブロだ」と。

彼は日本食レストランで働きながら大学で勉
学に励むかたわら、ブルーグラスの勉強も積
んでジョッシュやケニーなどの伝説のプレイ
ヤーのバンドメンバーに抜てきされた。現在
は卒業しているのかも知れないが、ただバン
ジョーが異常にうまいだけでは認められない
世界だろうから、心技ともに通用するだけの
ものを掴んだのだろう。ジョッシュの葬儀に
参加するだけではなく、かなり近い存在とし
て認められて棺をも持った。そんな立場でア
メリカの音楽葬を見つめてくれた。新しいレ
ポーターの誕生なのか。

葬儀の最後にマーティ・スチュワートのマン
ドリンとリッキー・スキャッグスのギターで
ジョッシュ作のドブロの名曲「フラット・ロ
ンサム」が演奏されたそうだ。マーティのマ
ンドリン・プレイにまぎれもなくジョッシュ
を感じたというくだりには、読んでて涙が流
れた。誰よりもジョッシュを大事にしていた
マーティの気持を思うと、ぐっと来た。
渡辺英之さん。素晴らしいレポーターだ。お
っと今後、注目すべきバンジョーマンでもあ
った。ムーンシャイナー、面白かったよ。






プレイボーイ2月号ディキシー・チックス・インタビューを読んで分かったのリルコミだあ

お散歩に出るとやわらかな夕日に照らされて
白い梅が咲いておりました。写真におさめて
いたら猫が足元で「ニャー」というので見る
と、首に鈴を下げた子猫でした。きょうは朝
方冷えましたがあとはあたたかく、子猫もご
あいさつするくらいなのんびりした小平から
こんばんは。







スーパー・ボウル「コルツ対ベアーズ」はコ
ルツが勝ちました。フット・ボウルはあまり
見たことがありませんが、このスーパー・ボ
ウルは世界一のイベントだというので注目は
いつもしています。しかし、スタートが午前
8時すぎなので当然、仕事でテレビ見ること
が見ることが出来ません。これから再放送の
分を録画して見ようかなと決めていますが、
果たして飽きないで最後まで見ていられるか
わかりません。華やかな部分だけ見ることに
なりそうな予感です。

きのう日曜日の夜はフジテレビで放送したス
コットランドのプレミアリーグ・サッカー
「セルティック対インヴァネス」をちょこっ
と見てしまった。私は録画してたのにサッカ
ー小僧が見てたのでそれに付合ったのでした。
しかし、一晩明けてさっきお散歩から戻って
夕刊を見ると「中村2得点に絡む」とあった。
テレビの方は今朝、サッカー小僧に聞くと辛
くも2ー1で勝ったよと言ってたから、新聞
とテレビでは違うのかと思ってよく読むと、
新聞は4日の対リビングストン戦を伝えてい
ることがわかった。結果は4ー1でセルティ
ックの勝ち。中村俊輔のスルーパスが冴えに
冴えたと書いてあった。ではフジテレビの方
は何だったのか。てっきり生放送かと思った
がそうではないらしい。変な感じ。

我らがホームタウンのサッカーチームはFC
東京ですが、そこに今年新規入団した新人が
小平市役所にご挨拶に現れたので、いよいよ
来たかと気持が引き締りました。一人は吉本
くんといってこちらは我家のサッカー小僧と
同じ小平一中の一年先輩。ごく身近な存在で
かなりあこがれている様子でしたが、クラブ
チーム(FC東京)に行きっぱなしだったの
で直接プレーすることはかなわなかったみた
いでしたが、同じ中学校からJリーガーが出
たことは親の私も興奮します。もちろん顔も
よく知ってるから、今年のJリーグは楽しみ
が増えました。

ところが小平出身がもう一人入団したのです。
森村くんといってこちらは小平ニ中で、吉本
くんとは同じ歳の18才。このコのことはよ
く知りませんが、ニ中も我家からは車で三分
くらいの近さという関係なので、「えっ、二
人も入ったの?」とびっくり仰天しました。
Jリーガーなんてなりたくてなれるものでは
ありません。小学校~中学校を通して速くて
上手い選手で注目されても、ケガがあったり、
あるいはモチベーションをなくしたりして、
なかなかまともには育たないのです。
しかもJリーガーとなれば全国的なピカイチ
が競う場所なので、その年によっては東京で
一人も入団出来ないときも普通にあるのです。
それなのに二人のJリーガーが誕生して、そ
の二人とも小平市とは驚きました。是非、大
活躍を期待してやみませんが、今年は府中の
味の素スタジアム通いが多くなりますね。

月刊プレイボーイ誌2月号を買い逃したと書
いたら、すぐにコメントをいただきました。
「主人が買って丸めて持って帰った」と大阪
のヨーコさんは教えてくれて、すぐにメール
で欲しかったディキシー・チックスのインタ
ビューページを送ってくれました。「本屋さ
んで探してもらおうと思ってたの」と妻が大
喜び。便利な世の中になったのね、知らなか
ったワとネットの発達ぶりに驚いていたが、
実は私もそのようなことが出来るなんて知ら
なかった。東京の入来さんもこの号は当然買
ったといってコメントをいただきました。

ディキシー・チックスは去年、「TAKING THE
LONG WAY」を発売して、またたく間にミリオ
ンセラーを記録して相変わらずの人気ぶりを
証明してくれたが、それまでのおよそニ年間
はまったく活動してなくて、その状況は雲の
中に入ったように何も見えて来なかった。
もちろんこの新しいアルバムを聞いて「変わ
ってないらしい」ことは分かってはいたけど、
しかし彼女たちの実際の様子が分かるはずも
なく、いったいあのことはどうなったのだろ
うという興味が深まるばかりだった。あのこ
とというのは03年のツアー中、イギリスの
クラブでリードボーカルのナタリーが言った
「私たち、アメリカの大統領がテキサス出身
だっていうのが恥ずかしくて」であった。

ディキシー・チックスも全員がテキサス出身
者だったが、時はまさにイラクと戦争を始め
たときの大統領批判だったので、この発言は
問題となって行き大ニュースに仕立て上げら
れたのだった。この発言までの彼女たちの存
在は一枚目の「ワイド・オープン・スペーシ
ズ」1000万枚、二枚目の「フライ」が
1000万枚がすでに売れていた女性バンド
で、発言したときはほとんどブルーグラス・
アルバムといっていい「ホーム」のプロモー
ションツアー中だった。結果的には600万
枚とセールスはいくらか落ちたが、カントリ
ーのバンドとしては空前のスケールで売れた
女性バンドだった。蛇足ながら、もしもツア
ー中に発言されなかったとしたら、シングル
カットされた「トラベリン・ソルジャー」は
ものすごいヒットシングルになって、アルバ
ム「ホーム」の売上も間違いなく1000万
枚を越えていただろうと思っている。

さてインタビューだ。7ページの本文のほと
んどが発言についてのインタビューで占めら
れているが、ドキュメント・フィルム「黙っ
て歌え」を製作したとか、ツアーのタイトル
が「不慮の事故と告発」だとか、そのツアー
には三人のベビーシッターを同行させて彼女
たちの合計7人の子どもの世話をしてもらっ
てるとか、彼女たちの元気ぶりを伝えてもい
る。そうこのインタビュー、生の声を読むと
発言前と発言後はアルバムの売上で明らかに
落ちて、そのうえ「あの雌犬どもを黙らせろ」
などと書き込まれたりして普段の生活に恐怖
を感じるようになったと答えている。ちなみ
にその新アルバム「テイキング・ザ・ロング
・ウエイ」は現在までに200万枚の売上で、
これまでのファン以外にじわじわと浸透して
の数字だそうだ。コンサートでも半分は新し
いファンだとか。

そう、このプレーボーイ・インタビューで最
も鮮やかな言葉は、カントリーミュージック
協会の授賞式でヴィンス・ギルが「彼女たち
には言いたいことを言う権利がある」という
と、非難ごうごうだったという。ヴィンスが
彼女たちをかばったことに拍手を送りたい。
カントリー・ミュージックは100%右では
なかったのだとガッツポーズしたい気分だが、
逆にかばったヴィンスの立場が危なくなると
したら、恐いよね。






















築地エニー・オールド・タイムの思い出と寿司店の午後のリルコミだあ

冬晴れの実にいい天気の小平から
こんばんは。

きのうよりも気温は下がったものの、
やはりいつもの年よりもあったかい
冬です。きょうはこれからお線香を
あげに行かなければならず、現場を
早上がりしました。お昼は自宅でう
どんライスで済ませ、一息つく間も
なくメールを見て返事を書き終えて、
いまはリルコミを書いている。昼間
の酒はよく効いて酔っぱらうのとは
反対に、昼間のリルコミは何となく
気分が乗らない。ものを書くのに昼
慣れしてないからだろうか。
長男がきょうは会社がお休みで闘い
のゲームをしている。私は麻雀ゲー
ムしかやったことがないので、いっ
たい何がおもしろくてガシャガシャ
やってるのか、意味わかんねえ。そ
ういえば先日、「無遅刻無欠勤早退
無しで金一封と昼飯をごちそうにな
った」と長男が教えてくれた。就職
して一年も経たないのに金一封なん
てさい先がいいなと応えた。やると
きはやるのだけど、このガシャガシ
ャだけはいただけないなあ。

近ごろ築地の場外に人が増えている
というので先日、北九州から上京し
たエルビス吉川と二人で、銀座の三
井アーバンホテルから築地へ行った。
地下鉄日比谷線築地駅で降りて表に
出ると、昔なつかしい景色があった。
かつてここには「エニー・オールド
・タイム」があった。マスターがカ
ツ鈴木さんで、ジューンアップル時
代は本当にここでよく遊んだ。ボビ
ー黒川さんや浦上弟たちと新聞記者
相手にライブをしたこともある。
そのライブが縁でお相撲さんやプロ
レスラー、プロ野球選手と知り合っ
た。エルビスも若かったころここで
ビル・キースと一緒にコーヒーを飲
んでいる。ピーター・ローワンも来
た。トニー・ライスもJDクロウも
グリスマン、サム・ブッシュもたく
さん連れて行って遊んだ。いまから
思うとまるで夢を見てるようだ。
学生のシバケンさんもブルーベル・
マンドリンを持ってたむろしていた。
私などはマスターで懲りていたのに
「アイスホッケー狂会」の会長とい
う人にアイスホッケーの楽しさを説
教されて、参ったことがあった。

しかしいまはエニー・オールド・タ
イムは築地に無い。五六年前に店を
閉めてマスターは茅ヶ崎に引越した。
頭の中がぐるぐると走馬灯のように
思い出が回っている。しかしやがて
徒歩で晴海通りを横切ると、もう目
の前は築地市場の場外だった。土曜
日だったせいか人人でごったがえし
ていた。半ば茫然とした。こんなに
人が多いと目的の寿司やさんを探す
ことなんて無理なんじゃないか、と
思いながらもどんどん人を押し分け
て中へ中へ。しかし目ざした寿司や
さんは無く、変わりにぴかぴかの二
階建て寿司店がでんと構えていた。
江戸の粋な寿司やで昼飯を食べよう
という目的がこれでパーか、と半ば
やぶれかぶれで入ったこの外観はフ
ァミレスタイプの寿司店がピッタシ
カンカン当たりだったのだ。

「熱燗一本ね」カウンターに座る前
に、ジャンパーを脱ぎながら言った。
久しぶりの築地でこの人だかりだ。
この店もものすごい込みようだ。中
では板さんが忙しく手を動かせてに
ぎっている。「はーい」熱燗が来た。
正月以来の昼酒だが夕方までは醒め
るだろう。若い方の板さんが私たち
の方を向き「何を?」と言った。胸
に私の趣味は魚釣りと書いた名札が
貼ってある。エルビスは好きな青物
攻撃を始めた。まわりを見ると家族
連れが多く、ほとんどはカウンター
のお客さんでもコース¥3000を
食べていた。となりは中年のご夫婦
だったが、やはりコースを二つきち
んと食べてお酒は飲まないで帰った。
ご家族向けの寿司店となれば昼間か
らお酒は飲まないのかも知れない。

「ここのネタはうまい!」とエルビ
スはうなった。二合の熱燗をニ本も
飲んだせいではなくて、私もさっき
からちょぼちょぼつまんだら、なか
なかのするどさではないかと内心思
ってたところだった。大感動という
ものではないが、板さんのにぎり方
もさくっとして食べやすく、その上
飲んべえには絶妙のタイミングで出
してくれる。「もう一本飲もうか」
というとうなずきつつもいわしを食
べるエルビス。お品書きには関さば
もあった。私はまぐろよりも白身の
方が好きな変な寿司好きで、わずか
にまぐろは赤身だけは食べる。
その赤身を二貫頼んでエルビスにも
食べさせた。やっぱりここは大した
美味しさだ。赤身でこれだけの香り
があるまぐろはそうは出せないだろ
うとおもった。「さより!」とエル
ビス。板さんが上手なのかも知れな
いが、いつかもう一度来てみよう。
これからロッキーでリハーサルだ。
ゆっくりと築地の午後が流れていた。















レッドソックスの松坂投手赤ティーシャツで久しぶりの登場のリルコミだあ

暖冬のせいで日本各地で春の花が咲いた
とニュースで伝えていますが、小平はまだ
梅もこぶしも私の庭のさくらも咲きません。
しかし、きょうもあったかくて仕事が楽で
した。学園西町のごく平凡なおばあちゃん
が経営している二階建てのアパートの一部
屋が空いたので、細かな直しとクリーニン
グだったので早く終わりました。
こんばんは。

ここのおばあちゃんは、去年、にわか植木
職人となって庭の植木を必死こいて伐採し
ていたときの「おばあちゃん連鎖」とは違
って、旦那に先立たれたおばあちゃんが、
残されたアパートを女手で守っているとい
う連鎖なのです。こちらもなかなかに紹介
者が多くて、私は棚から落ちたぼた餅的お
喜びを感じておるのですが、きょうはよせ
ばいいのに親しみを込めて庭の水撒きをサ
ービスしたら、歩道を自転車こいで来たお
じいちゃんの頭に水がかかったらしく、え
らい剣幕で怒られてしまった。おじいちゃ
んはここぞとばかり怒り狂っていたが、水
に濡れた禿げ頭が夕日に照らされて、テレ
ビのさざえさんを見ているようだなあと、
不謹慎にもイメージしたのでした。
「これ、水道です」汚いものではありませ
んと平身抵頭であやまると、「気をつけろ」
とどなりをくれて西へ走り去ったのでした。

プロ野球のキャンプがきょうから南国の各
地で始まりました。話題は王監督のユニフ
ォーム姿に集中していましたが、テレビ映
像で見る限りは血色もよく、そして明るく、
ガンの大手術をした人には見えませんでし
た。少し痩せているところにその影響が残
っているように見えるようです。福岡ソフ
トバンク・ホークスは、いま何かと話題の
宮崎県でキャンプインでした。
どうしても気になるのは、去年まで近所に
いた松坂投手です。晴れてボストン・レッ
ドソックスの選手となってからしばらく、
どこでどうしてるんだろうと思ってたら、
きょうの夕刊にその近況が掲載されていた。
レッドソックスのチームカラーの赤いTシ
ャツを着てにこにこ顔の健康そうな松坂が
写っていた。自主トレは順調で肩もいい状
態だという。心配した食べ物も野菜や魚が
予想以上においしいので快適だと。
レッドソックスのキャンプインは2月18
日。準備を着実に進めているそうだが、い
まの自主トレをしている施設はナント、代
理人のスコット・ボラス氏が所有している
というから驚きです。オフィスで銭勘定し
てるだけの弁護士だと思ってたら、広いス
ポーツ施設を所有してるなんてやっぱりす
ごい人物だった。メリケンは広い!

今月の月刊プレイボーイを妻が買ってきた。
その3月号の表紙はノラ・ジョーンズだっ
たが、「女性ヴォーカルに酔う」とタイト
ルされた女性シンガーの特集がメインで、
巻頭にノラのインタビューが掲載されてい
た。三年ぶりの新作が発売されたからグッ
ドタイミングのプロモーション。しかし嫌
味はまったく感じないで読みすすめる。
「音楽は私の趣味」だからツアーが終わっ
たあとでも、ずっと歌ってる。仕事だとは
考えたことはないんだとサラリ。まるでモ
ンローやグリスマンみたいだなあと思った
けど、まあちょっと違うよね。
新アルバムのタイトルは「ノット・トゥ・
レイト」(東芝EMI)。

ノラの他にプレイボーイらしくボン!ボン!
のピチギャル・シンガーのビューティフル
写真が盛りだくさんに特集されているが、
シャキーラなんていうシンガーはかわい過
ぎて、こっちが固まってしまった。メリケ
ンのアイドルはどっかの国と違って、レベ
ルが滅茶苦茶に高い。
かつてのロック・シーンを彩った女神たち
の紹介も忘れない。評論家の大友博さんが
よだれを流して書き綴っていますが、中で
はやっぱりジョニ・ミッチェルのかわいか
ったこと。私なんかこんな若くて美しい彼
女を見たことがない。もっと若い頃に見た
かった写真でした。グラハム・ナッシュと
のロマンスは超有名。
中綴じには「女性ヴォーカル100人の
100名盤」があって、ブルース・フォー
ク&カントリー」編ではドリー・パートン、
エミルー・ハリス、ボニー・レイットなど
のアルバムが選ばれている。
プレイボーイ誌の音楽路線のついにやった
か女物ってところです。

ところが、妻はこの号を間違えて買ったと
残念そうだった。本当は2月号が欲しかっ
たのに間に合わなかったワ、といった。
プレイボーイ誌は先月号から音楽路線の特
集を始めていて、そこにはディキシー・チ
ックスが7ページもインタビューに応えて
いるのだそうだ。ここのところしばらく彼
女たちの生っぽい活動が見えていなかった
から、久しぶりにファンのまえに現れたの
だろうから、買いのがしたのは残念至極だ
ったのだろう。ディキシー・チックスは新
しいDVDを発売したらしいが、それと関
連したインタビューだろうから、それだっ
たらオレも見たかったな。
というわけで時ならぬプレイボーイ騒ぎに
なった我家でした。











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Rocking' Chair
/Tatsuo Kameno

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    Rocking' Chair
    収録曲
    1.Country blues
    2.Wall ofTime
    3.Banks of The Ohio
    4. Any Old Time
    5. Crazy
    6. I’m Coming Back But I Don’tKnow When
    7. I’ll See You in My Dreams
    8. Put Me On The Trail to Carolina
    9. No9 Train
    10. Warp your Troubles In Dreams
    11. Lullaby In Ragtime
    12. Rockin’ Chair
    12. When I’m Gone

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    141015_0001.jpg

    Take Me In Your Lifeboat
    /The Blueside of Lonesome


    1.How Mountain Girls Can Love
    2.Blue Ridge Cabin Home
    3.Kentucky Waltz
    4.Let Him Go On Mama
    5.It's Mighty Dark To Travel
    6.Take Me In Your Lifeboat
    7.My Oklahoma
    メンバー:
    Yoshie Sakamoto / Vocal
    Masuo Sasabe / Guitar, Vocal
    Yasuhisa Kato / Mandolin, Vocal
    Ryukichi Hayakawa / Banjo, Vocal
    Hiromu Teshima / Fiddle, Vocal
    Akihide Teshima / Bass

    制作:The Blueside ob Lonesome
    技術:Ryukichi Hayakawa, Hiromu Teshima
    デザイン&絵:Ashura Benimaru Itoh

    リルコミの紹介
    ----------
    130320IMG.jpg
    SOMEDAY/Yoshie Sakamoto
    1. My Shoes Keep Walking Back To You
    2. Someday
    3. Till A Tear Becomes A Rose
    4. Here Comes My Baby Back Again
    5. If My Heart Had Windows
    6. Blue Kentucky Girl
    7. I'll Take Care Of You
    8. You Take Me For Granted
    9. Under Your Spell Again
    10. In The Garden
    11. You Ain't Woman Enough
    12. We Must Have Been Out Of Our Mind(Duet with Takaaki Sakamoto)
    13. We'll Meet Again

    CDの購入はメールでこちらへMAIL
    1枚2,500円+送料

    坂本愛江の HP


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    IT'S A CRYING TIME


    Banjo-Eiichi Shimizu
    Guitar-SatoshiYamaguchi
    Mandolin-Kazuyoshi Ohnishi
    Bass-Akira Katsumi
    Fiddle-Morishige & Takada
    売価 ¥1980
    お問い合せ
    ビーオーエムサービス
    ●解説のリルコミ
    「IT'S A CRYING TIME」CDで復活!リルコミだあ

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    A New Peace Within / LEONA 111022.jpg

    1. A New Peace Within
    2. International Date Line
    3. Little Cabin Home on the Hill
    4. Endless Summer
    5. Close By
    6. Roly Poly
    7. Cherokee Shuffle
    8. Life's Inspiration
    9. Gypsy Spin
    10. Shade's of Blue
    11. Nobody's Love is Like Mine
    12. Soldier's Joy
    ●解説のリルコミ
    本日は臨時号です!リルコミだあ
    オフィシャルHP
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    「Hello, Old Friend」 cd_tq1.gif

    Tequila Circuit/Hello, Old Friend
    定価¥2,500
    ●CDのHP
    ●解説のリルコミ
    /テキーラ・サーキットのnew CDだよのリルコミで~す

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