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2008-02

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F1オーストラリアGPまであと14日!リルコミだあ

風は冷たくても寒くない春がやって来た感じがした
小平からこんばんは。

今年のF1開幕戦のオーストラリアGPまで、あと
14日となった。各チームが、発表した新車を調整
開発で大忙しだが、驚異の大物新人ハミルトンを抱
える「マクラーレン・チーム」は、チームの親分の
「行方」がマスコミから大注目されている。去年、
フェラーリ・チームから情報を盗んだとして起訴さ
れ、裁判所から有罪の判決が下って、罰金百数十億
円の支払命令が言い渡されたことは記憶に新しい。
いわゆるスパイ疑惑を裁判所から、「おまえはスパ
イ行為をした」と認定されたマクラーレンの親分、
ロン・デニス代表がどうやらチームから追放される
ようだ。F1の総責任者バーニー・エクレストンも
「スパイ騒動はロンにダメージを与えた」と認めて
いる。近代F1をずっとリードして、数えきれない
栄誉を勝ち取ってきたマクラーレン・チーム。その
チームを草創期からマネジメントしてきたロン・デ
ニスもクビとは驚きである。

シバケンさんには悪いがもうひとつF1ネタ。去年
のF1「日本グランプリ」を開催した富士スピード
ウエイが、運営上のミスで観戦出来なかったとして
訴えられることになった。日本グランプリは、長年
開催した「鈴鹿サーキット」から、トヨタが経営す
る富士スピードウエイに移った最初のグランプリが、
お客さんに訴えられるという珍しいケースになった。
当日観戦に行った観客の一部、約70人が、富士ス
ピードウエイを相手取り、チケット代の全額返還と
一人数万円の慰謝料を求めるそうだ。さて、この日
本GPは去年の9月28~30日の三日間に渡って
開かれ、延べ28万人が観戦したといわれた。しか
し、会場周辺が大渋滞してシャトルバスの運行に支
障をきたし、数万人ものお客さんが長時間立ち往生
してレースが見られなかった。他に、仮設スタンド
でもレースが見れない人が出た。いわゆる運営ミス
によるものだった。こういう事実を基に提訴する。
実際に去年の富士スピードウエイは、雨が降って霧
が出てレースそのものが中止になりそうだった。私
はテレビ観戦だったので、現場のこのような混乱は
まったく知らなかった。いつもの鈴鹿サーキットの
気分でテレビの前にいたから、運営ミスが起きて大
渋滞などが起きるとは想像もしてなかったのだ。今
後のためにも法廷でガンガンいうべきことをいって
ほしい。そして、トヨタからお金をがっぽり取って
くださることを祈る。

きょうはこれから仕事で出かける。残業はあまりし
たくはないが、作業工程の順番ではしかたがない。
本日、F1ネタを書いたのもブログ時間が少なかっ
たからで、いつもあまり考えないでさっさと書ける
F1ネタは、私のジョーカーのようである。私のF
1歴は今年で45年にもなる。きっかけは63年の
ホンダが、メキシコ・グランプリで初優勝したとき、
「AUTO SPORT」誌が一面トップに掲載し
たのを見て、何だか知らないけど熱くなって本屋で
震えていた。F1好きが決定的になったのは、65
年か66年のとき、ホンダの朝霞研究所のそばで友
だちと遊んでいたときにエンジンの、ただならない
咆哮を聞いて、大急ぎでその方角へ走って行った。
すると、5~6人の白いつなぎを着たエンジニアの
中に、白いボディに赤のストライプが入ったF1の
マシンがあった。ドライバーがエンジンをふかすと、
そのエンジン音が素晴らしかった。お腹に響いて、
どこかからパワーが沸き出して来るように感じた。
オイルの匂いもクセになった。それ以来だ。三度
のメシよりもF1が好きな時期は終わったようだ
が、夢は日本人ドライバーが勝つことだ。死ぬま
でに夢を見れるのか、ちょっと心配もしてる。

春近し水ぬるむゆずのふろ!リルコミだあ

やはりときおり強風が吹いた小平でしたが、
きょうの空はまさに満天の青空で空気もよく
清々しい一日だった。こんばんは。

西東京市が本日の現場だったが、この名前は
何回聞いても馴染まない。やはり「田無市」
がいちばんピッタリくるのだ。小平で数棟の
マンションを所有する地主に紹介されたアパ
ート。田無市の練馬区に近いところに広大な
畑があって、その中にポツンと一軒、二階建
ての古いアパートがあった。地主が親戚を紹
介してくれたのだが、ここも大地主。以前紹
介してもらった小金井市の親戚も地主で、そ
こは小金井市の長者番付で一番だった。こう
いうつながりって親戚に違いはないんだろう
けど、世の中いったいどうなってんだろうと、
広い畑の中でふと考えちゃったのだった。車
から道具をおろしていると、日焼け顔の腰の
曲がったおばあちゃんがやって来た。大地主
の奥様だった。「ごくろうさんだね。きょう
は少しらくだっぺ」たぶん、茨木弁だろうか。
田無弁なんてないから、奥様の出身地の言葉
だろうが、「奥様」なんて全然似合ってない。
「ますみは無口だから、やりにくいべ」と、
小平の地主の棟梁を子ども扱いにした。長年
の農作業で両手は節くれだって男の手のよう
にごつい。奥様はアパートの敷地にたわわに
なっていた「ゆず」をもいで、「よいしょ」
といって母屋に帰った。「おら、ゆず風呂が
好きだ。あははは」と豪快に笑うと、「ほれ
っ」といって私にも数個くれた。よし日曜日、
ゆず湯にしようかな。♪らんららん・・・。

ブルーグラス・ミュージシャンにとって冬の
いまはフェスもないので、熊と同様に冬眠状
態だが、近ごろは少しづつ遠征が目立ちはじ
めている。例えば明後日の「きたむらいずみ
バッキンタウン・ライブ」もそうだし、4月
19日の「うれしたのし」ロッキー・トップ
のライブも控えている。そういえば、きのう
と一昨日は「エルビス吉川一座」が、壱岐島
へ出かけている。遠征とかツアーは、お迎え
してくれる人たちがいてはじめて成立つお楽
しみだけど、例えば去年はデッドマン・ウオ
ーキングが「大分ブルーグラス・フェスティ
バル」へ行った。ずっと昔を思い出すと、私
たちは日本各地へよく出かけていた。もちろ
ん、ブルーグラス・バンドで演奏しに行った。
ある日は各地からお呼ばれして出かけ、また
ある日はこちらから売込んで出かけていた。
これは当時の学生たちも同様で、東京の大学
のクラブだったら大なり小なりバンドで地方
遠征に出かけていた。クラブ費の足しに、あ
るいは度胸をつけるためにと学生には恒例に
なっていたようだった。それら遠征が途切れ
て久しい。ジューン・アップルは活動をやめ
て、東京の大学にも現役のブルーグラスバン
ドがいなくなった。誰のせいでもないが、あ
れほどあった「遠征」や「巡業」、「ツアー」
がなくなってしばらくの時間が経った。この
時間を埋めることは出来ないが、これから少
しづつ、かつての情熱を思い出して東京から
出かけてみてはいかがと思っている。私も可
能な限り、東京以外のバンドを東京に呼んで
ライブをしていこうと考えている。つまり、
動くことによってブルーグラス・バンドに活
性化がはかられると思うのだ。若いときのよ
うにはいかないだろうが、そこは情熱を取り
戻してもらいたい。ちょっとでも生き生きと
したバンドをめざしましょう!














20年以上ぶりにロス疑惑が復活!リルコミだあ

連日の大風が吹く小平は晴れているのに冷たくて、
本当に春まだ遠く感じてしまいます。こんばんは。

世の中イージス艦が漁船とぶつかったり、はたま
た二十年以上も前の「ロス疑惑」事件が、ロス市
警によって疑惑犯三浦和義がサイパンで逮捕され
るなど、大きい事件が続いている。こうなるとど
ういうわけか、あの連日連夜、聞きたくもない親
族や同居人によるおぞましい殺りくがピタリと止
んでることが不思議だ。イージス艦については、
ただただ一刻も早く行方不明者を探してもらって、
今後ニ度とこんな恥ずかしい事故を繰返さないこ
とを望みたい。それにしてもだ、イージス艦の値
段が1,400億円もしたとは驚きだ。テレビ画
面に映ってたが、フロントに衝突時のペンキが付
着してるのか剥がれているのか、傷らしきものが
見えていたが、単体で1,400億円もするボデ
ィだから、あそこだけを直してもン千万円もする
のかと考えた。一時が万事そういうことになるだ
ろうから、貧乏性の私には自衛隊や国のことはよ
く分からないが、維持していくだけで途方もない
金額となることは理解出来る。敗戦国が戦勝国に
対して「ものがいえる」わけがないと思うが、こ
んな高価なものを戦勝国に押し付けられて、走ら
せるだけで事故っちゃう敗戦国だから、海上自衛
隊には似合わないよね。お飾りと思えるから、早
々に返品した方がいいと考えた。

さて、三浦和義が起こした「ロス疑惑」が急転直
下、アメリカ警察当局(ロス市警)がサイパンで
休養中の疑惑犯「三浦和義」を逮捕した。ところ
が、日本では最高裁判所の結審で三浦さんは「無
罪」を勝ち取っているから、日本ではありえない
ことだ。しかし、何でも、疑惑事件が起きたアメ
リカのカリフォルニア州では日本のように「時効」
がないのだという。これが三浦さんにとっては計
算外というか、無知だったというかすっかり安心
して、新しい女性と結婚して平塚に新居も構えて、
素敵な「第二の人生」をスタートさせていた。い
つだったか、生来の目立ちがりやの三浦さんはコ
ンビニで「万引き」を決行して、「オレはミウラ
だ。忘れんなテメーラ!」といったかどうかは別
にして、久々に目立った事件を思い出したが。ロ
ス市警は「新証拠」をつかんだのか、とマスコミ
は連日大騒ぎだが、事情通がいうには「アメリカ
社会では奥さんを殺したり、殴ったりすると、通
常よりも罪が重くなる。もうひとつ、保険金狙い
で殺人を犯した人も通常より罪が重くなる」とい
っていた。そうだとすると、三浦さんは疑惑その
ものが妻殺しと妻殴打、そして保険金狙いと、す
べてがアメリカ社会を敵にしていることになる。

今後、サイパンからアメリカ本土に移送されて、
しばらくして裁判となるだろう。しかもこのとき
の陪審員は、一般社会から選ばれた市民だ。つま
るところアメリカ社会が陪審員なのだ。三浦さん
にとってこれからが本番というか、刻々と恐怖が
近寄って来るのだ。恐いねえ。私は当時もいまも
三浦が犯人に間違いないと考えている一人だが、
思いもかけないロス市警の執念に拍手したい。と
ころで、JリーグのFC東京のフォワード、平山
選手はオリンピック代表にも選ばれているが、合
宿地から戻るとスポーツ新聞の一面トップに「三
浦和義逮捕」の文字を見て、「あのキング・カズ
さんが・・・」と絶句したという。あとになって
同名異人だということを教えられたらしいが、平
山選手本人にしてみれば、ロス疑惑事件を知らな
い世代だから、とんだハプニングであった。我家
の長男が、「平山だったら、あかしあ通りの○×
交差点のマンションにいるよ。そばのラーメン屋
でよく会うよ」とサッカー小僧に教えていた。F
C東京は小平が本拠地になっている。







今週末3月1日(土)バッキンタウンきたむらいずみ東京初登場!リルコミだあ

きょうも風は強かったが暖かかった小平から
こんばんは。

例年春先は強風が吹くことは知ってても、い
ざ吹かれるとたまりません。きょうは学園東
町の借家に独りで住むおばあちゃんの不要に
なった物を片付けていたら、外に出した物が
強風に吹き飛ばされて、それを拾い集めるの
がまた大変な労力だった。風の日は中止にし
ないといけないと改めて思い知らされた。こ
のおばあちゃんは93才。去年の12月に家
の中で倒れて、「救急隊員」が家からおばあ
ちゃんを運び出すのに困難を極めたという。
使わない物や生活ゴミが家の中に溢れて、部
屋も廊下も塞がって通れず、ゴミや物を踏み
固めてようやく搬出したというから驚きであ
る。この「騒動」が不動産屋の耳に入って、
すぐさま保証人に連絡が行き、先日ようやく
保証人の甥夫婦が登場して大まかに片付けた。

しかし、積年に蓄積した生活不要物は想像を
超えていた。限界を感じた甥夫婦が不動産屋
に片付けを依頼した。そこで鉾先が私に向け
られて、お世話になっている関係から大掃除
を引受けたのだった。ところが、問題はおば
あちゃんが病院から戻っていることだった。
私と妻が現場の借家に着くと、甥夫婦が外に
出したゴミ袋にしがみついた白髪おばあちゃ
んが、何やら呪文のように口をもぐもぐさせ
て、両手を動かしていた。「これは要るんだ
よー」といって玄関の中に運んだ。腰が曲っ
て幽霊のような形のおばあちゃんだが、どう
やら頭はしっかりしていて、都合の悪いこと
になると耳が聞こえないふりをした。「それ
は必要だよ」「これは要らないわ」などと指
図もする。この所有欲だったら見上げたもん
だと感心した。

ときおり強いが吹くあいにくの天気にも負け
ず、午後三時まで私たちの「種別け」作業に
付合ったおばあちゃんだったが、いろいろな
生活ぶりも分かって、驚いたりあきれたり。
まずは家の中に猫が三匹飼っているというが、
同時に「ネズミ」も飼っているんだといった。
何でもネズミにもエサを与えるお皿があって、
それを甥夫婦に捨てられて「探してるの」と
いった。「えっ、猫もいるのに?」と私がい
うと、「そうだよ」だって。外でガラスを整
理してた妻が、「あのハトもこの家の?」と
屋根の上にいる数十羽のハトを指さした。

すると、どうやって聞こえたのか、「そうだ
よ、私がエサをあげてるの」といって手を振
ると、バサバサとハトがおばあちゃんの足元
に飛んで下りて来るのだった。「ク-、ク-」
と私たちの足元にまで来て、エサをねだって
る。見ると、おばあちゃん、すっくと立上が
ってこちらを向いていた。よく見ると、やっ
ぱり幽霊のようだった。ちょっとそこらには
いない異様な面構えをしていて、これで口が
耳まで裂けてたら、ものすげーなと思った。
一瞬、背中が冷たくなってゾクっとした。明
日、2トントラックに産廃ゴミを積み込まな
ければいけない。つまり、もういちどご対面
があるのだ。気持を強く持たなければ。

宇佐美邸

写真は横浜の和田町で行なわれた「ビューテ
ィフル・ピープル」の練習風景である。今年
初めての練習かとの問いに、「いえいえ、去
年の箱根フェス以来」だとのお答え。今年の
箱根をめざして新曲の練習をはじめていると
いって、リリー・ブラザースの懐かしい曲を
繰返した。「ドン・スト-バーもこうして弾
くと、やっぱり偉大だ」と、普段はスクラッ
グス神様のサカタ氏。慣れないフレーズに手
こずっていた。リーダーのウサミさんが、「
スクラッグスを弾くと、途端に音が大きくな
る」と笑った。フィドルはデジカメを撮って
くれたマツモトさん。休憩タイムのときは、
器用にカントリー・ソングを渋く弾き語った。
リーダーのウサミさんはチリコンカンを自ら
料理して待っていた。お姫さまは石垣島へ旅
行中だからしかたないといったが、食べると
深みがあって上等の味だった。さすがのパー
ティ上手である。練習にはもうひとりのお客
様がいた。ご近所の有名な評論家、島田耕さ
んが左肩骨折を押して参加していた。骨折は
テニスの試合中に、ロビングボールを追いか
けて、転んで折ったと笑った。島田さんは去
年の箱根フェスでは、このビューティフル・
ピープルをバックにして歌った。しかし、今
年はバンド・メンバーの重複を避けて、新し
くバックメンバーを集めて出演すると抱負を
語っていた。やる気十分だった。私の熱き先
輩たちは、相も変わらず音楽に燃えていた。
バンドに楽器に曲に飽くなき情熱を注ぐ。体
の中を尽きることのない「わき水」が流れて
いるように、フレッシュな情熱が伝わって来
る。見習いたいと、私も熱くなって帰路につ
いた。

今週の土曜日、3月1日のバッキンタウンは、
関西ブルーグラスの「歌姫」きたむらいずみ
さん初の東京ライブ。2002年に「Izumi
Sweet Grass」CDを発表。やわらかくて、
暖かさに包み込まれるような独特の「スイー
ト・ボーカル」が聞きものだ。1部はこのC
Dに収められたレパートリーから、2部はス
ペシャル・ゲストを迎えて華やかなステージ
を展開。東京初登場の歌姫の実力を堪能出来
る。バック・メンバーはベースに久永雅史、
マンドリンは前田宏樹、ギターに秋山龍哉。
名うての関西ミュージシャンの強力バックア
ップ。午後7時30分スタート。ミュージッ
クチャージ¥2,100.バッキンタウン03-
3353-4655 残席あり。








台風以上の「春一番」が吹いた関東地区!リルコミだあ

春一番が吹いたあとの小平は抜けるような青い空だった。
こんばんは。

土日の関東地方は台風以上の強風が荒れ狂った。西武所
沢駅に近い現場に向かう途中、助手席の妻が次第に赤黒
くなっていく上空を見つめて「あれなあに」というと、
途端にものすごい突風が横なぐりに吹いて車を揺すった。
見上げると、確かに上空はいまにも大雨が落ちてきそう
な黒雲に覆われていたが、それよりも大きな竜巻きのよ
うな風が、おびただしい砂塵をどんどん黒雲の中に吸い
込んでいる。「天空は恐ろしいことになっている」とつ
ぶやきながら現場到着。昼食後、「バラバラ」と音がし
て雨が落ちてきた。同時に風もいちだんと強くなった。
外に出た塗装屋さんが、「砂埃が吹込んで出来ない」と
いいつつ片付けをはじめた。私も外に出ると、白い私の
車のルーフが泥水をかぶったようにドロドロに汚れてい
た。舞い上がった砂塵が雨と一緒に降ってきたのだった。
しかも風は強くおさまりそうにもない。「やめよう!」
と仕事中止を宣言。帰り道、JR武蔵野線「新秋津駅」
を挟んだ農地から、台風並みの強風によって舞上がった
赤砂が、霧のように視界をさえぎった。「大変だわ」と
妻。風雲急をつげる天候の異変におびえていた。

一夜明けても強風は続いた。きのうは午後、横浜の保土
ヶ谷へ出かけた。何も考えないでJR武蔵野線「新小平
駅」から、ちょうどタイミングよく入って来た電車に乗
る。武蔵野線、南武線、小田急線、相鉄線と乗り継いで
めざす「和田町」へ行くというのが私のプラン。電車乗
りが好きなので乗換えが多いところが気に入ってる。と
ころが、出発して次の駅「西国分寺」で電車はストップ。
止まってしばらくすると、「電車は昨日からの強風によ
り、運行を調整中です」と車内アナウンスがあった。す
ぐに失敗したと思った。武蔵野線はすぐ止まる電車だっ
た。鉄橋が多いせいか、ほんの少しでも天候が悪いと止
まるとして有名なのだ。きのうからの強風だったら、運
行中止も当然だとあきらめて、シートに腰掛けてジッと
待った。2分もすると、強風が「ビュー」と車内に吹込
んで、それが猛烈に冷たかった。

また、「ビュー」と来た。「この電車は府中本町行きで
す。車内に入ってお待ちください」と車内アナウンス。
止まっておよそ10分が過ぎるころ、競馬新聞を持った
お兄さんが「○×レースに間に合わなかったら責任取れ
よ」と大きな声でわめいた。乗客の過半数は競馬ファン
のようで、「そうだそうだ!」合唱して応えていた。府
中競馬場は二つ先の終点、府中本町駅で降りてすぐだ。
冷たい風に加えて、車内のざわめきが多くなって車内の
雰囲気が最低になっていた。やがて「アナウンスはいら
ないから、ドアぐらい閉めろ」とオヤジがホームに顔を
出してどなった。この一声には乗客の全員が「サンセー
!」と声を出して盛上がったが、これが合図になったよ
うに電車も動いた。停車時間15分。何ごともなかった
ようにスピード出して、電車はあっという間に終点着。
改札へ上がるエスカレーターは競馬ファンの山になった。
私はここで乗換えだったが、山が過ぎるまでジッと、こ
こでも待たされた。

しかし、乗換えたJR南武線は順調だった。多少の運行
の乱れはあったが、ほとんどまともに「登戸駅」に着く。
ここで小田急線に乗換えるが、そういえば昼食がまだだ
った。見違えるように新装になった登戸駅の中に立ち食
い蕎麦屋を発見。迷わず「きつねそば」を注文して横を
見ると、何とエクスペディションの「まっちゃん」がい
るではないか。「やーやー、どこ行くあるね?」という
と、「これからエレキバンドの練習だ」という。まっち
ゃんはエレアコを背負って、プリアンプを引っぱって、
「じゃあね」と手を上げて先に蕎麦屋を出た。「ブルー
グラスは、たまにやると物凄く、たまんない快楽だよ」
と千葉大OBとは思えない発言も残した。現在の私も、
まっちゃんと同じ意見だったりして。きつねそばは空腹
も手伝って、立ち食いとは思えないほど旨かった。出て
階段を下りて小田急の乗車券を買おうとしたら、喫煙場
所にまっちゃんが立っていた。そうか、まっちゃんはお
タバコ派だったのねと眺めた。

きょうはここまでが精一杯。残りの「ビューティフル・
ピープル」練習風景その他は明日にします。私以外も強
風によって振り回された方も少なくないと思った。あれ
が「春一番」だとしたら、これまで記憶にないほどの風
だったと思った。土曜日は風速27m、日曜日が26m
だったというからすごい。それでも春はまだ来ない。














沖縄県民は米軍兵士の基地外居住を許すな!リルコミだあ

連日の小春日和の小平からこんばんは。

千葉の方では15度にも気温が上昇したというから
春本番のような一日だったが、明日は冷えるとの情
報があるというから喜んではいられません。この時
期は海山への旅行などは天候の急変で思わぬ災害に
あうのでご注意が必要ですね。かくいう私は、日曜
日は「横浜」へ出かけるのみなので、まずは自然災
害に遭遇することはないだろう。子どものころ、日
曜日の度にスキーをかついで友だち5~6人と山ス
キーに出かけて、度胸試しも兼ねてなるべく急勾配
の斜面を探して滑り降りていた。いいかげん繰返し
たあと、汗をかいて頭から湯気が立ちのぼっている
のをお互いに大笑いしながら、昼食のおにぎりを食
べた。帰り道の途中、山の斜面の雪崩れが起きそう
な場所を見つけると、雪玉を10個くらい固く握っ
て、そいつを適当な斜面にぶつけて遊んだ。狙いは
雪崩れを起こすことだったけど、本物の表層雪崩れ
が起きたことはなかった。もちろん、実際に起きた
ら大変なことになってたが、斜面にぶつかった小さ
な雪玉が、下にころころと落ちて来る間に、どんど
ん大きくなって転がり落ちる。結局は誰がいちばん
大きかったかを競うものだった。これを「大玉ごっ
こ」と呼んでたけど、大人に見つかると烈火のごと
く怒られるので、子どもどうしで「秘密の遊び」に
なっていた。雪玉を投げては逃げるを繰返しても雪
崩れが起きないと、さらに「ギャ-、ワ-、キャー」
などと奇声を連発して、いま起きるかとがんばった。
「雪崩れは大きな音にも反応する」という大人の話
しを真似たのだった。ずっとあとになって、上越の
スキー場で表層雪崩れを直接見たとき、こんなに大
きくて激しいものだったのかと身震いした。まあ、
それにしても雪国の、春先の暖かい日の遊びだった。

先日、沖縄在留の米軍兵士が沖縄県在住の中学生を
強姦して、全日本人から大いなる反感を買った事件
は、いま尚も忘れられない大事件だが、あのとき事
件加害者の米兵が、日本の普通の街角の「家」に住
んでいるのをテレビで見て、私は不思議に思った。
「なぜ、アメリカの兵隊が基地以外に住むのか」と
単純に考えてもおかしいことが、沖縄県では許され
ているのかとも考えた。独立国に、他国の兵士が勝
手に住居を構えて生活出来るものか。沖縄県だけが
特別に許可を与えているのかと考えて、反米感情で
高ぶる気持を押さえようとした。すると、きょうの
夕刊に「米軍基地外居住者」が日本政府によって発
表されたとあった。その人数は沖縄県で、何と10
,748人もいるのだという。これは驚くべき数字
である。不動産屋は大儲けだな。相手の弱味につけ
込めば、収入は何倍にもなる。何でも、沖縄駐留の
米軍関係者は、家族も合わせておよそ4万5千人だ
そうだ。このうち、1万1千人も基地の外に家を持
って居住してることになる。はて、そういえば、こ
の近くの「福生」や「入間」にだって、「ハウス」
があるではないか。「中が広くてよ、かっちょいい
ぜ」なんていって、米軍兵士が本土へ帰国したあと、
空家になったハウスが東京の若者にもてはやされて、
私の友だちも何人かハウスを借りて住んだ。これと
同じことだったのか。戦後、敗戦国にものはいえな
かったという経過があって、なし崩し的に延長され
ているのが、基地外居住というやつか。ふむふむ。
だけど、若い米兵が基地外へ居住すると、歩く生殖
器となって百害を生む元になる。こいつは、これを
機会に是非、撤廃してもらいたい。入間や福生のよ
うに、この際沖縄の米軍基地も縮小してもらって、
やがて自国グアムに移転してもらいたい。いつまで
も吠えたことのない番犬の日本では困るのだ。それ
にしても、駐留米軍は「基地からの外出禁止」措置
を続けているというが、基地意外に居住してる米兵
士はどうしてるのか。これも不思議だ。












大江戸多摩バンドVSデッドマン・ウオーキングの大バトル!リルコミだあ

きょうも冬とは思えない暖かい天気の小平でした。
スーパーの花屋にはネコヤナギが売られていたが、
かわいらしいところが伸びきっていたので、これ
じゃネコじゃないなと独り言をいったら、うしろ
から「だよね」と誰かの声。振向くと花屋のおば
ちゃんだった。「これはもう終わり」といって、
バケツから両手で持ち上げて奥へ運んでいった。
こんばんは。

きのうはロッキーへ行って、デッドマンと大江戸
多摩バンド、略して「江戸多摩」を見て大いに楽
しんできました。給料日前の水曜日とあってかお
客さんの入りは半分ほどでしたが、それでも長野
県からの熱いファンや「タヒチ」組もいたりして、
非常にいい雰囲気。7時30分にはじまった演奏
は、両バンドともまさに白熱して汗と唾が飛び散
る大熱演。ステージの張り詰めた緊張感の中にも、
ときどき「ご愛嬌」が出たりして、こちらも手に
汗をにぎって、スリル満点のステージを楽しんだ
のでした。キックオフは江戸多摩だった。いつも
のフラット&スクラッグス風の王道路線だったが、
ギター&ボーカルの「上チュー」が乗りまくって、
ガンガン素晴らしく目立っていた。私も出来るな
らあんなギターが弾きたいと、目をうるうるさせ
て見ていた。上チュ-に、大拍手を連発したのだ
った。一方のデッドマンも素晴らしかった。終わ
ったあとの「反省会」では、リーダーのサトンパ
スさんもおっくんも、そしてシバケンさんも「ま
だまだ、まだまだだ」とバンドの不十分さに反省
しきりだったが、客席から見ていると、例えば一
年前とは比べものにならないくらいにまとまって
いた。あの複雑な曲たちが、ちゃんと個性を持っ
てアピールをしていたし、特にスタンレーの「ロ
ンサム・リバー」などは、サトンパスさんが弾く
ギターがよく絡んでいいバランスだった。バンド
の力の現れなのだ。そして何よりも気に入ったの
が、去年夏の九州ツアーのころよりも、全体に少
しテンポアップしたように感じた。それによって
バンドのグルーブにキレが出て来たように思った。
私も大好きなストーンズの「ワイルド・ホ-シズ」
を初めて聞いたけど、全編ベタのコーラスよりも、
思い入れたっぷりに歌ったグラム・パーソンズの
ように、この曲はソロがいい。荒涼とした寂しい
感じが出ると思った。それでもだんだん成長して
いってるところがいいよね。さて、私は4月19
日の「うれしたのし」のチラシをマスターに届け
ながら、いかに楽しいバンドかを説明した。そし
て昼間に、ブルーグラスの母たちとその子どもた
ちに、「小さなコンサート」をロッキーでやりた
いというと、「どうぞお使いください」と快い返
事をいただく。すぐに向こう側に座っていたタヒ
チの歌姫、なっちゃんに「マスターから昼間のオ
ーケーが出た」と伝えると、一瞬緊張が顔にあら
わしながらニッコリ。彼女が「うれしたのし」の
宣伝担当部長なのだ。狙い通りにお客さんが満員
になってくれるか。


上チュ-だ!
上チュ-だ!


ハイサイおじさん
ハイサイおじさん


カトちゃん
カトちゃん


デッドマン
デッドマン


サトンパス&シバケン
サトンパス&シバケン


オックン
オックン


タヒチの歌姫たち
タヒチの歌姫たち


大宮付近の人々.
大宮付近の人々


反省会のピータン
反省会のピータン










うららかな小春日和のきょうはトニ-・ライスを聞いた!リルコミだあ

きょうは三月の春のように暖かかった小平でした。
こんにちは。

やはりあったかいと気持がいい。仕事の能率も上
がるし、どことなくおさまりもいいように思う。
気分の問題なんだろうけど、きょうみたいな陽気
だと現場でも職人どうしの会話も明るくはずむよ
うだ。昼食のときなどは、愛妻弁当ご持参の大工
さんが、好きな渓流釣りの話しを持ち出して、誰
も心底聞いてないのに、ひとり自慢だった。こん
なことも冷たい日が続いていたときには、出て来
なかった話である。私は現場を早々に切上げて、
西武秋津駅そばのお客様へ見積りに行く。あたた
かい日射しが車を暖めて、これまでの冷たかった
毎日がウソのようだ。所沢街道沿いの大きな国立
の療養所「全生園」前を通ると、広い中庭に白衣
人がたくさん出ていた。外の方が気持がいいのだ。



きょうは珍しく、車にトニ-・ライスのCD「To
ny Rice」(ROUNDER0085)を積んでたので、非常
に若いぴちぴちしたトニ-の音を懐かしく聞いた。
クレジットを見ると、これはトニ-くんがDGQ
に入ったころの76年に発売とあった。アメリカ
のビジネス音楽界には、バンド、つまりDGQの
メンバーになったら、このようなソロ活動は不可
能なので、これはDGQ入りする前に契約と録音
などを済ませていたということになる。聞くと、
これも若いJDクロウとラリー・ライス、そして
リチャード・グリーンをフィーチュアした「ブル
ーグラス・セット」と、グリスマンとダロル・ア
ンガ-をフィーチュアした「ド-グ・セット」を
分けて収録している。ブルーグラス・セットでは
「Banks ofThe Ohio」の他、「Mr. Engineer」、
「Don't GiveYour Heart To A Rambler」など得
意なジミ-・マーティンを歌って、一方のド-グ
は「Rattlesnake」「Plastic Banana」を収録。
他にスタンダードの「Farewell Blues」「Big
Mon」「Stoney Creek」などが入れられて、かな
り弾き手を意識した構成になっている。76年と
いえば、いまから32年前だ。あの1年365日
お客さんが来ていた恐怖のジューンアップル入谷
時代だった。どこからともなく誰かが登場して、
例えばギター弾きだと、判で押したようにクラレ
ンスかトニ-のギターを弾いていた。クラレンス
派とトニ-派に分かれていたようだったが、通ぶ
ると必ず「おれ、クラレンス」だと、「エーッ」
と思うような人でも応えていたものだった。実際
に日本ブルーグラス界はリードギタリストが大流
行で、カワセ楽器店からマーティン・ギターのD
28が、売れて在庫がなくなったという冗談のよ
うなウワサも流れた。このCDでは、何といって
も故ラリ-・ライスのマンドリンがいい。たまに
危ないところも垣間見せるが、それもラリーらし
くていいのだ。特に、あのリズムを刻むサイドの
タイミングと音がたまらない。ラリーはこのサイ
ドがよかったからファンが増えた。このCDを知
らない新しいブルーグラス・ファンには、結構な
参考になるアルバムだと思う。話しがすっかりま
とまらなくなってしまったが、私はこれからロッ
キーへ行くのだ。4月にやる神戸の「うれしたの
し」のチラシも持って行こう。ではアデオス!








NBAオールスターゲーム「ハーフタイム・ショー」はブルースタイムだった!リルコミだあ

真冬の底冷えがなくて暖かくおだやかな日和の
小平からこんばんは。

きょうの現場は、進学校として知られる都立国
分寺高校の裏だった。五日市街道沿いの大きな
お屋敷が並んでいるが、その中の一軒で、きれ
いな武家屋敷のような土壁に囲まれた家の、離
れの廊下のワックス塗りだった。ここは母屋を
数年前に新築したが、離れは祖父母の居住だっ
たため古いまま残したのだった。家はとにかく
広く、トータル100坪以上というから普通じ
ゃない。当然、庭も広大で、いったいどのくら
いの面積なんだろうか、広すぎて分からない。
庭の中に植えられた大きな数本のケヤキは、「
国分寺市の記念樹」のプレートが貼られてあっ
た。うしろに広がる農地もここの持ち物だとい
う。さて、仕事にかかろうとしてよく見ると、
きれいに磨かれた床板の表面が、「斑模様」に
所どころ剥がれていた。離れの住人、つまり発
注元のおじいちゃんは近寄って来て、「これを
直してほしい」といった。これは、表面のニス
が剥がれていて、直すとなるとここの渡り廊下
の表面をすべて剥がして、その上で新たにニス
を塗って、それからワックスを塗る。とても一
日で済むような仕事ではありませんと説明した。
すると、おじいさんはにこにこしながら、「何
日かかってもいい」という。すぐに請けた工務
店主に携帯を入れて、話しがまったく違うこと
を伝えると、「頼む。いう通りにやってくれな
いか」というではないか。しからばとメジャー
を出して廊下の寸法を計って、見積りの準備を
していると、「お茶どうぞ」とおばあちゃんが
大きなお盆を持ってお茶を出してくれた。時計
を見ると十時少し前だった。きょうは午後、予
定外のお見積タイムになったのだった。

帰宅すると妻が、「確定申告が出来るわね」と
いった。ムムム、と返事を飲み込んで、録画し
てあったアメリカン・バスケット・ボールの「
オールスター・ゲーム」のビデオを見る。特別
に好きだというわけではないが、我家のサッカ
ー小僧のために録画してあったものを出したの
だった。近ごろの少年は当り前のようにバスケ
ットが好きだよと、流行にうとい私に教えてく
れたことがあったが、サッカー小僧はNBAの
注目試合だけをビデオに録って見ている。サッ
カーの試合と違って、この間などはギターを弾
きながら見ていた。さて、今年のオールスター
の前半と後半の間、何と大ブルース大会になっ
たのにはホントに驚いた。開催地がニューオリ
ンズだったのだ。ドクター・ジョンがハデな格
好とは真反対な渋い歌をうたったかと思うと、
こんどはピアノの前でアラン・ツーサンが歌っ
た。いくらニューオリンズとはいえ、このよう
な本物中の本物が出て来てハーフタイム・ショ
ーの中心になるなんて、アメリカはやっぱり凄
いなと思った。こういう全米の人気スポーツに、
渋い、いぶし銀のようなアーチストを引っ張り
出して、まともにしっかり歌わせるなんてとこ
ろが何て素晴らしいと思った。ちなみにドクタ
ー・ジョンは、東京のホテルで来日中のビル・
モンローとロビーですれ違ったとき、振向いて
両手を合わせて深々と一礼したことを思い出し
た。

明日は銀座ロッキーへ「デッドマン・ウオーキ
ング」と「大江戸多摩バンド」の超強力対バン
を見に行きます。予定ではリルコミを書いてか
ら出発するのですが、予定が狂ったらごめんな
さい。しかし、どちらもシングル公演が出来る
バンドなのに、この取合せはなかなかあるもの
じゃない。マスターの粋な計らいなのか、はた
また客入りに関係してるのか分からないが、ブ
ルーグラス・ファンにとってはスタイルの違う
実力バンドを一挙に見れて、かなりのお徳であ
るのだ。





東京マラソンもいいが青梅マラソンはどこ?リルコミだあ

あたたかい一日でした。近所のお屋敷の紅白の梅が
二部咲きとなって、道行く人の顔を振向かせていた。
また一歩春が近づいている小平からこんばんは。

きのうの東京都心はマラソンで盛上がっていたよう
だったが、都下小平などはまったくの平穏。我家の
庭にきのうもめじろが「つがい」で垣根に飛来して、
チチチチと鳴いていた。めじろの鳴き声は好事家に
珍重され、いい喉のめじろだと300万円で取引さ
れるそうだ。しかし、動きは早く、どうやって捕ま
えるの?と、しばし、込み上げる邪(よこしま)な
気持を押さえて見とれていた。それにしてもだ。こ
の時期だと「青梅マラソン」というのが都民の常識
だったはずだが、その伝統をつぶして「東京マラソ
ン」とはいかがなものか。石原都知事は、スタート
の号砲を撃ったりしてハデにテレビに映っていたけ
ど、オリンピックの準備のためだか何だか知らない
が、急に東京マラソンに変えちゃって、私のように
青梅市に近いところに住んでいる者にとっては、都
心の狂騒を白々しくテレビ画面を眺めるのが精一杯
だった。ちっとも楽しくなかったのだ。

男子テニスの世界ツアーで、島根県の松江市出身の
若干18才の日本男児が見事優勝した。その名は、
錦織圭(ニシコリ・ケイ)で、きのう17日に米フ
ロリダで行なわれた「デルレ-ビーチ国際選手権」
の決勝で、2ー1の逆転勝ちした。男子テニスでは、
92年に「韓国オープン」を制した松岡修三以来だ
といって、大騒ぎになった。何でも錦織選手の世界
ランキングは244位。まったく無印無名の選手が、
世界ランキング12位に勝っちゃったというから驚
きなのだ。ただ、13才でアメリカにテニス留学。
次第に力をつけて来たといわれて、多少は納得した
が、何たってメジャーの大会で勝つという勝負度胸
と「運の良さ」に将来性を感じる。これで日本テニ
ス界も世間の注目が集るだろうから、うまく売り出
してほしい。

さて、島根県松江市というと、私はブルーグラス・
ギターの名手、守屋憲二さんを思い出す。彼は国学
院大学生のころは東京に住んでいた。小柄ながら、
トニ-・ライス風のギターを豪快に弾いて、かなり
の人気ぶりだった。他の音楽にもどん欲で、デビッ
ド・バーンの「トーキング・ヘッズ」や、ジャズの
マッコイ・ターナーの新譜を夜な夜な聞かされたも
のだった。大学をきっちり卒業して、松江市に戻り
就職。すぐに東京出身の美人と結婚。美人奥様はバ
ンジョー弾きだった。あれから20年ちょっと経っ
た。現在はマンドリン、バンジョーもよく弾くお父
ちゃんだよと本人。いつかもういちど東京で彼のギ
ターを見て聞いてみたいなあ。ワンダフル・テニス
・ボーイのおかげで友だちを思い出したのでした。








アイリッシュ・フィドルのマーティン・ヘイズ!リルコミだあ

朝がたは別にして昼間はあたたかい天気に恵まれた
小平からこんばんは。

二三日前から隣の庭の藤に丸々と太った寒雀が30
羽ぐらい、羽音を立てて「バーッ」とやって来る。
大体夕方の五時ころにやって来て、地上1.5mく
らいの藤のつるにひと塊になって泊まっている。は
じめは気付かず、福寿草の目を探して庭に出ると、
私に驚いたのか、いっせいに飛び立った。しかし、
危険がないと悟ると、またしても藤のつるに降りて
塊になるのだった。きょうはそのすぐそばに、緑の
羽毛も鮮やかな「めじろ」がニ羽飛んで来て、チチ、
チチチなどと鳴いていた。その間も寒雀たちは、や
はり藤つるに泊まったままで身じろぎもしない。間
もなくめじろは去ると、入れ替るようにドバトが土
の上を歩いて来た。これにも寒雀たちは我関せずだ
った。毎日確かめたわけではないが、きのうの早朝
にはどこかへ飛んで行ってしまって、藤つるは空家
になっていた。以前、たぬきが我家の庭に紛れ込ん
で来て大騒ぎになったが、今回の寒雀観賞は私と妻
だけの小さな楽しみである。

アイルランドの伝統音楽といえば「アイリッシュ」
と呼ばれて世界的な広がりをみせているが、そのア
イリッシュ・フィドラ-の「マーティン・へイズ」
が、ギタリストのデニス・カヒルを伴って来日ツア
ー中である。このマーティン・ヘイズは、アイリッ
シュを独自の解釈をしたスタイルで、少しづつなが
ら確実にファンを増やしている人だ。朝日新聞本日
付けの夕刊「ステージ」欄では、武蔵野市民文化会
館小ホールで10日に行なわれたコンサートのレポ
ートが掲載されていた。この人の独自の解釈とはと
いうよりも、例えばデ・ダナンの素晴らしいフラン
キー・ゲイヴィンのような力強さはなくて、あくま
でも柔らかく、神経質にメロディとリズムの微妙さ
を訴えるようなプレイをひたすら長く弾く。最初は
ホントに静かにはじまって、少しづつ空間を揺すっ
て行くという非常にセンシティブなステージングだ
が、これには専属のギタリスト、デニス・カヒルの
存在も大きい。武蔵野市民文化会館小ホールには「
400人」ものお客さんが集ったという。これには
驚いた。考えようによっては異端とも思えるマーテ
ィン・ヘイズが、「そんなに人気があるのか!」恐
るべしアイリッシュ人口と思った。もしも、我らが
スーパーマン、「サム・ブッシュ」がここでプレイ
したとしても400人は集らないだろうと思った。
ともかくも、アイリッシュ・フィドルを静かに聞き
たいと考えている人がいたら、10年前、アメリカ
・シアトルで行なわれたこのライブ盤がお薦め。ち
ょうど二人で活動をはじめたころでもある。さて、
アイリッシュは「ストレンジャー」の私に、「この
人はいい」とマーティン・ヘイズを薦めてくれたの
が、ただいま懺悔の彼方にいる城田じゅんじだった。         

Live in Seattle
Live in Seattle









卒業も間近な我家のサッカー小僧!リルコミだあ

セントバレンタインデーの小平はおだやかな
一日でした。こんばんは。

近ごろは家にいることが多い我家のサッカー
小僧が、朝食後に「定期が切れてる!」と慌
てていると、「だって、来月卒業式でしょ」
と妻にいわれて、ようやく自分が卒業生で、
あと数日しか学校に行かない身分だというこ
とを改めて自覚していた。卒業が間近いとい
ってもサッカー小僧は、サッカー友だちが多
いので、遊びのサッカーやフットサルに誘わ
れて、たびたび出かけている。野球でいえば
欽ちゃんの茨木ゴールデン某のように、小平
にもサッカーのアマチュア・クラブがいろい
ろあって、そこに音楽でいえば「トラ」で行
くのだ。フットサルはさすがに年齢がグッと
下がって、ほとんどは高校生が中心のチーム
らしく、「おじさんはいない」といっていた。
そんなサッカー小僧が、一昨日の夜十時すぎ
に、「これから、高校の後輩たちが集るので、
友だちの家に行きたい」もう、車で迎えに来
てるんだといった。どうやら本人も予定外の
お誘いだったらしいが、行きたい気持が強く、
私と妻に向かって説明して許可を願うのだっ
た。泊まるのはゴールキーパーの家だという
ので、私はその顔を思い出しながら「オーケ
ー」を出した。高校三年といえば男の付き合
いが始るころだ。「ハメを外すなよ」といっ
て許可を出した。しかし、妻は心良く思って
なかった。これから寝ようとしてるときだし、
それに車だって危ない。「ダメッ」といいた
いところに私がオーケーしたから、機嫌を悪
くしたようだった。その感情の現れが冒頭の
妻の言葉になった。人生ままならない。













きょうは大寒波到来で冷たい一日だった!リルコミだあ

全国的に寒波が襲い小平は北風がときおり20mを
越す強風となって吹きまくって寒いのなんの、まさ
に凍える寒さじゃなかったか。こんばんは。

我家のキッチンテーブルに飾られたピンクのチュー
リップをあざ笑うかのような寒い一日だった。現場
が津田塾大学の裏手だったので近かったのが僅かな
助けだったが、マンションの三階は玄関ドアを開け
ると、強烈な北風にあおられて体ごと持っていかれ
そうになった。外の畑を見ると砂埃が竜巻きのよう
に上空に立ちのぼっていた。空気は北海道の根室の
ように澄んで寒々と張り詰めていた。隙間のない真
冬だった。「きょうは仕事したくないよね」とかじ
かんだ両手に息を吹き掛けてるクロス屋さん。オレ
一人だけだとこういう日は休むよ。現場仕事には厳
しい冷たい風の日だった。

早めに帰宅して、電気ストーブで冷たくなってた足
指を暖めていると、テレビできょう大阪で起きた「
老老介護の悲劇」事件を放送していた。何でも90
才の夫が、要介護で寝ていた妻を絞め殺したという
事件だった。「水を持ってこい」と妻が命令口調で
いったことに頭に来た夫が絞め殺したそうだ。実は
私の両親も老老介護だった。この大阪のご夫婦と同
じで、父が母をおよそ23年も介護していた。母は
私と同じ糖尿病を患っていたが、いま思うと私より
も重症で、厳しい食事制限を医者からいわれていた
体だった。お盆に帰省すると、牛乳をまずそうに飲
む母の姿を見たことがあった。母は女ながら大酒飲
みで、行動的で仲間も多かった。婦人会の用事で出
かけると、必ずどこかの飲み屋さんで仲間と飲んで
帰って来るのだった。

医者に糖尿だと診断を下されたとき、「お酒のせい
だった」としょんぼり語ってくれたことを思い出す
が、あの勝気な母が小さくなっていた。しかし、父
にとっては、思いもかけない長い長い母の介護のは
じまりだった。父は常に静かな人で、自然や動物を
好み、誠山という名前で俳句も詠んでいた。母とは
まさに正反対の性格だった。お酒も飲まなかった。
こんな二人が、大きな実家の家で二人だけで20年
以上も老老介護生活をした。ある日、家の様子見で
兄が立寄ると、父が仏壇前で倒れていたのを発見し
た。一方の母は、フトンの中でぐっすり寝入って父
の倒れたことを知らないでいた。父はすぐに救急車
で赤十字病院のICUに運ばれて入院した。85才
だった。病名は多臓器不順だったか、つまり老齢か
ら来る衰弱だと医者はいっていたようだったが、治
療が効いて、昼には意識を取り戻していた。

しかし、その五日後になって、今度は母が同じ病院
のICUに救急車で運ばれて入院した。父のいない
家で父の行方を探して気を揉み、精神的な部分から
体のバランスをくずして倒れたらしい。ICUの診
断で、「お母さんは持たないかも知れない」と医者
が家族に宣言をしたのだった。私も東京から駆けつ
けた。両親がともに同じ部屋に入院していたので、
見舞は楽だったが、病室の入口に立っていた老人が
よく見ると親父だったので、意外な元気ぶりに驚い
たのだった。「私は元気なんだ」「自分で自分のこ
とは分かってる」「私は退院して家に戻る」と静か
に、父らしく無駄のない言葉でいうのだった。自分
のベッドに戻ると、「介護で疲れただけ。これから
は介護は一切しない」と力強くいった。次の言葉は
衝撃的だった。「母さんがもしも退院して、家に戻
るようだったら、私が家を出る」父の決意だった。

その後しばらくして、父が先に退院して家に戻り、
母も奇跡的に退院が出来てそのまま施設に入った。
母はその後、小さな病院に長期入院する形で二年ほ
どそこで過ごしたあと、その病院で亡くなった。施
設から近所の親しい病院へ移ったのは、施設でも患
者どうしから露骨ないじめがあったからだと聞いた。
その後父は、実にさっぱりとした感じで増々元気で
ある。退院後、母の死に加え兄の急死も乗り越えて
飄々と、草木が風になびくように90才になった。
幸いなことに、我家の「老老介護」では、父が母の
わがままにひたすら耐えてくれて、事件にまでは至
らなかった。私の場合は果たしてどうなるのか神の
みぞ知るだけど、父は偉かった。教訓である。













半年ぶりのバンド練習の結果!リルコミだあ

あさは意外にも暖かかった小平だったが午後には
氷雨のほかに風も吹いて、しっかり真冬に戻った。
こんばんは。

きょうは集金日。10日が連休になったので冷た
い雨の中、市内の数カ所をまわって仕事金をいた
だく。アパート・オーナーや不動産屋などは現金
払いだが、工務店など建築関係は小切手が用意さ
れていて、事務員さんに冗談をいうヒマもなく数
十秒で集金が終わる。ところが、ある工務店に行
くと、事務室との境目の胸高カウンターに、赤い
トラ猫が、こっちに背を向けてどっかり寝転んで
動こうとしなかった。わずかに尻尾が左右にちょ
ろちょろ動いているだけだったが、「最近、ここ
が気に入っちゃたらしいのよね」とお嫁さん。暖
房が効いて暖かいせいもあるだろうけど、ここに
寝てたら人が来てやかましいだろうにというと、
「ニャ-!」とこっちを向いてひと声。愛想もい
いようだった。「会長が亡くなってから、事務所
におりて来るようになった」とお嫁さんが説明し
てくれたが、思いがけない看板猫の誕生なのだっ
た。

三連休の10日は久しぶりのバンド練習だった。
何を隠そう練習は「箱根フェス」以来だったから
ものすごい。こんなに練習しないバンドも珍しい
と思われてもしかたのない体たらくである。バン
ドの名前は、「Oh! Jin Band」といって、これは
チャドのマスターが名付けてくださった。意味は
深く考えない方がいい。さて、およそ半年ぶりに
メンバーが集った。いちばん早かったのは入来ベ
ースマンだった。何とエピフォンのエレベ-と小
型アンプを携帯して、渋谷から電車で来たのだっ
た。さすがに額に汗が見えた。次は横浜からマン
ドリン弾きのイーダさんが、JR「新小平駅」に
陽気にやって来た。左手にチュ-ハイ缶の入った
レジ袋を下げている。練習用の命の水である。


三番目は藤沢からフィドラ-が西武青梅街道駅に
降り立った。我家の周りには最寄り駅が4つもあ
るが、青梅街道駅は最も至近距離にある。「藤沢
のカレーパンと神奈川みかん」という素朴な練習
用菓子を持って来たフィドラ-。彼は飲んべえで
はない。四番目に到着したのはバンジョーマンだ。
「武蔵野線が突然の不通で新松戸駅でおろされた」
とアクシデントに遭遇して遅くなったといった。
普通でも遠い長旅なのに強烈な回り道をくらわさ
れて、げっそり顔で登場。バンジョー弾きはこん
なときは、重いからとてもつらいことになる。し
かし、これでメンバーがそろった。我家から歩い
て30秒の練習場所、地域センター内の「娯楽室」
へ移動。ゾロゾロとオヤジどもが大きな楽器を持
ち歩くので、私の住むアパートの住民は目をパチ
クリ。

娯楽室は名前の通り、大暴れしない限りお酒も飲
めるという場所で、しかもタダ。八畳間が二つあ
るので、練習場所的にはベリーグッド。小平市に
感謝なのだ。さて、チューニングがはじまった。
私はといえば、二ヶ月前のダダリオ弦だった。弦
の買い置きが切れたまんまで、それを知ってたけ
ど、時間がなくてお茶の水まで買いに行けなかっ
た。「古い音がするなあ」ちょっと気持悪いなあ
と感じながら、愛用の夢弦堂ギターのチューニン
グをした。妻がおにぎりなど練習の食料を届けて
くれた。午後五時までノンストップ、まるまる三
時間の練習だ。「アイ・ワンダーを」と喉慣らし
曲をバンジョーマンのギッチョに伝えると、スム
ースでくせのない美しいイントロが響いた。しか
し、歌いはじめると、声ががらがら状態でメロデ
ィもボロボロ。私の喉は、「突然の歌」にまった
く反応しないで、ワンコーラスでつぶれてしまっ
たようだった。

ここまで声が出なくなっているとは思わなかった
から、悔しいやら情けなくて、顔が火照ってかっ
かとなった。Gランもときどき滑った。練習しな
いツケはかなり深いようだ。それでもレパートリ
ーを少しづつこなしていくと、声は小さいところ
で落ちついて、迫力なし状態のまま二時間練習が
出来た。課題は山とあるけど、ネクストまで喉を
鍛えて、どうにかブルーグラス・ボーカルにまで
持ち上げてないと練習にならないと思った。四時
ころ西貝さんとサトンパスさんが遊びに来た。
「もっと声を大きくしないといけませんねえ」な
どとサトンパスさんにご忠告されてしまった。ハ
イ!ごもっともでございますだ!と友人に深く感
謝。評論家、鈴木カツさんに「茅ヶ崎にライブ」
しに来るようにと有難いお言葉をいただいている。
それが実現出来るようにがんばろうと、決心しま
したが果たして・・・。













マーティン・スコセッジ監督の「ローリング・ストーンズ・ドキュメンタリー」が公開間近か!リルコミだあ

夕方強風が吹いて一段寒さが増した小平から
こんばんは。

吉永小百合主演の「母べえ」が公開されたと
思ったら、いきなり大ヒットだという。ホン
トかなと思った。いったいどんなストーリー
なのかと新聞下段の宣伝を見たが、「日本中
が感動した家族愛」だとあった。宣伝コピー
というかタイトルだけでは中身がまったく不
明だ。この映画がベルリン映画祭に出品され、
世界中から寄せられた21作品と「金熊賞」
を競うのだそうだ。もしも獲得出来れば山田
監督も吉永小百合ももちろん初受賞だから、
むかしのサユリストとしてここは是非、健闘
してほしいなと期待をふくらませている。何
でも、集った21作品の中には、ウワサのマ
ーティン・スコセッジ監督「ローリング・ス
トーンズ・ドキュメンタリー」もあるらしい。
ザ・バンドの「ラスト・ワルツ」の監督、「
ザ・ブルース・ムービー・プロジェクト」の
総指揮、そして今回のストーンズのドキュメ
ントと、本来の仕事から離れての撮影だろう
から、すごいエネルギーを持った監督である。
前作品などから想像するに、このストーンズ
は素晴らしいドキュメンタリー映画になって
いるだろうから、「母べえ」はともかく、音
楽ファンとしてこうなったら早く見たい。6
0年代のフィルムも混じってるのかなあ。

「すべてのテレビが、嫉妬する」のキャッチ
で売り出した日立の新型壁掛けテレビ、厚さ
わずか35ミリの「ウ-」。さっそく近所の
コジマに行くと、正面にドカンと数台並べて
デモンストレーション中だった。これまでの
薄型テレビは大体が165ミリだったから、
新旧が並ぶと、ウソのように薄いのが分かる。
実に1/3ではないか!これなら場所を選ば
なくても、ヒョイと壁などに掛けられる。地
震が来て大揺れして落ちても怪我が小さくて
済みそうだ。しかもなんだかエラク画面がき
れい。映像の密度が濃いっていうか、キメが
細かいのか鮮明な画面に驚くのだった。とな
りの亀山液晶テレビがそれこそ嫉妬しそうだ。
ちなみに我家のテレビは地デジ対応どころか、
ワイド型でもない。地デジにしなければダメ
というときのために、この日立の超薄型の「
ウ-」を見に来てみたのだが、果たして大満
足だった。問題は値段であるが、そいつはま
たそのときのこと。しかし、日本の技術は日
進月歩前に進んでて、もっと薄い、フィルム
状のテレビまで準備されているそうだという
から、ものすごいではないか。その昔、私も
電気の勉強をしたことがあった。当時からす
ると、想定出来ない薄さである。

先日、ムーンシャイナ-誌2月号に掲載され
たマンドリン・プレイヤー「トニ-・ウイリ
アムソン」の参加した「クリス・シャープ・
バンド」の来日スケジュールが判明しました。
来日ツアーの始まりは徳島県阿南市で3月の
23日(日)。その後高知県、大阪、富山、
滋賀、奈良、大分などをまわって関東地域は
以下の通りです。ここでは関東だけを紹介し
ますが、バンドメンバーの詳細や他の開催地
及び連絡先等はこちらへ。

クリス・シャープ・バンド・ジャパンツアー

4月7日(月)神奈川県川崎市登戸
     登戸駅から徒歩1分

  「JUBILEE GARDEN」044-932-1005
¥4,000.ドリンク別 
  要予約

  問合せ 090-6189-3079 島田まで

4月8日(火)東京新宿

 「バッキンタウン」03-3353-4655
  ¥4,725.
  要予約

  開場 午後6:00
  開演 午後7:30~

登戸の「ジュビー・ガーデン」は、来日外タレ
バンドの主催は初めての試み。お店の探訪も兼
ねてフットワークよく行ってみましょう。








お掃除出来なくても生きられる!リルコミだあ

連日の冬晴れだったが強い風がときおり吹いた小平から
こんばんは。

きょうの現場は学園東町のアパートの1室。若い女性が
引越したあとの簡単リフォームだったが、ワンルームの
室内の惨澹たる風景にしばし絶句。とても一人で生活し
ていたとは信じ難い荒れようだった。壁クロスにはあち
こちに大きな穴が開き、フローリング床も傷はおろか、
数カ所で剥がれていた。小さいキッチンも黒ずんだ汚れ
がたれていて、厳冬だというのに匂いもあった。お風呂
とトイレが一体になったユニットバスは、あらゆるとこ
ろに黒カビが密生して、これに長い茶髪が排水口に渦巻
いていた。トイレなどは途方もなかった。この部屋の主
はいったいどうしていたのだろうかと、ほとんどあきれ
てものがいえなかった。室内は全体に黄ばんでいた。明
らかにヘビースモーカーの痕跡である。これでは簡単リ
フォームで済む話しではない。話しが違う。すぐに不動
産屋に携帯して現場に来てもらった。すると、「ワ-、
どうしよう!」とやはり絶句。「とってもきれいな女性
だったよ」家賃も滞納しなかったそうだ。だから、不動
産屋さんはすっかり信用していたらしい。ただ、数年前
に無断で男性と同居していたことが分かって、注意した
ことがあった。あとは普通だったと不動産屋氏。その男
性と別れるか何かして、こんなになっちゃったのかなと
困惑の表情を見せて話した。しかし、改めてお見積りか
らやり直しとなったきょうの現場だったが、このような
ケースは、実は近ごろ多いのだ。いちばん多いパターン
は独身者で、年齢は関係なくゴミを部屋の中にうず高く
山のように積み上げているケースである。ワンルーム契
約者よりも1DKとか2DKなどに、部屋の中をゴミ山
にしてる借り主が多いようだ。私で年間、1、2件はぶ
つかる。さて、問題はゴミだけど、ほとんどはコンビニ
で買って食べたお弁当とお茶やジュース類をそのまま袋
に戻して、足元付近にポイと捨てる。このポイが積って
部屋に山が出来るのだ。三年前だったか、2DKの部屋
中に足りなくて、何とベランダにも山を作って「発見」
された豪の者もいた。このときもコンビニゴミだった。
季節が春になると、食べ残しのお弁当や飲み残しのジュ
ースにゴキブリが湧く。こうなったらアパート中が大変
なことになるのだ。実はきょうの不動産屋さん、「ゴミ
を部屋に溜込んでる人がいる」と、憂鬱そうに話してい
た。自動車道路の立体交差点の下などには、このコンビ
ニ袋に詰まった缶やお弁当ゴミが、どっさり捨てられて
いる。自動販売機で買ったジュース、お茶、コーラの空
き缶も道路にポイ捨てだ。こういうのって全部、心無い
ドライバーの仕業である。どうなってんだろう。









ムーンシャイナ-誌2月号「トニ-・ウイリアムソン」特集がおもしろい!リルコミだあ

正午すぎに雪がちらついたらすぐに本降りになって、
小平は先日3日の再現かと思ったら、夕方のいまは
やんでいる。連日の大寒です。こんばんは。

ムーンシャイナー誌2月号が届いた。特集でおもし
ろかったのは、「初来日するトニ-・ウイリアムソ
ン」とタイトルされた記事。ノースカロライナ出身
のマンドリン・プレイヤーのトニーは、この春「ク
リス・シャープ・バンド」のメンバーとして初来日
するが、意外にもマンドリニストとしてはプロ仲間
に評価が高いという。ウソかホントか、サム・ブッ
シュがトラを任せる唯一の人物としてもささやかれ
ているとか。知らなかった。また、マンドリン蒐集
家としても第一級だそうで、特集最後の締めの「ト
ニーの選んだマンドリン・トップ10」はマニア必
見オタク涙の価値あるものだ。1位は、ビル・モン
ローの1923年7月9日製ロイド・ロア-F5で、
火かき棒で破壊される以前のものと注釈がついてい
る。注目するべきは製造月日まで記述してあること
だ。いかにマニアとはいえ、ここまでの細かさは異
常に感じるのだった。2位もロイド・ロア-のプロ
トタイプで、1922年6月1日製とあるが、これ
は匿名希望とかでプレイヤー名は載ってない。おも
しろくないなあ。8位にサム・ブッシュの1936
年製F5が入ってる。9位には日本人マンドリニス
トに大もてのランディ・ウッド1972年製が入っ
てるが、これは記念すべき第1号だって。このよう
な自分の好みを惜し気もなくベスト10に表現する
ところなどは、そこはかとなく田舎人の匂いが漂っ
てくるようだが、来日したらそのお顔を是非、拝見
しに行こう。ところで、「クリス・シャープ・バン
ド」のスケジュールは、この号には掲載されてなか
ったのが残念。それから訃報もあった。ベニ-・ウ
イリアムスが去年10月に76才で死去。私はよく
知らないプレイヤーだったが、ビル・モンローやマ
ック・ワイズマンなどに録音があるマルチプレイヤ
ーだったそうだ。もう一人、今年の1月4日にヴァ
ーノン・デリックが74才で死去。この方はフィド
ル&マンドリンをこなし、スタンレー・ブラザース
のアルバム「Stanley's in Person」(KING)で、
スタンレーズ伝統の泣きフィドルが聞ける。このあ
とジミ-・マーティンの元へ行き、あの日本でも流
行ったマンドリン曲「エイラブ・バウンス」を残し
たとMS誌は伝えている。ご冥福を祈って合掌。

さて、きょうはこれからサッカーの日本代表の試合
を見ながら一杯やる積り。相手国はW杯予選のタイ
だが、これがあなどれない仕上がりだという。これ
までのタイ国は、「お客さん」と呼んでもオーケー
なほどイージーな対戦相手だったが、今回のW杯に
かける意気込みはすさまじく、強化練習に次ぐ強化
練習を繰返し、仕上げはイギリスだったそうだから
マジに恐い相手に成長しているという。以前のタイ
国首相は、軍によるクーデターでタイを追われてい
まイギリスに住んでいるといわれているが、この人
が大金持ちで、何とイギリスのサッカー・クラブ、
「マンチェスター・シティ」を丸ごと買っちゃった
のだ。日本にもかつてはいた豪傑が、いまはタイの
元首相「パクチン」がそうだ。数百億円、あるいは
1千億円超をポンと出して買うところが豪快ではな
いか。いまの小金持ち社長の日本人にはとうてい無
理なことだが、タイ国はこのような人物も登場して、
ただいまサッカーに国民レベルで熱中しているので
ある。かつての日本のようにである。きょうの試合
は厳冬の日本のホームで行なわれるが、ネクストは
赤道直下、猛烈な暑さのタイで開催される。こうな
ると、これまでのように安心して見られないゾ。









神戸から「うれしたのし」ライブ決定!リルコミだあ

連日の冬晴れだったが残雪が冷たい小平から
こんばんは。

武蔵村山の三越のそばを通りかかると紅梅が
満開になって目を引いた。暖かい日射しが開
花を促したのか、荒涼とした中に生きた花の
可憐さが際立ってまさに春。うきうきした。
きょうはジョイフルホンダに道具を見に来た
が、ついでに「灯油」を買って来るようにと
命令を受けていた。近所のスタンドよりも、
18リッタ-で200円は安いのだというが、
果たしてジョイフルの「灯油スタンド」はか
なりの混雑。1?¥80の大文字が踊るチケ
ット売場で料金を支払ってる間に給油が終了。
混んでる割にはすいすいと順番がすぎて行く。
「なかなかいいじゃないか!」スムースさに
驚く。遠くに奥多摩の山が見えた。小平や東
村山など昔の三多摩地区は、これから春にな
って木々に花が咲き始めると、一年で最も美
しくなる。これといった観光地など何もない
土地だけど、家屋敷に咲くこぶしや梅が咲き
はじめると、心からきれいだと感じるのだ。
春が深まると、青梅街道や奥多摩街道に沿っ
て山に近づくとまた山桜がきれいに咲く。木
々の若芽もあざやかで目が洗われるように感
じることも少なくない。もう少しだ。

神戸から「うれしたのし」という女性バンド
のライブを企画する。4月19日(土)銀座
ロッキートップでというところまで決定した
が、これから少しづつ準備をはじめて行こう
と考えている。「うれしたのし」と出会った
のは、一昨年の「宝塚フェス」だった。何の
予備知識もなく突然、ステージに現れた彼女
たちのパフォーマンスに触れて、その斬新さ
にビックリした。非常に落ちついた安定感と
リズムや歌の華やかさにひと目惚れしたのだ
った。5人のメンバーはいずれも家庭の主婦
ながら、70年代の熱かった日本のブルーグ
ラス体験をくぐり抜けた筋金入りのプレイヤ
ーである。初めての東京ツアーに、どんなス
テージを見せてくれるか。乞うご期待である。

きょうは電話の多い日で、こうやって書きは
じめると仕事の電話がかかってどうにも文章
に集中できない。夕方の五時にはコンピュー
タに座ったのに六時まで1行も書けなかった。
電話の中でも腹が立ったのは、見積を何度も
書きかえて労力を惜しまずに、誠意を込めて
届けたのに、「中止しますので」と断わって
来た電話だった。こういう電話があると、再
び文章を書こうという気持に切り替るまで、
相当な時間がかかってしまう。商売をしてい
る以上は、これは日常だけどタイミングがよ
くないのだ。というわけで本日はこんなもん
で終了するのだ。世間というものは腹が立つ。












小平はきのう大雪だった!リルコミだあ

おだやかな日が射して結構な小平地方でしたが、
昨日来の雪が氷って路地はつるつる状態。愛車
三菱ミニキャブは去年買い替えたとき、4WD
にしなかったのがたたって滑ることすべること。
みなさん、家のまわりの雪を道路に放り出して
あるので、塊が氷ってホントの氷山になってる。
小平は都心と違って冷えもきついし風も一段冷
たいのだ。こんばんは。

きょうは小平市学園東町という家から10分の
現場だったが、たどり着くまで30分もかかっ
た。きのうときょうの夜中に降った大雪のせい
である。午前八時すぎとはいえ、横町の路地裏
は日射しをあざ笑うかのごとくアイスバーンで
固く、ちょっとエンジンをふかすと、タイヤが
スルッと空回転してしまう。ベテランドライバ
ーを自負する私でも慎重にならざるを得ないの
である。カーステレオから「ザ・バンド」の
I Shall Be Released が流れていたけど、そん
な、天国に行く気分じゃない。ひたすら安全運
転だ。現場は床工事とクリーニングだけという
軽い仕事ではあった。計算通りに進めばお昼す
ぎには終わる。しかし、段取りを始めると、い
きなり手足が冷たくなってただならぬ気配。凍
傷を心配してしまうように冷たすぎて指の感覚
がなくなるくらいだった。用意して来たお湯を
バケツに注ぎ、両手を中に突っ込む。ここの学
生専用のアパートは日も射さない北側だった。
ハードな日になることが予感された。
「遅くなった」といって大工が来たのは、十時
半すぎだった。休みにしようかと迷ったといっ
た。なだめて仕事が始まったが、寒いことに変
わりはなかった。昼食が午後四時すぎになった。
ところが、一息入れると意外なほどに早く作業
進み、「こんなもんだ」といった大工の言葉で
仕事が終わった。学生が何をどうしてフローリ
ングにおびただしい傷跡を付けたのか。畳み二
枚くらいのフローリングを取替えて、ワックス
をかけて午後六時前に終了。「きょうは立春だ
」とラジオが伝えた。どこが春なんだよ!と私。

午後四時に家に戻ってスパゲティの昼食を食べ
たら、妻も肉マンをとなりで食べはじめた。学
校の授業がなくなって早帰りのサッカー小僧も
「おしるこ」を食べている。サッカー小僧はこ
れから五時に小平駅前の「西友小平店」でバイ
トである。「オレも運転免許を取る」といって、
近ごろはその新しい目標に突き進んでいるサッ
カー小僧。長男が去年、運転免許を取得したの
でどうやら影響されたらしい。友だち数人と同
時に申込むと、一人につき1万円安くなるんだ
という。「27万円だって」というと、早くも
食べ終えたサッカー小僧は自室へ消えた。教習
所では受講料の説明はまだだと本人はいったが、
「ローンの説明書」は持ち帰っていたと妻。で
も、「ローンが何であるかなんて知らないはず
よ」とつけ加えた。果たして、27万円の支払
いがどんな形で決着が着くのか、これから要注
意である。肉マンが途中で食べ残してあったの
で、どうしたのかと聞けば、「味が何か変」と
妻が応えた。見ると、肉マンの中身のミンチ肉
その他が、いま話題の餃子にそっくり。

ハハン、まあ、無理もないねと私。あれだけマ
スコミが大騒ぎすると、こんなところに影響が
出るものなのだ。分かった風なことをいう私も
ついでにいえば、胃が痛いのが続いている。こ
れまでてっきり、大晦日に飲んだ日本酒のせい
だと思っていたが、仮に中国餃子のせいかなと
考えはじめると、これもキリがなくなって来る。
去年暮れに実家へ行ったときに、大宮駅のお弁
当を朝食代わりに食べた。午前七時ころだった
せいか、新幹線のホームで売られていたお弁当
は売切れ状態だったが、少し中華風なものが残
っていて、それを大急ぎで買って、ちょうど仙
台の手前で食べ終えた。美味しかったのだが、
そのとき中国餃子の中毒騒動が発覚していれば、
当然食べなかった。実家では大晦日にごちそう
を食べてお酒も飲む習慣がある。甥っこが「由
利正宗」の原酒をすすめるのでつい飲みすぎた。

それから胃が痛いのである。明けて北九州へ行
っても胃痛がおさまらず、滞在中にエルビス夫
人と薬局に駆け込んだこともあった。おかしい
ゾと思いはじめたのは、治らないまま2月にな
ったからだった。胃痛も生まれて初めてなら、
こんなに長い間続いているのも変だと思った。
済生会病院へ行く日は来週だから、そのとき
に医者に相談しようと考えているけど、中国製
餃子騒動である。日本中のあちこちで、私も食
べたら体に変調を覚えたという人々が多数出て
来てるではないか。私は正しく便乗だろうと思
うが、続いてる胃痛も「あのお弁当」を食べた
からではないかと考えたっていいとも思った。
風評が恐いというお話し。








ジミ-・ペイジが来日して思ったこと!リルコミだあ

おだやかな冬晴れのよい天気だった小平から
こんばんは。

きょうは見積りで走り回ったが、お昼過ぎに
時間が空いたので妻を誘って昼食にというと、
「陳健一」のマ-ボ豆腐のお店に行きたいと
いう。我家の子どもたちもファンだといった。
陳健一はNHKの料理番組や料理の鉄人など
で有名な料理人だが、彼がやっているお店が
JR中央線「立川駅」南口のグランデュオと
いう新しいファッションビルにあるそうだ。
小平から五日市街道を走って車で30分。立
川駅南口はいま開発の真っ最中だった。駅ビ
ルの白い高層ビルの上にも2基のクレーンが
見えた。グランデュオは、北口の「ルミネ」
に対抗した形で新しくなったビルなのと妻は
解説した。まるで大宮駅のような高い歩道を
歩くと、そのままグランデュオの2F入口だ
った。真新しい超長いエスカレーターに乗り、
広々とした快適空間を4Fまで一気に上昇。

立川駅南口側から

5階にはアウトドア・ファッションの「エー
グル」や、銀座の山野楽器も見えた。各フロ
アが真昼の日光が射してるような明るさで統
一され、清潔感で溢れていた。6・7階がレ
ストラン街になっていて、目当てのお店は7
階全部が中華街の中にあった。意外にも、有
名人の店とは思えないほど小じんまりとした
構えだった。外から見るとカウンターだけの
お店なのかな思った。ところが、見ると順番
待ちの列があった。小さな備え付けの四角い
椅子に座ったお婆ちゃんたちが20人弱待っ
ていた。「午後二時だと空いてると思ったわ」
と、あてが外れた妻。順番を待って食べると
次の約束に間に合わなくなりそうだ。「残念
ながら他へ行こう」というと、手早く妻はテ
ークアウトを買った。いまどきはトレッキン
グ・ブームで、週末の中央線の一番電車でさ
えも中高年で満員になるご時世だ。しかたな
いよとなぐさめて、私たちは「タンタン麺」
を食べるのだった。

レッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミ-
・ペイジが来日して、テレビ出演をしていた。
四年ぶりの来日だというから、へ-ッ、ちょ
くちょく日本に来てたんだと思った。格好を
見ると相変わらず黒のスーツを着て、トレー
ドマークのサングラスに金髪のロングヘア-
とえらく決まって、さすが70年代を代表す
るロック・スターの貫禄十分だった。ただ、
顔にきざまれた深いしわが60才半ばなこと
を教えていたけど、目はキラキラと輝いて現
役なんだなあとぼんやりと思った。私とツェ
ッペリンとの出会いは、73年頃だったか、
東芝EMIというレコード会社の洋楽担当者
から、「これも君らと同じような雑誌だ」と
いってもらった「ロッキンオン」で、そのツ
ェッペリンへの熱狂的な記事を読んで感化さ
れてから、中古レコード屋で「ツェッペリン
1と2」のニ枚を買って聞いて、特にジミ-
・ペイジのファンの一人となった。そのあと
で「狂熱のライヴ」がロードショー公開され
たとき、メリケン帰りのシバケンさんたちと
銀座の東劇でオールナイト観賞した。

とにかく「かっこいい」というのが私のツェ
ッペリン感である。聞き方によっては、あの
ハードなギターの中にトラッドっぽさがある
ジミ-・ペイジのかっこよさに惚れていたの
で、大画面で見てその弾いてるかっこよさも
手伝って、単なるミーハーになったのだった。
だから、当時発売された「狂熱のライブ」の
レーザーディスク盤も買って持っていたほど
だ。レーザーディスクのハードも持ってない
のにである。ミーハーここに到れりなのだ。
しかし、あとにも先にもツェッペリンのレコ
ードはデビュー盤とセカンドの二枚だけだっ
た。理由は「ブルーグラスを勉強」するため
だった。あっちこっちウロウロしていられな
い状況があった。ブルーグラスを勉強しなが
らも、その途中で評論家の島田耕さんにロッ
ド・スチュワートを教わったりしたときは、
もういちどロックを聞きたい衝動にかきたて
られたけど、何とか我慢した。

このとき、島田さんご夫婦が私のブルーグラ
スのコーチだった。いろいろ細かいことはす
でに思い出せないが、私にとってジミ-・ペ
イジは、音楽のミーハー時代から決別した頃
の、忘れられない一人なのだ。いまだにかっ
こよさを失わない姿をテレビ画面で見ると、
うん、オレのミーハーもまんざらじゃなかっ
たんだと思った。






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APPENDIX

jin3

jin3

ササキジンの
Little Community
Talkingへ
ようこそ

--------------------
ご意見やご感想などは
こちらへ
--------------------
ライブのお知らせ
NEW !
イッツア・クライングタイム
5月5日
170405kodairact.jpg
--------------------
NEW !
170101kameno.jpg
Rocking' Chair
/Tatsuo Kameno

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    Rocking' Chair
    収録曲
    1.Country blues
    2.Wall ofTime
    3.Banks of The Ohio
    4. Any Old Time
    5. Crazy
    6. I’m Coming Back But I Don’tKnow When
    7. I’ll See You in My Dreams
    8. Put Me On The Trail to Carolina
    9. No9 Train
    10. Warp your Troubles In Dreams
    11. Lullaby In Ragtime
    12. Rockin’ Chair
    12. When I’m Gone

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    ----------


    141015_0001.jpg

    Take Me In Your Lifeboat
    /The Blueside of Lonesome


    1.How Mountain Girls Can Love
    2.Blue Ridge Cabin Home
    3.Kentucky Waltz
    4.Let Him Go On Mama
    5.It's Mighty Dark To Travel
    6.Take Me In Your Lifeboat
    7.My Oklahoma
    メンバー:
    Yoshie Sakamoto / Vocal
    Masuo Sasabe / Guitar, Vocal
    Yasuhisa Kato / Mandolin, Vocal
    Ryukichi Hayakawa / Banjo, Vocal
    Hiromu Teshima / Fiddle, Vocal
    Akihide Teshima / Bass

    制作:The Blueside ob Lonesome
    技術:Ryukichi Hayakawa, Hiromu Teshima
    デザイン&絵:Ashura Benimaru Itoh

    リルコミの紹介
    ----------
    130320IMG.jpg
    SOMEDAY/Yoshie Sakamoto
    1. My Shoes Keep Walking Back To You
    2. Someday
    3. Till A Tear Becomes A Rose
    4. Here Comes My Baby Back Again
    5. If My Heart Had Windows
    6. Blue Kentucky Girl
    7. I'll Take Care Of You
    8. You Take Me For Granted
    9. Under Your Spell Again
    10. In The Garden
    11. You Ain't Woman Enough
    12. We Must Have Been Out Of Our Mind(Duet with Takaaki Sakamoto)
    13. We'll Meet Again

    CDの購入はメールでこちらへMAIL
    1枚2,500円+送料

    坂本愛江の HP


    ----------
    IT'S A CRYING TIME


    Banjo-Eiichi Shimizu
    Guitar-SatoshiYamaguchi
    Mandolin-Kazuyoshi Ohnishi
    Bass-Akira Katsumi
    Fiddle-Morishige & Takada
    売価 ¥1980
    お問い合せ
    ビーオーエムサービス
    ●解説のリルコミ
    「IT'S A CRYING TIME」CDで復活!リルコミだあ

    ----------
    A New Peace Within / LEONA 111022.jpg

    1. A New Peace Within
    2. International Date Line
    3. Little Cabin Home on the Hill
    4. Endless Summer
    5. Close By
    6. Roly Poly
    7. Cherokee Shuffle
    8. Life's Inspiration
    9. Gypsy Spin
    10. Shade's of Blue
    11. Nobody's Love is Like Mine
    12. Soldier's Joy
    ●解説のリルコミ
    本日は臨時号です!リルコミだあ
    オフィシャルHP
    ----------
    「Hello, Old Friend」 cd_tq1.gif

    Tequila Circuit/Hello, Old Friend
    定価¥2,500
    ●CDのHP
    ●解説のリルコミ
    /テキーラ・サーキットのnew CDだよのリルコミで~す

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