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2009-08

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09年箱根フェスレポート!リルコミだあ

台風11号関東接近で朝から雨の小平でしたが午後7時30分のいまは
雨も風もなくなっておだやかな秋の空に変わっています。こんばんは。

箱根フェスが終わって、坂道による筋肉疲労が取れないまま青山の現場へ行く。
7月から青山に通っているが現場は三つ目。台風による強い雨風の中、お弁当
を買いに近くのAMPMに行くと、二軒となりの空き地に7~8人の列があって、
その先には軽自動車で売りに来た「お弁当や」さんがあったので、すかさず後ろ
に並んだ。「**?*」外国語で会話しているスレンダー・レイディたちは外人の
お嬢さんたち。8人の列のうちよく見ると5人は素敵な外人嬢たちだった。しかも
英語ではなくフランス語に聞こえたがこの娘たち、ご飯弁当を食べられるのかなと
変な心配をして見ていたが、「シャケベンね」「うなぎを食べるわ」「トンカツ弁当」
などと躊躇など見せずに素早く買っていた。私も思わず「トンカツ弁当」を買ったが、
「彼女たちはよく来るの?」と聞くと、30代に見えるマスターは「よく買ってくれます」
と言った。こういう場面は青山・原宿のファッションタウンでしか見られないと思った。
午後3時、雨の勢いがただならない気配となったが、間もなく小降りに変わった。
きょうで8月も終了。月末だったので休めなかったが、明日はハナエ・モリのビル
が現場。箱根フェスの疲れが腰に来ている。

先週末28、29,30日の三日間に渡った今年の箱根フェスも終わった。終わると
あっけないが、今年は大昔にやった「マウンテン・ランブラーズ」といまの「オー!
ジン・バンド」の両方をやって、そのうえ土曜日夜のMCもやっちゃったりしたので
中身が濃いフェスになっていた。いつもの「駐車場の親父」だけとは大違いで、二
年分の充実感を感じている。お客さんも多数だった。松山からオートハープやフレ
イリング・バンジョーの名手、オーミくんがやって来たので、我がバンガロー前は
オートハープのジャムセッションがはじまり、妙なるサウンドが鳴り始めるとブル
ーグラス人たちが唖然と見つめ合うという場面も展開された。オーミくんはマウン
テン・ランブラーズのメンバーでもある。マイミク友の「DAD」さんも登場した。土曜
日だけの参加で夜中には帰宅予定だが、「何が起きるか」分からないからね、と
ニヤリと笑うとサッサと山のステージに向かった。リスナーだけのDADさん、今回
は楽器を持たなくても楽しめたのだろうかと心配したが、午後7時の出番でステー
ジに行くと、心底から楽しんでいるDADさんに遭遇。心配は不要だったのだ。宝塚
からB.O.M.の社長もやって来た。マンドリン製作家の上田さんを連れていた。
「近ごろの景気は?」と尋ねると、「どうしようもない」と異口同音に応えたので不景
気の深刻ぶりをのぞき見たように感じた。

白熱のステージは今年も相変わらずで、土曜日8時すぎからMCを担当したときに
実感したけれど、上手なというかよくまとめられたバンドが続々と登場したので、明
らかな底上げが起きていると思った。スウエーデンの民族楽器をバイオリンとデュ
エットさせて、膝に置いてバチで叩く太鼓の強いリズムにメロディを乗せるというスウ
エーデンのトラッド・ミュージックを披露した「ユード・リール」というグループには強く
惹かれた。アメリカのオールドタイム・ミュージックをやるグループのエントリーが少
ない中で出色のサウンドだった。来年も是非出演をお願いしたい。ベテランのバンド
は相変わらずの巧みさだったが、印象に残ったのは「奥沢明雄」&フレンズで、オリ
ジナル曲を披露するなど表現的には際立つステージを展開してくれた。オオトリを
務めた「ジョッシュ大塚&リーブス・オブ・グラス」がステージに現れたのが午前3時
だったと翌朝に聞いた。私は午前2時に寝てしまったから、せっかくの箱根初登場
の瞬間を見そびれた。さて、東北大バンドのことを書かないと今年の箱根のレポート
にならない。部員総数70名といわれる東北大ブルーグラス・クラブのことを実は前
述のDADさんから、「いいバンドが沢山いるよ」とは聞いていたが、実際に目の前で
見てそれが事実であることを確認できてもの凄く興奮した。中でも「雑貨屋フレィバー」
と名乗ったバンドは素晴らしく、若さに溢れたサウンドはすぐにもプロの音楽屋たちに
スカウトされても不思議じゃないくらいの魅力があった。なるほど、こういうバンドが
東北大の中に存在していれば、部員70名も納得出来ると思った。

東北大についてはあらためて書きたいなと考えているので、本日はここまでとする。
今年の箱根は東北大の若者たちを筆頭に神戸大など若者が川端に大挙して陣地
を作った。例年よりもずっと人数が多く、そのせいか箱根の山(フェス)全体が活気
に満ちていたように感じた。70年代を頭に若者たちが毎年減っていった現実がよう
やく回復傾向に転じて来たように思った。楽しくて楽しくてむずむずして思わず楽器
に手を出してしまうブルーグラスが、若者たちに浸透したら、こんなにうれしいことは
ないのだ。来年の箱根が待ち遠しくなっている。













































麻田浩さんの「トークショー」に出演!リルコミだあ

さわやかな秋晴れの朝を迎えた小平からこんばんは。

きのうは夕方に旭川の友人を小田急線の下北沢駅でお迎えして、
そのままエディ・アドコックなど数々のライブで知られる「ラ・カーニャ」へと行って
「麻田浩トークショー」に出演してきました。そのためリルコミを書けず失礼しました。
トークショーの中身は麻田さんに「トムズ・キャビン・プロダクション」のストーリーを
この際是非、語っていただこうというもので、その第1回目に私がゲストで呼ばれた
のでした。他に渡辺三郎さんがはるばる宝塚より駆けつけていました。
実は麻田さんがトムズ・キャビンを始めて、その一発目の招聘アーティストが
「デビッド・グリスマン・クインテット+リチャード・グリーン+ビル・キース」と
いうものだったところから、当時ブルーグラスマガジンの「ジューンアップル」を
編集発行していた私に、コンサートの協力要請が麻田さん自らあって、
なんやかんやと打合せを繰り返した。その記念すべきコンサートは1976年に開かれ、
当時の「ニューグラス・ムーブメント」の台頭もあって若者が大挙して集まるという
予想外の大成功をおさめた。その後、ブルーグラスのコンサートに自信を持った
麻田さんは、ご存知のとおり「ニューグラス・リバイバル」や「カントリー・ガゼット」
などを次々に招聘していった。いわゆる日本ブルーグラス界になくてはならない
トムズ・キャビン・プロダクションとなって成長をしていくが、ブルーグラスファンに
とってはかけがいもなく有難いことだった。トークショーではトムズ・キャビンを起こした
ときの苦心談とか、そこに至るまでの仕事のことなどを淡々と語ってくれた。
最後には駆けつけたバンドをバックに数曲、麻田さんが大好きだという「ウエッブ・
ピアース」ナンバーを歌って披露した。次回は同じラ・カーニャで開催されるが
時期等はまだ発表されてはおりません。次回は麻田さん18番のシンガーソング・
ライターのお話になるような気がする。初体験だったトークショーは意外にも楽しくて
思い出になった。

さて、これから「箱根フェス」へ出発だ。天気も上々、体調もバッチリ。エンジョイだ!

すわ!サッカー小僧が新型インフルに感染か!リルコミだあ

今年の夏の定番ともいえる曇りときどき晴れだった本日の小平からこんばんは。

我が家のサッカー小僧が夕方5時に慌てて帰って来ると、「病院に行ってくる」と
いう。何でも、学校チームの仲間の一人が風邪をひいて病院へ行くと「新型イン
フルエンザ」の診断が下り、学校から「全員すぐに病院へ行って検査」と命令され
たので帰ってきたと言った。どうやら指定の病院があるらしく、友だちと地域セン
ター前で待ち合わせて、病院へ自転車で直行した。我が家のサッカー小僧にも
新型インフルエンザが感染したか否かはまだ病院から戻って来ないので不明だ
が、そういえば私も咳が・・・コンコンコン。これはウソです。あ、たったいまサッカ
ー小僧が戻りました。「セーフだって!」と両手を広げて合図している。これで一
安心だけど、「サッカーは出来るの?」と聞くと、「他に交代はいくらでもいるから
平気だよ」と涼しい返事。万事コンディションは自分まかせらしく、「ぼくは大丈夫、
オーケーでした」と学校に携帯報告していた。それにしても運悪くインフルエンザ
にかかった子どもはポジションにも影響するらしく、何だかかわいそうに思った。

マイミクの八平さんが「参政権を行使」したと期日前投票の報告をしていたが、私
も先日、期日前投票を済ませた。先の東京都のときも期日前だったし、これから
は毎度期日前にしようと考えている。何たって投票日よりも好きな日を選べるの
が便利で、これが出来てから選挙は楽でしかたがない。そもそも有権者全部をた
った1日だけで動かそうとしていた以前の制度が変だった。「若者は選挙に行か
ない」と中年や老人は嘆いたが、期日前投票が始まったら結果はちがっていて、
若者の参政権行使もかなり増えているんじゃないかと思った。我が家でも先日長
男が投票を済ませてくると長女が続き、初めて選挙権がやって来たサッカー小僧
も「どこへ行けばいいの?」と兄弟で会話していた。そのとき、お笑い番組を見て
いたせいか、「こういう人は選挙に行ってるのか」と素朴な疑問も会話になってい
た。「忙しくて行ってられないんじゃないの」、「政治とお笑いと関係ある?」などと
若者も期日前投票のおかげで選挙を口に出しているのだ。少し変わったね。














マリア・マルダー/オールド・タイム・レイディ!リルコミだあ

厚い雲に覆われた夕方の小平ですが、きょうは最高気温が30度を下回ったせいか
とてもしのぎよかった。外では蝉が必死に鳴いているがヤブ蚊も多いので庭に出る
のは禁物。こんばんは。

きょう箱根フェスの「出演スケジュール」が発表されたから、俄にフェスがそばに来た
ように圧迫感を感じてしまい1日中落ち着かない気分だった。今回は以前やっていた
ニューロスト風の「マウンテン・ランブラーズ」と「オー!ジン・バンド」の二つに出るので、
ちょっと前から緊張気味なのだ。マウンテン・ランブラーズは私が東京だけど他は四国
と北海道なので遥か遠方からやって来る。きのう旭川のカメちゃんに電話すると、
「木曜日に羽田に着く」と言っていたし、松山のオーミくんも「荷物を送った」と言ってい
たが、その荷物がきょう仕事から戻ると届いていた。明日は私も仕事を休んでレパート
リーチェックなど準備しようっと。どうやらお天気も大丈夫らしい。



歌姫マリアの代表作「マリア・マルダー/オールド・タイム・レイディ」。夕焼けに浮かぶ
笑顔のマリアがイラストで描かれているのが印象的なアルバムだが、中身も超のつく
名盤で、オーバーじゃなく70年代を代表するくらいの輝かしい音が宝石のようにぎっし
りと詰まった決して忘れられないアルバムである。マリアはときに官能的に男の視線
を弄ぶように歌って「ドキッ」とさせるが、これがいいのだ。「ジム・クエスキン・ジャグ・
バンド」時代に歌った「リッチランド・ウーマン」でみせた彼女独特のものだ。ここでは
ディキシーランド、ジャグバンド、カントリー、ジャズ、ポップ、ロックのカテゴリーを自在
に、蜜蜂のように曲に飛んで行って歌い、見事な花を咲かせる。

2曲目、エイモス・ギャレットのギターがフィーチュアされた「Midnight at the Oasis/
真夜中のオアシス」がスーパーヒットを記録。マリアを一気にスターダムに引き上げた。
1.Any Old Time 2.Midnight at the Oasis 3.My Tnnessee Mountain Home 4.I Never
Did Sing You a Love Song 5.The Work Song 6.Don't You Feel My Leg 7.Walkin'
One & Only 8.Long Hard Climb 9.Three Dollar Bill 10.Vaudevill Man 11.Mad Mad Me
ともかく集まったセッション・メンバーがものすごかった。ライ・クーダー、ジム・ケルトナー、
デヴィッド・グリスマン、クラレンス・ホワイト、エイモス・ギャレット、クリス・エスリッジ、
フリーボ、トミー・マックルア、リチャード・グリーンなど。

箱根フェスで誰かさんがマリアの曲を歌ってくれるような、そんな粋な女性がいたら、
「ぼく、幸せだなあ」なんだけども。まあ、それはともかくいいアルバムですね。










三越劇場に舞台鑑賞に行く!リルコミだあ

朝と昼間の寒暖の差が大きい小平地方だけどうっかり風邪をひいたら大変、
箱根フェスにも行けなくなっちゃうのだ。こんばんは。

22日土曜日は三越本店6階の「三越劇場」へ淡島千景主演の芝居「花の元禄
後始末/紀伊国屋文左衛門の妻」を観劇に行きました。同行者はサトンパスさ
んにボビー・クロさん、そして夢弦堂主人の銀さんといつもの顔ぶれだった。今年
85才だという淡島千景さんびいきで出かけたのではなくて、私たちのお仲間、
ブルーグラスと役者の二足のワラジを履くカイホーさんの引きで出かけたのだった。
三越本店なんて40年以上も来てなかったが、さすがに日本一の百貨店に相応し
い重厚な雰囲気がズッシーンと来てしまった。エレベーター嬢も超美人揃いで、
恥ずかしかったけど6階と1階を二往復しちゃった。さすがに同じエレベーターを
使う勇気がなく、となりに移ったけどそこのエレベーター嬢もイングリット・バーグ
マンが突然目の前に現れたように、「6階、(コホン)止まります」なんちゃって!



芝居は役者小僧(女形)に扮したカイホーさんの大活躍をはじめ、劇団NLTの脇
役陣が素晴らしい演技で主役と共演者(林 与一)を盛り立てて、中休みを入れ
た2時間30分近い大作が笑いと涙につられてあっという間に過ぎた感覚だった。
芝居の中身は「元禄のバブルがはじけ、世は未曾有の大不況」と何やら現在と
ほぼ同じ設定。「大金持ちの紀伊国屋文左衛門もお金を使い果たして裏長屋住
まい」ここで一念発起、記文を棺桶に詰めて主役淡島千景が扮した「記文の妻」
があの手この手で不況を乗り越えていく。途中で将軍徳川吉宗公までもだまして
しまったくだりが何とも破天荒で楽しかった。テンポは意外なほど早く、出演者の
展開も絡みも鮮やか。淡島千景もよく通る声で熱演し、年令を感じさせなかった。
共演の林与一は根が明るいせいかコミカルな演技が冴えて楽しかった。

全体に時代劇の落ち着きと達者な脇役に固められて非常に見やすい芝居だった。
お昼12時開演、午後2時30分終演だった。「東京駅」で飲める場所があるらしい
という情報を元に、三越といえば日本橋から東京駅めざして集団歩行。頭上には
かんかん照りの太陽がじりじりと私たち一行を焼いたが、生ビール欲しさに目を吊
り上げて尚も歩き、いよいよめざす「東京駅日本橋出口」に到着。「こんな出口、ま
ったく知らんわ」と、迷って歩き過ぎた「喉乾き親父集団」は吐き捨てた。大体、昼
間から「一杯飲みたい」と熱望したのが迷った元なのだ。しかし、ようやく探し当て
た。そこには確かに「ごちそうプラザ」と銘記されたポスターが貼られてあった。東
京は広く、そしてお酒好きのお父さんにはやさしいのだ。エスカレーターで2階に
昇ると、そこには明るく楽しい居酒屋さんがズラリ。時計を見ると午後3時すぎだっ
た。「どこにしますか~」世の中、太平だあ。














虫取り坊やがやって来た!リルコミだあ

曇ったり晴れたりした1日だったが夕方のいまは厚い雲に覆われいまにもパラパラと
降ってきそうな小平です。こんばんは。

きょうは妻と駐車場の草取りをした。取りかかった午前9時頃は曇って日指しが遮られ
て快調だったが、すぐに焼けるような直射になった。こうなると非常にやりにくい。すぐ
に喉が渇き汗が顔からしたたり落ちる。「やめようか」と何度も思ったが、遠くの妻を見
るとせっせとリズミカルに草を取り続けている。耳にラジオのイヤホンを差して自分だけ
の世界に入って快調な様子。「やめるなんて言えないよなあ」と独り言をつぶやき、もう
少し気温の様子をみようと水筒から水を飲んだ。これが摂氏35度くらいだったらすぐに
中止にするけど、きょうは30度前後の予報だった。午前11時すぎに男の子が虫取り網
を持ってやって来た。「こんにちは」バッタを探しているんですと礼儀正しく言うのだった。

「殿様バッタならたくさんいるよ」と指を差している場所を教えてあげると、男の子はサッ
と捕まえて、「これじゃないんだけどな」と小さい声で言った。「じゃあどんなバッタ?」と
立ち上がって振り向くと、「きれいな音を出すやつ」と言う。「じゃあそいつはキリギリス
だ」、半ば強引に決めつけて草取りにかかった。少し経って大きな石をどかすと、そこに
は蟻がうじゃうじゃいて、白い丸い卵のようなものを持って大騒ぎの様子。となりに大き
な「ミミズ」も一匹グニュグニュと体をくねらせていた。大石の下で安穏と生活していたと
ころを私が大石をどかしたので一挙に破綻したのだった。「こっちへおいで」と手招きして
男の子を呼んであげると、「わあー、スゲー!」と歓声ををあげて見ていた。

「これ、何ですか」と聞くので振り向くと、ミミズのとなりにはトカゲがいるではないか。蟻
を食べに来たのかなと見ていると、男の子が捕まえようと手を伸ばした瞬間、ピュッと目
にも止まらない速さで逃げてしまった。「あれはトカゲだよ。速いだろ?」、「蟻さんたちが
どこへ行くのか見てな」と言ってから、もうきょうは切り上げようと思い妻のそばまで行っ
てそれを伝えた。照り返しで顔が赤くなった妻が、「ジュースを飲みたいわ」と言った。草
を燃えるゴミ袋に詰めて汗でべとべとになった顔と腕をタオルで拭くと、少しだけ生き返
った。男の子の姿はもう消えていた。昆虫観察にしたってきょうは暑すぎた。となりの木
にたくさんのスズメがやって来て「チュンチュン」と騒々しく会話をしていた。草取りのあと
はスズメたちにとってごちそうが満載なのだ。となりのマンションの犬が吠えていた。

レス・ポールさん逝く!リルコミだあ

真夏が戻ってきたような青い空とからっと乾いた暑さが気持ちよかった小平から
こんばんは。

去る13日レス・ポールさんが94才で亡くなりました。文字通りギブソン ”レス・
ポール"モデルの生みの親だったが、奥さんのメアリー・フォードとデュエットで数
々のヒットナンバーを飛ばした大ミュージシャンとして広く知られている。私は何と
いっても「ギブソン・レス・ポール」があこがれだった。むかし石橋楽器店の渋谷店
が「オールド楽器フェア」を開催しようと準備していたときにK店長が、「ホレ、これ
だよ、これ!」と言って見せてくれたのが1953年の赤いサンバーストのレスポー
ルだった。いわゆる「オールドの渋い輝き」を持ったファン垂涎の一本だった。K店
長は、「これでスライドさせたら、どうなる?イッヒヒヒ」すでに感激で目が飛んでい
た。このフェアではブルーグラス・インスツルメンツの「オールド」も仕入れていて、
「オレ、フェアが終わるまで家に帰れないよ」とうれしい悲鳴をつぶやいてもいた。

これがオールドのレス・ポールとの出会いだった。その後、数年前に友人のミュ
ージシャン、ドクターKこと徳武さんが「レス・ポールと競演しました」と知らせてくれ
たことが、何十年かぶりで再び生のレス・ポールさんを意識したのだった。時々、
ドクターKさんのライブで「レス・ポール&メアリー・フォード・ショー」のカバーをや
ってくれるときがある。古き良きアメリカを代表するミュージシャンがまたこの世を
去った。合掌。さて、ドクターKさんといえば音楽一家として有名だが、現在アメリ
カにブルーグラス留学している「レオナ徳武」ちゃんからメールが届きました。
彼女は今年12月で4年の留学を終える予定だと聞いていますが、そのせいか
いまではすっかり大人の雰囲気を持っているようです。

こんにちは。

私の通っている学校、East Tennessee State Universityが、Bluegrass科の
メジャー科を目指し、コマーシャルのようなものを作りました。
日本からの留学などを視野に入れている人などには特に見ていただきたいと
思い、メールさせていただきました。
私も少しだけ写ってます☆

The Bluegrass, Old Time & Country Music Program at ETSU
http://www.youtube.com/watch?v=UmGu4XFXpw0

--
Love&Peace&Smile
Leona
http://www.geocities.jp/fiddler_leona/







ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズのマイク・シーガーについて!リルコミだあ

きょうも奥多摩に沈む夕日が雲でぼんやりとしか見えなくなっている小平から
こんばんは。

毎年お盆休みをはさんで大事な日々を思わず忘れがちですが、たとえば広島、
長崎の原爆追悼があり、本当に忘れがたい終戦日も過ぎました。今年の早春
に特攻隊員が死を決意して飛び立った地、鹿児島の「知覧」にも初めて行って、
改めて戦争のむごさを教えられました。飛び立つ前の二晩を過ごしたという小
屋には通路を挟んで10組(だったと記憶した)の白いカバーがかけられた薄い
布団が当時と同じに並べてありました。10代後半から20代前半の若い隊員が
その布団に寝て「出発の朝」を迎えたのだった。戦争は格差などは吹き飛ばし
てしまうけど、とにかく若い人々が死ぬ。勝ち負けなんてあるわけがない。大勢
の若者がただ死ぬだけだ。国の行方を左右する総選挙が始まった。大切な将
来の日本を支える若者に選挙に行ってほしいと考えました。期日前投票もある。


New Lost City Ramblers

ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズのマイク・シーガーさんが去る8月7日にご自
宅で76才の生涯を終えた。聞けば白血病だったそうだ。マイミクに麻田さんが、
「病院から出て自宅に移った」が、かなり悪いらしいと記事を書いてから二三日
で亡くなった事実が伝えられた。心から合掌いたします。現在の日本ブルーグ
ラス・シーンでは還暦前後の粋人がマイク・シーガーとニュー・ロスト・シティ・
ランブラーズの活躍をご存知だと思えるが、私もその中の一人で、いまから43
年も前に友だちの部屋でニューロストの「華麗なサウンド」を聞かされた。その後、
友だちは飽くなき情熱でついに近所でマルチプレーヤーを発見して、いよいよ
「マウンテン・ランブラーズ」を結成する。バンド名ニューロストから「ランブラーズ」
をいただいているところから分かる通り、レパートリーのほとんどはニューロスト
のカバーだった。


Mountain Ramblers / 1969年 軽井沢合宿

このバンド結成が私の長い音楽歴の始まりとなった。ギターも弾き始めたばかり
だったが、仲間の二人にリードされて、とにかく練習を繰り返す度に楽しさが増え
ていってるのが分かった。当時、板橋区向原の新しい児童公園に集まって練習
を繰り返したのがニューロストの「When I'm Gone」と「ライコーブの台風」だった。
いずれもカーター・ファミリー・ソングだが、私たちはニューロストの切れのいいリズ
ムと楽器のテクニックに魅入られてコピーを繰り返した。中でもマイク・シーガーの
テクニックは抜群で、切れ味鋭いオートハープのメロディラインやマンドリンリード
を聴き惚れたことを思い出す。マウンテン・ランブラーズはやがて駒込の「青い草」
に行くようになると、私たちのニューロスト・スタイルの音楽が仲間やお客さんに
意外にも受けることを知った。それからがアルバム録音(コロンビア)やコンサート
出演が続いて、マウンテン・ランブラーズが最も輝いた一瞬だった。しかし、仲間
の一人が愛媛に戻ることになって解散を決めた。確か1970年だったと思う。


Mike Seeger 来日コンサート / 1970年 日比谷公会堂

ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズの中心人物マイク・シーガーの死は、かけがえ
のない「楽しいミュージック・ライフ」を私たちに教えてくれた張本人だけど、なぜか
10日以上も経つのに亡くなった事実がピンと来ない。私にはニューロストをやらな
かった時期が長かったせいか、この世からいなくなったマイク・シーガーを信じられ
ない思いである。まあ、自分もいい加減に年を取ったので少し惚けているのかも
知れないけど。ただ、今年の箱根では「マウンテン・ランブラーズ」で出演して、い
つもより心を込めてマイク・シーガーのために歌って演奏をしようと考えております。









新潟県十日町市の友人と話す!リルコミだあ

薄曇りの蒸し暑いぼんやりはっきりしない小平からこんばんは。

いよいよ総選挙が公示されました。政権が継続か交代かを問われる選挙になるため、
貴重な1票を投票することになります。投票日は30日なので「事前投票」をしておか
なくっちゃ。なぜかというと、この30日は「箱根フェス」の最終日とバッティングしてい
るのですよ。みなさんにも事前投票をお奨めします。ということは箱根から戻ったらば
開票速報テレビが熱くなっているのかな。お祭りのあとにまたお祭り?楽しみだね。

毎年お盆の帰省は「関越道」を往復することにしているが、今年の帰り道、つまりUタ
ーンで東京を目指す車の多かったことったらなかった。いつもは長野方面からの合流
する「藤岡ジャンクション」と「花園SA」付近が大渋滞になっていたが、今年はもう一つ
昭和~渋川・伊香保間の事故渋滞が増えて、トータルすると70㎞も渋滞した計算だ。
車が突然増えた原因は「高速道路どこまで行っても1,000円」というのが効いていた。

道路が渋滞すると途中のサービスエリアのガソリンスタンド、そして女子トイレに長蛇
の列が出来ていた。国定忠治の「赤城山」のふもと、「赤城SA」では女子トイレには妻
が並び、給油の列には私が並ぶということを初めて体験した。ようやく給油の順番かと
喜んだら「もう一周なんです」とお兄ちゃんに言われてガックリ、「こうなったら腹を決め」
て落ち着こうとしたが、お尻は痛く目はしょぼつくで実に私の忍耐力を試されているよう
だった。1,000円だから群集心理が働き、これがいつでもタダだとこうはならないのだ。

この大渋滞に遭遇する少し前に私と妻は新潟県十日町市の友人宅に立ち寄った。美味
しい地酒「天神囃子」を買う目的もあったが、ちょうど1年ぶりに会って話し合うのが何よ
りの楽しみでいた。しかし、「きょうは諸事情で泊まれません」とお断りを言うとかなりの
落胆ぶりだったが、奥から「ブルーグラス・コレクション」のうち写真&ポスターを出して話
し始めると、それはいつものように時間を忘れてしまうのだった。友人は春の北陸フェス、
そして地元の新潟フェスをハシゴしたときの写真を見せて、「来年はジンさんの番だよ」
と新潟フェスへ誘った。すでにバンドのメンバーと話して行くことが決定している。


1.クラレンス・ホワイトのポスター写真を見せてくれた。バンジョーパッケージが制作した
  ものである。友人が着ているTシャツはバスケットボール・オールスター戦のものだ。



2.THE NEW GRASS REVIVAL が初来日したとき、神田共立講堂でコンサートが開かれ
  て終わったあとでのショット。サムもジョンも若いが真ん中に写っている友人も若い!



3.友人の姪っ子が嫁いだ故忌野清志郎が生前に最高の情熱を傾けて制作したアルバ
  ムがお店に飾られてあった。私はまだ聴いていなかったので買わなくっちゃと親指で
  アルバム写真を撫でた。(友人は酒店を経営)



4.これは前述のアルバムを録音中に友人に宛てたハガキ。ドク・ワトソンを知っている清
  志郎もさすがといえるが、その道の先輩である友人をカッコ内で気遣っているところも
  かわいいなあ。私はいつか清志郎がバンジョーを弾いて、「これがブレークダウンって
  もんだゼイ」と言ってくれないかなあなんて夢を持っていました。清志郎のマーク、「う
  さぎ猫?」が印象的。











生まれて初めての黒鯛が釣れた!リルコミだあ

真夏の蒸し暑さと爽やかな秋風が同居したきょうの小平でした。こんばんは。

本日からお仕事を開始。しかし、なかなかいつもの本調子に戻れず午後早くに
現場を切り上げて帰宅。夕方、管理しているアパートの敷地を点検に行くと赤い
猫が3匹でアブラゼミを弄んでいた。一回りしてそこに戻ると一匹の猫が「バリバ
リ・・・」と音を立てて蝉を食べていた。残る2匹の猫は食べている猫の口元を見
つめていたが、一匹の猫はペロリと舌なめずりすると分け前がないことを悟った
のか静かに去った。短い夏のせいか蝉がいつもより少ないのか森は静かだった。

毎年恒例のお盆休みで実家の墓参りに帰省した。3年前に実家の跡継ぎの兄
が急死したため、お盆やお正月など行事の多い時期には次男の私が実家を代
表する形でそこに存在していないといけない。兄の長男、私の甥っ子は健在だ
がすでに他所に自宅を構えているため、実家的には次男の私が適当となった。
こういう巡り合わせになることをもちろん私は知る由もなかった。ただ、すっかり
寒さに弱くなった私は、お正月は一回務めただけで尻尾を巻き何とか親父に勘
弁してもらった。今年も13日、無事先祖のお墓参りを終わることが出来た。

先祖のお墓はあちこちに分散しているため、かなりの記憶力が試される。特に
数百年も前の先祖たちのお墓へ行くと確かに墓石らしきものはあるが、それは
文字も消えかかっているものもあって末裔の私には探し当てることがほとんど
不可能。このときは92才になった親父の記憶に従って2~3のお墓にお水をか
ける。ところが、「こことこっちだな」と親父が指示すると、「えっ、去年はあそこ」
だったよと甥っ子が反論した。すかさず私が、「両方に供物を」分けてお水をか
ければいいと間に入った。すると両者は私に無言で従うのだった。実家の長の
ご威光なんでしょうか。ただ、いつかはお墓をまとめないといけませんねと両者
に伝えると、やはり無言でうなづくのだった。お金がかかりそうだ。

さて、すっかり役目を果たし終えた私はビールをたらふく飲んで誰彼となく歓談
していると、「おじさん、明日黒鯛釣りに行きませんか」と自衛官でもある甥っ子
が言った。「これだけ毎日雨が続くと、濁りが入って釣りには非常にいい条件」
なんですよ、道具は全部そろえます。翌朝5時に私たちは八郎潟の下流と日本
海がぶつかった天王町の岸壁にいた。「なまはげ」で有名な男鹿半島の入口
部分である。甥っ子は自衛官というよりも海釣りのプロといえるような手さばきで
竿をセットすると、「ここから一竿分、5メーターが釣り範囲です」、「流れに沿って
エサを流してください」、「コツ、コツと2回当たりが来ると、それが黒鯛です」とい
うと甥っ子は真っ黒に日焼けした顔で笑った。



午前7時。私はただひたすら同じ場所にいた。風が出てきてTシャツでは寒いな
と思っていると、「どうですか!」と甥っ子が戻って来た。自衛官の後輩も離れた
場所で釣っていて、いままでそこで話し込んだと言った。「これから満ち潮です」
釣りやすい条件ですからと言うと、また私から離れて行った。やがて近くで「ヒュ
ン、シャーッ、ヒュン」という音がした。見ると私から50メーター離れたテトラポット
の上で甥っ子が竿をしならせて、ファイトしていた。「タモを持ってきてください!」
と左手でタモの場所を指した。タモを持ってそばに行くと、海中を右左と走る魚と
格闘していた。「タモを伸ばして魚をすくってゲットしてください!」と私に言いつけ
るが、こんな場面はじめて。大迫力だった。「どうやってタモを伸ばすのか」

どこまでもド素人な私に格闘しながらも冷静に指示を出して、ようやくタモの中に
見たこともない大物をゲット出来た。「35センチはある」立派な黒鯛だった。銀色
の魚体がタモの中で口をパクパクさせていた。「色はすぐに落ちて黒くなる」と言
うと素早くエラに糸を通して海中に浸けた。「まだ釣れます」とエサの「小ガニ」を
付け直してまた私から離れていった。それからは甥っ子のワンマンショーだった。
次々に3匹も釣り上げ、2回ばらした。他の釣り人も釣るのを休止して、あっけに
取られて後ろに並んで見学していた。「3匹は小さい」のでリリースしますという。
私には「どこが小さいの?」と思っていたが、銀色に輝く25センチくらいの見事な
ファイターたちはどんどん逃がしたやるのだった。



午前10時。「テトラに接近して釣ってみて下さい」とアドバイスを受けて、そろそろ
とエサを落として行くと、「コン、」という小さな当たりが伝わってきた。「これかな」
と思ったが、これだったら何度も経験したよなあとぼんやりしていたら、「ググーッ」
ともの凄い力で引っ張られた。「エッ、なに、何だこれ」と驚いていると、今度は真
横に一気に走って、「バシャッ、バシャッ」と海面に姿が出てきた。「助けてーッ」
と甥っ子を呼ぶと、何と彼はすぐそばに来ているではないか。「もう少し寄せて」く
ださい、タモで取りますからと励ます。「ゲーット!」、「45センチのクロだ」やりまし
た。生まれて初めて黒鯛を釣ってしまった。釣り上げたとき、正直腰が抜けた。
呆然としていると、「おじさんも黒鯛釣りの仲間になりましたね」と満面の笑顔で
甥っ子は言ってくれた。「初体験にしてはでっかい」と後ろのおじさんが言っていた。











リルコミは明日から夏休みですよ

朝は猛烈な雨で通勤の長女を近くの「新小平駅」へ送りつつ現場へ向かうが、
尚も強烈な雨で前方が見えなくなり急遽、いま来た道を戻って帰宅。台風の
影響だろうかと呆然と窓をながめてしばし休憩。仕事の段取りなどがうまくいき、
お盆休み前の現場はお盆後に変更となって「ウレピー!」なと大喜びしたら雨は
小降りとなって、やがて10時には小平の空は明るくなり完全にやんだ。ヤッホ
ーマンモス!どうやらモーニングニュースを見過ぎたせいでノリピー語が移った
みたい。ただいまは夕方の6時。洗車しただけで滝のような汗、雨は降ってない
けれど蒸し暑さは普通じゃない。こんばんは。

先週金曜日は中野区南台の現場を午後7時に終わって、いざ帰ろうと100メー
ターほど走ったとき突然の大雨に見舞われた。それはきょうの朝にも匹敵する
豪雨でやはり前方が見えなくなって、ただ前の車のテールランプを頼るのみトロ
トロ運転という状況だった。大雨は環七方南町あたりに集中して30分も降った。
そのせいで帰宅が大幅に遅れてしまい、すっかりやる気がなくなったまま晩酌
ビールに飛びつくと、あとはもう桃源郷、酔っぱらい天国となってしまい、リルコミ
読者には「読むもの無し」状態となって誠に失礼をしてしまった。それにしても、
先週は仕事が非常に忙しくて、勢い体力勝負となってしまったが、意外と乗り切
れた自分がいたので密かに自信を持った。やれるじゃん!と。

翌日、8日土曜日はかねてより浅草寺にお経を聴きに行く予定があったので完
全休養日にして浅草へ。私には浅草寺所属のお坊さんの友人がいて、先月に
「たまにはお経でも聴きに来て」と電話がかかって、8月8日ならということになっ
た。午後二時、お誘いした友人二人と浅草寺正面入口で落ち合い、指定の影向
堂(ヨウゴウドウ)前でお坊を待つ。浅草寺本堂はただいま改築中で、スッポリと
白い建築中テントに覆われていた。やがて合掌しながら友人のお坊が登場。普
段見るお姿とはかけ離れた正装が威厳を醸し出していた。「どうぞこちらへ」と案
内されるまま正面席に座ると、おもむろに結界を解きながら定位置に座ってお経
を唱えはじめた。天台宗比叡山仕込みのバリトンボイスが気持ちよく私の体に染
みて来た。静寂に乗ってお経は20分ほどで終了。音楽とはまた違った聴き味と
いうか満足感が頭と体いっぱいに感じられた。とにかくありがとうだった。

さて、リルコミは明日12日から16日まで夏休みをいただきます。実家にいる92
才の親父と会話してくるのが一番の目的だが、お盆のお墓参りなども大事な行
事です。それではしばらくのご容赦を。









予想通りたったいま、午後8時半に帰宅。西馬込と目黒の両方の現場を
かけもちじゃ残業になって当たり前。それで疲労困憊ですぐにも風呂に
飛び込んで冷えビールを一杯、ゴクッとやりたいので本日のリルコミはお
休みします。こうやってキーボードを打つのもしんどいよー!ではでは。

原宿神宮前の現場までの大渋滞!リルコミだあ

きょうもはっきりしない蒸し暑さ満点の夏だった小平からこんばんは。

現場が神宮前5丁目の「東京ユニオン・チャーチ」だったので午前7時30分に出発。
しかし、最短をもくろんだ五日市街道~井の頭通りが滅茶苦茶の渋滞。「現場に9
時着だよ」と監督に指示されて「分かった」と答えたものの吉祥寺ですでに8時20分。
どう裏技テクニックを使っても9時に到着するのは不可能だったが、この先の渋滞が
読めないのでまだ監督には携帯をしなかった。しかし、いつもは1時間半もあれば楽
に着けるのに、いったいきょうの混み方はどうしたわけだと妻に話しかけると、「ラジオ
では5,10日に当たるからきょうは混雑するよ」って生島さんが放送してたよと言った。
そうなのか、そのせいでこんなにたくさんの車が出てきたのかと思ったが、しかし、も
しそうなら、そのラジオ情報は大当たりである。ようやく京王線の永福駅を通りすぎた。
甲州街道とクロスしているところを大原交差点に向けて左折。京王線の開かずの踏
切を避けて、少し遠回りだが「急がば回れ」である。環七を今度は右折してまたもや
井の頭通りを左折。ここでようやく携帯を取り出して監督へ、「いま大原交差点。

9時半着」を告げた。ここのところ都心に来る仕事が多くなっているが、きょうほど渋滞
につかまったことはなかった。しかし、あと15分もあれば現場に着くと予定が立ったの
で、すると余裕が出て代々木上原界わいの景色がよく見えた。日本音楽著作権協会
が相変わらずそびえ建っていた。となりには古賀政男記念館なんて建物も見える。い
つだったか、JSRACの役員を古賀ファミリーが独占しているのは変だゾと同族以外の
役員から物を申されて、大いに揉めたこともあったよと妻に話しかけるのだった。やが
て右手にNHK、左は明治神宮の間の道をすいすいと通り抜けて、坂を下って明治通り
へ。目指すユニオン・チャーチはこのまま原宿のメイン通りを進むと反対側だったので、
迂回をしないとまずいのだ。ぐるっと青山通りを回って表参道交差点を左折、100メー
ター坂を下るとめでたく現場だった。途中、妻がさかんに我がオー!ジン・バンドのベー
スマンの自宅はどこかと聞いてきたが、それよりも監督に遅れたお詫びが先だった。

5、10日の渋滞は本物で、仕事が終わって帰り道も自動車は洪水状態で、しからば
裏道を選択しても、そこにも車が溢れて渋滞中という「本日はもうあきらめなさい」と誰
かに引導を渡されているようにどこもかしこも車が混んでいるのだった。さて、明日は
何と大田区西馬込と目黒区柿の木坂の現場を梯子する。こんなスケジュールは請け
たくなかったが、「お盆休み前」まで仕上げるためにいずれの監督も必死なのだ。とり
あえず今週が勝負である。なんちゃってね。








涼しかった駐車場の草取り!リルコミだあ

東海以南は本格的真夏らしいが小平は真夏にはちょっと足りない気温で、近くの萩山プー
ルもいまいち盛り上がらないと子どもたちは紫色の唇で応えていました。こんばんは。

きのうときょうは毎年恒例となった駐車場の草取りを妻と共同でやりました。二日もかかる
のかと思われるかも知れませんが、いまの駐車場は数ある草取りの中でも横綱級の取り
づらさでまだ終わってないのだ。取りづらさイコール根っこが固くてなかなか引き抜けない。
草取り専用の鎌のようなものを使って「エイッ」とばかり引き抜くけれど、一株の草を抜くの
にこうやって時間がかかるから、なかなかに先に進まない。しかし、こんなに固い根っこを
持っているのは自動車のタイヤに踏みつけられた草で、駐車区域外のところに生えている
同じ草だと「スイッ」といとも簡単に片手で引き抜けるから驚く。午後1時ころ、1台のホワイ
トのトヨタヴィッツが戻ってきて、固い根っこで最も手こずった端っこの12番にスッと入れた。

降りてきたのはグラサンをしたおばちゃんで、「あら、ごくろうさま」と帽子に手をやってご挨
拶。雄大なお尻をプリプリ振って駐車場から出て行った。何気なく見ると、あの軽自動車の
ように小さなヴィッツが大きく斜めに曲げて停まっていた。いくら端っこという気楽さがあって
もこれじゃダメじゃないかと思ったが、ハハン、固かったこの辺りの根っこはみんなあのおば
ちゃんが駐車しようとして踏みつけていたんだと合点。車の大小じゃなく、おばちゃんは単
に「アメリカンマザー」のように運転が最悪だったのだ。本日出っくわした動物はおばちゃん
の他に、ヒキガエル×2匹、ナメクジ×4、カマキリの子ども多数、なぜか芋虫は見なかった。

ムーンシャイナー編集長のサブさんから宝塚フェスが大雨の中奇跡的に大成功しましたと
お礼のメールが届きました。以下は全文を公開いたします。それにしても集中豪雨の怖さ
は計り知れないものがあります。川遊びに出かけようとしているお方は是非ご注意を。

「第38回宝塚ブルーグラス・フェスが昨日正午、さわやかな快晴の中、有田純弘/赤木一
孝/谷村順造/久永雅史らのジャムを最後に、無事終了しました。
今年は梅雨も明けぬ間の開催でしたが、ほんと奇跡的に、エントリー総計115バンドの1
0分刻みのプログラムにはほとんど雨の影響がなく、土曜のコンサートも、トリの「と
も様キングス」のアンコール曲"I.W.W.Y.A.T"まで、なんと! 有田純弘withクリス・シ
ルバースタイン、イッツ・ア・クライング・タイム、シュガー・オン・トップのアンコ
ールを含んで、たったの20分遅れで無事終了することができました。ブルーグラスの神
様に感謝です。

ただ土曜日(金曜日も同様)、深夜3時すぎからでしょうか、ただならぬ集中豪雨……
、それでも参加者は平気な顔をしていたことに感動、さすがフェスプロ!!……、そのた
めか、わたし自身の滑って転んでのねん挫を含めた軽傷者がでましたが、大事無く終了
しました。あんな局地豪雨も、プログラムの最中は、会場を避けていたのでしょう。あ
んな大雨の中でも、いつまでもジャムはつづいていました。

それもこれも、フェスに参加いただいたリスナー、エントリー総計115バンドの皆様、
神戸大学の模擬店、色々な出店や、マスターピッカーズ・ワークショップの先生方、映
画『Throw Down Your Heart』の試写会を許可してくれたベラ・フレックや秘蔵ブルー
グラス・フィルム会を差配してくれた小島君、そしてブルーグラスをサポートしてくれ
る全国のみなさんのお陰です。
ほんま、みなさんの気持ちがなければ、とてもこんなこと、38年もやってられません。
いつも元気をくれて、ありがとー!!

今日は、ムーンシャイナー誌にコラムを連載、日本とナッシュビルの架け橋になってく
れた四方敬士さんの一周忌です。またフェスのトリ前に、今年春に亡くなった渡辺/井
上の母、澤子のために、われわれの家族で演奏させていただきました(その間だけ、急
に雨が降り、急にやみましたが……)。きっと彼らも見守ってくれていたのだと思いま
す。

みなさん、ありがとうございました!!」
sab

本日リルコミはお休みです

ようやく暖かい日が戻って来た小平ですが明日はまた雨予報とか。
きょうは仕事関係でお世話になった方のご不幸があって、これから
そのお通夜に行ってきますのでブログはお休みです。亡くなったの
はその方の奥様で享年48才だとうかがいました。死因はまたして
もガンだそうで、詳細は不明ですが、近ごろはこの病気が猛威をふ
るっているようです。春に友人をガンで失って以来、この半年あまり
で4人です。みなさん、食生活はくれぐれも肉食から離れましょう。

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jin3

jin3

ササキジンの
Little Community
Talkingへ
ようこそ

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ご意見やご感想などは
こちらへ
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ライブのお知らせ
NEW !
イッツア・クライングタイム
5月5日
170405kodairact.jpg
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NEW !
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Rocking' Chair
/Tatsuo Kameno

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    Rocking' Chair
    収録曲
    1.Country blues
    2.Wall ofTime
    3.Banks of The Ohio
    4. Any Old Time
    5. Crazy
    6. I’m Coming Back But I Don’tKnow When
    7. I’ll See You in My Dreams
    8. Put Me On The Trail to Carolina
    9. No9 Train
    10. Warp your Troubles In Dreams
    11. Lullaby In Ragtime
    12. Rockin’ Chair
    12. When I’m Gone

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    ----------


    141015_0001.jpg

    Take Me In Your Lifeboat
    /The Blueside of Lonesome


    1.How Mountain Girls Can Love
    2.Blue Ridge Cabin Home
    3.Kentucky Waltz
    4.Let Him Go On Mama
    5.It's Mighty Dark To Travel
    6.Take Me In Your Lifeboat
    7.My Oklahoma
    メンバー:
    Yoshie Sakamoto / Vocal
    Masuo Sasabe / Guitar, Vocal
    Yasuhisa Kato / Mandolin, Vocal
    Ryukichi Hayakawa / Banjo, Vocal
    Hiromu Teshima / Fiddle, Vocal
    Akihide Teshima / Bass

    制作:The Blueside ob Lonesome
    技術:Ryukichi Hayakawa, Hiromu Teshima
    デザイン&絵:Ashura Benimaru Itoh

    リルコミの紹介
    ----------
    130320IMG.jpg
    SOMEDAY/Yoshie Sakamoto
    1. My Shoes Keep Walking Back To You
    2. Someday
    3. Till A Tear Becomes A Rose
    4. Here Comes My Baby Back Again
    5. If My Heart Had Windows
    6. Blue Kentucky Girl
    7. I'll Take Care Of You
    8. You Take Me For Granted
    9. Under Your Spell Again
    10. In The Garden
    11. You Ain't Woman Enough
    12. We Must Have Been Out Of Our Mind(Duet with Takaaki Sakamoto)
    13. We'll Meet Again

    CDの購入はメールでこちらへMAIL
    1枚2,500円+送料

    坂本愛江の HP


    ----------
    IT'S A CRYING TIME


    Banjo-Eiichi Shimizu
    Guitar-SatoshiYamaguchi
    Mandolin-Kazuyoshi Ohnishi
    Bass-Akira Katsumi
    Fiddle-Morishige & Takada
    売価 ¥1980
    お問い合せ
    ビーオーエムサービス
    ●解説のリルコミ
    「IT'S A CRYING TIME」CDで復活!リルコミだあ

    ----------
    A New Peace Within / LEONA 111022.jpg

    1. A New Peace Within
    2. International Date Line
    3. Little Cabin Home on the Hill
    4. Endless Summer
    5. Close By
    6. Roly Poly
    7. Cherokee Shuffle
    8. Life's Inspiration
    9. Gypsy Spin
    10. Shade's of Blue
    11. Nobody's Love is Like Mine
    12. Soldier's Joy
    ●解説のリルコミ
    本日は臨時号です!リルコミだあ
    オフィシャルHP
    ----------
    「Hello, Old Friend」 cd_tq1.gif

    Tequila Circuit/Hello, Old Friend
    定価¥2,500
    ●CDのHP
    ●解説のリルコミ
    /テキーラ・サーキットのnew CDだよのリルコミで~す

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