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2008-12

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きょうでリルコミは今年最終!リルコミだあ

今年も残り少なくなってきょうは多くの会社の御用納めとか。
我が家の長女も「きょうは御用納めだから早めに帰るわ」などと言って
出かけたが、もうすぐ午後7時だというのにまだ帰らない。
長女のいまの会社は産経新聞社傍系のビジネス新聞に勤務している。
仕事の中身は例によって教えてもらってないが、近ごろ裕福なところを
みると、ちゃんと仕事をして給料をしっかりいただいている様子なので
少し安心している。きょうの小平はやたらめったら寒かった。幸いなことに
現場が市内だったので精神的には楽だったが、休みなく吹き続けた
冷たい強風に午前中いっぱいさらされたので体の芯まで冷え切ってしまい、
昼食でおそば屋さんに入ったときは心から救われたと思った。こんばんは。

さて、私の仕事は30日で終了の予定だが、明日以降のスケジュールが
厳しくなっているのでブログ「リルコミ」の今年度分は本日で終了させて
いただき、新年は5日より始めようと考えました。というわけで本年も
たくさんのブルーグラス人に励まされて続けて来れました。特に4月に
糖尿病の上に風邪をこじらせて食事を吐いたとき、糖分まで一緒に体から
出したために、脳のバランスがくずれると同時に意識を失って転倒。
ラッキーにも妻が傍らにいてくれたので救急車の手配などの処置がよく、
大事に至らなかった。何ともはや、危機一髪のところだった。この時以来、
私が行くべきライブに行かなかったりすると、「また倒れたらしい」という噂が
流れるようになった。シェラ・ハルのバッキンタウン・ライブのときも、私が
神田駅そばで仕事が遅くなっただけなのに「倒れたってよ」と噂が流れて、
それを信じた人が翌日心配して携帯をしてきたこともあった。

「え、ジンだろ?ジンだよなあ・・・」と半ば私がピンピンしているのを訝しく
思いながらの携帯だったが、あくまでも「私は元気だ」と繰り返すとようやく
この道の先輩は信じてくれたようだった。「お互いさまだけど、還暦過ぎて
から病気すると、真実は別にして噂が本物に聞こえる」と有難いような妙な
忠告をいただいたことがあった。今年は4月に神戸から「うれしたのし」を
東京に呼んで銀座ロッキートップで初ライブを行った。このときは転倒後の
リハビリの最中だったが、ナイスなお仲間が強力にヘルプしてくれて乗り
切ることが出来た。そして秋には天下の「ゴローショー」を久しぶりに東京
に呼んで、銀座ロッキートップと登戸のアイリッシュ・ビールがうまい店、
「ジュビリー・ガーデン」の2ヶ所でライブを行った。両方ともに関西のバンド
だが、強烈にお客様にアピールする関西ならではのポリシーも共通して
いた。「うれしたのし」はご家庭の奥様バンドだが、個性はピカイチだろう。

秋深い11月には恒例となった高尾もみじ祭に「エルビス吉川」さんが4年
連続で出演を果たした。今年は「国本武春」さんも競演するという豪華版で
見ていた私たちは超豪華な対比に心酔したのだった。そして同じ11月の
22日には私たちの「Oh! Jin Band」で茅ヶ崎ボチボチにライブ出演が出来た。
箱根フェスの3曲だけの練習ばかりを繰り返していたバンドに「声」をかけて
いただいた鈴木カツ氏や神奈川北陵高校のOBたち、そして小田原ブルー
グラス研究会やとってもハートフルな神奈川のブルーグラス・ファンに囲ま
れて30分以上のステージをこなすことが出来たことが奇跡だった。
何よりも今年1年を通して、「デッドマン・ウオーキング」のライブをほぼ見る
ことが出来たことが勉強も出来てよかった。毎月のロッキートップ・ライブで
少しづつながらまとまっていくバンドを目撃していたのだった。須貝重太さん
率いる「タヒチ倶楽部」のライブにもよく足を運んだ。美人の女性二人のボー
カルが特長のパーラージャズ・スタイルが目を引く。地方には絶対にない
バンドなので是非、上京の折にはお奨めしたいナンバーワンである。

書くときりがなくなるのでペンを置くが、アメリカの本場のブルーグラスバンド
の現状をあまり知らない私には、というよりも勉強不足で80年代以降の
ニューカマーたちをほとんど聞いていないのでいったい何を買っていいのか、
CDの買い方も分からなくなった時代遅れの自分に、何がいちばんかというと、
年を取っても輝きを失わない日本人のブルーグラス・バンドのエキサイティン
グぶりが爽やかで楽しいのだ。いわゆるブルーグラスを共有する楽しさを
味わって幸せを噛みしめている。かつて、明けても暮れても本場アメリカの
ブルーグラスを聞きまくって、少しの変化も見逃さなかった時代もあったが、
これまでは生活に追われてニューカマーの変化には手が届かなかった。
まあしかし、これからは日本人が録音をしてCDを売るということをできるだけ
後押ししたいと考えている。

今年のスペシャルサンクスです。
Oh! Jin Bandのみんな、Satompusさん、オックン、シバケンさん、ギッチョ、
本間さん、エルビス吉川さん、うれしたのし、ゴローショー、小田原研究会、
神奈川北陵高校OB、コイケ&ザ・ビタミンズ、西貝さん、オーミさん、横浜
ビューティフル・ピープル&レッド・アランさん、T・シマダさん、seburiさん、
アキラさん、須貝重太さん、ナカニシさん、なっちゃん、オトメちゃん、鈴木
カツさん、新潟のヒゲさん、そして私の妻に。













本日の現場は羽田空港そばだった!リルコミだあ

冬だというのに暖かい1日でしたが、きょうは羽田空港のそばまで遠征して
たったいま帰宅しました。こんばんは。

小平に嫁に来た犬好きお散歩奥さんの実家を紹介されて3年前に大田区
久が原にハウスクリーニングに行くと、実家の知り合いの奥さんがたまたま
やって来てその出来上がりを見たら、「どうしても私の家もきれいにして」と。
つまり、彼女の自宅が羽田空港そばだったのだ。ほぼ正方形に建てられた
お宅は3F建て。私がガラス清掃の役目を引き受けたが3階東と北側の窓は
すべて垂直の絶壁。ガラスの向こうはストンと何もないから、外側部分の
ガラス切りがえらく恐い。内側から脚立に乗って窓の敷居を「ヨイショ」と跨い
だまではよかったが、外側の足がぶらぶら状態で作業となると何やら外へ外
へと体が引っ張られる気がして思わずガラス枠を掴んだけど、こんどはその
枠が外れるんじゃないかと2倍も恐くなった。そして、下を見ないようにと気を
つけるんだけど、つい何かの拍子で遙か下の路地が見えてお尻がむずむず。
「どうしようかな」とため息をつくと少し落ち着く。1カ所のガラス枠(サッシ)に
左右の恐怖体験をしながら午前中いっぱい、トータル4ヶ所のガラス切り&
サッシ清掃に成功した。東側のガラスに移ったとき目の前の屋根に猫が横に
なって気持ちよさそうに寝ていた。私がガラス切りを「スクライパー」という専用
道具で洗剤入りの水を引くと「キーッ」という摩擦音がした。すると猫がすっくと
起き上がって私と目が合うと、「ギャー」とひと声叫ぶと脱兎のごとく屋根から
塀に飛び降りて逃げて行った。なんだ、なんだヨ!あいつ俺の顔を見てから
逃げてったな、どういうことだよ。まったく、ひとの気持ちも知らないで。俺が
逃げたいくらいだよ!というわけで午後5時半終了。多摩川土手通りを延々と
上流へ遡る形で府中是政橋まで1.5時間のドライブ。是政から我が家までは
30分。合計2時間の所要時間でした。













きのうは忘年会!リルコミだあ

おだやかに晴れた小平からこんばんは。

暮れも迫って来ましたが、きょうはクリスマス・イブ。若いころはあちこちに
飲み歩き、酔った勢いでサンタの帽子をぎってかぶったまま帰宅したこと
もありました。いまでも年に1回は飲み過ぎて悪のりすることがありますが、
悪のりは翌日になって正気に戻ったときに自分に対してもの凄い嫌悪感を
おぼえます。いつだったか、散々に暴れたあとに2階からダイビングして頭
を強打、新婚の友人(Satompusさん)宅に運んでいただき、心配そうに
ご夫婦が私の顔をのぞいているときに目が覚めたこともありました。こんな
ときは「いっそ死にたい」などと猛反省をするのだった。「二度と飲まない」
と決意をする。ところが、翌日になるともうまるで忘れてしまい、「ビールね」
「イカ刺しね」などと元の黙阿弥に戻るのだった。ダメ男の典型だった。

そういうわけで、きのうは取手駅そばの「ジューン・アップル」まで忘年会に
出かけてきました。同行は先述のSatompusさんに本間さん。そして主催は
デッドマン・ウオーキングのライブで一際目立つ応援をしてくれる我孫子市
在住のDADさんだったが、午後4時開始時刻に着くと店内は超満員の盛況。
司会も兼ねるDADさんの鮮やかな進行でどんどん地域のバンドが登場して
力を込めて歌い演奏をしていた。浦安の集団、地元取手のバンド、水戸から
の集団に加えて横浜からも駆けつけていた。「彼が○×さん、ギター弾き」
最近、凄いマーティンを手に入れた独身男などと本間さんにいちいち説明を
聞きながら、初めて見るバンドをじっくりと楽しんだ。宴もたけなわのころ、
バンジョーマン、ギッチョとマンドリンのタローが登場すると拍手喝采が起き
た。プロ・ミュージシャンで活動するタローは、「仕事が早く終わって」飛んで
来たといってカナダドライをグビッとやると、すぐに「タローさん!」とプレイの
声がかかった。私的には本間さんとツイン・マンドリンでやったときが非常に
エキサイティングで楽しかった。宴は進み午後8時で中シメ。遠方からの私
たちや横浜からの「歌うベース・ウーマン」は中シメで取手をあとにした。
私が飲んだお酒はジョッキビール2杯だった。狂う前に自制心が働いたのだ。
エライ!なあんちゃってね。Mr.DADさん、楽しかったよ!ありがとう。












首都高速で西大井へ仕事に行く!リルコミだあ

土砂降りの首都高速を五反田から上がって新宿~高井戸~中央高速
の国立府中で降りて午後8時30分に帰宅。こんばんは。

そういうわけでものの見事に残業となった現場は「西大井」だった。これ
までの人生でいちども行ったことのない土地だったが、朝も首都高速を
使って迷わず8時30分に到着。エッヘン!。きょうも明日もきのうもいま
はずっとご家庭のお掃除をしているのだ。今日の現場は小平在住の妹
からお姉さんを紹介されて行くと、電話で言ってた内容と大幅に違って、
お姉さん「悪いわね」を連発しながら、次々にお仕事を増やしてくださっ
た。「悪いわね、この天井の照明もきれいになるかしら」、「悪いわね、
コーヒーをどうぞ!」などなど。標準よりもかなり小さいトイプードルをあや
しながら悪いわねおばちゃんと付き合って9時間あまり。「他にありませ
んか」と確認すると、「悪いわね、まだあるけど時間だわね」と言って解放
してくれたのでした。仕事金をいただいてホッとしていると、「これで食事
でもしてね」とチップをくださった。門まで私たちを見送ってくれたお姉さん、
「少なくて悪いわね」と言うのを忘れなかった。車中で確認すると1万円
もあった。一瞬、幸せな気分がこみあげて来た。明日も仕事だ!

不景気に振り回される派遣社員!リルコミだあ

連日のおだやかな晴天が仕事をどんどん進めてくれます。こんばんは。

派遣切りという言葉が新聞紙上に毎日のように踊っているが、首を切られた
派遣社員が労働組合を組織したというチラシを配っているのをテレビで見た。
しかし、この一連の派遣切りの中にあってなぜか「○×派遣会社」の姿が
さっぱり見えないのが不思議だ。派遣社員はその名の通り○×派遣会社に
所属して初めて派遣になるのだ。だとすると、派遣先のキャノンやいすず自
動車に「不当解雇だ」と訴える前に、まずは自分の所属する○×派遣会社に
戻って首を切られたから何とか他の受け入れる会社などを探せ、あるいは
不当解雇を訴えて交渉してくれと言うのが本筋だと思うが、なぜか見えるの
は首を切られて路頭に迷っている派遣社員だけである。

たとえば○×派遣会社そのものを大手企業が間接的に経営していると仮定
した場合には、たぶんこの大騒動になった場面には出にくい。我が家のそば
にあるパン工場には最盛期、たくさんの外国人が夜昼交代で24時間働い
ていた。外国人の分類はブラジル人の男女がほとんどでほんの少し中国人
だった。それはパートタイマーと呼ばれていて彼らには時間給が3,000円も
支払われていたそうだ。日本人だと夜中勤務でも1,000円ちょっとの時間給
だったから、その差額はものすごい。ただ、外国人たちに3,000円がすべて
渡っていたかというとそうではなくて、日本人と同じ1,000円ちょっとだったと
いう。ここで差額2,000円をピンハネした法人が存在して外国人の管理運用
をしていた。これがいまでいうところの派遣会社の原型だった。

いまではそのパン工場に外国人は誰もいなくなったが、当時は日本で1万円
を稼ぐとブラジルでは12万円の価値があって働き手には困らなかったらしい。
時代が進んで小泉元首相が登場すると「製造業」でも派遣業が認められた。
不況時には首が切りやすく便利であり、好況時だと派遣会社を関連に持つと
有利だと考えた大手企業だってあったはずである。まあ、会社は利益追求が
本分だけど派遣会社にはもっと姿を見せてほしいな。きょうは書き慣れない
ことを書いて疲れた。目がしょぼしょぼして限界を知らせてくれた。フーッ!







閉店を発表した武蔵村山三越デパートに行く!リルコミだあ

やわらかい冬日に浮かんだ菜の花を見つけた場所は武蔵村山。
いまどき咲くなんてと思わず車を止めてよく見ても菜の花だった。
こんばんは。

きょうは閉店を発表した武蔵村山三越まで妻と買い物にでかけた。
近ごろはもう少し箱根ヶ崎寄りのジョイフル・ホンダばかり贔屓にして
とんとご無沙汰だったが、「○×さんには果物がいいわ」三越に
行きましょうと背中を押されて、たぶん1年ぶりに三越の駐車場に
車を停めた。きょうは久しぶりに仕事を休んだので昼寝をしてやろうと
考えたが、予想通りそうはならなかった。「デパートの閉店て見たこと
がない」だから是非、お歳暮のひとつはここで買ってみたかったと
妻がいった。「少し安くなってるかも」と本音もポツリ。

この人こそ商売人と思った男の店員があっという間に果物を詰め込み、
笑顔も晴れやかに「サービスカウンターにまわしておきます」と言って
別の売場にさっそうと去った。言葉遣いも物腰も一級品で、しっかりと
自分の売りたい果物をすすめて私も妻も気持ちよく買った。さすがに
三越だ、活きがよく気の利く店員がいるだけでうれしくなった。これに
酔ったのか妻は、「やっぱり武蔵村山には三越が必用ね」などと意味
不明なことを口走りながらも、「安いわ」といって子どもに肉類を買った。
「旦那!」中国人が豚まんを売っている前を通ると、「ひと口!」食べて
とツマヨウジの先にほんの少し豚まんの付いたものを差し出した。



「トウタ、ウマイアルヨ、ヨカッタネ」えっ、まだ食ってねーよ。「この青い
野菜は何?」と見つめながら口の中へ入れると淡くにんにくの匂いが
した。「ワカルカ、ダンナ!ソレ、キョウザ・ニンニク、カオリバツグンネ」
ああ、行者にんにくね。「ソ、ソウ、キョウザ・ニンニク。ニッポンゴ、ペン
キョウチュウネ」白い料理服にどんぐりまなこが笑っている。他にお客は
いなかったせいでこの中国人は私に何とか買ってもらおうと必死のよう
だった。キョウザ・ニンニクが入ってないのもあるよというよりも速く、ツ
マヨウジが出された。「むむ、これは薩摩揚げの味だ」と言うと、「オー、
マッテイマシタ、エッ、アア、マチガエタネ、ハハハ。コレ、ベツネ、、、」

私は行者にんにく入りの豚まん10ヶを1,200円で買った。慣れない
日本でがんばって売ろうとしている情熱に根負けしたのだった。お金を
払っていたときに妻が寄ってくると、「コノヒト、タレアルノ?」と聞くので、
「私の奥さん」と応えると、「オー!ソウカ、ヨク、ワカッタヨ」といって2本
もツマヨウジを出してきた。「ワタシ、チューゴクカラキタネ、ソレ、キョウ
ザ・ニンニク。カオリ、イイヨ」また売り込んでいた。こいつ、私の言った
意味が分からないのか、分かっていてもコケにしているのかと思ったが
苦笑いして売場をあとにした。師走も残り10日余りとなった。















デッドマン・ウオーキング・ライブ!リルコミだあ

雨雲が重くたれこめた空から冷たい雨が一日中降り続けた小平から
こんばんは。

きのうは銀座ロッキーへデッドマン・ウオーキングのライブに行ってきました。
対バンはミスター千葉フェス、小浜さん率いる「ロンサムグラス・ボーイズ」だった。
バンジョーマンが横浜の小山さんだったのでビックリ。モダン・サウンドの「キララ」
の他にこんなにトラッドなバンドでもプレイしていたのかと少し意外だったが、
エンディングの粋なフレーズなど随所に渋くトラッドサウンドを支えてさすがだった。
ウッドベースは入来さんだったがこちらは先刻承知で、「12月のロッキーは
デッドマンとロンサムだよ」と早々に教えてくれた。おかげさまでトラッドでソフトな
小浜サウンドを目一杯楽しむことが出来た。メンバーは他にフィドラーとテナー
ボーカル&マンドリンが加わった男子5人。千葉フェスで見る小浜さんとはひと味
違っていて、信条のソフトボーカルが暖かく聞こえた。

デッドマンとは3ヶ月ぶり。先月、その日に急な打合せが入り参加出来なかった。
きょうのデッドファミリーはおテツに夢弦堂主人、そしてTBSテレビ「とくばん」出演
後(18日放送)に駆けつけたタローに私の4人。いつも真ん中で熱く観戦する
DADさんたちの姿が見えなかった。リードボーカルのサトンパスさんがコーラスで
やるハイ・テナーがリッチー・フューレイみたいに澄んだ裏声が気持ちよかった。
シバケンさんのマンドリン・プレイも最高で、特に弾きはじめのパチッという例え
ようもない彼独特のフレーズはホントに強烈だった。エレベーとテナー、ときどき
リードも歌うオックンも元気一杯、ときどき勢い余ってコースアウトするほどだった。
バンジョーのギッチョがこのところ抜群にいい。私たちのOh! Jin Bandでやった
茅ヶ崎ボチボチのライブでもえらい快調だった。

デッドマンはメンバーそれぞれが強い個性を持ったバンドで、それぞれが妥協を
許さないまま進むといつかは空中分解してしまうものだが、きょうの2回のステ
ージを見るとその個性どうしが非常にうまく絡み合って、ゆるめたり絞ったり、
強かったりやさしかったりと自在な表現が楽しめた。サトンパスさんのリハビリ
目的という面もあってスタートしたバンドだが、いまや最強のボーカルバンドに
なりつつあるようだ。タローが飛び込んで数曲やったが、これがバンドに火をつけ
た格好でエンディングまで超「レッドホット」になった。












きょうはデッドマンのライブ!リルコミだあ

連日の晴天が仕事を助けてくれて感謝の一言。小平からこんばんは。

本日はこれからロッキーへ「デッドマン・ウオーキング」ライブを見に行き
ます。もう少し早く仕事をしまってブログをゆっくり書きたかったが、どん
どん仕事が進んで調子に乗ってぎりぎりまでやってしまいました。
現場は小平のお百姓さん兼大地主だったが、畑から戻ったばかりの
おじいちゃんが一言、「大根と白菜を持って行け」と言うや、ドスンと大き
な大根と白菜を私の軽に積んでくれました。両方とも見れば見るほど
どでかい。おじいちゃん、「きょうはもう、しまうべえ」というと悠然と離れ
に向かった。ここは木造建築で1億2千万円で数年前に新築したが、
新しい家には跡取りファミリーが居住して、おじいちゃん夫婦は元の古い
家屋に住んでいるのだった。御年89才。車の運転もするし、もちろん
お百姓仕事はばりばりの現役である。決して慌てないところがいい。
午前中の休憩のとき、「きょうは銀座へ行く」と言うとおじいちゃん、ぴくっと
反応して「ホウ」と一言。遠くを眺めるような目つきだったから、銀座には
何か引っ掛かるものがあるのかなと思った。もう時間が来た。

クリスマス・プレゼント!リルコミだあ

きのうの午後から突然晴れてきました小平地方ですがきょうも晴れの
いい天気に恵まれて仕事も進みゴキゲンな1日でした。こんばんは。

きのうは長女に誘われて入間市(埼玉県)の「三井アウトレット」まで
行ってきました。お昼頃、強い氷雨降る中を妻と長女を乗せてアッシ
ーくんに徹して、いつもよりも慎重に運転したのにスイスイと40分くら
いで現地へ到着。悪天候のせいだと長女は分析してくれたけど日曜
日のアウトレットは空いていた。「きょうはお父さんにクリスマス・プレ
ゼントをするよ」、「私が選ぶものだけよ」と、いつになく私にやさしい
長女に、「ハハーッ」と最敬礼をするのだった。駐車場は風が吹き予
想外の寒さだった。長女も妻も鼻のてっぺんを赤くしてゴジラのように
白い息を吐き出していた。まっすぐに紳士服店の中に入るとどんどん
奥へ進み、上着がずらり下がっているコーナーがあった。「ハイ、これ
を着て!」と茶色系の上着を着せてくれるのだった。

いつの間にスーツの上着をすんなり着せられるようになったんだろう
かと思いながらも姿見に映った自分を見ると、何だかしっくりしてない。
しかし、「ウン、ウン、予想通り。この方が絶対にいい」と後ろの方で
長女は妻とうなずき合って、「これに決めたワ」と早くも決定。そうかな、
似合わないんじゃないかというと、「これでいいの。これからは外出に
上着を着て」出かけてほしいと考えたのホホホホ。そうだった、これは
長女からのプレゼントだった。自分の好みを主張する場合じゃない。
「中に着るカジュアルなシャツも買うわ」と言うので、それだったらコロ
ンビアがいい。そこのXSサイズは俺にピッタリというとあっさりオーケ
ー。ついでにマフラーなども買っていただいた。

〆て2万円の思いがけないクリスマス・プレゼントに私は大興奮。そも
そも長女とは中学校頃から常に会話が少なく、いきおいサッカー小僧
かわいやとそっちにばかり父親の愛を注いでいたので、大きなプレゼ
ントなど想像もしていなかった。ようやく父の存在に気がついてくれた
かと思って、「こんなうれしいことをどうして、ホワーイ?」と聞くと、
「じつはお母さんには買ってあるの」、お母さんだけだとバランスが悪い
でしょ!だって。ま、ついでだっていいさ。うれしくて寒さが感じられなく
なった私なのでした。











明日は西武ドームでバザー!リルコミだあ

暖冬が三日も続いた小平からこんばんは。

大手町に通勤している長女がきょうはお休みを取って何やら自室で
ごそごそしてたと思ったら、「お父さん、明日西武ドームのバザーに
出るから送ってね」と頼まれてしまった。すると妻が「私も売りたい」
と便乗してきた。「搬入は何時から?」と私。午前8時30分には現
場に入らなければならないからねと言うと、「朝、7時30分からOK
だから大丈夫だよ」と計算していたようだった。長女は3年前にもこ
このバザーに出て4万円も売ったと言っていた。6千円のブース代
を払っても十分に潤ったのだ。柳の下の2匹目のドジョウを狙いに行
くわけだろうが果たして、、、。

間もなく雪が降り続きスキーシーズンになる。友人のSatompusさん
の大好きな季節到来である。今年のスキープランのあれこれが頭の
中をよぎって、興奮して寝られない夜があるのも今頃である。私は子
どもの頃は北国だったからこの時期の楽しみというと、誰よりもでっ
かい汽車型雪だるまを作ってやるとか、野ウサギ狩りで1匹捕まえ
てやるぞと空想してみたりとか、本格的に雪が降ってくる前にはいつ
もこんなことを考えていた。「かい掘りに行こう!」と友だちが言い出
すのもいつもこの頃だった。横幅40センチの細い川の上流をせき止
めて、すっかり水が引いた川にいる魚を獲る遊びである。

せき止められた川の水は稲刈りが終わって広々とした田んぼへ流し、
30分も経つと水が引いて魚がよろよろと姿を現すという仕掛けだが、
これはおもしろかった。水の冷たさや吹き付ける寒風なんて獲物の
前では南国ハワイで、「山女魚捕ったどーッ」と30センチ近い魚体を
抱えて踊っている友だちや、干すとダシが出る「かじか」(ハゼ型)を
まとめて捕まえている友だちなど、11月の山あいの荒野に不釣り合
いな子どもたちの歓声がこだまするのだった。2時間もやっていると
手指がかじかんで来る。誰かが「ダメだー」というところで「かい掘り」
は終了。

大急ぎで流れを戻し、近くにあった無人の牛馬の放牧小屋に集合。
天井が焦げ付くような勢いで火を焚いて、そこに輪になって獲った魚
を焼いて食うのだ。小屋に残されていた塩がいつもの調味料だった。
私はこのとき「ナマズ」を1匹つかまえていたが、エラのところの突起
で親指をグサッと刺されていたけど、こいつも焼いて食った。友だち
にも食わせてやったら、「うめえ、うめえ」と2回も言って小躍りして食
べた。友だちはいつも5~6人。かい掘りが出来る年令は中学生以
上だ。全員がマッチで火を焚きつけられ、火の始末が出来た。

みんなのバケツには重く獲物が入っていた。服を汚してもこれで怒ら
れないで済む。「来年はオレ、サケをつかまえてやる」と夢はデカか
った。もうすぐ雪が積もる直前のタイミングで遊んだこの思い出が今
になっても鮮やかに思い出す。この時期を外すと「かい掘り」は雪が
積もったり、草むらにマムシが棲んでいたりして不可能なのだ。友人
のエロビスは宮崎県にまぐろを釣りに行ったらしい。子供心は大切に
したいものだ。









アメリカ「ビッグ3」救済への私感だ!リルコミだあ

暖かくておだやかな初冬の小平でした。こんばんは。

金融危機の本家となったアメリカでは経営不振に陥った自動車メーカー
の「ビッグ3」、つまりGM、フォード、クライスラーを税金を投入してまで
救済すべきかどうかと議会では相当にもめている。もめるのはしかし当
然のことで、普通に考えると「無能な経営陣」が売れない大型乗用車を
作り続けたことによって膨大な累積赤字となり、経営が成り立たなくな
った。「私の(経営)ミスでした」とGMの社長が議会で証言もしている。
こんな経営陣がそろっているビッグ3に果たして国民の税金を使って救
済してもいいのだろうかと思っていたが、民主党が主導して150億ドル
(1兆4千億円)のつなぎ融資が実行されそうな気配になっている。

私はビッグ3は破綻するべきだという考えだ。例えば日本の民事再生法
のような法律の下で会社を再生させる方がいいと思う。安易な救済だと
面の皮の厚い経営陣は居残る可能性があるし、経営責任の明確化も
出来ない。しかし一方では、数百万人にも及ぶ従業員とその家族が破
綻となると路頭に迷う問題があって、冷たく破綻させていいものだろうか
という議論がある。来年1月に新アメリカ大統領に就任するオバマ氏は
「救済派」の積極論者だ。確かに破綻となったら、ものすごい不景気が
やって来る。日本に例えるとトヨタ自動車と日産、ホンダなどがいっぺん
に倒産するのだから、それこそ未曾有なことではある。

ただ、自動車会社は関連会社はあるにしても、銀行が倒産した場合の
「連鎖倒産」の恐れはない。関連の企業などはしびれるような不景気と
立ち向かわなければならないことにはなるけど、やっぱり一度すべてを
明らかにした上で、新しくて有能なリーダーの元で再生を尽くすのが、
ベンチャーズの「急がば回れ」ではないか。しかし、もうひとつの私の気
持ちは「ビッグ3の倒産」をこの目で見たい!と不謹慎にも密かにお天
道様にお願いしちゃっているのだ。悪い子!









自転車に乗る老人にマナーを教えろ!リルコミだあ

きのうの雨がうそのような晴天に恵まれた小平からこんばんは。

ソニーが16,000人の人員削減を行ったといって夕方のテレビは
各局ともに大騒ぎになっていた。外国工場を含め16,000人のうち
半数は正社員だというから、ついに来たかと思った。とにかくこの不
景気を乗り切るためリストラを断行して年間ベースで1,000億円の
経費削減を見込むのだという。リーマンショックが金融危機を呼び込
み円高が進んだ。現在1ドルが92~93円で推移しているが自動車、
家電品など輸出産業にとっては円高が何より恐ろしい。ソニーだって
ついこの春頃は「最高益」を達成したとニュースが流れたばかりだっ
たのに、もうこんな体たらくである。厳しい先行きを見越した人員削減
だとは思うが、正社員にまで削減が及ぶとなると便乗を疑いたくなる。
つまり、この未曾有宇の不景気だからこの際一気に整理を狙っても
目立たないとも考えられる。しかし、不本意ながら不景気に慣れない
といけないようだね。「醜女(しこめ)は三日で慣れ、美女は三日で飽
きる」こんなことわざを思い出したけど場違いかも。

いつものことだが自転車に乗った老人のマナーが非常に悪い。仕事
柄、横町の路地を通ることが多いのだが、毎日のように老人たちが
乗る自転車に冷や冷やさせられて頭に来ることが多い。とにかく自転
車に乗って真ん中を走ったり、飛び出したり、立ち話に夢中になって
いたり、よろよろと走ってそのまま倒れかかったりとやりたい放題だ。
こんな老人たちが同じ道路を走っていることが信じられない。自転車
に乗ったらマナーが必用だぐらいは分からないのかバカモノドモメ!
きょうもひどかった。午後3時過ぎに、前方に近ごろ流行りの小さな
バスがバス停に止まったので後方で止まって待っていると、細い路地
(車は通れない)から突然、飛び出た自転車が歩行者ともろにぶつか
った。倒れた歩行者(中学生)を救って当然なのにそいつは何と、体勢
を立て直して逃げはじめた。「おいおい、そりゃあないぜ!」と思ったが
私は身動きが出来ない。スイッと路地を横に曲がって視界から消えた。
加害者は明らかな老人だった。バスから降りていたお客の一人が、
「逃げたってすぐ分かるよ」この道を通らないで済むものかと言って逃げ
た加害者の方を振り向いた。幸い中学生は怪我をしなかったようだが、
ひどく醜いものを見てしまった。コノヤロー!















九州を代表する「レモンスライス」3年ぶりの東京登場だ!リルコミだあ

午後から予報通り小平は雨ふりとなりました。こんばんは。

大分というよりも九州を代表するデュエット・バンド、「レモン・スライス」が
3年ぶりにロッキー・トップに登場します。来年1月17日(土)夜7時30分
からの3ステージで、その爽やかなブルーグラスを余すところなくご披露
します。今回はレモンスライスの企画で、ゲストに東京の精鋭が参加して
ビッグサウンド・スタイルにも挑戦する予定です。滋賀フェス2年連続2位
の実力と親しみやすい「面白MC」を混ぜたレモンスライスのステージは、
新春のさわやかライブです。是非ご覧ください。

lemon
●レモンスライス;上尾光邦(アガリオ・ミツクニ)ギター&ボーカル
          渡辺 優(ワタナベ・ユウ)ウッドベース&リードボーカル

●ゲスト    オトメ・ミエコ(ギター&ボーカル)

         テシマ・ナツエ(マンドリン&ボーカル)

         ハヤカワ・リューキチ(バンジョー)

         テシマ・ヒロム(フィドル)

*日時 2009年1月17日(土) 開演;午後7時30分~

*ミュージック・チャージ 2,000円

*予約&お問い合せ 03-3571-1955 ロッキートップまで



ホンダのF1撤退の続編です。ホンダが今年限りでF1を撤退すると決定
したことによって様々なところから惜しむ声がホンダに寄せられているとか。
F1ファンにとってはまさに青天の霹靂のような驚きでしたが、英国にある
ホンダF1チームの基地「ホンダ・レーシングF1チーム」の最高経営責任者
のニック・フライ氏も撤退発表のわずか1週間前にホンダ(本社)から伝え
られたそうだ。朝日新聞のインタビューによると、「来年、共に勝利を味わう
はずだった」、「今年はわざと開発にお金はかけなかった。来年09年の車
に100%の力を注ぎたかった」とフライ氏。残念でしかたがない様子。
現在、チームはすべて売りに出されて買い手を待っている状態だという。

デッドマン・ウオーキングのリーダーでレーサーのSatompusさんは、「スー
パーアグリ・F1チームを撤退させたとき、ホンダの撤退を少し予感した」と
言っている。1950年にF1グランプリ(世界選手権)が始まって、ホンダは
64年には「時計のような精密機械」といわれたエンジンを搭載してデビュー。
途中で中断を繰り返しながら3度に渡って復帰を果たして「世界のホンダ」
をアピール。先端技術の粋が集まった世界最高の自動車レースの中に
あってホンダの名前は燦然と輝く一等星である。ネクストはあるのか。









ウエイフェアリング・ストレンジャーズ国立ライブ!リルコミだあ

高い飛行機雲が夕日に照らされて真っ赤なスジ状になって北へ向かって
いるのが見えた小平は雲ひとつない快晴でした。こんばんは。

先週金曜日、自宅から25分のライブハウス「国立はっぽん」へウエイフェア
リング・ストレンジェーズ、通称「ウエファ」を見に行ってきました。ウエファは
東京のブルーグラス界が誇る伝説の有名バンドでありながらも実は国立か
ら荻窪が拠点という、私たちの地元を代表するバンドでもあるのだ。さて、
国立駅に着くと駅はただいま大工事中。仮設の白い鉄板の間を抜けると南
口のロータリー。大通りを行くとすぐ右側に一橋大学があるが、何といっても
春になるとこの大通りの両側の桜が名物で超有名である。この日、日がとっ
ぷりと落ちた駅前はツリー形の大きなクリスマス・イルミネーションがずっと
並んでかなり幻想的だった。私が住む小平とは大違いだなあと悔し涙。

ライブハウス「はっぽん」はロータリーから徒歩で5分ほどの2Fにある。私は
きょうで2回目だと思ったが近ごろは記憶が妖しくてまるで自信がないなあ、
と考えながらドアを押して店内に入るとウエファのファンで超満員!いきなり
別世界に迷い込んだ感じがしてギョッと驚く。そうだった、ウエファにはファン
がたくさんいたのだった。もう少し早く来なければいけなかった!と空いてい
る席を目で追いかけていると、メンバーのTK田さんが私を見つけてくれて、
「HR川さんが来てる」というではないか。「ヤーヤー、ここで会えるとは、、、」
と言って無理やりテーブルに混ぜてもらった。HR川さんは「ニュー・エクスペ
ディション」のバンジョーマンで私とは古い友人。さっそく口ジャムに突入、、。





ウエファはカントリー・ジェントルメンをベースにしたレパートリーを多く演奏した。
60年代から続くコンビネーションには少しの狂いもなく、特にコーラスが抜群
にまとまっていた。よく知った間柄のお客さんとキャッチボールするMCも絶妙
で、大笑いをはさみながら段々と盛り上がっていった。間にマンドリンのK藤
さんが直接指導した女性2組のバンドが登場。ぷるぷると震えながらもきちん
とメロディラインを守って歌い切った2組には暖かい大きな拍手が贈られたが、
まったくの初心者をデュエット・バンドに仕立て上げたK藤先生の手腕もさすが
の指導力だった。ウエファの2回目のステージが終わったのが10時30分すぎ。
いつもは銀座や新宿曙町と1時間以上もかかる遠方だけど、きょうは30分も
あれば帰れる。非常に精神的に解放された国立はっぽんライブだった。











ホンダ「F1撤退」発表!リルコミだあ

午後になったら強風が吹きにわかに黒雲が走り暗くなった途端に
雨がドバッと降ってきた小平でしたが、夕方のいまも雨風はやんでいない。
こんばんは。

ホンダがF1を撤退した。きょう午後、福井威社長が記者会見をして「成績の
悪いまま撤退をするのは非常に残念だ」と悔しさをのぞかせて明確に撤退を
発表した。原因は世界的な金融危機に端を発した不景気により、業績悪化。
来月には国内の期間従業員を760人も削減するところから、年間500億円
近くかかる現代のF1活動をバランス的に中断、撤退を決めたのだろうか。
ただ、来年の「F1日本グランプリ」の鈴鹿サーキット開催にはこの撤退発表
は影響を及ばさない。つまり、予定通り開催するということだ。また、トヨタは
これまで通り来年も変わりなくF1活動は行うと発表している。

いやー、驚きました。前フェラーリのレースエンジニア、「ロス・ブラウン」氏を
去年スカウトして、ようやく勝てるチーム編成を進めているのだろうと思って
いた矢先に中断、撤退とはビックリ。車が売れず、期間従業員といえど仲間
の首切りをする以上は会社としても「いちばんやりたいこと」を続けては行け
ないと判断したのだろう。この辺は創業者、本田宗一郎氏の考え方がいまも
尚、脈々と流れているんだなあと改めて考えさせられた。これでホンダは3回
目の撤退になる。1期目は64年~68年、1.5リッターと3リッターの両方で
それぞれ1勝づつ勝利をあげた。このときは真っ白なボディに日の丸というス
タイルだった。私はジョン・サーティーズがイタリアGPで勝った3リッターのマ
シンを朝霞の本田技研に忍び込んで見ている。

2期目は83年~92年だ。83年頃はルノーが先鞭をつけたターボエンジン
が全盛だった。「1,500馬力」などというパワーはいまから振り返ると隔世の
思いだが、ホンダはエンジンだけの参戦という格好で「ウイリアムズ」に供給、
確か85年と86年には連続チャンピオンになった。今年、ルノーチームでドラ
イバーデビューしたネルソン・ピケJr.のお父さんとナイジェル・マンセルが共に
チャンピオンを分けた。87年、ここからホンダはロータスとも組むが、それは
不世出の天才ドライバーといわれた「アイルトン・セナ」がロータスに乗ってい
たからだといわれていた。この年から鈴鹿で日本グランプリが開催され、初の
日本人F1ドライバー、「中島 悟」がデビューを飾った年でもあった。

F1が鈴鹿で開催されて中島もデビューした。「行くっきゃない」と決意して私は
初めて生のF1を見に行った。87年だから、もう20年前だ。黄色のレーシング
スーツに黄色いヘルメットのセナが、ストレートを矢のように走ってきて私が這
いつくばっていた1コーナーに突っ込んで来た。耳が割れるようなエンジン音と、
焼けたオイルとタイヤの焦げた匂いを残して優雅に1コーナーを立ち上がって
行くセナの姿はいまでも記憶に焼き付いている。まるで時間が止まったように
セナだけが見えていた。グランプリは3日間の開催だから、フェス慣れした私は
このときテント生活だった。北海道からたった一人で乗り込んできた男性ファン
と知り合い、私のウォークマンを(ニューグラス・リバイバル)聞かせると、「ボク
には合わない」と言われてしまった。

88年、アイルトン・セナはマクラーレンに移籍。同時にホンダもエンジン供給を
始める。とまあ、ここまで書きましたが突然、国立駅そばのライブハウスまで
出かける用事が出来ました。約束の時間が迫り、きょうはここで中断します。







ムーンシャイナー12月号が届く!リルコミだあ

やわらかな日ざしが初冬の小平を包んでとてもゆっくりな1日でした。
こんばんは。

アシュラ画伯のペインティングしたサンタクロースがマーティンとバンジョー
を持ってごきげんな表紙は「ムーンシャイナー」誌12月号。我が家にはきの
う届きました。中身というか表2の写真を見てギクッと驚きました。何と、
トニー・ライス・ユニットが復活の写真だったのです。御大トニーはいくらか
痩せ気味に見えたがドレッドノートギターを抱えた天性の形にいささかも乱れ
がないようだった。メンバーは弟のワイアット・ライスのサイドギター、フィドル
にはリッキー・シンプキンズ、紅一点のウッドベースにプリン・デイビス、
そして新メンバーにあのジョッシュ・ウイリアムスがマンドリン&リードボーカル
で加わるというファンにはヨダレもんの復活である。ジョッシュ・ウイリアムスは
今年度のIBMA最優秀ギタリストに選ばれた優秀な若手有望なミュージシャン
だが、彼が在籍しているうちに是非とも録音をしてもらいたいなあと思った。

尚、ジョッシュ・ウイリアムスへのインタビューが掲載されているのもタイムリー
でした。インタビュアーはマロ川端氏。マロ川端さんはアメリカ在住の本格的な
ブルーグラス・ミュージシャン。来年4月には凱旋日本ツアーを予定しているが、
(詳細は後日ここで発表します)このインタビューも自身がミュージシャンという
ことも手伝って、バックステージの匂いがしてきそうな臨場感のある会話を楽し
むことが出来る。ときどきインタビューをやってほしいなと思った。しかし、今号
の最大の売りは編集長による渾身の記事「ブルーグラスと大統領選」だった。
これは、これまで編集長が書き綴った「アメリカ社会とブルーグラス」の24回目
に当たる記事だが、7ページにも及ぶ大論文は強烈だった。ただ、長文はなか
なか読者を引きつけにくく、労力の割には評価に合わないこともあるので、、、。

あとジェリー・リードが亡くなったことは初めて知った。今号では彼のバイオとトニ
ー・ライスとの関連を1ページでまとめている。ジェリー・リードはそれこそ聞いて
みないと良さが分からない典型的なギター・プレイヤーだが、私はその昔、日本
ビクターでいただいた試聴版、「トランザム7000」で初めてその魅力を知った。
とにかく乗ってるギタープレイとだみ声だけど妙にハートに響くボーカルがよくて、
それから彼を聞き始めたことを思い出します。本分にもあったがエルビス・プレス
リーが歌ってヒットした「Guitar Man」はジェリーの作品である。トニー・ライスに
影響を与えたミュージシャンだったことは知らなかったが、トニーに限らず知る人
ぞ知るという玄人好きのミュージシャンがジェリー・リードだった。享年71才。









健康診断がもたらした白昼夢!リルコミだあ

日ざしがあるとこんなにも暖かいものかと感じたきょうの小平からこんばんは。

きょうはパートがお休みな妻と近所の医院へ健康診断に行ったが、これは市
役所扱いの無料のもので夏ごろ申し込んだと妻が言った。これまでは市役所
の健康センターで行われていたが、なぜか今回は市内の病院へ行けだった。
というわけで、市内の飛び込みオーケーの病院を探すとぽつぽつと見つかり、
その中で診察室などが比較的新しくて看護婦が親切な医院を探し出した。妻
の情報網はなかなか鋭く、「ここは薄汚れている」、「看護婦が威張っている」
「おじいちゃん医者」云々と私に教えてくれたが、ようやく一橋学園駅そばの
駐車場完備の医院で健診を受けた。受付女子も丁寧だったが、心電図、採血
を実にてきぱきとしてくれた看護婦が美人だった。「どうぞ」と処置室から呼ば
れて対面したときは美人だと感じなかったが、心電図を撮っているときに仰向
けの体勢からしみじみ見ると「エライ美人」だとはじめて思った。

心電図が終わると次は少し離れたテーブルで採血だった。とっさに採血に不
慣れなかわいいおじさんになっちゃおうと決めて、糖尿の検診で採血の痕があ
る左手を隠して右手を枕のような台の上に乗せた。「4本も取るんですか」と
用意した血液管を見ながら心配そうなふりをすると、きちんと真正面を向いて
「この検査ではそうなんです。初めてですか?」と言った。ドッキリ、美しい!
あまりにも可憐ではないか!「初めてかも知れません」といいかげんに応えると、
透明な細いチューブが付いた針を準備して針が刺さる部分をアルコールで拭き
はじめた。「最初だけチクッとしますね」と言うと上目で私を見つめるのだった。
上目が素晴らしい。色っぽい。あなただったらどんなに痛くたって大丈夫、「耐え
ますよ」と言ってやりたかったが我慢するしかなかった。純情だもんね。

透明なチューブの中を赤い血液が流れて4本の採血がゆっくりと終わった。針
を抜いて止血するとすべてが終了だった。別れるのが惜しいなあと思っていると、
お次は妻の番だった。「お次は奥様ですか」と美人看護婦が言うのを聞くと数秒
間、呆然としてから覚醒した。白昼夢を見たのだと思った。受付嬢が「診断書は
1週間後です」と言ったので、是非にも私が自分で受け取りに来るゾと決意した。
しかし帰り道、市役所方面へ渡る踏切で自転車で子どもを前に乗せたお母さん
が突然、バタンと転倒した瞬間を目の前で目撃。前の子どもは無惨にも放り出
され、地面に頭を強打したのか鳴き声も立てなかった。すぐにそばにいたおばさ
んが子どもを抱き上げて介抱をはじめた。倒れたお母さんもヨロヨロと子どもに触
った。抱かれた子どもが大声で泣きはじめた。私は後続車両があるのでやむなく
通過したが、助手席の妻は「救急車が要る」とつぶやき、「目が覚めたわ」とつけ
加えて言った。そうだ、ホントだと私も言った。バイクが追い越して行った。

金融危機&不景気が自動車業界を直撃!リルコミだあ

連日の寒さでしたがきょうはさらに冷たく、昼間だというのに手が
かじかんじゃうほどの小平でした。こんばんは。

きょうの朝刊一面には「新車国内販売27%減」というタイトルが
踊っていたけれど、ついに日本にも車が売れない症候群が伝染
上陸したのかと思った。原油高以降か、アメリカの新車販売が売
れなくて燃費のいいエコカーの開発販売に転換すべきとの記事が
マスコミを連日のようににぎわせていたが、「燃費カー」の本家の
我が国でさえも去年の11月に比べると今年は約3割近くも売れ
なかったのだ。まあ、世界的な金融危機と不景気である程度予想
はしていたけど3割近くも落ちるとはね。本格的な不景気時代に
突入って感じだけど、果たしてどこまで沈むのだろうか。
統計によると、06年で世界全体の自動車保有台数は9億2千5百
万台で、このうちアメリカが何と、2.5億台も保有しているそうだ。
まさに自動車大国と呼ぶにふさわしい保有高ではある。

そのアメリカ自動車販売ディーラーで先月、新車販売特売みたいな
キャンペーンを張ってぎりぎりまで顧客を呼び込んでオープンしてみ
ると、1日200人の来客予想が初日に来たのはたったの15人だっ
たという。夜中のNHKBS放送のひとこまだったけど、恐いお話だった。
いまのアメリカ社会は自動車ローンなども破綻して新規契約が出来
ないらしいから、車が売れないのはしかたがないかも知れない。
日本のガソリンが1リッター186円もしてた今年の8月を思い返すと
まるで悪夢だったが、あれからどんどんガソリンも下がりはじめて今
は110円台にまで下がっている。これは原油価格に比例するから
世界中のガソリン価格が下がっているのに自動車が売れなくなって
いるのだ。ローン契約が出来ないことが売れない原因であることは
関係者の誰もが知っていることだが、これが解決に至らないのだ。

金融危機、つまりお金が有り余っていたはずなのにそれは瞬間的に
どこかへ飛んで行っちゃった。たぶん想像すると、色々な保証に消え
たのだ。原油高騰を演出したあれだけの投機マネーも含めて金余り
そのものがいかに「膨大な架空」だったのだろうか。まさにバブルだ
ったのだ。ちょうど日本のバブルを演出した商業地、住宅地の境目の
ない「土地高騰」バブルにそっくりだ。その土地バブルの中心地新宿
で保険のサラリーマンだった私は、個人、法人問わず高騰を続けた
自分の土地の前には人間性を失った人々をたくさん目撃した。目が
つり上がり唇が震えたまま家族から離れて、謄本を抱え込んだおじ
いちゃんがいかに多かったことか。金1升と言われた新宿の土地はま
さにバブルの象徴だった。対して今回のバブル=金融危機の主役は
「お金」である。危機に陥る前までに思いきり稼いで舞台から姿を消し
た人、身ぐるみ剥がされた人、そして今がチャンスとこれから儲けよう
と虎視眈々の人、欲がむき出しの世界は様々である。











〇系新幹線営業運転を終える!リルコミだあ

だんだんと冬に近づいているのが実感する朝の冷え込みですが、
今朝の小平はいちだんと冷えた。こんばんは。

きのうは夢の超特急〇系新幹線の運転最後の日だった。岡山→
博多間を走った最後の勇姿をひと目見ようと「鉄ちゃん」たちはそれ
ぞれの駅にたくさん押しかけていた。私は鉄ちゃんではないが、例
えば東京駅が最後だったら見に行ったと思う。44年間ご苦労様。
新幹線が登場したのは1964年、東京オリンピックに間に合わせた
スタートだったが、実際に代々木公園などにも競技施設のモダンな
建物がそれこそニョキニョキと現れて、山手線の中からからそれを
見つけると、「オリンピックだ!」と興奮したことを覚えている。あこが
れの夢の超特急に乗ったのは高校の修学旅行だったと記憶してい
るが、残念ながらはっきりとしない。その後、ジューン・アップル誌を
発行するようになってから「こだま」「ひかり」には本当によく乗った。

それが〇系だったか定かではないが、イーグルスが初来日したとき、
197?年だったか、偶然にその新幹線に乗った私はグリーン車両
を通過しようとしてくつろいだ一行に出会った。カラフルで異様な感じ
だったのですぐに「イーグルス!」と分かったが、あのときのサプライ
ズは最高だった。ブルーグラス・ミュージシャンでいえばカントリー・
ガゼットのアラン・マンデが新幹線好きだった。浜松駅だったか、通
り過ぎる夢の超特急に身構えて、「ワオーッ」と声を出していた。ビル
・モンローも「きょうは新幹線に乗れるのか?」と聞いてきたことがあ
るがアラン・マンデほどじゃなかったと思う。広島で公演したスペクト
ラム一行と東京へ戻るとき、ベラ・フレックが「セークレッドのコーラス」
をやろうと言い出して、私、有田純弘、ベラでやった。新幹線には思
い出が詰まっている。


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APPENDIX

jin3

jin3

ササキジンの
Little Community
Talkingへ
ようこそ

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ご意見やご感想などは
こちらへ
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NEW !
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NEW !
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Rocking' Chair
/Tatsuo Kameno

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    Rocking' Chair
    収録曲
    1.Country blues
    2.Wall ofTime
    3.Banks of The Ohio
    4. Any Old Time
    5. Crazy
    6. I’m Coming Back But I Don’tKnow When
    7. I’ll See You in My Dreams
    8. Put Me On The Trail to Carolina
    9. No9 Train
    10. Warp your Troubles In Dreams
    11. Lullaby In Ragtime
    12. Rockin’ Chair
    12. When I’m Gone

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    ----------


    141015_0001.jpg

    Take Me In Your Lifeboat
    /The Blueside of Lonesome


    1.How Mountain Girls Can Love
    2.Blue Ridge Cabin Home
    3.Kentucky Waltz
    4.Let Him Go On Mama
    5.It's Mighty Dark To Travel
    6.Take Me In Your Lifeboat
    7.My Oklahoma
    メンバー:
    Yoshie Sakamoto / Vocal
    Masuo Sasabe / Guitar, Vocal
    Yasuhisa Kato / Mandolin, Vocal
    Ryukichi Hayakawa / Banjo, Vocal
    Hiromu Teshima / Fiddle, Vocal
    Akihide Teshima / Bass

    制作:The Blueside ob Lonesome
    技術:Ryukichi Hayakawa, Hiromu Teshima
    デザイン&絵:Ashura Benimaru Itoh

    リルコミの紹介
    ----------
    130320IMG.jpg
    SOMEDAY/Yoshie Sakamoto
    1. My Shoes Keep Walking Back To You
    2. Someday
    3. Till A Tear Becomes A Rose
    4. Here Comes My Baby Back Again
    5. If My Heart Had Windows
    6. Blue Kentucky Girl
    7. I'll Take Care Of You
    8. You Take Me For Granted
    9. Under Your Spell Again
    10. In The Garden
    11. You Ain't Woman Enough
    12. We Must Have Been Out Of Our Mind(Duet with Takaaki Sakamoto)
    13. We'll Meet Again

    CDの購入はメールでこちらへMAIL
    1枚2,500円+送料

    坂本愛江の HP


    ----------
    IT'S A CRYING TIME


    Banjo-Eiichi Shimizu
    Guitar-SatoshiYamaguchi
    Mandolin-Kazuyoshi Ohnishi
    Bass-Akira Katsumi
    Fiddle-Morishige & Takada
    売価 ¥1980
    お問い合せ
    ビーオーエムサービス
    ●解説のリルコミ
    「IT'S A CRYING TIME」CDで復活!リルコミだあ

    ----------
    A New Peace Within / LEONA 111022.jpg

    1. A New Peace Within
    2. International Date Line
    3. Little Cabin Home on the Hill
    4. Endless Summer
    5. Close By
    6. Roly Poly
    7. Cherokee Shuffle
    8. Life's Inspiration
    9. Gypsy Spin
    10. Shade's of Blue
    11. Nobody's Love is Like Mine
    12. Soldier's Joy
    ●解説のリルコミ
    本日は臨時号です!リルコミだあ
    オフィシャルHP
    ----------
    「Hello, Old Friend」 cd_tq1.gif

    Tequila Circuit/Hello, Old Friend
    定価¥2,500
    ●CDのHP
    ●解説のリルコミ
    /テキーラ・サーキットのnew CDだよのリルコミで~す

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